気軽に異世界転生したいなんて願うもんじゃない
秋山 紘一25歳の無職。2年前に会社を辞めてから貯金と親からの仕送りでなんとか生きてきたが、とうとう生活資金が底を尽きてしまった。
“高収入!時短!単純作業だから超簡単!異世界転生補助バイト募集中!!”
そんな時に発見したこのいかにも怪しいアルバイト募集サイト。そんな割りのいいバイトなんてあるはずが無いと思いながらもお金欲しさと最後の“異世界転生”という謎の文言に興味を持ち、応募してしまう。
どうせ誰かの悪戯だろとたかを括っていると数日後に書類審査合格のお知らせと勤務地、集合時間の案内メールが届く。
いやいや、悪戯にしては凝っているなと思いつつ、好奇心に負けてしまい指示された場所へ行く。するとそこにはいかにもベテランそうな、50代くらいの男性が立っていた。
「君がこのアルバイトに応募した秋山君か?」
「あ、そうですけど。え、これマジ?」
死んだような目をしている男性は秋山を軽トラの助手席に座るよう促し、目的地も分からないまま走り出す。
「あのーおじさん、俺売り飛ばされたりするんですかね?」
愛想笑いをしながら質問すると、おじさんは表情を一切変えずに答える。
「おじさんじゃない、中場 一郎だ。今から仕事内容を教えるが、まぁ見てもらうのが一番早い」
そう言うと中場が走らせていた軽トラがとある交差点に差し掛かった。信号は赤、静止線が近づいてきても中場は一向にスピードを緩めない。
「な、中場さん?まずいですよ、信号赤ですよ」
「わかっている」
しかし中場はスピードを緩めるどころか、どんどん上げていく。するとそこにふらっとジャージを着た男性が通りかかる。
「危ない!!」
ドン!
秋山の瞬時の警告も虚しく、鈍い音とともにその男性は軽トラに当たり、反動で宙に浮く。秋山は手で目を覆いつつも、轢かれた男性が地面に2、3度バウンドしながら地面に転がるのを見届ける。
「な、何やっているんですか!?」
「いいから、さっき轢いた男を見てみろ」
中場は軽トラを止め、そう指示する。秋山は恐る恐る後ろを振り返ると..
「え、あれ、いない!?」
先程轢いた男はどこにもいなかった。幻かと思ったが、確かに車に人が当たった感触はあった。
「これを見ろ」
中場はこんな状況にも関わらず表情を一切変えずに液晶タブレットを秋山に手渡す。秋山は訳もわからず表示されている画面を覗くと、そこには大量の顔写真付き人物リストがあった。
「さっき俺らが轢いたのはこいつだ。でも今は横線が引かれているだろ?仕事を達成した証拠だ」
中場が指をさした人を秋山も見る。一瞬しか見えなかったが間違いなく先程車に当たった男だ。
「このリストに載っている人たちを殺し、異世界転生させる。それが俺たちの仕事内容だ」
冗談としか思えない言葉だったが、死体が消えた現象を現実的に説明することは秋山には出来なかった。
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初仕事から三ヶ月が経った。初めは警察に出頭しようとしていた秋山は即日に渡されたアルバイト代20万円と、警察にバレることは無いと中場に言われたおかげですっかりこの仕事の味を占めてしまう。
「秋山、お前大分この仕事に慣れたな」
中場は相変わらずの無表情で秋山に話しかける。
「いやぁ、それほどでもないですよ〜。でも本当に割りのいいバイトで助かっていますよ!」
なんせ一回の仕事で普通のサラリーマン給料一ヶ月分に相当する金額が入ってくるのだ。かつて一年間だけ会社勤めしていたのがバカらしくなる。それに初仕事の後も何度か仕事をこなしたが、ニュースにはならないし警察も一向にやってこない。
「確かに人を殺すことに抵抗感はありましたけど、あくまで異世界転生の手助けをしているって考えれば殺しているわけでは無いですもんね」
秋山はライトノベルやアニメなどを普段は見ないので知らなかったが、初仕事の後いろんな作品を見て異世界転生ものが流行っていることを知る。
「今まで冴えない人生を送っていた人達に次の人生を与える、最高の仕事じゃ無いですか!」
そう言いながらいつも乗っている軽トラの運転席に乗り込む。最近は中場と交代で運転しており、今日は秋山の運転担当だった。
「秋山、この川沿いまで行ってくれ。今日のターゲットはここに現れるらしい」
中場の指示のもと、秋山は軽トラを走らせる。今日の天候は大雨、異世界転生する際の事故が起きそうな天気だなと秋山はふと思う。
30分程かけて着いた川沿いは大雨のため誰も歩いておらず、これから誰かが現れる気配も無い。
「中場さん、本当にここに次の転生者が来るんですかね?」
「大丈夫、必ず来る。今まで外れたことはなかっただろ?」
そう言われた秋山は確かに、と頷く。中場が持っているタブレットにはターゲットの名前もそうだが、正確な出現場所とその時間を示してくれる。
「なあ秋山、ひとつ聞いていいか?」
「中場さんから話しかけるなんて珍しいですね!なんですか?」
