01.桜の姫は夢から目覚めて
──ぱち。白桜咲闌は目を覚ました。
「ふぁ」
小さな欠伸。
一人で寝るにはやや大きい寝台から身体を起こした私は、涙の溶んだ瞳で虚空を脱み付ける。
──何の夢だったんだろう……長い長い夢だった気がする。
小窓から差し込む月明かりが静かで清浄な気配を醸し出し、カーテンを揺らす微風に乗って、ひんやりした夜の香りが忍び込んでくる。
「……すう、はあっ」
私は深く自息を吸い込み、吐き出す。次に世界の全てを睥睨するかのような吊り目を数度瞬かせて視界を確保、軽く伸びをしながらそっと起き上がる。
「夕食、すっぽかしちゃった」
授業が終わって寮の自室に戻った後、猛烈な眠気に誘われて制服から着替えることもなくベッドに倒れこんだ。時計を見れば八時半を指していた。
ふと気づくと枕元に意匠を凝らした封筒が置いてあった。手に取ってみるも『白桜咲闌様』としか書いていない。首を傾げる。
六花女学院バラ寮。寮長でもないのに個室を与えられていた私は自分が特別なのだと自覚する。たしかに家柄はいい。でもそれだけなら例えばアオイ寮に行くことだってあっただろうし、通例に従って二人部屋だったはずだ。個人部屋という名の隔離部屋。私は病を患っている、と判断されたのだ。
六花女学院には六つの寮が存在する。文武両道で特別な生徒が集まるバラ寮。家柄が良く家庭的な生徒が集まるアオイ寮。外部受験生や編入生が多く集まるフヨウ寮。ここまでが高等部の寮。中等部の全生徒が集まるコスモス寮。コスモス寮は四人部屋だ。三ヶ月前まで私もここにいた。そして六花女子大学に進学した人が入るモモ寮とダリア寮。大学生ともなるとさすがに個人部屋だ。それでも門限があるのでそこはさすがお嬢様学校だと思う。大学から入ってくる外部生だっているのに、彼女たちも例外無くどちらかの寮に入る。
私が病を患っているとされた理由は二つ。その内の一つはこの髪。軽く頭を振るとふわっとなびいた。新雪のような柔らかい白銀の髪。この色は生まれつきだ。白桜家には時たまこの色の髪を持つ女が生まれ、そして短命だったそうだ。
そして二つ目。
「ねぇ、なぁにその手紙」
「わかんない。なんか枕元に置いてあった」
ぞっとするほど色気のある声が聞こえた。誰もいないはずの空間に話しかける。実際にはいるのだけど、誰も視えないので一人で話しているように見える。そりゃそんな奇行に走ってれば精神を病んでいると判断されてもおかしくはない。白桜家に生まれる娘、だいたいみんな様子がおかしかったらしいし。知らんけど。
「ちょっと紅兎。隠れてないで出てきてよ」
「どうせ人には見えないんだから咲闌ちゃんが変人扱いされるのは変わりないのに」
くすくすと虚空が笑い、脳が蕩けそうな甘い匂いがして、そこに私と同じ制服を着た女の子が現れる。
ふわっとしたツインロールの髪。青い瞳。
そして──制服を着てても尚隠しきれないダダ漏れの色気。
「……やっぱ制服着てても似合わないしエロいよね」
「だってそういう種族だもん。制服着るのはただ咲闌ちゃんに合わせてるだけだよ?」
ふわりと舞うように一回転。その間に彼女の服は赤いミニドレスに変わり、翼と尻尾が現れる。ただでさえ抑えられていなかった色気が最大になる。
彼女の名前は紅兎。見ての通り、人間じゃない。彼女は淫魔なのだ。
「で、そのお手紙なんなの? 開けてみてよ」
「そうね。待って……レターナイフどこ……」
机まで行って引き出しからレターナイフを取り出す。キラキラと光る装飾が施されたそれは私のお気に入りだ。
封筒を開けるとシンプルながらも美しい意匠の便箋が。そこには短い文章が。
『あなたの真実を知りたくありませんか?どちらかに丸をつけて机の引き出しへ。 YES or NO──公爵』
……はぁ?
『真実』ってなんだし。公爵って誰?
いや公爵はわかるけどそれが誰なのかって話。
頭の中で『?』を飛ばしているとスマホの着信音が。仲良し組でのグループチャットだ。
送信者は雨以名。
「ねえねえ、なんか変な手紙届いたんだけど!これ何だろう?」
彼女は露草雨以名。バラ寮の生徒で私と同じく個人部屋(隔離部屋)にいる。これにはもちろん訳がある。雨以名は現役女子高生アイドルで、握手会の女王という二つ名まで持つ。愛称はういうい。外界に触れすぎて他の少女との生活が危ぶまれるとされた結果だ。
「それあたしも届いた!」
「僕もです」
「私にも届きました」
「あ、私も今読みました。なんですかねこれ?」
「よくわかんないけど。どうする?」
「ういな的には面白そうだしYESでいいんじゃないかなー♪って思ってるんですけど」
「あたしもなんか面白そうだと思ってる! てかこの堅苦しい生活から抜け出せるなら何でもいい!」
「需璃、もうちょっとよく考えて……」
「お姉はどう思う?」
「私は、その、みなさんと一緒にしようかと」
「ほー。じゃ、咲闌と怜音はどう?」
「んー、まぁYESで。変人扱いされるのは慣れてるし真実って何? って感じですけど」
「僕も興味あるのでYESのつもりです」
「お姉以外YESだって。てことはお姉もYESでいいよね?」
「そうですね……」
というわけで全員でYESに丸をつけて封筒に入れ机の引き出しへ。どうやって取りに来るつもりなんだろう。
と思っていたら五分くらいで引き出しを開けたらもう手紙は入っていなかった。え、なにそれ、怖。