このマーメイド……! 関わりたくない……!!
"止まらないマーメイドの密猟!"
"密猟は犯罪です"
"密猟者を見つけたらギルドまでご連絡ください"
ギルドの壁にデカデカと貼られていたそのポスターを見て、俺は頭を抱えた。
というのも、俺も昨日マーメイドを捕まえてしまったからだ。
「俺も犯罪者かぁ……」
*
話は遡ること二日前。
俺は海辺に現れたという巨大モンスターの討伐依頼を受けた。鯨ほどのサイズはあろうかというほどの大きさであったが、それでも俺は魔法を駆使して辛くも勝利した。
さて、戦利品として皮や内臓を剥いで帰ろうか、とモンスターの死体に近寄った時──声が聞こえた。
「そ、そこに誰かいるんですか?! お願いします! 助けてください!」
その声は明らかにモンスターの内側から聞こえてくるが、当然、モンスターに既に息はない。となると……。
「食べられたのか!? まだ無事か!?」
「はい……海を泳いでいたらいきなり……。幸いケガはしていないのですが……」
「わかった! 外側からゆっくり切れ目を入れていくから、じっとしていてくれ!」
泳いでいたら、ということはマーメイドか。可哀想に。
マーメイドの肉はこの世の何よりも美味い、なんて噂がまことしやかに囁かれちまったせいで、最近は密猟者も多いってのに。
助けたらちゃんと海に帰してやろう。俺はあんな犯罪には手を染めんぞ。
そう思いながら、刃渡りのあるナイフで徐々に切り目を深くしていく。皮膚が切れ、赤黒い臓物が露わになると、不自然な形に膨らんだ縦長の臓器が目に入った。これが胃袋だろうか。
「おい! 胃と思しきものがあったからちょっと手を広げてみてくれ」
「分かりました! ……どうですか?」
うん、間違いなく今目の前にある臓器が胃袋だ。元々不自然に膨らんでいたそれは、中のマーメイドが動いたせいで更におかしな形に変形した。それに声も近い。これを破けばもう大丈夫だろう。
胃袋にナイフの先を差し込み、中のマーメイドを傷付けないように浅く切り裂いていく。ファスナーのように開かれていく胃袋の中からは、徐々にマーメイドの姿が露わになっていった。
長い鼻、くりくりとした大きな瞳、青い鱗、そして逞しい脚。
……ん? 何かおかしいな。というか、何もかもがおかしい。
マーメイドって、上半身が魚で下半身が人間のタイプもいるんだ……?
「いや〜! 助かりました!」
しかし胃液をひたひたと垂らしながら近寄ってくるマーメイド(と思しき謎の生命体)は、何もおかしなところなど無いと言わんばかりの出立ちだ。
もしかすると俺が無知なだけで、海の世界では一般的なのかもしれない。
「このまま胃液で溶かされて死ぬんだと思いましたよ! 本当にありがとうございました!」
「い、いや……大したことじゃないから。それじゃあね。君は海に帰りな」
軽く会釈だけ返すと、俺はそれだけ伝えて踵を返した。
なんとなくそのマーメイドを直視したくないのは、脚の間にぶら下がったアレのせいだろう。
オスか……。いやこれでメスだったらそれはそれで直視しにくいが。
「あの! 俺たちマーメイドは恩を忘れません! 絶対に恩返しに行きます! だから、お名前を教えてもらってもいいですか?!」
「え、いいよ恩返しとか……」
本当にいいよ……何も言わずに帰らせてくれ……。というか関わりたくない……。
しかし名前を聞くまでずっと後を付いて来そうな彼の様子に、俺は渋々名乗ることにした。
「……ガロンだ」
「ガロンさん……ですね! 俺、覚えてますから!」
「いや、忘れて」
「絶対恩返しに行くんで〜!!」
遠ざかっていく彼の声が、海に消える。
彼が海に入る直前の、砂浜を蹴った逞しい脚が妙に頭に残っている。
「……帰って寝て忘れよ」