第四章 クズのお仕事
「起きてっ! 起きるのっ!」
「んん~……?」
乱暴に揺すられて、俺は渋々(しぶしぶ)身体を起こした。
ガンガンと五月蠅い。
頭痛かと思ったが、実際に聞こえている音だ。とんでもなく五月蠅いが、まだ寝れる。
「起きるのおおおぉぉぉぉっ!」
「うっ。あ~、分かった。起きる、起きるよ……」
どうにか瞼を開けば、目の前にリムがいた。
「魔物なのっ! たぶん、沢山っ!」
「この音が魔物襲撃の合図か」
「早くっ!」
「リム。お前が慌てても仕方ないだろ」
わしゃっとリムの頭を掴んで立ち上がり、脇に置いてあった胸当てを着込む。
やっと目が覚めてきた。こうして起こされると、意識がハッキリするまでがまぁキツい。
「で、魔物って事は西か」
「たぶん……」
「分かった。じゃあリム、おんぶだ」
「……え?」
ちゃんとジャケットを着てから、リムの前に腰を下ろす。
言い間違いでは無く、寝ぼけているわけでも無い。本気でリムを背負って向かうつもりだ。
「魔術で光を頼む。戦闘ってなれば明るくはなってるだろうけど、目は多い方が良い」
「あ、うん」
本音を言えば、リムを放っておく事が怖かったのだ。
村人にあれだけ愛されてるって事は、何かと献身的だって事だろう。短い付き合いだが、良い子だって事が十分分かるような子だ。
放っておくと、知らないところで知らない奴の為にオークに戦いを挑んでそうで怖い。
そんな理由でリムを背負ってテントから出る。
幾つもの光の玉が浮き、村はかなり明るかった。
冒険者達が西門へと走ってゆく姿が見える。ギルド職員の避難を誘導する声に、赤子の泣き声。様々な声が混じり合い、切羽詰まった雰囲気だ。
「かなり敵の数が多そうだな」
剣を片手に西門へと急ぐ。
昼間の森の様子を考えれば、あり得ない事態だ。
まだ明け方にはほど遠い真夜中。夜行性でも無いオークがこの時間帯に襲ってくる事もおかしければ、オークの移動速度で昼間にオークの異常発生が確認されていなかったというのもおかしい。
分からない事だらけで嫌になる。寝起きから頭を使わせないで欲しい。
西門前に群がる冒険者の群れを目に、駆ける速度を落として手近な男へと口を開く。
「おい、状況は?」
「百はくだらねぇとさ。オークごときがよぉ」
「指揮官は?」
「指揮官? ンなもんいるはずねぇだろ。……って、お前舐めてんの?」
こっちを見た男が、イラッとした様子で目を細める。
そりゃあ子供背負ってればそんな反応にもなるだろう。俺は思わず苦笑して肩を竦めた。
「これでもCランクだ。そこそこ役に立てるだろうから我慢してくれ」
「そうなのか? いや、こっちこそ悪かった。おいっ! Cランクだ道を開けっ!」
男の声が響き渡り、門までの視界が開ける。
門には六人の衛兵が張り付き、ドンドンと音を立てて揺れる門を押さえている。両脇の物見櫓から矢を放っている者もいるが、さほど効果がないのか揺れは収まる事は無く、逆に物見櫓ごと塀まで揺れている。
「もう、限界だっ! 門を開くぞっ!」
「ちょっと待てっ!」
反射的にそう声を上げ、ざっと周囲を見回す。
大体三十人程か。思ってたより少ないが、戦闘が苦手な冒険者とかは避難する側に回っているんだろう。
問題は隊列だ。すぐ交戦だというのに、適当な配置。ランクとかパーティーやらで集まっているんだろうが、弓持ちが最前列にいるのは頭痛すら覚える。
騎士団の訓練風景を見ていなければ、この光景に目眩までは覚えなかったんだろうか。
「魔術師は詠唱を始めろっ! 遠距離持ちは射線が通る位置にっ! 屋根上とかあんだろうがっ! 盾持ちは魔術師の横にっ! 近接は盾持ちの後ろに付けっ!」
ぽかんとした冒険者達の視線が突き刺さるが、気にしている場合じゃ無い。
「急げっ! 開門と同時に一斉射っ! すぐさま盾持ちは突貫して敵を阻めっ! 近接は追随して接敵と同時に盾持ちの脇を抜けて攻撃だっ! いいなっ!?」
その声に返事をしてくれたのは数名。ただ、魔術師は詠唱を始めてくれているので、それだけでもありがたい。
「隊列を組めぇっ!」
