第三章 不穏
「昨日は取らなかった、です」
「まるごと持ち帰ったからな。今日は何体遭遇するか分からないから、討伐証明部位である下顎の牙を二本取っておく。で、収穫が無かった場合に残ってたら嬉しいなってぐらいの気持ちで、血抜きをしておく」
切り離した頭部から牙を二本取り、オークの両足に蔦を縛る。本来ならロープを使うのだが、代用できる植物があったので節約だ。
丸めた蔦を高いところにある木の枝の上へと放り投げ、その上を通して落下させる。
「そしたら、ちょっと離れてて」
オークの腹を縦に裂いて、リムを少し遠くへと移動させる。
普通に解体するよりグロいことになってしまうが、こればっかりは仕方ない。
意を決して、蔦を引っ張る。
逆さまになったオークの胴体から、びちゃびちゃと臓器がこぼれ落ちる。肛門に繋がった小腸などは落ちることなく垂れ下がり、とんでもなくグロテスクなオブジェのできあがりだ。後は蔦を木の幹に縛って血抜き作業は終了。
邪神召喚の生け贄、なんて言われれば納得できるような出来映えだ。
そんな物体を見上げつつもリムは顔色を変えることもなく、ただ顔を顰めただけで近付いてきた。
「あの……内蔵は、取らない、ですか?」
「水場も近くにないし、汚れたくないからね。帰りにあれが残ってたら、汚れるの覚悟で臓器を取って持って帰る」
「……水を出すぐらいなら、できますけど」
考えてもいなかった言葉に、俺は思わず目を丸くした。
腕力だけでも凄いのに、魔術も使える。どんだけハイスペックなんだろう。
「じゃあ、次に遭遇するようならその辺りもしっかりやろうか」
「はいっ」
リムの返事に頷いて、落ちた心臓に張り付いていた魔核を剥ぎ取る。
ぱっと見た感じでは、ちょっと大きな宝石だ。赤黒く染まったそれは、なんというか禍々(まがまが)しいが。
魔獣と獣の違いは、この魔核があるかどうかで決まっている。魔核があるから悪だとか強いだとかはないが、決定的な違いを端的に言うのなら一つ。魔核を有する魔物は、本質的に魔術を行使できるのだ。
本能に刻まれていれば魔術を使えると言うだけで、オークなどは魔術を使えない。その代わりオークマジシャンのような存在がおり、一定以上の知能を有するようになると魔術を行使できるようになる、とされている。
構造的に不可能にも関わらずブレスを吐けたり、オークマジシャンのようなつたない詠唱でも人と同じ威力の魔術になったりするのは、この魔核が大きく影響しているらしい。
「なんか魔石の色、おかしいです?」
「まだ魔核だからな。これを加工すると魔石になるわけだ」
「へぇ~……」
興味津々(きょうみしんしん)と言った様子で魔核をのぞき込んでくるリム。
荷物持ちなら見かける頻度は高い筈なんだが、持ち運びやすくて価値もあるから渡される事が無かったんだろう。
「ちなみに注意点が一つあって、魔核は素手で持たないこと」
「持ってる、です」
「これは小さいからな。ただ、大きくなるとそれに応じて内包される魔力が増える。それに素手で触れると、皮膚から魔力が浸食してきて、最悪魔獣化することもある」
レクチャーしつつ、革袋に魔石を放り込んで歩き出す。
こっちですと言われて、結局リムの後ろをついて行くことになったが。
「なら、おっきーい魔核はどうするです?」
「放置しておけば魔力が抜けて透明な核石になるんだ。魔石って言うのは、それに人の魔力を込めて使いやすくしたものだな」
「ふぅん。じゃあ、魔石も持ってると危ない、です?」
「魔石は人の魔力が籠もってるから、問題ない。魔核が危ないのは、異質な魔力が籠もってるからだな。後、しゃべり方は普通で良いぞ?」
「大丈夫ですっ!」
「……そっか、大丈夫か」
まぁ、本人が良いなら別に構わないが。ちょっと無理矢理ですを付けてるのが気になる程度で。
「あ、ちょっと待って」
「はい?」
