異世界展性した俺が締め切りを守れないのは頭の中に響くスピーカーと太鼓があるせいなので、家電量販店に入店するための三つの関門をクリアして成り上がります。
「さいきん全然書けていない」。異世界転生したわたしは、異世界にいると根拠もなく思いこんでしまった。まずは、根拠が必要だ。いやいや、わたしは異世界にいるとひしひしと感じるのだ、根拠など必要ないではないか!
とはいえ、ただ一人称的経験しかない……ここは、異世界なのか? まったく記憶がない。
わたしの一人称経験とは、なにか? これから貴族のための魔法呪文をつくらなくてはならないのにまったくアイデアが出ずに途方にくれていたということだ。
「きみ! 締め切りは三十年前のはずだろ。なにをぐだぐだしているのだ!」
異世界とトラックでひかれたわたしの世界の時間的流れはほぼ同一であり、この場合30年とはその時間的幅そのまま30年を意味する。転生する前のエヴァでさえ12年で完結までもっていったのに、これではいけない!
異世界とトラック組合。それは異世界とトラックの生態学的複合体である。異世界は異世界展性者に情報を共有されなくては、三分で崩壊してしまう。これは変換ミスではない。異世界を展性する者――異世界を発展し、展開するものとしての情報体、それによって世界は成り立っている。
彼らは「異世界デベロップメント(株)」として超巨大コングロマリットを形成しつつ、異世界の宗教組織「展性教」とともに世界帝国を作り上げつつあった。
「あぁぁぁぁぁ~♬。異世界をのばぁ~せぇぇぇぇぇ♪♪」今日も賛美歌が三丁目の角から響いてくる。その響きはとても甘美なものだ。共感覚によって鼻が破壊されてしまい。三年前からラーメンの香りのみしか認識できなくなってしまった。どうしたことだろう。
ゆえにおれはラーメンをつくるためにこうして展性魔法使い師として活動しながらサイドワークを行っていた。
《おれはラーメンになるのだ。ラーメンになれば、ラーメンは存在する。おれは世界で一番存在性が高い存在だ。デカルトもそう言っている》。
デカルト「そうだそうだ!」
カント「はたしてそうかな?」
お前は!
デカルト「うるせぇいな。殺してやる!」
デカルトはカントを殴打した。首を絞めた。頭に穴を開けた。鼻を切断した。
カント「うぎゃあ。痛い!」
しかし、カントは生きていた。純粋理性を極度まで発展させた彼は、そんなことは無意味だったのだ。
カント「ふっふっふ、純粋理性を一ミリも持っていない愚かなる人間よ・・・・。死ね!!!!」
つまり理性とは延長とは異なり、延長の極限は面=麺となる。つまり、世界を形作る展性とは麺の伸びなのだ!!!
ここでデカルトを代表とする延長派は「異世界デベロップメント(株)」に対抗する闇の勢力として活躍してきたことを語るのは別の機会にしたい。だが重要なのは、彼ら「切断学派」は世界に切り目をいれることで、より麺とスープが絡まることを目指していたのだった。
カントの脳からラーメンが発生する。世界を展開するラーメンだ––––。
そんなことはどうでもよい。いまおれに必要なのは、締め切りをどうにかすることだ。デカルト? カント? そんなやつらは倫理の教科書の片隅にでも封印しておくことだ。せいぜい、落書きの実験体の地位に甘んじていればよい。おれは、魔法によってカントとデカルトを教科書に封印した。(注:落書き実験体とは、線によって規定された悲しき使い魔どものことである。)
締め切りを出せない理由はなんだろうか? おれは考え込んだ。理由さえわかれば、それを解決することができる。よし、第一の試練は、この理由を解明することだ。おれはサイコダイバーに頼むことにした。サイコダイバーたちは、脳のなかを泳ぐことによって精神状態を把握することができるのだ。
サイコダイバーはイカの乾燥したものをカミカミしながら呪文をつぶやく「神たちよ、われに最高のサイコダイビングを。そして最古の記憶を、再興させよ!」