叫びに今度は先程よりは多い返事があり、冒険者達が動き出す。
「なんでテメェが指揮執ってんだよ」なんて不満の言葉もあったが、動いてくれればそれで十分だ。
「もう、駄目だっ! 開門するぞっ!」
悲鳴じみた声と共に、門を押さえていた六人が左右に駆け出す。
それとほぼ同時に、扉が破壊されつつ左右に開いた。
姿を見せるオークの群れ。
そこに、六つのフレイムアローと幾つかの矢が降り注いだ。
『おおおおおぉぉぉぉぉっ!』
五人の大盾持ちがオークの集団へと突っ込んだ。
たったの五人。だが、魔術と矢で動きが鈍ったオークの初動を抑えるには十分だった。
後は最も数が多い近接職の仕事だ。
頭を使ってくれる数人が左右に分かれてくれたので、俺も左側からオークへと攻めかかる。
「リム、ちゃんとしがみついてろよ」
「はいっ」
基本は変わらず首狙いだ。前しか見ていないオークの首を、横から突くだけの簡単なお仕事。
二体も倒せばさすがにこちらへと向き直るオークが多かったものの、そこからも戦いやすかった。
ぽんぽんとリムが俺の胸を二度叩く。
「ライト」
呟きと同時に、棍棒を振りかぶったオークの目の前に光の玉が。
殺傷力の無い生活魔術だが、突然の光にオークの動きが一瞬止まる。
その一瞬がありがたい。
一対一なら楽に殺せ、二対一、三対一でも一瞬の猶予は値千金といえるほどの余裕に変わる。
戦いやすい。
騎士団と一緒に戦った事はあるが、こんなにも戦いやすいと思った事は初めてだ。
戦うのが楽しいと思ったのも、これが初めてだ。
任せられる。安心して戦える。
踏み込み、群れの中へ。
いつも以上に背後を気にしないと行けないという危機感はあるが、それ故にか視界が広がったように思える。
オークの首を突き、時に裂く。
血を舞い散らせながら、何体のオークを殺したか。
気がつけば立っているオークはおらず、俺は外側から門を見上げていた。
「……終わったか」
百以上いるとか言っていたが、ざっと見た感じ五十ぐらいなもんだろう。
逃げ出した個体もいるだろうが、オークの巨体が群れているのを見て思わず百以上なんて表現になってしまったんだろう。多分。
「あ、あの……」
「あぁ、悪い。お疲れ様、リム」
「サガラさんも。その、凄かったです」
「リムのおかげだよ」
自然と出てきた言葉に、リムは目を丸くすると若干暗くても分かるほどに顔を真っ赤にした俯いた。
そんな仕草につい苦笑したものの、俺はすぐに眉間にしわを寄せつつ剣の血を払って飛ばし、鞘に収めた。
明らかにおかしい。
村からは勝利の雄叫びが聞こえてくるが、同じように喜ぶ気持ちにはなれない。
「……どうしたの、です?」
「上位種どころか亜種すらいなかったのがな」
「あしゅ?」
「オークの群れを指揮する立場の存在がいなかったんだよ。だから、なんで群れになって襲ってきたのかが分からないんだ」
小首をかしげるリムには尚更分からないだろう。
王城で勉強しただけではあるが、オークにしろゴブリンにしろ、群れて行動はするが五体以上のグループとなる事はほとんど無いらしい。一説には一時的に分かれて行動した結果合流できなくなるんじゃないか、なんて見解もあるらしいが。
兎に角、事実として五体以上のグループと言う事はまず無い。例外はダンジョンの中と、上位種か亜種がいた場合だけだ。
オークを率いるだけの知能があるわけなので、我先にと逃げ出した可能性はあるが。
「サガラさんっ!」
聞き慣れない声に思考を現実へと戻すと、四人の少年少女が駆け寄ってくるところだった。
見覚えがある、と言うか昼にも会ったあの四人組だ。
彼らは俺の前に来ると息を切らせて立ち止まり、目を輝かせて見上げてきた。
「凄かったっス」
「うん、凄い。本当に」
「ギルマスからもヤバい人とは言われてましたけど、見事でした」
「まぁ、うん。あんたのおかげで、助かったわ」
口々に褒め称えてくれる。
こちらの世界に来てからそんな事は初めてで妙な気分になったものの、それを表情に出すまもなく俺は目を細めた。
村の中。正面門である東口の方向。
「あれ……燃えてないか?」
オークが二手に分かれて襲撃した?