リムは首をかしげて振り向いたが、数秒も待てば止めた意味を理解したらしく視線を動かした。
交戦中、なのだろう。耳を澄ませば、人の声と豚の鳴き声が聞こえてくる。
「見学しに行ってみるか?」
リムがこくんと頷いたので、音のする方へと向かう。
十分ほども歩いただろうか。木々の隙間から動く姿が見え始め、「フレイムアローっ!」と声がハッキリと聞こえてくる。
「ん? この声は確か……」
聞き覚えのある声にもしかしてと思うまでもなく、その四人の姿が視界に入った。
三対四。元は四対四だったらしく、オークが一体倒れている。
だが、有利なはずの四人の方が顔色は悪い。
「ばっかで。相変わらず自惚れてんのか」
オークの討伐難度がD以下とはいえ、あいつらはEランクの新人なのだ。オークに挑むことを悪いとは言わないが、村から一時間以上も歩いた森の中で交戦という時点で危機意識が足りない。
「助けないと……っ」
「まぁ待て。いざとなったら介入するから」
駆けだそうとしたリムの頭を掴んで止め、戦いの様子を眺める。
オークと言えば鈍重でさほど強くないイメージだが、冒険者の認識は違う。
二メートルを超える身長に、百キロ以下の個体は存在しない程の重量級揃い。だからこそ鈍重ではあるが、巨体と言うだけで普通に脅威だ。
故にこう呼ばれる。初心者殺し、と。
「ぐっ!」
横薙ぎに払われた棍棒を、ダルクは腰を落として大盾で受け止める。だがそれでさえダルクの身体は宙を浮き、一メートルほど飛んでから着地する羽目になる。
攻撃を受けなければならない盾役にとって、相手の動きが遅いことなど慰めにもならない。受けることで敵を後ろへと行かせない。それが盾役の役割なのだから。
「おらぁ!」
アーサーが咆哮と共に斬りかかり、サリアの矢がオークの身体に突き刺さる。
だが、致命傷にはほど遠い。
分厚い脂肪を前に矢では肉まで届かず、斬撃では脂肪を斬れてもその脂で肉に届く前に切れ味が落ちる。
そのそものところ、駆け出しが買えるような剣の切れ味なんて大したことはないのだ。一体倒している時点で切れ味を望める筈もなく、横薙ぎの一撃はオークの腹に刀身の半分すら刺さらずに止まった。
ニンマリと笑うオーク、振り上げられる棍棒。
「フレイムアローっ!」
そんなオークの横顔にフレイムアローが突き刺さり、野太い叫びが響いた。
だが、残念ながらそれだけだ。
別のオークがアーサーを殴り飛ばし、もう一体がダルクへと躍りかかる。
そんなタイミングでジャケットをひっぱられ、視線を落とせばリムが涙目で見上げてきていた。
「……分かったよ」
まぁ確かに、後衛の二人はオークの一撃で間違いなく骨折はするだろう。前衛が潰れた今が介入のタイミングではある。
個人的にはもう少し冒険者としての痛みを知ってもらった方が良いと思うが……これ以上待つとリムが泣き出すか走り出しそうなので、仕方ない。
剣を引き抜き、駆け出す。
まず狙うのは、フレイムアローを顔に受けたオークだ。
ぶっ殺してやるとばかりに咆哮を上げている巨体へと向かって一直線に駆け、剣を突き出す。
脂肪が少なめな、喉元への一撃。皮膚を裂き、脂肪と肉をえぐる感触に次いで硬いモノへと当たる感触。
剣の切っ先が頸椎まで届いたと判断した次の瞬間には剣を横に払い抜き、ダルクへと殴りかかっているオークへと向かう。
ダルクが掲げる盾を滅多打ちにしているオークは、こちらに気付きもしていない。
後ろから一閃、といければ格好いいのだろうが、残念ながら市販の剣なので工夫する。
魔剣だったり同じぐらい高価な自動修復機能付きの剣なら兎も角、普通の剣で骨を切るような真似をすればあっという間に駄目になる。
なので剣の負担が極力少なく済むよう、側面からオークの首へと一突き。十分深く差したのを確認して、切り払って、終わり。
吹き出た血がダルクの盾を真っ赤に染めてゆくが、汚れるだけなので勘弁して貰いたい。
