第五話
ユイからのメールが届かなくなってから、ひと月ほど経った。
僕は不安な日々を過ごしつつも、なんとか仕事はこなしていた。
どうやらこの会社は、僕がいないと業務に大きな支障が出るようだ。
人に迷惑をかけるのを恐れる僕としては、休むわけにはいかない。
そんなある日、会社から帰宅するとスマホが振動した。
メールが届いていた。
差出人は、ユイだ。
僕は震える手で、そのメールを開いた。
――――――
誠一郎さん、おっひさー!
元気だった?
……ごめん、すごく心配したよね。
手紙を出したかったんだけど、出せない事情があったの。それをこれから説明します。
まず、魔王は倒しました。
噂以上に強かったけど、みんなの力を合わせて、なんとか倒すことができたの。
それで、すぐにそのことを誠一郎さんに知らせようとしたら、なんと異世界レターボックスが壊れちゃったの。
もう誠一郎さんと文通ができない!
そう思って泣きそうになっちゃったけど、魔王を倒したんだから元の世界に帰れるって気付いた。
それなら、日本に行って直接誠一郎さんに会うことができるよね。
でも、女神様が現れて言うには、地球に異世界転移させるためには、とても多くの神力が必要なんだって。だから、もう少し時間がかかるそうなの。
それなら仕方ないとしても、誠一郎さんが心配してるだろうから、私が無事なことを早く知らせなきゃいけない。
それで途方に暮れていたら、アルファロンが「俺が異世界レターボックスを直してやる」って言うんだよ。
私には何もできないので、もう彼にお願いするしかなかった。
アルファロンは古文書を調べて、異世界レターボックスを修理するには「オリハルコン」って金属が必要だと突き止めた。
それで私たちはオリハルコンを探す旅に出て、一ヶ月以上かかったけど見つけることができたの。
そしてアルファロンはオリハルコンを材料にして、異世界レターボックスを見事に修理してくれた。
彼はホントに頼りになるね。
それでようやく、誠一郎さんへ手紙を出せるようになったんだよ。
ホントに心配かけてごめんなさい。
地球に帰れるようになるまでの間、また文通しようね。
――――――
僕は隣の部屋の住人から苦情がくるのも構わず、雄叫びをあげた。
その日から、またユイと文通をする日々が始まった。
僕の心には余裕ができ、また仕事にも身が入るようになった。
「泉君、元気になったみたいね。本当によかった」
「ありがとうございます。その節は御心配をおかけしてすいませんでした」
僕は室生さんに深々と頭を下げた。
「ふふっ、どうしたの? そんなに改まって」
室生さんには随分と迷惑をかけてしまった。
今ならわかる、彼女は本気で僕のことを心配してくれていた。
その時、幻聴が聞こえた。
『ね、頑張って!』
ユイの声が聞こえた気がしたのだ。
彼女の声など、聴いたことがないはずなのに。
頑張って……みようかな。
「あ、あの、室生さん」
「ん? どうしたの?」
ユイ、君の勇気を僕に分けてくれ。
「この後、一緒に食事でもどうですか?」
結果は大成功だった。
近所のファミレスで一緒に食事をしただけではあるが、僕にしては頑張ったと言える。
会話もはずんだし、室生さんとの距離が一気に縮まった気がする。
そのことをメールでユイに伝えると、我が事のように喜んでくれた。
――――――
勇気を出してよくがんばった! 感動した!
私は誠一郎さんは、やればできる子だと信じてたよ。
でも、一緒に食事をしただけで満足してちゃだめだよ。
これから少しずつ距離を縮めていくんだよ。
――――――
僕はそのとおりにした。
そして三ヶ月後、正式に室生さんとお付き合いすることになった。
そのことを伝えると、もちろんユイは祝福してくれた。
室生さんのことは、遥香と呼ぶようになった。
ユイが喜んでくれるのが嬉しくて、僕はたびたび、のろけ話をメールに書いて送った。
――――――
もう、そんな話ばかり読まされる私の身にもなってよ(怒)
うそうそ、冗談だよ。
私、誠一郎さんが幸せになって、ホントに嬉しいんだ。
――――――
そして、さらに半年の交際期間を経て、僕はついに遥香にプロポーズをした。
その結果をメールでユイに知らせる。
『プロポーズには、すごく勇気が必要だった。
でも、断られたらどうしようとは不思議と考えなかった。
僕も成長したんだと思う。
大事な仕事を任されるようになったし、自分に自信が持てるようになった。
弟に嫉妬することもなくなったよ。
え? そんなことより、プロポーズの結果はどうなったかって?