その可能性はある。なら、本体が正面門から攻めてきているんだろうか。
「お前達、リムを任せて良いか?」
「リムも行くのっ!」
「リム……」
譲らないと言わんばかりに真っ直ぐ見上げてくるが、時間が惜しい。
「いいかリム、お前達も。またこっちから襲撃されたら、今度は門すら無い。だから、ちゃんと見張ってる人員が必要だ。何人か連れてくが、残った奴で対応してくれ」
「でもっ!」
「リム。信頼してるから残すんだ。オークが攻めてきたら、すぐに報告してくれ」
しゃがんで目を合わせ、そう告げる。
リムは一瞬泣きそうな顔を見せたものの、歯を食いしばると小さく頷いた。
「よし。じゃあ後は任せたぞ」
返事は待たずに走り出す。
「お前らっ! 何人か付いてこいっ!」
門をくぐり、健闘を讃え合っている面々にそう怒鳴って駆け抜ける。
ただの火事ならいいのだが、燃えている範囲が広がっている。通りの反対側の家まで焼けているのなら、まず家事という線は無い。
「何があったっ!?」
声に視線だけ向ければ、付いてきたのは三人。全員が軽戦士風の装備で、反応の良さ、年齢も含めて冒険者歴は長そうだ。
「おいボッシィ、火事だっ!」
「いや、火事じゃねぇぞあれはっ!」
「っつー事だ」
端的にそう返しつつ、走る。
炎の光が夜を昼に近づける。
その輝きを背に影を伸ばす男がいた。
装備屋のおっちゃん。
その胸からは黒い刀身を生やし、おっちゃんは声を上げる間すら無く唐突に燃え上がった。
「ん? ……何故冒険者がここにいる?」
「てめぇぇぇぇっ!」
ボッシィと呼ばれた男が斬りかかる。
装備屋のおっちゃんを殺したのは、見るからに貴族な金髪青年。高そうな鎧を着込んではいるが、冒険者というより山賊の頭領と表現した方がぴったりくる体躯のボッシィと比較すれば貧弱の一言に尽きる。
だが、振り下ろされた分厚いクレイモアは、ガキンと音を立てて黒い刀に阻まれた。
衝撃はあったのか、両手で防ぎながらも青年は顔を顰め————次の瞬間、クレイモアが斬れた、
「おぁっ!? ……くっ」
バランスを崩しながらも、ボッシィは後ろに跳んで振り下ろされる刀を躱し、半ばから斬れたクレイモアを投げ捨てた。
「魔剣かよ。テメェ、軍人のくせに何考えてやがるっ!」
「それはこちらの台詞だよ。貴族に斬りかかるなんて、何を考えているのやら」
「黙れやクズがっ!」
その咆哮に思わず肩が跳ねてしまったのは、悲しい習性みたいなものだ。
俺に言ったわけじゃ無いと分かっていても、怒声でクズなんて言われると、なんでか胸の奥がキュンとなる。
「落ち着けボッシィっ」
「落ち着いてられるかっ! こいつは、ダグのおやっさんをっ!」
「キレてどうなるっ!? いいから落ち着けっ!」
仲間に諭され、青年を睨みながらも数歩下がるボッシィ。結果、俺が一番前だ。
「……オークはどうした?」
「片付けたよ。で、この村を襲う理由は?」
「我が領の為だ」
「こんな大事にする必要は無いだろうに、ダンジョンを見られて、更に逃げられでもしたか?」
「ふむ。どうやら色々と知っているようだが……まぁ、構うまい」
青年は黒刀を中段に構えた。
「貴様らは、皆殺しだ」
「リオン一刀流か。……お前らは生存者の救助を」
「おい、何が何やら」
「ボッシィ、行くぞ」
おしゃべりを連れて行ってくれる彼の仲間に感謝しつつ、剣を引き抜いて構える。
構えと言っても、肩に担ぐように持っただけ。さほど気負いも無く大地を蹴る。
リオン一刀流。マヤ王国では一般的な剣術だ。
異世界ならではの出鱈目も無く、中段構えからの受け、後の先に軸を置いた基本剣術。
故に、気負いはない。ただ、相手の切っ先を見て駆け込むだけ。
あと一歩と言うところで、青年が踏み込んだ。
吐く息と共に放たれる突き。
かなりの速度で、練度の高さが分かる一撃ではあるが、来ると分かっていれば回避は容易い。
青年の踏み込みに左足の踏み込みを会わせ、身体を右に捻る事で右半身を反らして突きを回避。そのまま振りかぶった右腕を振り下ろした。
ガキャンッ!
鎧に剣がぶち当たり、砕ける。ほぼ同時に、俺は柄から手を離して自分の右手首を掴んでいた。
「ってぇ~……」
痺れた右手をぷらぷらさせつつ顔を上げれば、にたりと笑みを浮かべた青年。そのまま彼は、俯きに倒れた。
左耳の上から首の半ばまで切り裂かれたのだ。見たところ脊椎も両断できているので、即死だったのだろう。
「悪いな。俺は、どっちかっていえば人殺しの方が得意なんだ」
副団長との訓練で学んだのは、対剣術。『野に降りてやっていくのなら必要な知識だ』と、副団長が知る限りの剣術を相手に模擬戦ばかりを行っていた。
そんな事情もあり、魔物相手よりも人を相手にした方が個人的には楽だったりするのだ。
魔物よりも楽に殺せるし。
青年の手から落ちた剣を拾い、翳す。
魔剣故にか血糊の一滴すら無く、炎に照らされながらも輝く事の無い黒い刀身には、一種の美術品にも似た美しさがある。
