第二話
最近はやや下火になったが、「異世界転生」あるいは「異世界転移」と呼ばれるジャンルの小説や漫画が、流行っていたことがある。
たとえば、日本で普通に生活をしていた者が、突然トラックにはねられるなどして死亡し、別の世界で新たな生命を与えられ、人生をやり直す。
これは「異世界転生」と呼ばれる。
「異世界転移」も似たようなもので、やはり別の世界で新たな人生を送ることになる。
異世界転生と違うのは、別の人間に生まれ変わるのではなく、元の肉体のまま別の世界に移動するという点だ。
ユイの例は、異世界転移ということになるだろう。
もちろん、そんな絵空事はフィクションの世界でしかありえない話だ。
こんなメールは削除して、忘れてしまうのが正解なのだろう。
だが、僕はユイの話が嘘とは思えなかった。
彼女にもっと話を聞いてみたかった。
そこで、このメールに返信してみることにした。
異世界レターボックスというアイテムの説明では、取り出し口から返事を受け取れるようなことが書かれていたので、こちらからのメールも届くかもしれない。
返信して何の反応もなければ、この件は忘れることにしよう。
『僕は泉誠一郎といいます。二十五歳の会社員です。
ユイさんの手紙を、確かに受け取りました。
ただし、手紙としてではなく、スマホに電子メールとして届きました。この返信もスマホから書いています。
ユイさんが異世界に転移したという話は、とりあえず信じることにします。
ですが、ご家族への連絡はできそうにありません。このメールをそのまま見せても信じてもらえないどころか、悪質なイタズラとして通報されかねませんから。
期待に応えられず。申し訳ありません。
ユイさんが日本に帰ってきて、直接ご家族に会える日が来ることを願っています』
送信ボタンを押してから、自分の名前を書いたのは軽率だったかもしれないと気付いた。
これが迷惑メールだった場合、悪質な業者に個人情報が知られてしまうことになる。
だが、あまり不安は感じなかった。
やはり心の奥では、異世界からメールが届いたという話を信じているからだろう。
翌日、会社から帰宅してだらだらと時間をつぶしていると、ちょうど午後十時になったところでスマホが振動した。
ユイからのメールが届いていた。
――――――
ホントに届いてた!!
正直、あんまり期待してなかったから驚いてます!
久しぶりに日本語の文章を読んで、興奮してます!
誠一郎さん、わざわざ返信してくれてありがとうございました!
それにしてもスマホに届いていたなんて、思いもよりませんでした。
誠一郎さんからの返事は、普通に便せんに書かれたものが届いています。
ただ、筆跡は活字にしか見えないんですよね。明朝体……っていうんでしたっけ? そんな感じです。
まあ、異世界だからなんでもアリなんでしょう。
事情はわかりました。確かにそれでは、私の家族に連絡を取ることはできないですね。
残念ですが仕方ありません。でも、気にしないでください。もともとあんまり期待してなかったんです。
誠一郎さんが言うとおり、日本に帰って直接家族に会うことにします。
そのためには魔王を倒さないといけませんが……まあ、なんとかなるでしょう。
私、けっこう楽天的な性格なんです。
誠一郎さんにお願いがあるんですが、これからも私と文通をしていただけませんか?
日本語でやり取りができるのは楽しいし、そちらの世界がどうなっているのか、興味がありますから。
よかったら、返信をお願いします。
――――――
僕のメールは、ちゃんと届いていた。
どんな原理かわからないが、こちらから送ったメールは、紙に書かれた状態で届いたようだ。
ユイの文章は前回と比べて、ずいぶんと親しげな調子になっていた。
文通の誘いがきているが、僕はそれも悪くないと思った。
異世界にいる人間と手紙をやり取りをするというのは、今まで誰も経験したことがないだろう。興味深い話だ。
まあ、相手が女子高生で、しかも美少女であるということも、興味深いと思う理由ではある。
僕は返事を書いた。
『文通をするのは、もちろん構いません。
僕も異世界について興味があるので、いろいろ教えてください。
町並みや人々の服装は、やはり中世ヨーロッパ風なのでしょうか?
