第2話 女神、危機一髪
「ヒャッハー!どしたどしたぁッ!」
石造りの街並みの中を甲高い金属の衝突音が響き渡る。
(くっ、さすがにAランク相手じゃ簡単にはいかないかっ!)
盗賊ギルドの偵察部隊、隊長のマディによる二刀流短剣をレフィーリアはなんとか長剣と小盾で捌いているがその勢いに完全に押されていた。
※
レフィーリアが意気揚々と戦闘が行われているという、神殿を取りまく神都レゾダリアの西区へと足を踏み入れたのは、伝令が来てから数分後の事だった。しかし西区は既に静まり返っていた。
無惨に息絶えた衛兵を見て自分が戦場へと足を踏み入れたのだと自覚し、生唾を呑む。
「くっ……考えてみれば妾が死ねば……はて、世界はどうなるのだろう?何にせよろくな事にはならないだろうし、まだ死にとうない。それっ、隠密隠密」
この世界を始めとした全ての世界に満ちているマナ。世界樹の呼吸により大気中に放出されるそれを人々は魂で取り込み、魔力を精製する。
しかし世界の管理者である神族は体がマナで創られており、大気中のマナに直接干渉し操作するスキルを生まれ持つ。
レフィーリアも例外ではなく、そのスキルを使って自身の体を可能な限り周囲のマナと同化させ、気配を消し、姿までもを視認させづらくした。
それと同時に周期的にマナに波紋を起こし、周辺の動体を検知するレーダーを作り上げた。
レーダー反応に注意しつつ、街を散策する。逞しくそびえ並ぶ街路樹が新緑をつけていたが、目に入る光景はそれとは不釣り合いな死体ばかりであった。それもほとんどが衛兵ばかりであり、盗賊ギルドと思われる死体は少なかった。
「偵察部隊相手にこの短時間でこのありさま……これは少なくともAランク以上がおるな……むっ!?」
レーダーに反応があり、足を止める。どうやら家の中を物色中らしく、耳をすませば物音も聞こえてきた。
レフィーリアは気配を消していてもなお慎重に家の中へと入り、標的の姿を視認した。
(Cランク、こいつに気づかれる事はまずないな)
レフィーリアは相手の魂を見透かし鑑定し、ランク付けをした。気づかれる心配がないと確信すると腰の長剣を抜き、タンスを漁るその背中をひと突きにした。
「ガッァ!」
短く悲鳴を上げてタンスにもたれて倒れゆくその男から剣を抜き、彼の傍らに置いてあった丸みを帯びた鉄製の小盾を拝借し、その家をあとにした。
引き続き街を歩き、同じように物色中、或いは散策中のCランク盗賊を計3人仕留めた所でレフィーリアは足を止めた。
(Aランクは既に本隊へと向かったか?うーむ、Cランクでは大量殺戮しなくては十分なコストを減らせない、そもそも即刻コストを減らすには1体ずつ送魂の儀を行わねばならんし非現実的じゃ。せめてBランクなら大量とはいかない殺戮で……)
などと物騒な事を考えていると近くの街路樹から微かな葉擦れの音がした。
(しまった、隠密スキルか!)
