表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

第五話

 ユイからのメールが届かなくなってから、ひと月ほど経った。


 僕は不安な日々を過ごしつつも、なんとか仕事はこなしていた。

 どうやらこの会社は、僕がいないと業務に大きな支障が出るようだ。

 人に迷惑をかけるのを恐れる僕としては、休むわけにはいかない。


 そんなある日、会社から帰宅するとスマホが振動した。

 メールが届いていた。


 差出人は、ユイだ。

 僕は震える手で、そのメールを開いた。




――――――


 誠一郎さん、おっひさー!

 元気だった?


 ……ごめん、すごく心配したよね。

 手紙を出したかったんだけど、出せない事情があったの。それをこれから説明します。


 まず、魔王は倒しました。

 噂以上に強かったけど、みんなの力を合わせて、なんとか倒すことができたの。


 それで、すぐにそのことを誠一郎さんに知らせようとしたら、なんと異世界レターボックスが壊れちゃったの。


 もう誠一郎さんと文通ができない!

 そう思って泣きそうになっちゃったけど、魔王を倒したんだから元の世界に帰れるって気付いた。

 それなら、日本に行って直接誠一郎さんに会うことができるよね。


 でも、女神様が現れて言うには、地球に異世界転移させるためには、とても多くの神力が必要なんだって。だから、もう少し時間がかかるそうなの。


 それなら仕方ないとしても、誠一郎さんが心配してるだろうから、私が無事なことを早く知らせなきゃいけない。


 それで途方に暮れていたら、アルファロンが「俺が異世界レターボックスを直してやる」って言うんだよ。

 私には何もできないので、もう彼にお願いするしかなかった。


 アルファロンは古文書を調べて、異世界レターボックスを修理するには「オリハルコン」って金属が必要だと突き止めた。

 それで私たちはオリハルコンを探す旅に出て、一ヶ月以上かかったけど見つけることができたの。


 そしてアルファロンはオリハルコンを材料にして、異世界レターボックスを見事に修理してくれた。

 彼はホントに頼りになるね。


 それでようやく、誠一郎さんへ手紙を出せるようになったんだよ。


 ホントに心配かけてごめんなさい。

 地球に帰れるようになるまでの間、また文通しようね。


――――――




 僕は隣の部屋の住人から苦情がくるのも構わず、雄叫びをあげた。




 その日から、またユイと文通をする日々が始まった。


 僕の心には余裕ができ、また仕事にも身が入るようになった。


「泉君、元気になったみたいね。本当によかった」

「ありがとうございます。その節は御心配をおかけしてすいませんでした」


 僕は室生さんに深々と頭を下げた。


「ふふっ、どうしたの? そんなに改まって」


 室生さんには随分と迷惑をかけてしまった。

 今ならわかる、彼女は本気で僕のことを心配してくれていた。


 その時、幻聴が聞こえた。


『ね、頑張って!』


 ユイの声が聞こえた気がしたのだ。

 彼女の声など、聴いたことがないはずなのに。


 頑張って……みようかな。


「あ、あの、室生さん」

「ん? どうしたの?」


 ユイ、君の勇気を僕に分けてくれ。


「この後、一緒に食事でもどうですか?」



 結果は大成功だった。


 近所のファミレスで一緒に食事をしただけではあるが、僕にしては頑張ったと言える。

 会話もはずんだし、室生さんとの距離が一気に縮まった気がする。


 そのことをメールでユイに伝えると、我が事のように喜んでくれた。




――――――


 勇気を出してよくがんばった! 感動した!

 私は誠一郎さんは、やればできる子だと信じてたよ。


 でも、一緒に食事をしただけで満足してちゃだめだよ。

 これから少しずつ距離を縮めていくんだよ。


――――――




 僕はそのとおりにした。


 そして三ヶ月後、正式に室生さんとお付き合いすることになった。

 そのことを伝えると、もちろんユイは祝福してくれた。


 室生さんのことは、遥香(はるか)と呼ぶようになった。

 ユイが喜んでくれるのが嬉しくて、僕はたびたび、のろけ話をメールに書いて送った。




――――――


 もう、そんな話ばかり読まされる私の身にもなってよ(怒)


 うそうそ、冗談だよ。

 私、誠一郎さんが幸せになって、ホントに嬉しいんだ。


――――――




 そして、さらに半年の交際期間を経て、僕はついに遥香にプロポーズをした。

 その結果をメールでユイに知らせる。



『プロポーズには、すごく勇気が必要だった。

 でも、断られたらどうしようとは不思議と考えなかった。


 僕も成長したんだと思う。

 大事な仕事を任されるようになったし、自分に自信が持てるようになった。

 弟に嫉妬することもなくなったよ。


 え? そんなことより、プロポーズの結果はどうなったかって?