「これは……良い物だ」
魔力を流すと、刀身に見覚えの無い文字が浮かび上がり、熱を持ったのが分かる。その熱量は、流し込む魔力に比例するらしい。
最高の拾いものだ。略奪品と言うべきかもしれないが。
頬を緩めつつ、魔力を黒刀へと流し込んで、倒れた青年の背中に突き立てた。
市販の剣では文字通り刃すら立たなかった騎士鎧に、黒刀が刺さってゆく。その手応えも泥沼へ剣を突き刺してゆくような感じで、なんというか……異世界らしくいきなりレベルアップしたかのような気分になってくる。
「……あぁ、最高だ」
引き抜き、刀身に汚れ一つ無い事を確認して頷く。
最高の武器を手に入れた。これで俺は、火を点けるのに苦労する事も無くなったわけだ。
ニンマリと笑みを作り、何となく周囲を見回す。
と、何故かボッシィと一緒にいた冒険者がいた。
目が合うと、そいつは尻餅をついて「ひいぃぃ」とか細い声を漏らしつつ匍匐前進で離れてゆく。
なんかまた嫌な噂が流れ出しそうだ。
はぁ、と息を吐きつつ青年から鞘を剥ぎ取り、交換する。
「よし。そしたら……五人ぐらいは生け捕りにしたいところだな」
欲に駆られて一番情報を持ってそうな奴を殺してしまったが、五人もいればまぁそれなりに情報は集まるだろう。
これからそれなりに人を殺す。
そのことに対する気負いは、やっぱりない。
慣れ云々(うんぬん)ではなく、殺すのは敵な訳だから当然と言う意識が強い。敵で、更に悪。あちらにはあちらの道理があるんだろうが、大局的にも悪な以上殺す事は害虫駆除と同じで、人間だからと言う躊躇も無い。
「いたぞ、あそこだっ!」
ガチャガチャと鎧の音を響かせて走ってくる領軍の兵。
同じ人と言う枠の生き物である事は確かだが、人型という枠で考えればそれはゴブリンやオークも同じだ。
だから、殺せない筈もない。
殺す事をためらう理由も無い。
何せ奴らは、敵なのだから。
肉に価値はなく、皮に素材としての価値も無い。だがその代わり、身に纏う物や所持金がそこそこ金になる、優良な敵。
だから俺は、笑顔を浮かべて剣を振りかぶった。
▼△▼△▼△▼△
それは数日前。
冒険者として活動を始めた四人が、初めてサガラと出会った日の事だ。
ヤマ王国首都キャピケイル冒険者ギルド地下闘技場。
気絶していたアーサーが意識を取り戻すと、サリアは安堵と共に息を吐き、すぐにギルマスを睨み上げた。
「なんであれでクズなんて呼ばれてんのよ」
ギルマスにとっては理不尽な文句かもしれないが、アーサー達四人にとっては同じ不満だ。
クズのサガラ。
王都の冒険者ギルドに所属している者なら誰もが知っているほどに有名な通り名であり、卑劣な手段でギルドランクを上げていると評判の人物なのだ。
なのに強い。
そんなのはおかしいとギルマスを見れば、スキンヘッドの大男は呆れたように肩を落とした。
「あのなぁ。山賊しかり、強いクズなんて腐るほどいるぞ?」
「それはそうだけど……おかしいでしょっ!」
「そう言われてもなぁ。俺は、お前達が実力を証明してやるからっつーからセッティングしてやったんだぞ?」
「うっ」
サリアが言葉を詰まらせ、アーサー達も視線を逸らした。
クズに教わる事なんて無いと指導を拒否したのは、確かに自分達だ。
「それにだな。クズと言っても犯罪者なら捕まるし、素行が悪いならウチで冒険者なんてやってらんねーよ。何せAランクの冒険者がそれなりにいるわけだからな」
「……そういえば、上位の方とは普通に話していましたね。クズだから取り入り方が上手い、とかですか?」
「ダルク、お前、取り入るのが上手いとクズ扱いなのか?」
「いえ、別にそう言うわけでは。媚びるのが得意な奴にクズは多いと思いますけど」
「あー……まぁいいや。お前らには一応説明しておいてやろう」
ギルマスは訓練場に腰を下ろし、言葉を続けた。
「そもそもの始まりは、山賊に襲撃された事だ。当時は登録したてで、荷下ろしの依頼を引き受けてただけだったが……護衛依頼を引き受けていたのもDランクなりたての二人組でな。そこをサガラが助けたって訳だ」
「凄いじゃない」
「そう、実力だけなら最初からそれなりなんだ。手段が酷いってだけでな」
「手段?」
首を傾げるサリアに、ギルマスは重々しく頷いた。
「王都近郊に出るような山賊だ。例に漏れず食い詰めた奴らが徒党を組んでただけなんだが、ほとんどを殺した」
「でも山賊でしょ?」
「そうだな。ただ、襲撃してきた奴の半数以上が降参したってのが重要だ」
ギルマスの表情が険しい理由が分かって、アーサー達も顔を顰めた。
それは確かに、人としてヤバい。
「簡単に説明するが、縛り上げて拷問。一人だけは無傷で馬車に乗せて連行し、残りは全員殺したらしい」
「……なんで、そんな事」
「そうだな、マリ。俺だってそう思った。あいつの答えは、根城の正確な位置を知る為の拷問。でもって一人連行したのは仕事をちゃんとやった証明だとさ」
(それは確かにクズだ)
四人の思考が重なった。
