06.変質した私たちの世界
星霊の常時顕現。これは慣れるまでは結構難しい。顕現に精力を使いすぎてしまうと周りが見えずぼんやりして見える。学生である以上は授業なり講義なりを受けるわけだけど……みんななかなか苦戦してるようだった。
「最近授業に身が入ってないって怒られました……」
「それはまだまだ」
「ういなダンスレッスンで思いっきりすっ転んだ!」
「慣れて」
「私講義中に横で寝てるノルンを撫でたくて仕方なくてついついそっちに目が行きます。講義は聞いてるんですけど」
「繭さんそれちょっと違いますね」
「あたしも遊びに出てもルノンが可愛くて可愛くて」
「……すいません二人共マジメにやってください」
こんなやり取りが日常茶飯事だ。てかこのお姉さんらはもう普通にできてない?
「ねー、ソロ曲貰ったからミニライブあるんだけどこんな調子でできるかな?」
「じゃあもういっそ死遼虹と一緒に同じレッスンして本番も一緒にやったらいいじゃん」
「咲闌ちゃんさすがにそれは……」
「それだ!」
「マジか」
マジだった。雨以名は本気で死遼虹とレッスンし始めた。楽しそうだからいいか。本番で見えるの私たちだけなんだけどね。
「見て見て! 死遼虹の着てる服を元に衣装デザインしてもらったの! 可愛くない?」
「レッスン順調なの?」
「意外といけてる! 関係者パス出してもらうからみんな見に来てよ!」
「あたしアイドルってあんま興味ないんだけど」
「まぁまぁ……楽しそうじゃないですか。雨以名ちゃんの晴れ舞台見に行きましょうよ」
死遼虹の服って真っ白のお嬢様ファッションだけど……何色着るつもりなんだろう。耳とか尻尾はいつも通りなんだろうけど。デザイン画は白黒でわかんなかったから当日のお楽しみにしておこうか。
雨以名がミニライブの会場に選んだのはまさかの学校の中庭だった。「だってこの方がみんな見てくれるし!」と言っていたが運営側と学校の話し合いどうなってこの結果が出たんだろう。
開演時間になり特設ステージに雨以名(と死遼虹)が出てくる。今日も元気いっぱいだ。私たちは関係者という扱いなのでとても見やすい位置に固まっている。雨以名にマイクが手渡されライブスタートだ。
「みなさん、こーんにーちはー! トワイライト・キャッツの露草雨以名です! 今日はういなのソロシングル発売決定記念ということでミニライブを開いてもらいました。まずはトワイライト・キャッツの代表曲『幻想庭園』『パペット×マスター』『黄金のティータイム』の三曲を聞いてもらって、それからういなの曲『向日葵ダイヤモンド』を聞いてもらいまーす。盛り上がる準備はいいですかー!?」
「うーいうい! うーいうい!!」
歓声が応える。こんなお嬢様学校でも歓声が上がるほどとは相変わらずの人気だなー。さっすが今をときめくトワイライト・キャッツのセンターキャット。今日はピンクとオレンジをグラデーションにしたワンピースドレスだ。なかなか死遼虹の格好に似せている。トレードマークの猫耳としっぽもつけている。たしかに真っ白な死遼虹と対比にはなる。
え、私たち? ちゃんと会場に合わせて盛り上がる素振りはしてるよ。曲が始まったらノるくらいはできるって。でもみんな好きな音楽のジャンルがアイドルソングじゃないんだよね。
私はV系、繭さんはヒーリングミュージック、需璃さんはネクストブレイク系やロック、怜音はアニソンやゲーム音楽とみんな見事にバラけている。ただトワイライト・キャッツの歌は聞くようにはしてるから今から歌う曲は一応全部知ってはいる。
「よーっし、ラストソングいくよー! ういなの初ソロシングル『向日葵ダイヤモンド』!」
『太陽ピカピカ月曜日昼休みに屋上から掛けおりる
棒つきのキャンディーを咥えて廊下を走り出す
スカートひらり翻して今日の私は最強だよ
瞳はキラキラ頬はバラ色笑顔はピカピカ百点満点どこをどう見ても死角はないでしょ?
これからあなたの好きなところ言っていくね
一つ目女神のように優しいところ、二つ目芸術のように綺麗な顔、三つ目サラサラの射干玉の髪、四つ目蜂蜜みたいな甘い声、五つ目とても欲しがりなところ
全部全部好きなんだよ
リップグロスでつやつやの赤い唇で声のかぎり叫ぼう
聞いてくれるよね?