抜き身の剣で、残る一体へと振り向く。
目が合ったオークはビクリと震えると、一歩下がり、二歩下がり、三歩目で背を向けると「ピギー!」と豚そのものの声を上げて逃げ出した。
追う理由もないので、血を払って鞘へと収める。
「サ、サガラさん……」
「感謝するならリムにするんだな。俺はもっと痛めつけられるまで手を出すつもりは無かった」
「あんた、見てたってわけっ!?」
大声を上げたのはサリア。
「あたし達が、死ぬところだったのにっ! それを、見てたってのっ!?」
涙目で詰め寄ってくる美少女を前に、俺は大仰にため息を吐いて目を細めた。
「何故戦った」
「なぜ、って……」
「遭遇戦だったんですよ、サガラさん」
オークの血を浴びて血塗れになったダルクが、フラフラと寄ってくる。
「一体倒したところに、三体も現れて……仕方なかったんです」
「なら逃げれば良いだけだろうが」
「あたし達が倒したのよっ!? 何で逃げなくちゃいけないのよっ!」
「つまり、お前達の命はオーク一頭の売却額よりも安いって訳か」
冷たくそう告げると、サリアは言葉を詰まらせ、ダルクは顔を顰めて視線を落とした。
ちなみにマリは、アーサーの元まで駆け寄って処置をしている。と言っても、木の幹に横たえているだけだが。
「門の近くでオーク待ちしている冒険者達を見かけなかったか?」
「そりゃあ、いたけど……」
「お前達なら、駄目な冒険者の成れの果てとでも思ったんじゃないのか? ん?」
「……実際、そうだし」
ふて腐れた様子で睨み上げてくるサリアに、俺は軽く肩を竦める。
まぁ、事実ではある。
安全な場所で狩ろうとしているのは比較的年のいった者が多く、大体がソロ。実力が無い為パーティーを組めず、安全の為に村からほど近い場所を狩り場にしているのだ。
冒険者のくせに冒険も出来ない落ちこぼれ。
それは事実だが、それでも彼らは冒険者なのだ。
「死んだら、それ以下だ。冒険者ですら無いただの肉塊に成り果てるわけだからな」
「それは、でも……」
「そっちの意見は聞いちゃあいない。死んだら終わり、それだけは覚えておけ」
さほど大した趣味も無く社畜をやっていても、こうして異世界に召喚されて並より上程度の能力を与えられることもあるのだ。生きてさえいれば。
死んだら、終わり。
子供が何人いようと、どれほどの財産を築こうとも、死んだ当人にとってはそこで終わりだ。
まぁ、あからさまに世界に愛されてるようなセイギみたいな存在なら、死んでも更に次があるのかもしれないが。
「リムー、いくぞー」
「は、はいっ!」
「あのっ! オークの、素材は……」
「核石だけ後で寄越せ。他はそっちのもんで良い」
おずおずと訊ねてきたダルクにそう返し、自分が出てきた方向を指さす。
「でもって、そっちに血抜き中のオークが吊してある。核石二つとそのオークの代金を、次に会った時に渡してくれれば良い」
冒険者のルール的には、殺した魔物は殺した冒険者の物になる。横入りだとまた話は変わってくるが、今回の場合なら丸二頭分が俺の取り分だ。
とはいえ、まだ昼前だってのに持って帰るのはめんでくさい。なので相手にもメリットがある条件を告げてから歩き出す。
「……よかったの、です?」
「オークは高く売れるけど、ギルドに持ち帰ってたら時間取られるしな」
「じゃなくて、あの人」
「あぁ、オークにぶっ飛ばされてた奴か? あいつなら頑丈だから問題ないよ」
心配そうに後ろを振り返るリムの頭をわしゃわしゃ撫でて、前を向かせる。
「で、後どれくらいだ?」
「たぶん……三時間ぐらい? です」
「分かっちゃいたけど遠いな」
ディモンシ領軍を見かけたとすれば近いとすらいえるんだろうけど、森。それも上り坂をひたすら歩くってのは案外しんどい。
その点リムは本当に凄い。獣人という事もあるんだろうが、軽快な足取りで進んでゆく。