クズと言えばチンピラとかの弱くて粋がる行動を思い浮かべるが、聞いてみれば納得のクズ行為。精神的に成長しきれていないからこそのクズ行為では無く、成長しきった上で道理を利用したクズ行為と言うべきか。
「分かったとは思うが、低ランクのくせにそんな真似をすればそりゃあ噂にもなる。その時点でクズのサガラって通り名は確定だったんだろうが、その後も『依頼を受けてないから』と人質を気にせず誘拐犯に殴りかかったり男爵の腕を切り飛ばしたりと、話題に事欠かなくてな」
「それはまた……良く生きてますね?」
「それだけの実力があるし、道理は通してるってのが大きい。何より、王都の大手クランとそれなりに親しかったりするしな。下手に手を出すよりは関わらない方がマシって判断なんだろ。貴族にしても、組織にしても」
「……人質ごと殺そうとしても、道理は通ってるんですか?」
マリのおずおずとした質問に、ギルマスは苦笑した。
「人質にされた本人も、あれは最善だったと認めてるんだ。勿論周りからしてみれば極悪な行為で、その結果が花街出禁になってるんだがな」
「あれ、女帝の指示でそうなってんじゃねぇの?」
そう訊ねたアーサー自身はまだ花街の世話になった事は無いが、有名な話だ。
「一緒に捕まってた奴が主導しているらしいな。それは本人も気にしてて面会の機会を求めてきたんだが……あの野郎、会ったら殺されるとか言って拒否りやがって」
「そりゃあ、噂を聞いた限りだとそうなるだろ……」
花街出禁措置を食らって、そこの女帝から会いたいなんて言われても普通は命の危機を感じるだけだ。
「まぁ兎に角、そういった経緯だ。クズではあるがあいつなりに道理はあって、敵対した相手には冷酷で極悪って印象だな、俺的には」
そう言ったギルドマスターの苦々しい表情を、アーサーは思い出していた。
開拓村の東門。
いてもたってもいられずに、アーサーは西門を仲間達に任せて駆けつけた。
その結果見た光景を、彼の表情を、アーサーは一生忘れないだろう。
笑顔。
酷く楽しげに、歯を見せて笑いながら、盾ごと騎士鎧を両断するサガラ。
冷酷。
そんな表現とは真逆の表情。炎に照らされる光景には、暴虐と言う言葉が浮かぶ。
「イカレてる……」
あまりにも、理不尽な光景だった。
分厚い盾も鎧も、まるで紙切れのように斬り裂く様は。逃げ出す兵を蹴り倒し、その後頭部を踏みつける姿は残虐ですらある。
怖いと、素直に思った。
まるで夜の闇に怯える子供のように、アーサーは身体を震わせて、逃げ出す事すら出来ずにその光景を眺め続けた。
▼△▼△▼△▼△
オークの襲撃からどれだけの時間が経ったか。
生かしておいた兵をちょいと脅して総数を聞き出し、王都への道を封鎖していた一団を皆殺しにして村に戻れば、すでに辺りは明るくなっていた。
放火された家々も燃え尽き、景色は一変している。
そんな村に入ってすぐの場所に人が集まっていた。
「お、戻ってきたかっ!」
「あー……ポッティ、だっけ?」
「ボッシィだ。今回はお前のおかげで助かった。ありがとな、サガラ」
にかっと笑って差し出された手を握り返す。
見た目山賊なのにこれだけ友好的だと、いい人感がうなぎ登りだ。
「サガラっ!」
「ごふっ!」
横手からボディに頭突きを食らって思わずむせたのも束の間、強く抱きしめられて背骨がメキメキと嫌な音を立てた。
「折れるっ! リム、折れるっ!」
ちょっと強めにその頭を叩くと、すぐに痛みは無くなって安堵の息を漏らす。
今日で一番死を意識したのが今の一瞬ってのも不思議な話だ。
「あの……」
「あぁ、受付の」
「ルルです。まずは、ギルド職員として感謝を」
「その辺は気にしなくていいですよ。それより、なんでこんな所に集まってるんです?」
「あ、それは……」
「お前が剥ぎ取って縛っとけっていってた奴らだよ。お前のおかげで被害が抑えられたから手出ししてないが、殺しちまえって意見も多くてな。うるせぇし、どうしてくれようってんで集まってるわけだ」
「あー、なるほど」
それならクズ呼ばわりが酷くなる事はないかもしんない。
そう期待しつつ、リムの頭を撫でて身体を離した。
泣いてはいないようだが、目は真っ赤だ。色々あって、知り合いも殺されて、精神的に参っているのが一目で分かる。
だが、まだしたい事がある。優しくしてやりたいところだが、そうもいかない。
「リム、もう寝てろ。な?」
「一緒に、いるの」
「……はぁ」
フラフラしているリムを抱きしめて、後頭部を優しく撫でる。
一分もそうしていなかっただろうが、たったそれだけでリムを支える腕の重さが増した。
「ルルさん。任せても?」
「えぇ」
微笑んで請け負ってくれるリムさんも、かなりやつれている。この村に住む人にとっては、相当堪える一晩だったのは確かだ。
リムを渡して、立ち上がる。
個人的にはここからが本番だ。
「で、どーすんだ?」
「拷問して全て吐かせる。確証が欲しいからな」
「さらっと言うなぁ。手伝う事は?」
