マーメイドのお宅訪問(無許可)
残念なことに、上半分がカジキマグロで下半分がサーファーみたいなあの恐ろしいマーメイドは、寝ても俺の頭から消えることは無かった。
「夢の中で泳いでやがった……」
あの脚で悠々と海の中を泳ぎ回るマーメイドが、頭から離れない。
昨日の討伐の報酬もあるし、今日は仕事休んじゃうか。そうだ。そうしよう。そうと決まれば二度寝……はまた同じ夢を見そうだからやめておくとして。
「……風呂でも入って頭シャッキリさせるか」
昨日沸かせた風呂があるから、もう一回炊いて……朝からのんびり浸かるとしよう。
俺はベッドから起き上がると、一直線に浴室へと向かった。狭い風呂だが、それでもシャワーだけよりずっと良い。風呂の扉のすぐ側にある魔力感知機に炎魔法を流して風呂を炊く。
現代は魔法科学が発展したおかげで便利な社会になった。俺が若い頃はこんなもの無かったから、風呂を炊く時はいつも炎魔法で風呂を温め続ける必要があったが、今はそんなことをしなくていい。
炊いている時間は本を読んだりして自由に過ごせるし、いやまったく良い時代になったものだ。
ベッドに腰掛け、ゆったりと本を読み始めて大体二十分ほど。なんだか辺りに妙な匂いが立ち込めて、俺は首を捻った。
「なんだ……? なんか、出汁、みたいな匂いが……風呂場から?」
昨日何か風呂に変なもの入れたっけか? いや、心当たりが無いな。
俺は疑問に思いながらも浴室のドアを開けた。すると湯気がもわ、と立ち込めて、湯気の中に見覚えのあるシルエットが見えた。
「開けてくれるのを待ってました」
「ウワアアアアアアアアア!!!!!!!!!」
昨日見たマーメイドだ!!
浴室で三角座りをしていた彼がざばりと立ち上がると、鼻? と思しき顔の突起物が天井を突いた。
「やめろ! ここ賃貸なんだぞ!」
「すみません! またしゃがみますね!」
「ああ〜! お湯が……! いや、なんかもういいか……」
体長二メートルはありそうなマーメイドが三つ折りになって狭い浴槽に収まっていたのだ。もうお湯は諦めた方が良いだろう。
「ん? でもなんかお湯から良い匂いが……ってお前かこの匂い! 出汁が出てんだよ! 出ろ! 死ぬぞ!」
「ええ〜っ?! ま、待ってください。天井に穴開けないようにそっと出ますから!」
宣言通り、鼻が天井に刺さらないギリギリの高さを保ってそうっと浴槽を出た彼は、風呂のタイルの上で正座になると深々と頭を下げた。
「昨日は助けていただき……本当にありがとうございました。お礼をしようと参ったのですが、なにぶん腕がないものでドアを開けられず……」
「いつからいたんだ……」
「昨日の夜更け過ぎ頃から」
「怖……」
「我々マーメイドは水がある場所へならどこへでも移動できるので、その力を使ってここに来たのです」
マーメイドの特殊能力ストーカー性能高いな。でもコイツが来たのが夜更け過ぎで良かった。俺が風呂入ってる時じゃなくて本当に良かった。
「……昨日も言ったけど、恩返しとかホントいいから……」
「そういうわけにもいきません! 俺結構色々できますよ! 歌とか上手いですし! あとホラ、マーメイド族では珍しく二足歩行もできます!」
「あっ、やっぱり珍しい品種なんだ」
「そう! 俺結構レアですよ!」
レアはレアでもあんまり嬉しくないプレミアだな。ガチャポンのシークレットで需要ゼロのおもちゃが出た時並みに嬉しくない。
「どうですか!? 何か俺にできることはありませんか?!」
「あー……じゃあ…………身体拭いて、ズボン履いてもらおうかな」
早くその主張の強い白子を隠してくれ。