00.むかしむかしで始まる記憶
星の国ヴァランシアの王城。玉座の間。一人の女性が玉座に座っている。彼女の名前はシャトラン・アスタ・フロース・ハイデンリリー。建国有史以来の最強の星霊使いにしてこの国の最後の女王だ。
「千年続いた王国の歴史も、これで終わりなんだね」
彼女が呟くと足元から声が返ってきた。黒い猫と白い猫。ただの猫ではない。星霊だ。額の宝石がキラリと光る。
「わざわざ死を選ばなくても……」
「抵抗して打って出たら良かったのに」
「私たちだって力はありますのに」
「戦うならお供するよ?」
「いいの」
彼女はそっと愛猫たちを抱き上げる。
優しく毛並みを整えてやる。
二匹は気持ち良さそうに目を細めた。
「主! シャティさま! どうして最期に一人になろうとするの!」
「ワタシたちだってあなたのそばにいたいのに……!」
見えない二人の少女が彼女を糾弾する。
「ふぅ。みんなして責めるのね。私の判断に異議があるの?」
その時虚空から薔薇のように甘い香りがした。
「そりゃそうでしょ。建国有史以来の最強の星霊姫が戦いもせずに死を選ぶなんてね」
「食事相手がいなくなるのが残念?」
嫌そうな顔をした少女が姿を現した。
「別に食事相手としてだけ見てたわけじゃないよ」
「知ってる……うん、でももう決めたの」
「……はぁ、シャティは自己犠牲に酔ってるだけだわ」
「そうかもしれない。でも私がいなくなればこの争いもおさまるでしょう?」
「どうかな。新しい国を作ってさ、王になろうと争い始めるんじゃない? それか、わたしたちみたいな星霊を異端として狩るか。結局人間は争いが大好きなんだよ」
「……そうだね。結局私はただ逃げるだけかも。この先の争いを見たくなくて」
「……ずるい」
「ふふ。ありがとう、ずっとそばにいてくれて。言ったことない気がするけど、みんな大好きだよ」
「他の星霊は封じたんでしょ? わたしたちもそうするの?」
「うん……ごめんね。いつかまた良き主に出会えますように」
「あんた以上なんていないわよ……でも、そうだね。せめてみんなが辛くないようにできるだけ記憶は封じてあげるよ。安心して眠れるように」
「主さま……また、会えます、よね?」
「できればみんな一緒に会いたいよね」
「信じてるよ。主が見つけてくれることを」
「約束です」
「あはは、もう……みんな嬉しい餞別ありがと。大丈夫だよ。私は不死鳥だから。また会えるから。……さ、討たれにでようか」
愛猫たちを下ろし、少女の頭を撫でて女王は立ち上がる。そして振り返らずに扉を開けて出ていった。三人と二匹は黙祷でそれを見送る。
広場に出ると民衆が兵士が怒り、恨み、憎しみ……悪意のこもった眼差しで女王を見ていた。
「悪政強いたのは私じゃないんだけどね。高位貴族とか摂政とか大臣とか、最初に軒並み掃討してたじゃない。他の王族だって処刑どころか集団リンチだったし。で、最後は私と。このヴァランシアという国が終わったら、どうなるのかなぁ……今から死ぬから見れないけど、まぁ楽しみにしてるよ」
胸に剣が突き立てられる。脇腹から、肩から、腹から。
ゴフッ。大量の血を吐いて痛みを堪える。
そして声なき声で言う。
「私の可愛い子たち、眠り、につきなさい。良き世界、で目覚められるよう、に……」
そこで意識が飛んだ。二度と開かない目を閉じる。
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開くことの無いと思っていた目を開けると、そこは何も無い空間だった。満点の星空のように明かりがぼんやりと光っている。
「ここは……?」
きょろきょろと見回しているとぱあっと目の前が光った。眩し……
「よく頑張ったね。シャトラン」
「あなたは……」
「あなたたちがヴィタルと呼ぶもの」
「ああ……創造神」
自らが光を放つ少女はとても神様らしいと思った。
「女王として国を治めて、外敵から国を守って。そうまでして国民を守ったのに最後は殺された。不遇な子ね……」
「別に後悔はしてませんけどね。あなたのお告げで私の根源が不死鳥だってわかったから死ぬのも怖いと思わなかったし」
「いい子だね。さあ、新しい生を始めなさい。その世界に、私はいないけれど」
「いない?」
「そう、私はこれから世界を作り替える。この世界はもうお終いだから」
「終わり?」
「そう、人は争い星霊は消え、もう大地も海も森も何もかもボロボロ」
「なんだ。結局あの子の言う通りになっちゃったのか」
「だから新しい世界を。私に残された最後の権能で」
「……『源創の虹』、ですか?」
「よく学んでいるね。そういうこと。次は、もっとあなたに優しい世界を創りたいな」
「ありがとうございます。でも私以外にもできれば優しく。そして……願わくば私の愛しいあの子たちと再会を」
「考えておくよ。できるかはわからないけど。さぁ、お行きなさい、私の可愛い不死鳥さん。また世界の終わりで新しい私と会いましょう」
その言葉を最後にヴィタルは消えていた。残ったシャトランの体も透けていく。意識が溶けるように薄れる。最後に青い煌めきを幻視し、そして──