「お前さ、これまで沢山の人を殺して転生させたけど、実際に自分が転生してみたいと思ったことはあるのか?」
なんだ、ただの世間話か。秋山はそう思いながら答えを考える。
「もちろんしたいに決まっているじゃないですか!異世界転生したらチート能力も手に入って人生楽勝じゃないですか!可愛い女の子だっていっぱいいるだろうし、現実よりマシですよ」
秋山はしばらく中場に熱弁する。最近見た異世界転生のアニメが相当お気に召したらしい。
「そうか、それを聞けて俺は安心したよ」
中場は静かにそう言う。
何を言っているんだと秋山が考えた瞬間、腹に激痛が走る。
「うっ、えぇ」
情けない声を上げながら秋山は自分の腹をさすると、手が何か堅いものに触れる。ナイフだった。正確には何が自分の腹に刺さっているのか分からなかったが、とにかく激痛の原因は分かった。
「ほら、車から降りろ」
中場はいつも話すのと同じトーンでそう言い、秋山を運転席から車外へ蹴り落とす。秋山は激痛で抵抗できず、そのまま大雨で溜まった道路に落下する。
「なっ、なんで」
秋山が振り絞って声を出す。
「このリストにお前の名前が載っているからだ」
中場は転がっている秋山の目の前にタブレットを持っていく。そこには確かに秋山の名前と顔写真が書いてあった。
「おめでとう、これで君も晴れて異世界転生者だ」
「な、中場さん、ちょっとまってくださいよ、冗談ですよね?」
「俺が今まで冗談を言ったことがあったか?」
無い、中場は冗談を言ったことがない。中場の目はいつもターゲットを轢き殺す時の目と同じだった。殺されると確信した時、秋山はその場から離れようと必死にもがきはじめる。
「なんだ、異世界転生したいんじゃないのか?」
力無い状態で立ち上がり、逃げようとする秋山を中場は徒歩で追いかける。秋山は川に架かっている橋の真ん中まで逃げたが、そこで倒れ込んでしまう。血を流しすぎてしまい、意識が朦朧とする。
「….本当に..転生できるか..分からない..のに..死にたく..ない」
秋山は最後の力を振り絞って中場に命乞いをするが、中場はそれに対し一切意に介さず秋山を橋の縁まで運ぶ。
「きっと今までお前が殺してきた奴らも死にたくなかっただろうよ」
最後にそう言い、秋山を大雨で濁流になっている川に投げ込んだ。川に落ちた秋山はあっという間に流されていき、数秒もしないうちに中場の視界から消えてしまった。
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横線を引かれている秋山の顔写真を車内で見ながら中場は秋山のことを思い出す。
秋山はクズだった。自分にとって都合のいいことしか考えず、人殺しの自覚が全く無かった。きっと異世界転生をしてもろくな人生を歩まないだろう。
ふと、車内のルームミラーに映る自分の顔を見る。
違うな、ろくでも無いのはそんな秋山すら殺してしまった俺の方か。中場は両手で口元をおさえ、込み上げてくる吐き気を必死に堪える。
人殺しだけは何度やっても慣れなかった。中場はしばらく深呼吸をして息を整える。
しばらくして落ち着いた頃にタブレットを操作し始めた。秋山には説明しなかったが、このタブレットの中には過去の転送者リストもそのまま残っている。中場は慣れた手つきで5年前のリストを表示させ、そこに映されている一人の男に視線を落とす。
中場 秀一
そこには小太りでジャージ姿の20代半ばくらいの男性の写真が載っていた。横線が引かれているせいで顔がはっきりとは見えないが、中場の息子である。
秀一は高校に入ってからずっと家に引きこもっていた。中場も秀一に対しどう接すればよいか分からず、何年も会話がなかった。
しかしある日、本当にささいなことで秀一との会話が生まれ、中場はほぼ十年ぶりに息子の声を聞いた。それがとても嬉しかったことを今でも鮮明に思い出す。
そしてその日の夜、秀一はトラックに轢かれた。
急に雨が降ってきたので傘を持たずにコンビニに出かけた秀一に傘を届けようとした時、中場の目の前で轢かれたのだ。
中場は息子の死体が消えたことにも驚いたが、それ以上に周囲の人たちが秀一が轢かれたところを見ていたにも関わらず覚えていない事、さらには妻すら自身に息子がいたことを忘れていたのだ。
それから中場は息子を忘れた妻と別れ、取り憑かれたかのように秀一を轢いたトラックを調べてこの異世界転生補助バイトを見つけた。
過去のことを思い出していると、着信音でメールが来たことに気がつく。件名を見ると、“異世界転生補助バイトから正社員へ昇格のお知らせ”と書いてあり、どうやら秋山を殺すことが正社員への昇格条件だったらしい。中場は件名だけ見て、スマホの画面を消す。
ようやくだ。ようやくこのふざけたアルバイトをしている組織の中核に入れる。中場はもう一度タブレットに表示されている息子の顔を見る。
秀一、安心しろ。必ずお前を取り戻してみせる。
中場は姿勢を正し、ハンドルを強く握り締めて車のエンジンをかけた。