08.感情に任せるだけじゃ戦えないよ
「そーれ、ルナティックアロー!」
紅兎が弓を引く動作をするとバチバチッと音を立てながら何本も矢が現れる。
それが一斉に繭さんに向かう。まあこのくらいなら避けるなり受けるなりできるでしょ。
「オーロラヴェール」
ぱあっと光り輝くカーテンが前に出現し、矢を優しく受け止める。うんうん、いい感じだね。
それにしても紅兎もちゃんと手加減してるみたいだし、良かった良かっ……
「ヴォーパルブラスト」
「きゃあっ!」
良くない!? 繭さんのカーテン爆散したし繭さん吹っ飛んでるじゃん!
「ちょっと! 紅兎!」
「なぁにぃ」
「なにじゃない! ちょっと本気で撃ったでしょ!」
「聞こえなーい」
勘弁して……
多分いうこと聞かないだろうと思ってたけど予想以上に聞く気無かった……
「ねぇ、咲闌……? 手加減するって話だったよね……?」
比喩でもなんでもなく背後から冷気が漂ってくる。にこやかに怒りが伝わってくる。待って待って需璃さん乱入しそうなんですけど。やめてください収拾つかなくなりそうです。
「私なら大丈夫ですから……えっ」
立ち上がって何か仕掛けようとした繭さんが不自然な姿勢で固まる。あっ、紅兎ったら魅了使ったな!
紅兎は星霊だけど淫魔でもあるので星霊魔術とは別に固有の能力として魅了というものがある。今それを使って繭さんの動きを止めている。なんのため? 攻撃するために決まってる。
「えいやっ」
「あ……ぐっ……!」
軽い掛け声と裏腹に重そうなドロップキック。また繭さんは吹っ飛んだ。
……よし、止めよう。って、え?
「アヴァランチステップ! くらえこのぉっ!!」
ああ、結局需璃さん乱入しちゃった!身体強化をかけて物理的に殴りにいってる。あら、意外と速い。怒ってるせいか動きは単調だけど紅兎が避けるの苦労してる。興味はあるし練習にもいいんだけど、繭さんをまずなんとかしたいからやっぱり止めるのが先。
「需璃さん! 先に繭さんの安全確保してください! で、紅兎?」
厳しい目を向けるとギクッとしたように肩が跳ねる。一応私も怒ってるからね。
「“落ちろ”」
「きゃっ。酷い、言霊使うなん「“黙って”」むぐっ」
闇属性星霊魔術、言霊。言葉に力を乗せることで対象を支配する。躾にはちょうどいい。
「“動かないで”。そして“避けるな”。言うこと聞かなかったんだからこれは躾だよ」
パンッ。
……手が痛い。人の頬を張るって結構打った手も痛いよね。いい音してれば尚更。そうか扇でやれば良かったかな。次はそうしよう。
「うう〜〜……!」
「で? 一応言い訳は聞いてあげようか? なんでこんなことした?」
「だってだって、咲闌ちゃんは小さい時から繭のことずっと追いかけて甘えてたからっ、気に入らなかったんだもん!」
「……はぁ。つまりただの嫉妬でこんなことしたんだね?」
ため息。からのにっこり。微笑ってあげる。もちろん目は笑ってるはずもない。目に涙浮かべてるけど許さないよ。
「しばらく反省してなさい。“吹っ飛べ”」
ドンッと音がして紅兎の体が吹っ飛ぶ。ちょっと離れた木に当たって木が折れて止まった。大したダメージじゃないと思うけど、怒ったのは伝わっただろうからしばらく動かないだろう。こっちはこれでいい。
「繭さん無事ですか!?」
「なんとか……痛い、ですけれど」
需璃さんの手を借りてどうにか起き上がった繭さんは、怪我こそ酷くなさそうだけど痛みに顔をしかめている。回復……そうだ私よりも適任が。
「怜音ー。回復の術使えるでしょ。繭さん治してあげてくれない?」
「はいっ。えーと……シンシアキュアエッセンス!」
ぱぁっと光が繭さんを包む。光が収まると繭さんはきょとんと自分の体を確かめた。
「痛くない……? 怜音ちゃん、すごいです……!」
「う、上手く使えましたかね?」
「上出来。慣れればもっと酷い怪我でも治せるようになるよ。怪我しないのが一番だけどね」
「お姉! 良かった……! で、咲闌はどう責任取るのかな?」
そうですね需璃さんはまだまだお怒りですよね。できればそれは紅兎本人にぶつけて頂きたいところだけど、乱入しちゃうまでに止めなかった私に責任があるので。
「どうぞ、需璃さん。かかってきてください。紅兎の分までその怒りが収まるまで全部お付き合いします」
両手を上げて降参ポーズ。怒りが収まるまでって結構痛いかもしれない。いや、それは我慢だ……悪いのは私なんだし。ほら、全身滅多刺しよりはマシだろう。比較対象間違ってるか?
「うんうん、いい覚悟だね。じゃあ遠慮なく! アヴァランチステップ!」
「ん……っ」
身体強化をかけてひたすらラッシュ。一応腕でかばってはいるんだけど攻撃に合わせて飛ぶんじゃなくてその場で受けてるせいかこれ結構痛いな。
「需璃、ちょっと……」
「あ、止めなくていいですよ繭さん」
「ええ……」
見た目はタコ殴りなので見かねた繭さんは妹を止めようとしたけど、いいんです。自分への戒めですから。反省します。たとえ周りがドン引きしてようとも。みんな需璃さんのシスコンは知ってるからいいでしょ。
三十分くらいひたすら殴り続けて、「……もういいわ。なんか疲れた」と言って需璃さんはその場にしゃがみ込んだ。肩で息をしてる。そういえば身体強化だから攻撃力も速度も上がるけど体力は別に上がらないんだよね。よく三十分保ったね。よっぽど怒ってたんだろうなぁ……体は打撲だらけで痛い。自分で治せるし怜音も治そうとしてくれたけど、断って紅兎のところへ向かう。折れた木の下でぺたんと座り込んで見ていた紅兎に向かって言う。
「……反省した?」
「ごめんなさい」
シュンとして素直に謝ってきたので次は無いと釘を刺す。ああもう、打った手も痛ければ殴られまくった体も痛い。ほんと損な役だった。
その後は紅兎を抜いて何回か模擬戦を行った。みんな少しは戦うことに慣れてくれただろうか。慣れてくれないと困るんだけどね。