02.その淫魔はまるで毒花のように
次の日目覚めるとまた枕元に封筒が置いてあった。内容は至ってシンプル。『午前零時薔薇庭園集合』零時か……こっそり抜け出すしかないな。私や雨以名は一人部屋だから結構楽だけど、コスモス寮の怜音とか抜け出すの大変そうだな。モモ寮の二人も門限過ぎてるとはいってもサクッと抜け出して来るだろうし。まず授業受けてこよっと。
二時間目の授業が終わってから雨以名のクラスに行ってみたら仕事で早退してた。まあ門限に遅れたことはないからきっと大丈夫だろう。
授業が終わりさっさと部屋に戻る。サロンとか行かないよ。変人扱いされてる私が誰と喋るってのさ。いいのよ別に。寂しくないし。紅兎が常に一緒にいるし。イマジナリーフレンドじゃないのかって? 失礼な。ちゃんと視えるし、触れるし。そういうならもっと現実的な話にしよう。昨日話してたメンバーについて。
実は全員実家の繋がりがあるので幼い頃から知っている。ま、そもそもこの学校そういう人結構いるし。
雨以名は現在アイドルをやっているが露草一族は五歳の時からなんといきなり腹を切る作法なんて学ぶのだ。茶道、花道、香道、弓道、柔道、多種多様な道を習う、習い事一族。ちなみに賭け事を学ぶのは六歳、秘め事を学ぶのは十二歳だという……今の時代実践はできないのであくまで知識として知っているだけらしいけど。お家の事情とはいえ十二歳にして四十八手の話聞いた時にはちょっとたまげた。
鴉越繭さんと九蘭需璃さんは二卵生の双子である。いつ見ても似てない。清楚系の繭さんに対してバリバリのギャルの需璃さん。元からそういうファッションが好きだったけど、ここに入学してからは六年間制服だったしね。この春大学生になってからはとってもイキイキしておしゃれしている。ちなみに苗字が違う理由は推して知るべし。
最年少でまだ中等部の朝良木怜音は嫁を見つけてこいさもなくば高等部卒業と同時に親が決めた許嫁と婚姻だという面倒な事情を持つ。いや、まだ相手選ぶ猶予があるだけいいのかもしれないけど……お嫁さんにしたい人は見つかったのかな。とりあえず家柄もいいので高等部になったらアオイ寮に入るんだろう。いい人見つかるといいね。陰ながら応援。そして私たちの誰に聞いても「朝良木家に嫁ぎたくはない」という意見は一致してるので嫁には行けないです。ごめんね。
女性同士で結婚? 別に珍しくもなんともないよ。あ、知らないのか。西暦二二二二年現在、世界中回っても男性というものはいない。絶滅してしまった。四百年くらい前に奇病が流行ってまずその時点で数が減少。その後も男児が生まれる確率が二百五十七万八千九百十七分の一ととんでもなく低い数値が出るようになり、とうとう一個体もいなくなってしまった。二百五十年前のことだ。当然なんとかしようと人間は奮闘したものの、個体値減少は止められず、そうこうしているうちに人体の神秘というか女性同士での生殖が可能になった。進化だねー。科学じゃないよ。自然。いや最初は科学も使ってたけど。
というわけで嫁探しに学校に行く女という表現は不思議でもなんでもありません。どっとはらい。
そんな世の中でわざわざ六花“女”学院とつけているうちの学校は変わり者だと思う。男子いないのに。ねぇ?
「ねー、咲闌ちゃーん」
「なにー?」
「まだ時間あるんだよね? それじゃちょっと……欲しいな?」
「ああ、はいはい。いいよ。ちょっと待って」
倒れたら危ないからベッドに座る。制服のネクタイを緩めて首を晒す。
「おいで。どうぞ」
「わぁーい」
「ちょっ!危ないから!」
ベッドに座ってるっていっても飛びついてきたら危ないから!倒れる! 抗議したけど聞いてない。お腹空いてるのに聞くわけないよね。まあ、知ってた。
「ん」
首に当たる柔らかな感触。甘い香りが鼻腔に広がりふわっと意識が微睡んでいく。体がだるく感じる。これが精気を吸われてる感覚。
『花のように嗤うサキュバスは都合知らずで恋人を喰う』
あ、呑気に歌詠んでる場合じゃなかったわ。喰わせすぎ注意。
「紅兎。こーとー」
「やぁだぁ……」
「もう。ちょいと紅兎さんや……そろそろ止めてくんないかな」
「んー」
パシパシ。体を叩いてストップをかける。あんまり喰われると起きれなくなる。愚図ったので止めてくれるまでちょっとかかった。紅兎が離れると、そのまま後ろに倒れる。ぽす。ふぅ……体がちょっと冷えた。
熱っぽくぼんやりした頭に手をやって言う。
「そういえばさ」
「うん?」
「ちっちゃい頃から一緒にいるし喰われてるから気にしたこともなかったけど」
「うん」
「サキュバスって不特定多数の相手でいいんじゃないの?」
「あ、バレてた? そうだよ。でもわたしは今更咲闌ちゃん以外から欲しくないな。初めて見た時にもう一目惚れしちゃって」
「初めてって……五歳とかじゃなかった?」
「そのくらいじゃない?」
「ああそう……ついでにさ」
「なぁに?」
「紅兎ってどっから来たの?」
「どこなんだろう?」
「は?」
巫山戯てんのかこいつは。
「気づいたらこの世に顕現してたからわかんないよ。でも男の人は見たことない」
「じゃあ思い出せるかぎりで最初の記憶は?」
「……子供の咲闌ちゃん?」
「それ十年くらい前。結構最近じゃん。それともそこで顕現したのかな」
「うーん?」
小首を傾げる仕草は可愛いんだけど肝心の知りたい情報が……
とりあえず夕食行こ。取られた分は補給しないとね。サキュバスの主というのも結構大変なのだ。……主? あれ、なんでそう思ったんだろう。