04.初めての星霊契約
「世界が滅亡?」
誰もが懐疑的な表情、あるいは態度を撮った。それが普通の反応だと思う。急にそんなこと言われたって信じられるはずがない。むしろますます胡散臭い。
「これは神話です。三億年ほど前のことだそうですが、人類の古代種がいました。彼らは星霊とも良き隣人であり、平和に暮らしていました。そんな世界の最後の国家が星の国ヴァランシア。星霊と心を通い合わせられない愚かな人間によって滅ぼされた国家です。そしてその最後の女王がシャトラン・アスタ・フロース・ハイデンリリー。最強の星霊姫で、実に七十二の星霊を使役したとされています」
──パキン。その名前を聞いた瞬間頭の中で何かが割れる音がした。何かの記憶がフラッシュバックする。
宝物庫。玉座。二匹の愛猫。愛しく可愛い子たち。広場。怒り狂った民衆。突き立てられる剣。痛みと血の匂い。星の空間。神との会話。青い煌めき。それは、私が消える直前の記憶。
「あ……あああぁぁぁ……!」
ふわぁ……ばさっ。突然私の背中から翼が生えた。実に六枚。体をすっぽりと包み込めてしまう。白い、しかし燃え盛る翼だった。わかる。これも私で、そして星霊なのだ。古代のなんてものじゃない。原初の火の星霊。創造神の愛し仔。
「ちょ、ちょっと咲闌!? どうしたの!?」
「……」
「咲闌ちゃん……?」
「その翼は……そうですか。あなたの御魂は、その女王シャトランのものなのですね」
「え!?」
「女王シャトランは七十二の星霊を使役しましたが、生まれついてその御魂に星霊をお持ちでした。それがその星霊です。名前は失伝していますが、あなたならおわかりなのでは?」
「名前はない。ただ、不死鳥と呼んでいた。これは星霊であると同時に私の魂そのもの。創造神の愛し仔。原初の火」
「ほう……」
「私は自分の可愛い子たちを封じ宝物庫に置いて誰も開けられないように鍵をかけた。でも、この家には私が隠したはずのあの子たちが眠る媒体がたくさんあるのね」
「ええ、七十二全部ではないのですが……『私』? もしやあなたは、記憶を?」
「思い出した。『私』がシャトラン・アスタ・フロース・ハイデンリリーよ。どうもはじめまして公爵。よくも呼び起こしてくれちゃって」
「それは申し訳ありませんが。しかし先程も申したように星霊姫が必要なのです。お眠りだったところを起こしてしまったのは計算外でしたが。その闇星霊を連れている時点であなたは五人の候補に挙がってしまっていたので諦めてください」
「……私以外の四人が私と仲がいい人たちなのは?」
「調査の結果最も適性を見せた四人です。あなたに近しいのは運命なのかもしれませんね」
「運命論は嫌いだし、そんなものに私の大切な人たちを巻き込みたくはないわ。で、その災厄って何なの? 神託があったくらいだもの、聞いてるでしょ? ああでも私の知ってる創造神じゃないんだっけ」
「はい。ですが神託を受けたのは創造神ではありません。この世界には六柱の神が存在します。私が神託を受けたのはそのうちの一柱、背理神です」
背理神……聞いたことがない。あるわけがない。そりゃそうだ。シャトランの時代には創造神ヴィタルが唯一神だったんだから。いや、待てよ。神というなら……
「ねぇ繭さん、背理神ってわかる?」
「えっ、あっ、名を学びはしましたが……どういう神かと言われると……ただ、裏切りの神だと……」
繭さんは申し訳なさそうに体を縮こめた。
残念。情報はないか。あとはこいつに聞くしかない。
「彼の神はなんという託宣を?」
「創造神の関与しない別世界から魔の者が来る。世界が滅亡しないよう五人の星霊姫を集めよ、とのことでした」
「で、私たち、と。具体的に何したらいいの?」
「すでに星霊姫として覚醒なさってる白桜さんはともかく、残りの四人はまず星霊契約をしてもらう必要があります。というわけでこちらへどうぞ」
はい、フェレスの指パッチン。私たちは一瞬にしてこの屋敷の宝物庫に送られた。
そこには色んな物があった。装身具、武器、芸術品……どれもこれも美しい。星霊を宿すのにピッタリの代物だった。
一番奥に王笏が飾られていた。それを見て紅兎が言う。
「わたし、この中で眠ってた気がする」
「へぇ……たしかに『私』はサキュバスの姿の星霊を王笏に封じたけどね。紅兎だったんだ。名前も違えば姿もちょっと違う。気がつかないよね」
「でもわたし、咲闌ちゃん見つけたよ。自分で起きたみたい」
「姿は今の姿だったよね。でも紅兎って名前あげたのは私。星霊契約は名前を与えることで成立するから」
「名前をあげればいいの?」
「そうだよ。でもその星霊が契約を嫌がったりしたら名前弾かれるけど」
「その通りです。ここにいる星霊は彼の女王が使役した高位の星霊たちです。気位も高いですからお気をつけて。あとは自分のインスピレーションにしたがって選んでください」
そう言われてみんなが一つ一つ宝物庫の中を見て回る。ふと、需璃さんが立ち止まって繭さんを呼ぶ。
「お姉、これ……」
「私もこれだと思います」
二人が手に取ったのは、緑の宝石がついたネックレスと腕輪。さすが双子。それを選ぶなんてお目が高いと言うべきだろうか。
「応えて」
「おいでなさい」
「「あなたの名前は」」
「──ノルン」
「──ルノン」
その言葉を境に二人が持っているネックレスと腕輪が激しく発光した。思わずみんな目を覆う。そして、光が収まった時、二人の足元に二匹の猫がいた。繭さんの方に黒いの、需璃さんの方に白いのが。どちらも額に緑の宝石がついている。
「主の匂い?」
「あれ? 主の匂いだけどちょっと違う。混ざってる」
そりゃそうだろう。今の主は『私』ではない。もちろん私でもない。繭さんと需璃さんの二人だ。
「あなたが主さま?」
「あたしたちに名前くれた?」
「それなら従います」
「言うこと聞くよっ」
記憶の中と違わない仲のいい二匹だった。
「僕、これだと思うんですよね」
「ういなはこれかなー」
怜音は水晶のペンデュラムから、雨以名は少女が描かれた絵画からそれぞれ星霊を顕現させていた。
これで全員。すごいな、さすが素質があると判断されただけある。公爵が言っていたようにここのお宝に眠る星霊は全て高位で気位が高い。
それがすんなりと契約できちゃうんだから。
『私』のしつけが良かったとかそういうことではないよ。多分ね……