「殺したいほど憎んでる奴以外は外して欲しい」
「……そうだな、分かった」
「あぁ、大声出すのはちょっと後にしてくれ」
リムを抱いているルルを一瞥すると、理解してくれたのかボッシィは頷きを返してくれた。
寝ているリムが離れるまで少し待つ。
その間にも『俺は貴族だ』『領軍に手を出してどうなると思っている』などと尽きる事無く声が上がっているが、少し我慢。
ルルの姿が見えなくなるまで待ってから、ボッシィが声を上げた。
「お前らっ! これから始まるのは拷問だっ! 興味が無い奴は下がれっ! 悪夢程度じゃ済まなくなるぞっ!」
その言葉に、半数ほどの冒険者と、少数の村人が離れてゆく。
村人の残る割合が多いのは、まぁ当然だろう。それだけ酷い目にあったのだ。
「さて、と」
道も開いたので、捕虜の前へと歩み出る。
「き、貴様っ! 拷問と言ったかっ!? そんな事をすればどういう目に遭うか分かっているかっ!?」
「元気だなぁおい。じゃあお前からで」
剣を引き抜き、サクッとその太ももに突き刺した。
「は? い、ぎゃあああああああ」
「うるせぇ」
叫ぶその顔面を蹴り飛ばす。
血液と何本かの白い歯が飛び、更に蹴飛ばした衝撃で太ももが千切れかけだ。
「あびゅ、あひ、あひゃがああああああぁぁぁぁっ」
「五月蠅いだけで何の価値も無いなお前」
泣いて叫ぶだけの男に歩み寄り、剣でその腹を横に裂いた。
「役立たずは緩慢に死ね」
抑える力が無くなり、ずるりと臓器が溢れ出す。
その光景を見届けるまでも無く、俺は残る四人へと向き直った。
「さて、それじゃあ拷問を始めようか」
先程まで騒がしかったというのに、今となっては静かなものだ。見物人すら声の一言すら発さず、聞こえてくるのは臓器がはみ出した男の嘆く声だけ。
「まず言っておくが、三人までは殺すつもりでやる。領軍としての気高さで残り一人まで情報を漏らさなければ、残り一人は丁寧な拷問にする。最後が嫌なら許可無く声を発して良いぞ? 雑な拷問で殺してやる」
四人とも手しか縛られていない。
身ぐるみ剥がされているとはいえ、俺ならこの時点で拷問されるよりはマシと噛みつきに行くところだが、どうやらこの四人は拷問の方がマシらしい。
「よし。じゃあお前からだ」
捕獲した四人の内、最も年がいってそうな五十代程の男へと歩み寄る。
「どういった経緯でこの村を襲ったのか、詳しく話せ」
「は、はい。事の起こりは、領軍の小隊が道を間違え、その結果王領内にてダンジョンを発見したのが始まりになります。まだ若いダンジョンであり、王領内にあるという点から、領主様はダンジョンコアの入手を指示しました。それが三ヶ月ほど前の事です」
どうやら早々にちゃんと情報を知っている奴を引き当てたらしい。
村の襲撃をするほどだから、隊員全員が知っている情報なのかもしれないが。
「若いとはいえダンジョンですので、攻略には時間がかかります。最初十分な人数を投入したところ、オークが逃げ出し、そのオーク目当てにこの村に冒険者が集まるようになりました。そこで方針を変え、意図的にダンジョンから追い出したオークを、この村の方角へと向かわせるようにしたのです。その任務に当たっていた者は、近付いてきた冒険者を追い払う任務も兼ねています」
「なるほど。なら、領軍全員がこのことを知っているのか?」
「は、はい。ダンジョンに関しては全員が、村の襲撃に関しては、襲撃に関わった者だけが知っています」
「ここから領主への報告はどうなってる?」
「王都への街道を封鎖している隊に報告を出したら、伝令が出る手はずでした」
その言葉に他の捕虜を見るが、発言しようとする者はいない。つまり、多分事実。
「続けろ」
「はい。数日前に、冒険者を捕らえました。背後関係を知る為に監禁していたのですが、ダンジョン攻略が成功し監視の目が緩んだ隙に逃げられたようです。一人、深手を負わせはしたようですが確保できず、急遽この村を襲う事になりました」
「……バレれば国家反逆罪に問われるだろうしな。知られた可能性がある以上、皆殺しが妥当、か」
たかがダンジョン一つで、と言う事無かれ。国からしてみれば成長する金山そのものなのだ。
だから、貴族によるダンジョンの隠蔽は最も重い罪の一つとされている。
それは国の利益だけで無く、安全を考えての事だ。
国が管理し、冒険者ギルドと協力しなければ安定して資源を採取できず、スタンビート等の元凶となりかねない。
だからこその法と罰則。
ダンジョンコアを取ってしまった事自体に罰則は無いが、ダンジョン隠蔽だけで領主は死刑、資財差し押さえに爵位剥奪までは確定だ。
その隠蔽を知った冒険者に逃げられたなら、知った可能性のある村人全員を皆殺しなんて手段をとっても不思議は無い。
不思議は無いが……実際に実行できる時点で、貴族らしいと言うか何というか。
「他に補足事項はあるか?」
四人を見渡すが、全員首を振っただけ。