振り向きざまに小盾と剣を構え、隠密行動を解き、身体強化を最大出力にする。
樹の枝からレフィーリア目掛けて跳躍、落下の勢いの乗った強烈な短剣2本による連撃が行われた。剣と盾でそれぞれ受けて強く押し返し、奇襲を防ぐことには成功した。
しかし敵は空中で押し返されたにも関わらず体勢を崩すこともなく着地し、バク転で素早く距離を取った。そして目を細めてレフィーリアを物色するようにマジマジと眺め、長い舌を出して短剣を舐め回しながら嬉しそうに言った。
「お前、体がマナで出来るているみたいだな。魔人か?いや、変な格好してるが見覚えのある顔だ。ハハッ、コイツは女神じゃねーかッ!ありがてぇ、偵察部隊長のマディ様が女神様の首を貰うぜぇ!」
「ほほう、あの一瞬で妾がマナ体だと見破ったか、良い親和力を持っておる」
レフィーリアは相手が短剣を舐め回している内に魂の情報を見透かし、鑑定を始めた。
(Aランク転移者!固有スキル持ち――)
分析を終える前にマディが重心を落とした。分析を中断し、構えを取った直後には短剣が迫っていた。剣で払ったものの、短剣による連撃は止まらず、レフィーリアは後退りながら長剣と小盾で捌き必死に耐えた。そんな防戦一方の彼女を嘲笑うかのように攻撃を繰り出しながらマディは余裕そうに言った。
「ついに戦力が尽きて女神様直々の登場ってわけだッ!この手であの女神様を斬り刻めるなんてなぁ!ヒャッハー!どしたどしたぁッ!」
邪悪な笑みを浮かべたマディ周辺のマナに魔力が伝播していくのを感じ取った。
(固有スキルが来る!くそっ、鑑定が間にあっていれば対策も出来た……しまった!)
硬い石畳だった足元が一瞬で緩い泥へと変わり、後ずさる足を取られて後ろへ倒れそうになるが踏ん張る。
しかしその隙を狙ったマディの刺突。
なんとか盾で受けるがそのまま押し倒されて泥の中へと派手に倒れ込んだ。
柔い泥のためにダメージは無かったが、瞬く間に泥が硬い石へと戻っていく。肩まで沈んだ状態で戻されたため、体の半分が石に埋まった状態となり、身動きが取れなくなった。
(妾が招いた者だというのに固有スキルすら覚えてないとは妾のバカタレ!!)
と自分を責めている間に馬乗りになったマディはさらに邪悪な笑みを浮かべてゆっくりと短剣を振り上げる。そしてグッと力を込めて振り下ろすその瞬間、レフィーリアは声を張り上げた。
「妾が死ねば世界が滅ぶぞ!」
切っ先がピタリと胸の寸前で止まった。
「あ?初耳だな……正直、今すぐ世界が滅ぼうが俺にはどうだっていいが、うーむ、せっかくならもっと殺戮を楽しんでから、いや、まずは眼の前のこの美味そうな身体から頂くか。マナの身体ってのはどんな具合なのか試させて……アツッ!!」
マディの笑みが悲鳴ととも苦痛の表情へと変わる。彼の視線は短剣を握った自分の両手首が宙を舞う姿を捉えていた。
「ふはは、マヌケめ!ベラベラ喋りおって、ただの時間稼ぎのハッタリじゃ!妾が死んだら世界がどうなるかは妾も知らん!」
マディは強い殺意の籠もった目で睨みつけ、先の無くなった腕で殴ろうと振り上げたが、その直後、複数の見えない刃物が胸を貫き、レフィーリアに馬乗りのまま、絶命した。
「あ、危ないところじゃった……」
神族の固有スキル『千変万化』で造った視えない刃。
マナの物質化には下準備と集中力を必要とするため、レフィーリアの実力では敵の攻撃を捌きながらの使用は厳しかった。
特に複雑形状や今回のような鋭利さや強度を求めた場合、さらに集中力と時間を要する。
マディがハッタリにより手を止めて喋り始めたことはこの上ない幸運であった。
「っと、呆けてる場合じゃないな」
『千変万化』を使い、石畳の隙間のマナを膨張させて硬質化。隆起し脆くなった所で身体強化を使い、石から抜け出した。
馬乗り状態の亡骸を横へと雑に押しやり、手をかざして祈りを込める。
一帯へ世界樹から眩い光が降り注ぎ始め、やがて亡骸へと焦点を絞り照らした。そして光はマディだった肉体から魂を吸い出し、連れていった。
「ふぅ、葬魂の儀は目立つのう。しかしこれで召喚が行える。あぁ疲れた……、じゃが休んでもおられんな。さっそく神殿に行って召喚の儀じゃ」