サイコダイバーはおれの脳を泳ぐために、まず、ハンマーをふるっておれの頭蓋骨をぶちわった。なぜならば、頭蓋骨に穴をあけなければ脳にダイブすることができないからだ。サイコダイバーは心脳同一論者なので、心に飛びこぶことは、脳に飛びこむことであるという意見を持っているのだ。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ! 痛い!」
おれは叫んだ。なぜならば、痛かったからだ。
「頑張れ! おれたちがついてる!」
「そうだ! 負けるんじゃないぞ!」
––––痛い、いたい、いたい、いたい……。
ざぶーん・・・、ざぶーん・・・。脳が波打つ。脳のシオマネキが潮を招く。(注:シオマネキとはカニであり、カニは中生代白亜紀に現在と同じような姿に進化したという学説が現在では主流になっている)。潮を招くというのはどうすればいいのか? 潮は、月の重力によって左右される。そのために、シオマネキは慣性フィールドを操作して月を地球に近づけたり、遠ざけたりしているのだ。しかし、月の頭脳(月には微少な割れ目があり、そこにマグマが移動することによって思考する)はそうしたシオマネキの慣性フィールドに対抗するためにカニを全滅させる殺カニ剤を購入したのだ。それは、一般的なスーパーマケットにいけば、七百円ほどで購入することができる。月はスーパーマッケットに入ることができないという意見もあるかも知れないが、そこは入れたのだ。理由は特にない。
遠くの方で、マグマを吹き出す火クジラの影が見えた(注:火クジラは火噴きを行う巨大哺乳類である)。また、その隣には非クジラ、非シオマネキなどが非海に漂っていた。ここでは、海のイマージュと火のイマージュが混合しているようだ……と空からサイコダイバーらしき声が聴こえる。おい、挿入詩子4番から試せ、それから、様子を見て、エピソードを確認していくぞ。それ!
この声はサイコダイバーの声だという学説は一般的だが、わたしはそうとは思わない。サイコダイバーの特徴である「サイコダイブするぞ」という意気込みにかけているように思えることだ。むしろ、水中を泳ぐダイバーではなく、空を飛ぶほうのダイビングをしていると思えるときすらある。
––––以上の挿話は別の脳海と混線している可能性があるな。もう一度呼び戻せ。そら「サイコダイバー!!」
※※※
「はいこんにちわ、別の脳海です」
別の脳海? それはなんだ? 海は七つあるが、脳海はたくさんある。たくさん?どのくらい?数をいえ、数を。数がすべての秩序を形成するのだ。数がなければすべてはご破算だ。確定申告は書けなくなり、税務署がおれを殺しにアサシンを派遣してくるんだよ。だから、数は必要なんだ。おねがいだ! 数を言ってくれ!
そうでなければ締切が守れなくなってしまう!
「思い……出した!」
わたしは数を数えられなくなる、数忘れに罹患していたのだった! ゆえに、締切を守ることができなくなってしまっていたのだった。
※
その3日後。わたしは締切を守れてほっとしていたところ、ふと夜中に目覚めてしまった。スリッパをつっかけ、あたたかい黒ビールでも飲もうと、初冬の冷えた廊下を歩いていると遠くの方で太鼓の音が聞こえた。
どん……どん……どんたかたった……どん……。
だんだんと / どんどんと近づいて来ると、いきなり大音声が響いた。
「うっひっひい! おまえの締め切りを締め切らないでやるぞぉぉぉぉ!」
うるさい! どこ? わたしの頭だ。わたしの頭のなかに、なにものかがスピーカー(と太鼓)を設置したのだ。そうして、ところかまわず、わたしの思考に干渉してくるのだ。スピーカー(と太鼓)を破壊しなければならない!
スピーカー(と太鼓)を破壊するために、わたしは電気店へと旅をすることにした。
電気店は、異世界展性した家電を扱っている店だ。女神は展性した家電をさらに綿棒でのばして、もちのようにしてしまう。それを、そうめんのように切り分けた名人によって、家電量販店は経営されている。この名人たちの生涯は数々の伝記に面白おかしく書かれているが、いまは省略しよう。
家電量販店はどこにあるのか? その謎を探るために、わたしはそこらへんの人にインタビューした。
「え? 家電量販店? 北のほうじゃないですかね? 知らんけど」
北の方なのか。よし! 旅に出よう!