ディモンシ子爵に対する忠誠が高いようならここから拷問を始めるわけだが、見たところ全員が同じ意見で、嘘を吐いている様子も無い。
とはいえ、念のためもう一押し。
「それじゃあボッシィ。それぞれ別の部屋に入れといてくれ。一人ずつ尋問する」
俺の言葉にボッシィが頷いて捕虜へと近付くと、彼らはパタパタと足を上げていた。
手を挙げれない代わりに足、なんだろうか。
「あー、一人ずつ喋れ」
「……では、続けて自分が。先程の説明で、我々が知っている事は全てなのですが」
「それを証明できるか?」
「それは……」
「全員が、お前みたいに素直ならいいんだけどな?」
その言葉に男達は顔色を変えると、バッと一人へと顔を向けた。
多分、かなり性格が悪い奴なんだろう。
三人の視線を受けたそいつは、真っ青だった顔を蒼白にしてにブンブンと首を振っていたりする。
一人目をサクッと殺したのがかなり効いているようだ。
「じゃあいいな、連れて行け。少しでも抵抗したり舐めた真似するようなら殺してもいい。一人だけ生かしておけば、王都への説明には十分だ」
「あ、あぁ分かった。メルド、個室があって無事な建物を教えてくれ」
「衛兵の俺に言われも困る。村長、どうですか?」
「それならラミスティの家が良いだろう。犯罪者を閉じ込めておく部屋もある」
「あぁ、確かにありましたね。じゃあメルド、我々が移送しよう。衛兵の勤めだ」
「任せた」
そんな会話を聞きつつ、俺は村長と呼ばれた男へと歩み寄る。
開拓村の村長と言うだけあってボッシィに似たワイルド系だが、こざっぱりしたおっさんである。
「村長。あんたには俺からも聞きたい事がある」
「なんでしょう、サガラ様」
いきなり腰が低くなった村長に若干申し訳なさを感じながらも、高圧的に口を開く。
「あんた、知ってたんじゃないのか? こいつらが言った、情報を持った冒険者に関して」
「そ、それは……」
鎌を掛けただけだったが、大当たりっぽい。
さすがに眉間の皺を深めて、きつめに言葉を続ける。
「言い淀んでいる時点で認めてるもんだろーが。拷問された方が喋りやすいか?」
「いえっ! その……昨日、ギルドマスターに呼ばれまして。医者のラミスティが治療を施している重傷の女性から、王領内にあるダンジョンをディモンシ子爵領軍が不法に占拠しいていると言う話は聞きました」
「報告は?」
「それはその、事実を確認してからで無いと無用な混乱を招きかねないと判断しまして……」
尻すぼみに小さくなってゆく声に眉を寄せ、一応周囲を見回してから口を開く。
「ギルマスは?」
「モディもラミスティも。何せ、すぐそこの家にいましたので」
「なるほど。つまり、残る罪人はあんただけって事か」
「罪人だなんてそんなっ!」
「情報を共有していれば、被害は減らせた。違うか?」
立場と責任。その二つが安易な決定を拒ませるのは理解できる。
だが今回に限っては、すぐさま対応して然るべきだったのだ。たらればではなく、与えられた情報と状況を普通に判断できたのなら。
「命がけでもたらされた情報だ。それを隠蔽した時点で、ディモンシ子爵と組んでこの村の者を皆殺しにしようとしたと疑われても仕方ないだろうな」
「そんなことはっ! 私は、村の長として、正しい判断をしようとっ!」
「ンな事はどうでもいい。その結果がこれってだけだ」
村の惨状を見渡しながら告げた言葉に、村長は滂沱の涙を流して跪き、村人へと向かって頭を下げた。
「皆、すまなかったっ! 本当に、すまなかったっ!」
そんな村長に、何人かの村人が涙を流して駆け寄る。
その光景を見るに、悪い人では無いんだろう。告げたとおり、どーでも良い事だが。
「なぁ、俺たちにも慰謝料的なもんでんのか?」
「その辺りは国の奴と相談してくれ。伝令は出してるんだろ?」
「あ。……あー、うん。そこは国の奴に聞かないとな。おいっ! そこの……衛兵っ!」
ボッシィに声を掛けられ、駆け寄って来た衛兵が口を開いた。
「何ですか?」
「王都に伝令は出したのか?」
「あ。……あの、そう言った指示を受けていないので、まだかと」
「だよなぁ」
分かる分かると頷いたボッシィは、軽く辺りを見回し、手を上げた。
「お、飛脚屋の嬢ちゃんっ! ちょっとこっち来てくれっ!」
ボッシィに大声で呼ばれて歩いてきたのは、この村に来た初日に見た女の子だった。
「あの……なんでしょうか」
煤に塗れ、憔悴しきった様子が痛々しい。
まぁ村人の大半がそんな感じだし、ボッシィのように元気いっぱいと言うのがおかしいのだが。
「おう、無事な奴いるか? 借りたいんだけどよ」
「はい。上手く逃げてくれた子がいます。今のところ三人だけですけど」
「じゃあそいつら貸してくれ。良いよな? サガラ」
「あぁ。で、内一頭は俺が借りたい。オリュウはいるか?」
「はい。先日お借りになったオリュウがいます」
「それはありがたい。じゃ、俺が借りる分は払っとくよ」
「おいおい。じゃあ他二頭はこっち持ちか?」
「どこ持ちかは知らんが、俺が払う筋合いは無い」