ユイさんはどんな魔法が使えるのでしょうか?
魔族はどんな外見をしているのでしょうか?
わからないことだらけなので、ぜひ知りたいです――』
それから、こちらの世界がどうなっているかを知りたいとのことだったので、とりあえず総理大臣が変わったり、日本人が海外のスポーツ競技で活躍したり、芸能人が不倫をしたりといったことを書いておいた。
だが、彼女が本当に知りたいことは、そんなことではないと思う。
家族が今も元気に暮らしているかどうかを、知りたいのではないだろうか。
そこで僕は、昨日ネットで見つけた記事を紹介することにした。
「女子高校生行方不明から一年、残された家族の悲痛な思い」という記事だ。
あまり気分のいい記事ではないかもしれないが、少なくとも彼女の家族は今も無事であり、彼女が帰ってくるのを待っていることは伝えられる。
この記事の概要を説明し、掲載されているページをPDFに変換して添付することにした。
向こうでPDFファイルを見ることができるかどうかはわからないが、都合よく紙媒体に変換されることを期待する。
僕はメールを送信した。
相手のアドレスがわからないので、こちらからはメールに対する返信という形でしか、送ることはできないようだ。
翌日、ユイからメールが届いた。
――――――
ハロハロー♪
文通のお願いを聞いてくれて、ありがとうございます!
今回は便せんの他に、文字化けしたような字がズラッと並んでる紙が入ってました。
これってきっと、添付してくれた新聞記事なんですよね。残念ながら読めませんでした。
でも誠一郎さんが概要を書いてくれたので、記事の内容はわかります。
心配してる家族のためにも早く帰ろうって、改めて気が引き締まりました。
私の知りたかったことを教えてくれて、ありがとうございます。
この世界については書くべきことがありすぎて、何から書けばいいのかな……。
えーと、中世ヨーロッパがどんな世界だったかは知らないのですが、よくアニメで見る異世界モノをイメージしてもらえれば、だいたい合ってると思います。
魔法には火、土、風、水、光の五属性があって、人によって得意な属性が違うんです。
私が得意なのは火属性魔法です。光属性の方がカッコよくてよかったなあ。
一番よく使う魔法は『ファイヤガン』という、指先から炎の弾を撃ち出す魔法です。
私はどっちかというと、魔法より剣の方が得意なんですけどね。
魔族にはいろんな種族がいるけど、怖い外見の奴が多いです。
二本足で歩くスライムとか、頭が四つある人喰いブタとか、人面ドラゴンとか。
知性があって、言葉でコミュニケーションをとれる奴もけっこういます。そういう奴は、たいてい強いです。
でも、私には心強い仲間がいるから大丈夫です。
戦士のラルフは、まさに気は優しくて力持ちって感じのおじさんです。腕の太さが私のウエストぐらいあります。
僧侶のセーラは、女の私でもウットリするような美人で、治癒魔法が得意です。困っている人を放っておけない、聖女のような人です。
魔法使いのアルファロンは……ちょっと変な男の人です。
いや、いい人なんだけど、自分を天才だと思っているのが、鼻につく感じで。
彼は誠一郎さんから届いた手紙を読もうとしてます。
日本語だから読めないでしょって言ったら、彼はメガネをクイッと持ち上げて、クールな表情で「俺の読めない文章が、この世に存在するというのが許せないんだ」なんて言いました。
バカでしょ?
あ、今のなしで。好奇心が旺盛なのはいいことですよね。
それで、私がアルファロンに日本語を教えてあげることになったんです。
そんなものを学んでも、なんの役にも立たないと思うけど、天才の考えることはよくわかりません。
もっと書きたいことがあるんですが、ワイバーンが現れたので今日はここまでにしておきます。
今度は誠一郎さんのことを知りたいです。いろいろ教えてください。
――――――