一応こっちは体力的にも平均以上な異世界人。更にこの一年騎士団でちゃんと訓練もしていた俺と同じ体力ってのは、相当凄い気がする。
そんな事を思いながら進む事一時間ほど。
俺はリムの腕を掴んで引き寄せると、僅かに腰を落とした。
足音だ。
二足歩行の何かが走る音。
上位種の魔物の中には勇者に匹敵する感知範囲を持つモノもいると聞いていたので警戒したのだが、その足音は近付く事も無く遠ざかってゆく。
他の足音は……聞こえる範囲には無い。
「さっきのオークか?」
二足歩行の魔物が単独で走るなんてことは、あんまない。
追っているか、逃げているか。
どちらにせよ他に気配があるかと思い暫く警戒したのだが、何の変化も無かった。
「あ、あの……」
「あ、悪い」
片腕で抱きしめていたリムを開放し、音がした方向を見やる。
もうなんの音も聞こえない。木々が揺れる音だけだ。
「……そういえば、オーク以外の動物もほとんど見かけないな」
「それ、オークのせい、みたいです」
あるとは思ってなかった答えに視線を落とすと、俯いたリムが言葉を続けた。
「鳥とかも、食べるみたいで……だから、動物が逃げ出したんだろう、って」
「なるほど。さすがは冒険者だな」
感謝を込めて、リムの頭を撫でる。
ピコピコ動く耳はふさふさで、黒髪はゴアゴアだが撫でやすい高さというのが非常に良い。
「あの、リムはもう大人なの、です」
「そうだな。ギルドでちゃんと情報収集も出来てるし、立派な大人だ。その調子で頼む」
その言葉の何に驚いたのか、リムは大きく目を見開くと、嬉しそうに頷いて足早に進み始めた。
「そういえば、オークっていつ頃から出始めたんだ?」
「ん~……二ヶ月ぐらい前から、です」
「大群とかは見かけてないのか?」
「えっと、たぶんそう、です」
「なるほど」
あまり気にしていなかったが、考えてみれば異常事態だ。
オークフィーバーなんて言われてる時点で相当数確認されている筈にも関わらず、コロニーの存在が確認されていない。
となると可能性は二つ。
かなりの距離を遠征に来ているのか、どこからか湧いているのか。
まぁ、普通に考えて後者はあり得ないけど。
オークだって生き物だ。ダンジョンなら言葉通り湧き出るらしいが、それもダンジョンという本体があってこそ。ダンジョン産の魔物はそのことを理解しているからダンジョンから出てくる事は滅多に無いし、あまりにもダンジョンから出て行くようだと結果的に本体であるダンジョンが痩せ細って消滅する。
城の授業でそう習った。
なのでまぁ、普通はありえない。
そんな事を考えつつ歩く事しばし。
今度は十分ほど歩いただけで二人揃って足を止めた。
ガチャガチャと響く幾つもの音。まだかなり距離はあるようだが、静かな森の中では良く響く。
「サガラ、さん」
「念の為後ろに。まぁ大丈夫だろうけど」
一応リムを後ろに、音のする方へと歩き出す。
どう聞いても鎧が擦れる音だ。まず間違いなく人だろうし、オークだとしても重装備なら逃げ切るのは容易だ。
そんなわけでさほど警戒せずに足を進め、三人の男達が視界に入った所で足を止めて剣の柄へと手をかけた。
三人共に同じ鎧。国なり領なりに仕えている証拠でもある騎士鎧姿だ。そして、全員が抜剣していた。
たぶん、こいつらがディモンシ子爵領軍。
(ミスったかな……)
まさか日帰りでいけるような距離でうろうろしているとは思わなかった。
マグにはそこそこ世話になっているので、貯金を増やしがてら少しぐらいは調べてやるか、なんて軽い気持ちだったのだが、まさか早々に出会う羽目になるとは。
「おい貴様。こんな所で何をしている」
「そりゃあこっちの台詞だ。領軍が王領内で何をしてやがる」
「……なんだと?」
「地位も低ければ耳すら悪いのか三下。こんな所で何をしてやがるんだって聞いてんだ」
高圧的なクズには厳しく返す。