ハッキリ言いきりつつ、女の子にお金を払う。
と、女の子は金貨を手のひらにのせたまま眉をハの字に曲げた。
「あの、受付札が無いんですけど……」
「どうせ戻ってくるから良いよ」
「そうですか?」
「あぁ。で、ボッシィ。伝令出すにしても、捕虜に確かめてからの方が良いかもな」
「あ? 何を?」
何にも頭を使わないボッシィの返しに、内心でため息を吐きつつ言葉を続ける。
「街道の封鎖。近場は片付けてきたが、ディモンシ子爵領と王領を繋ぐ街道辺りに検問張っててもおかしくはないからな」
「あー、そりゃあり得るな。どう聞けばいいよ?」
「普通に聞けばいい。全員同じ答えならその通りだろうし、答えがバラバラなら二人ぐらい選んで指でも切り落としながら答え合わせすればいいだけだ」
「さらっと言うなぁおい」
ボッシィは何故か引き気味だが、正確な情報を短時間で得る為には妥当な手段だと思う。
まぁ襲撃者を全滅させている以上、検問を張られていて多少の被害が出たとしても、ディモンシ子爵領軍が再度動き出すより早く王都に情報は行くだろう。
だからどうでもいいことではある。好きにしてくれれば良い。
「ンな事より、ディモンシ子爵領にコネがある奴知らないか?」
「何だよいきなり。オリュウ借りるとか言ってたし、今から向かうのか?」
「まぁな。……こんなクソみたいな真似が出来る子爵だ。恨みを持ってる奴と協力できれば楽だな、と」
「……そいつらに何をさせる気だ?」
ヘラヘラしていたボッシィの目付きが鋭くなり、威圧が漏れ出す。
その変化に小首を傾げながら、素直に堪える。
「領主がいる場所やら護衛の構成やらを知りたいだけだけど」
「……はぁ。まさかとは思ったけどお前、マジで領主を襲うつもりなのか」
「当然だろ? 折角得た並以上の力だ。舐めた真似してくれたクズには、相応の罰を与えないとな」
元の世界でもクズにはクズと言っていたおかげで人間関係は一部悪かったが、それだけで終わった。法律が厳しく定められ、警察もまともな人が多かったので物理的に行動を起こせなかったのだ。
法律とは権力者が定める。必然的にクズには甘くなり、クズであるほど法の恩恵を受けやすい世界だったので仕方が無い。俺も比較的上手くやれていた方だとは思うが、他者を顧みないクズほど法を利用し、権力という武器を振るっていたものだ。更に人を扱う立場になると、金という餌で防壁を築き上げていた。
それをどうこうしようなんてのは、どだい無理な話だ。
その点こちらの世界では、法律が緩い。少なくともこのヤマ王国では、貴族や王族絡みの法律が刑罰も含めてかなり厳しいぐらいなものだ。平民に関してはかなりゆるゆるで、奴隷の方が法で守られていたりする。
「国に任せとけよ。腐っても相手は貴族だ」
「腐ってる証拠があれば、相手は罪人だ。生かしておけば問題ないさ」
「いやだからそー言う問題じゃ無く……貴族だぞ?」
「あぁ。重罪人の、な」
基本的にどこの国も王制。貴族にも力はあるが、王こそが絶対なのだ。
仮にどんな事情があったとしても、王国領のダンジョンに手を出した時点で王に弓引いたも同然。更に王国領の村に攻め込んだわけだから、どれほどの恩情があったとしても爵位剥奪は免れないだろう。
つまり、現時点で実質平民なのだ。何の問題も無い。
だというのにボッシィは諦めたように「もういい」と呟くと、腰の解体用ナイフを差し出してきた。
「≪紫翼の空≫っつークランがある。ディモンシ子爵領の最大クランで、領主の館があるリムリスにあるから協力してくれるだろ。これ見せてボッシィからって言えば、最悪でも話ぐらいは聞いてくれるはずだ」
「そりゃ助かる。ありがとな」
「……ちゃんと返せよ?」
「勿論。数日もすれば戻ってくる」
ありがたく解体用ナイフを受け取って、懐にしまう。
「じゃ、オリュウの所に案内してくれ」
「今から行くのかっ!?」
「そりゃあな。どうせ寝るなら宿で寝たいし。あ、悪いんだけどこれ、ギルド受付のルルにリムのお金って言って渡しといてくれるか?」
雑に半分ほどを魔法袋から移し、硬貨が入った革袋をボッシィに渡す。
その重さに目を見張ったボッシィは、呆れたような半眼を向けてきた。
「会ったばっかの相手に金預けるか?」
「会ったばっかの相手に、大切な解体用ナイフ渡すか?」
要するに、どっちもどっちって事だ。
目を見合わせて苦笑し、俺は背を向けた。
「じゃあな」
「あぁ。気をつけてけよ」
「そっちこそ。処理が大変だろうが頑張ってくれ」
「あ~、そっちもあったなぁ……」
げんなりしたボッシィの声を背に、苦笑しつつ女の子の後に続く。
人の死体の片付けに、オークの死体処理、焼けた建物の片付けなど。
普通に考えれば、全員でオークの加工からだろう。それだけでも今日一日で終わるかどうかという重労働だ。
ちょいと高い肉でもあるし、こんな状況なら尚更先々の為にお金は必要だ。自分たちの為にも頑張って欲しいところである。