05.踏み出す星々の世界
──パチリ、パチリ。拍手がする。公爵が見事だというように手を合わせていた。
「みなさん素晴らしいですね。いえ、さすがと言うべきか」
「バカにしてんの?」
「褒めているんですよ。それで、訓練の仕方ですが」
「私がわかってる。説明はしておくから不要だよ。とりあえず帰して」
「かしこまりました。では基本的なことができるようになりましたら『星霊の森』へ」
──パチン。軽く指を鳴らす音で私たちは元の薔薇庭園に戻ってきていた。
「ねー、咲闌。訓練って何したらいいの?」
「常時顕現させていられるようにすることですかね……紅兎がいい例です。呼べば出てくる。そうでない時には身を隠している。普通の人ならそもそも星霊は見えませんけど。今一度元素星霊界に戻っちゃいましたね。まずはここに顕現させてみてください」
みんなは各々の星霊の名を呼び顕現させる。でもその姿は先程契約した時より少し希薄だ。
ではレッスンスタート。まずは星霊をよく見て。しっかり見て。そしてゆっくりと目を閉じたり開いたりする。見た姿を瞳に焼き付けてはまぶたに染み込ませるように。目を閉じていても星霊たちがイメージできるようになるまで続けて。
「目を閉じていても星霊たちが視える?」
「視える……と思う」
「多分……」
「はっきりと感知できるようになるまで続けて」
目を閉じていても視えるようになったら一度顕現させるのを止めてみる。そうすると当然消えてしまうけれど、たしかにそこにいる。今度は先程と逆の動作。まぶたに染み込んだ星霊の姿を瞳に戻すように。そして目を開ける。心を落ち着けて星霊の姿を虚空に視て。心で名前を呼ぶだけでそこに顕現できるように。
「あ……ノルン……見えた」
「ルノン? 良かった……おいで」
猫たちを無事に顕現させた二人は抱き上げたり肩に乗せたりしている。実は本気を出せばその猫たちは人を乗せられるくらい大きくなれる。普段は主の力を消耗させるのを控えるために小さくなっているだけだ。
「てゅろ? ここ……」
妖精型の星霊は嬉しそうに怜音の周りを飛び回っている。耳元でこそこそと何かを囁いては楽しそうだ。
……ん、あれ。雨以名は?
「……死遼虹? え? 何?」
なんだかものすっごく機嫌が悪そうだ。契約を拒否しなかった割には攻撃的な表情で雨以名のことを見ている。助けに入った方がいいかな……?
そう思ったけど、どうやら必要ないみたいだ。パッと駆け出した雨以名が死遼虹の体を抱きしめる。死遼虹は力を抜いて身を任せているししかめていた顔も緩んでいる。緊張してただけみたいだね。
「これで全員できましたか……? 咲闌ちゃん、次はどうするんです……?」
「次の段階に行くのはもうちょっと後。みんなができてる今の状態を維持して。顕現に意識取られてると日常生活疎かになったりするから。そうならなくなってから次に行くよ」
「わかりました。では今日はこれで……?」
「そうだね、解散。繭さんとか怜音とか眠さ限界突破してるんじゃない? 大丈夫?」
「その通りで……ふぁ」
「あるじさまぁ、寝るならお部屋でー」
「あはは、というわけで解散。一ヶ月くらいそのままで過ごしてみてよ。頑張ってねー」
他寮の三人を見送り、雨以名と寮に戻る。
「そういえば具体的にどうなってれば合格ラインなのー?」
「日常生活に支障きたさない程度。ちゃんと授業聞いていられるとか、雨以名だったらダンスレッスンで気を取られて振り間違ったりコケたりしないように。歌う時に歌詞とか音程も間違えないように。まあぼんやりしてちゃいけない時にぼんやりするなってことかな?」
「なるほどねー。ぼんやりしてたら教えてね、死遼虹」
「お任せ下さい雨以名さま! 私がちゃんと見ています!」
「うーん、自分で気づくべきなんだけど……まいっか」
「咲闌ちゃんだって最初の方ぼんやりしてたじゃない」
「幼かったからで済む話だからいいの。みんなはもうそういう年齢じゃないんだから」
「今じゃオンオフ自在だもんね」
オンオフって言い方もどうなんだろう……だって紅兎は常にそばにはいるんだから。授業中も理解してるかわかんないけど隣で聞いてるし、寝る時だって一緒に寝てる。起きたら横で寝てたりしてたまにビックリするんだから。例外はお手洗いとか入浴とか、「一人にしてほしい」と明言した時か。しっかり顕現させて視えるようにしなくてもとりあえず話はできるし。
「よし、到着♪ 騒ぎになってなくて良かったねー」
「もう二時近いからね……消灯時間にいなくても騒ぎになりそうだったけど、入る時にうるさくしても騒ぎになるんだから静かに戻るよ」
「おっけー」
開けておいた窓からそっと忍び込む。ここは共用トイレ。各部屋にトイレはあるから基本この場所には誰も入らない。だからって鍵開けっ放しにしちゃまずいから窓の鍵をロック。一度靴を脱いでそっと五階まで階段を登る。
「個人部屋が五階って結構面倒だよね」
「その代わり一番セキュリティとしては甘いじゃない。巡回も少ないし」
「隔離しておきたい子をそこに入れるのってありなの?」
「さぁ? いいからこうなってるんじゃないの。いいところのお嬢様預かってる割には適当だよね」
「ほんとそれ」
ひそひそ話をしながら部屋へ戻る。おやすみを言い合って部屋の中へ。室内灯つけたら明るすぎて問題になるかとベッドサイドのランプをつけてパジャマに着替える。でも雨以名だと普通に明かりつけてそう。私が気にしすぎだったかな。
「もう寝る?」
「寝る。眠い。絶対睡眠時間足りない……朝起こしてくれる?」
「いいけど。やさしーいお姉さんにモーニングコールでも頼んだら良かったじゃないの」
「繭さん? たしかに朝きっちり時間通り起きる人だけど。でもベッドから出たくないって日がよくあるって聞いたけどな。寝ぼけた声でモーニングコールされても申し訳ないよ」
「そのうちあの猫ちゃんが起こすようになりそうだね」
想像してくすくすと笑っている。ちょっとそれは私も想像できる。顕現に慣れたら「あるじさまー」ってやってそう。
「需璃さんだったらモーニングコールする時間でも起きてそうだけど。それからおやすみーって寝ちゃいそう」
大学の一限よく遅刻したりサボったりしてるって聞いたし。寝る時間遅すぎでしょ。
「とりあえずアラーム鳴ったら起こしてあげるから。今夜はもう寝よ?」
「そうしよ……ふぁ。おやすみ、紅兎」
「うん、おやすみ」