北には、たくさんの氷とたくさんの暖炉がある。氷は冷たく、暖炉は暖かい。この温度差によってカルノーサイクルが循環していくのだ。そうして世界は発電されるというわけだ。氷と暖炉、氷と火のイマージュ。これらの力によって、家電は、仮想電力。仮電量販店として北方は異世界展性のエネルギーを担っていた。
「家電量販店に入るためには三つの関門をクリアしなければならない」
「なぜです?」
「北国なので、熱が逃げないように扉が多重構造になってるのさ」
※
第一の関門。寒さ。
「北は寒いなあ」
わたしは薄手のコートを着てきたことを早くも後悔していた。お気に入りの海老色の元気なピンクのコートだが、スプリングコートで北向けではなかった。
しかし、運動した結果、暖かくなった。
第一の関門、クリア。
第二の関門。パン食い競争。
パンが自然発生している。うっそうとしげったパン。七百メートルほどのパンの原生林が行く手を阻む。ここは、イースト菌が過剰繁殖した結果、すべての植物をパン化してしまったのだ。
見給え! そこにはパン化した、人間の白骨死体、いや、パン骨死体が横たわっている! パン化する、一般化する、一パン化する。汎化する、ここには神さえもパンになるパン神論、パン心論
––––。
ここは、毒をもって毒を制すしかない。すなわち、パンに勝てるのはpan――フライパンしかないのだ。フライパンを鋳造して、パンを殴れば、パンは潰れて食えなくなる。一パン性は失われ、特殊解に定まっていく、個別世界が取り戻されていく。
すべてのパンをモグラたたきのようにつぶしてしまえば、この関門はクリアだ。
ぱん! ぱん! ぱん! (注:パンをフライパンで叩く音)
迫真のオノマトペが響き渡る。
第二の関門、クリア。
三つ目の関門、そして、最終関門。セールスマントーク。
満面の笑みを貼り付けたセールスマンは、ピッチリした紺色のスーツを身にまとい、パワーポイントを全世界に展開する! 右に向けど、左に向けど、そこには商品解説が描かれ、使用前と使用後の劇的な変化を謳った人々が目線入でこちらをじっと見つめてきている……。
「はいはいはいはい、頭のなかのスピーカーを破壊したいと? いいですねぇ、破壊こそ、我が社が生まれた理由であります。さぁて、これなんかどうですか? 全自動スピーカー破壊スピーカー。これは、音波で半径七千キロ内のすべてのスピーカーを破壊します。鼓膜も破れてしまいますので、どうかマニュアルを読んでくださいね。お値段は分割12回払いで、七千万円となります。クレジットカードをお作りになりますと、ポイントがお得になります。運転免許証はお持ちでしょうか?」
「欲望をそのまま叶えるもの……それはわたしの求めているものではない。わたしはわたしの力でわたしの欲望を掴み取らねばならないのだ! 締切のために!!!」
わたしはさっと、セールスマンを躱す。だが、彼はいっそう笑みを深めてこちらを見つめた。
「では、実際の声を聞いていただきましょう……カスタマー・レヴュー、スタート!!!」
ぐわんぐわんと地鳴りがすると同時に、お客さまの声がわたしを切り裂く!
お客様の声攻撃だ!
〈わたしはこれで毎日の便通がよくなりました!〉
〈治らなかったアトピーが治りました!〉
〈鬱々とした気分がスッキリして、笑顔で仕事に行けるようになりました!〉
薬事法にギリギリ違反しないラインの鋭いレビューが手足をもぐ!
これは強敵だ……どうやって戦えばいいのか……。
「おらあぁぁぁぁぁ! 殺してやる!」
わたしはセールスマンに殴りかかった。こうなったら、正面からぶつかるしかない。頭蓋骨のなかにあるスピーカーと太鼓を取り出して。どんどこならす。
どんどこどんどこどこどこどこどこどこ!
太鼓の大きな音が、スピーカーによって、さらに、大きくなっていく!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
セールスマンが悲鳴をあげた。全身の細胞が、音によって破壊されていったのだ。水分子と音が共鳴して、極度の高い熱が発生していき、DNAが崩壊する! いまや、セールスマンは生きながら死んでいる状態だ!
第三の関門、クリア。
「これで入店できた……あ、あれは!」
わたしは、ここで、悟った。そもそも、別にスピーカーと太鼓を壊す必要はなかったのだ。それらをわたしの頭のなかに設置したのは、わたしだったのだ! スピーカーと太鼓。それは、わたしのなかに最初からあった。人生はその二つの楽器とともに、歩んでいくものだったのだ。
このリズムと共に生きればよかったのだ……!
「いくぞ、わたし!」
わたし「おうよ!」
わたし「いい感じね」
わたし「へっ、おせーっつーの!」
わたし「待たせやがって……」
どんどん、ちきちき、どんちきどん。
ギャギャギャガーン。
ピロピロピロピロ。
タララララン、タララララン。
その響きにより世界に終末が告知されることになるのだが、それはまた別の話。別のところで語ろう。
(終劇)