 もちろん、遥香は笑顔で受け入れてくれたよ』



 翌日、ユイからメールが届いた。

 それを読んで僕は、彼女は狂ったのではないかと心配になった。




――――――


 ぴえん超えてぱおんも超えて、ウッキーー!!


 フオオオオオッ!


 コオオオオオッ!


 今夜は飲むぞ! 歌うぞ! 踊るぞ! 脱ぐぞ!


 だって私の誠一郎さんが結婚したんだから!!

 オメデトオオオオッ!!


――――――




 結婚後、僕と遥香は二人で生活することになった。

 もちろん、ユイとの文通は続けた。


 ユイのことは遥香に話していない。

 そのことに後ろめたさがなくもないが、こんな荒唐無稽な話をどうやって説明したらよいかわからない。


 まあ、そのうち話そう。そうだ、ユイがこの世界に帰ってきたら、遥香に紹介しよう。

 まさか修羅場にはならないだろう。



 そしてさらに月日が流れ、ある日僕はこんなメールを送った。



『ユイに報告があるんだ。


 今日の午前四時三十五分、娘が生まれた。母子ともに健康だ。


 名前は『杏子(きょうこ)』とつけた。

 きっと遥香に似て、優しい女の子に育ってくれるだろう。


 僕もついに父親になった。

 これからはより一層、頑張らないといけないね』



 僕はユイがどんなに喜んでくれるかと想像し、楽しみだった。


 そして翌日、メールが届いた。

 だがその内容は、予想もしないものだった。




――――――


 はじめまして、と言ったほうがいいかな。

 俺はユイの仲間だったアルファロンだ。


 誠一郎君、娘さんの誕生おめでとう。心から祝福させてもらう。

 だが、俺は君に悲しい報告をしなければならない。心して聞いてくれ。


 ユイは魔王との戦いで、命を落としていたんだ。


 なんとか魔王を倒すことはできたが、そのときに負った傷が元で、彼女は息をひきとった。


 彼女は死の間際、俺にこう言った。


「誠一郎さんが、私の手紙を待ってる……返事を書かなきゃ。

 だって、誠一郎さんにとって、私との文通は生きがいなんだよ。私からの返事が届かなくなったらどう思うか……。


 ねえ、アルファロン。お願い、私の代わりに誠一郎さんとの文通を続けて。

 無理なお願いなのはわかってる。でもどうか、私の最後の頼みを聞いて。


 誠一郎さんが私との文通を必要としなくなるまで。精神的に強く成長するまで、文通を続けてほしいの」


 俺はそれまで日本語の勉強をするため、ユイが書く手紙は全て見せてもらっていた。君からの手紙も教材として使っていた。

 だから、ユイになりすまして手紙を書くことができると、彼女は思ったのだろう。


 無茶な話だと思ったが、ユイの遺言ならば、なんとかかなえてやりたかった。


 俺は何日もかけて、ユイの文体を模倣できるように練習した。ユイの気持ちになって、彼女が書きそうな内容を想像した。


 それでようやく、ユイと同じように書ける自信がついたので、君に手紙を書いて送った。返信が遅れたことをごまかすため、異世界レターボックスが壊れたという嘘を書いたんだ。


 それから俺は、ユイのふりをして君とずっと文通を続けていた。


 俺が書いたことを思い返すと、恥ずかしくてたまらない。

 それでも、君が気付かなかったということは、うまくユイの真似ができていたのだろう。

 

 遥香さんと付き合い始めてから、君の書く文章はどんどん自信に満ちあふれていった。

 以前のように、悲観的で情けないことを書いてくることはなくなった。

 その代わりにのろけ話を読まされることになったが、まあ、それも悪くなかった。


 そして君は結婚し、子供が生まれた。父親になったんだ。


 君はもう、ユイと文通をしなくても生きていけるほど、強くなったはずだ。

 だから、この文通も終えたいと思う。


 今までだましていたことはすまない。でもユイを責めないでやってくれ。あいつは本当に君のことを心配していたんだ。


 君と遥香さん、そして杏子ちゃんがいつまでも幸せでいられるよう、願っている。



 ユイの永遠の友 アルファロンより


――――――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