もちろん、遥香は笑顔で受け入れてくれたよ』
翌日、ユイからメールが届いた。
それを読んで僕は、彼女は狂ったのではないかと心配になった。
――――――
ぴえん超えてぱおんも超えて、ウッキーー!!
フオオオオオッ!
コオオオオオッ!
今夜は飲むぞ! 歌うぞ! 踊るぞ! 脱ぐぞ!
だって私の誠一郎さんが結婚したんだから!!
オメデトオオオオッ!!
――――――
結婚後、僕と遥香は二人で生活することになった。
もちろん、ユイとの文通は続けた。
ユイのことは遥香に話していない。
そのことに後ろめたさがなくもないが、こんな荒唐無稽な話をどうやって説明したらよいかわからない。
まあ、そのうち話そう。そうだ、ユイがこの世界に帰ってきたら、遥香に紹介しよう。
まさか修羅場にはならないだろう。
そしてさらに月日が流れ、ある日僕はこんなメールを送った。
『ユイに報告があるんだ。
今日の午前四時三十五分、娘が生まれた。母子ともに健康だ。
名前は『杏子』とつけた。
きっと遥香に似て、優しい女の子に育ってくれるだろう。
僕もついに父親になった。
これからはより一層、頑張らないといけないね』
僕はユイがどんなに喜んでくれるかと想像し、楽しみだった。
そして翌日、メールが届いた。
だがその内容は、予想もしないものだった。
――――――
はじめまして、と言ったほうがいいかな。
俺はユイの仲間だったアルファロンだ。
誠一郎君、娘さんの誕生おめでとう。心から祝福させてもらう。
だが、俺は君に悲しい報告をしなければならない。心して聞いてくれ。
ユイは魔王との戦いで、命を落としていたんだ。
なんとか魔王を倒すことはできたが、そのときに負った傷が元で、彼女は息をひきとった。
彼女は死の間際、俺にこう言った。
「誠一郎さんが、私の手紙を待ってる……返事を書かなきゃ。
だって、誠一郎さんにとって、私との文通は生きがいなんだよ。私からの返事が届かなくなったらどう思うか……。
ねえ、アルファロン。お願い、私の代わりに誠一郎さんとの文通を続けて。
無理なお願いなのはわかってる。でもどうか、私の最後の頼みを聞いて。
誠一郎さんが私との文通を必要としなくなるまで。精神的に強く成長するまで、文通を続けてほしいの」
俺はそれまで日本語の勉強をするため、ユイが書く手紙は全て見せてもらっていた。君からの手紙も教材として使っていた。
だから、ユイになりすまして手紙を書くことができると、彼女は思ったのだろう。
無茶な話だと思ったが、ユイの遺言ならば、なんとかかなえてやりたかった。
俺は何日もかけて、ユイの文体を模倣できるように練習した。ユイの気持ちになって、彼女が書きそうな内容を想像した。
それでようやく、ユイと同じように書ける自信がついたので、君に手紙を書いて送った。返信が遅れたことをごまかすため、異世界レターボックスが壊れたという嘘を書いたんだ。
それから俺は、ユイのふりをして君とずっと文通を続けていた。
俺が書いたことを思い返すと、恥ずかしくてたまらない。
それでも、君が気付かなかったということは、うまくユイの真似ができていたのだろう。
遥香さんと付き合い始めてから、君の書く文章はどんどん自信に満ちあふれていった。
以前のように、悲観的で情けないことを書いてくることはなくなった。
その代わりにのろけ話を読まされることになったが、まあ、それも悪くなかった。
そして君は結婚し、子供が生まれた。父親になったんだ。
君はもう、ユイと文通をしなくても生きていけるほど、強くなったはずだ。
だから、この文通も終えたいと思う。
今までだましていたことはすまない。でもユイを責めないでやってくれ。あいつは本当に君のことを心配していたんだ。
君と遥香さん、そして杏子ちゃんがいつまでも幸せでいられるよう、願っている。
ユイの永遠の友 アルファロンより
――――――