恋しさも愛しさも届けあなたにこの言葉に全てを乗せて
大好き、大好き、大好き!
恋文書くのも考えたけど何度も書いては破り捨てて気づいたの
行動派の私はそれより自分の口で伝えたかったことに
スカートひらり翻してあなたの元へと急ぐの
恋に恋して夢に夢見て桃色世界から召喚!
ピンクの小鹿に虹色ペガサス想い伝える手助けをして
リップグロスでつやつやの赤い唇で声のかぎり叫ぼう
聞いてくれるよね?
恋しさも愛しさも届けあなたにこの言葉に全てを乗せて
大好き、大好き、大好き!
なんて最高の言葉
自分の感情吐き出して
今すぐ素直になれ!』
「アンコールはいかが? なーんちゃって。今日のステージはこれにて終了です! ありがとうございました!!」
雨以名が挨拶すると観客席からは割れんばかりの拍手と歓声が上がる。その時それは起こった。
「えっ?」
拍手と歓声がビタっと固まるように止まり、世界がぐるりと反転して混ざった。観客やスタッフが白い肉塊になりどろりと溶ける。
「何これ!?」
「これは……星霊の気配……?」
「あ! あそこに誰かいる!」
紅兎が指をさした先、特設ステージの上に三人座っている。
真ん中の人物が咳き込んで横のツインテールに支えられている。
「ああ、すまないねブーケガルニ。主の命とはいってもこの世界を巻き込むのはなかなかに骨が折れる作業だったよ」
「カウサ……すぐ無茶する。姉妹全員でやれば力の消費分散できたのに」
「ブーケガルニ姉さんの言う通りにゃ。何のために九人もいると思ってるにゃ」
「悪かったと思ってるよ。さぁ、麗しの星霊姫に挨拶しようか。はじめまして、ボクはカウサ。こっちはブーケガルニとマトロート」
「……ねぇ、ちょっと」
「何かな?」
「……あんた、“男”? “女”?」
「おや、女王様が何を言うんだい。星霊と契約できるのは清らかな乙女、だろう?」
「……」
「まぁボクの性別はいいんだよ。それより、気になってるんじゃないのかな?」
「そうね。まず、あんたたち、何?」
「我が主ディープブルー様の意志によって生まれた新しきヴァランシアの民さ」
「ヴァランシアは滅びたわ。もうずっとずっと昔にね」
「ボクたちは主の命に従って世界を変えるために来たんだ。そう、星の都を取り戻すためにね!」
「我が主だって非道じゃないにゃ。一旦取り込んだクズの人間共もつくり直してヴァランシアの民として生きれるようにすると言ってたにゃ」
「んなことは聞いてないのよ! バーガトリアムフレイム!」
漆黒の巨大な炎球が三人を襲う。三人は思い思いにひらりと避ける。避けるしかなかったというのが本音だろうが。仮にも伝説の最強の星霊姫なのだから。
「危ない……」
「女王様はご機嫌ナナメにゃ」
「君たちがいた生きづらい世界を取り戻したいならボクたちの家へおいで。舞踏会を開こう。ディープブルー様も歓迎してくださるさ。もっとも、ボクらビシソワーズ家の霧の館に入るためには、鍵が必要だけどね」
「花の館、法の館、闇の館、鎖の館、雨の館、猫の館、石の館、檻の館。八つ全部を回って。鍵を集めて」
「もちろん各館には妹たちがいるから相手してもらうといいよ。ほら、星霊の森へ続く道も作ったよ。気前がいいだろう? 待ってるよ、お姫様たち」
高笑いをしながら三人はその場から消えた。後に残るのはステージのど真ん中に開いた星霊の森への道のみ。
「行かなきゃ。……ヴァランシアはもうない。今に生きる人間を巻き込んじゃいけないんだよ。『私』は最後の女王として、ヴァランシアを、終わらせる」
「なーに一人で意気込んでんの!」
みんなが背中を叩いたり肩を組んだりしてくれる。うん、一人じゃ、ない。
「行こうか。みんなで」
「うん!」「おー!」「よっしゃ!」
てんでばらばらな掛け声が、なんだか愛おしかった。
どうせ星霊の森へ行くのだから、みっちり修行をさせてあげたかったけど、そんな時間の猶予があるかわからない。理論は教える。ぶっつけ本番だったらごめんね。
「そういえば、公爵ってどうしてんのかな」
「世界に人の気配が感じられない。飲み込まれたのかも」
「うーわ、つっかえな!」
たしかに。