その結果、男はみるみる内に顔を赤く染め上げ、剣を構えた。
「てめぇ」
「やめろ馬鹿モンが」
ゴンと後頭部を剣の柄で叩かれ、蹲る男。そして歩み出たのは、壮年の男性だった。
蹲る男と同じ鎧を着ていると思えないほどに様になっている。領軍としてのキャリアが長く、肉体が鍛えられている証拠だろう。
「部下がすまなかった」
「いえ、こちらこそ。それで、敵意がないなら剣をしまっていただけるとありがたいんですが」
「あぁ、そうだな。おいお前達、剣をしまえ」
要望通り剣を収めてくれた事に内心で安堵しつつ、口を開く。
「冒険者のサガラです」
「そうか。まぁ、こちらは見ての通りだ」
「ディモンシ子爵領軍の方、でいいんですよね?」
「……そうだ」
一瞬苦々(にがにが)しい表情を見せたのは、見間違いではないだろう。
出来れば知られたくなかった。だが領軍の騎士鎧である以上、知っている者は知っている。あえて自分で名乗らなかったのは、出来れば冒険者として勘違いして欲しかったと言う事か。
「それで、子爵領軍の方が何故こんな所に? 抜剣してうろつくほどの非常事態とは聞いていませんが」
「あ、あぁ。先程オークに逃げられてな。この辺にいるかと思い警戒していたんだ」
「なるほど」
「知らないかもしれないが、このポギール大森林の間引きは、ディモンシ子爵領としての義務でもある。現状は子爵領軍としての職務を遂行している途中、というわけだ」
まぁ道理は通っている。
「でしたら、オークが増えている原因とかは分かってるんですかね?」
「いや、それは不明だ。調査中ではあるのだが」
「ここまで来てるって事は、ディモンシ子爵領では特別変化が無いって事ですか?」
「ん……あぁ、そうだな。特に間引きの必要は無いから、領軍としてここまで遠征してきている」
「それはお疲れ様です」
ぺこりと頭を下げて、微笑んでみせる。
「では、微力ながらオーク狩りの手伝いをさせて下さい」
「なぜそうなる?」
「見ての通り、魔物に遭遇しなかったもので。領軍のお手伝いにもなるってんなら、やる気も出るってものです」
「そ、そうか」
「はい。ですので、先に進ませていただいても?」
「駄目だ」
即答だった。
ただ、否定の早さを自分でも不自然だと思ったのか、男は一度咳払いすると言葉を続けた。
「あー、気持ちはありがたいが、軍には軍のルールと言うものがある。冒険者とはいえ区分上は民間人である以上、領軍の作戦区域内に入られるのは困る」
「そうですか」
理屈は通るが、何かを隠しているのは丸わかりだ。
この時点で十分すぎる収穫。素直に帰っても良いが、折角来たのでもう一踏ん張り。
「ですけど、ここまでオークに出会わなくて……冒険者なので、日当ぐらいは稼ぎたいんですが」
「……本当にオークがいなかったのか?」
「えぇ。いればこんな遠くまで歩いてきませんよ」
「まぁ、そうだな」
「隊長」
いつの間にか復活して、隊長と呼んだ男の横に並ぶなり柄に手をかける男。
その頭を、隊長は思いっきりぶん殴った。
「馬鹿な事を考えるなっ! ったく、すまんな。教育が行き届いてなくて」
「いえ、こちらこそ無理を言っているようですので」
「そうではあるが、こちらが無理を言っている面もある。……そうだな、おい」
「はっ」
声をかけられたもう一人の兵隊が、恭しく革袋を差し出した。
それを受け取った隊長は、中身を確認すらせずにこちらへと突き出してきた。
「これを持って行け。十分な日当にはなるだろう」
「えっと……確認しても?」
「あぁ」
許可を貰って革袋を開けば、かなりの硬貨が入っていた。
少なくとも大金貨が二枚。金貨は数枚だが、銀貨や銅貨がそれなりに入っていたりする。
「……あの、かなり多いんですが」
「依頼料込みだ。村に戻ったらこの辺りでディモンシ子爵領軍が間引きを行っていると伝えてくれ」
「あ、はい。でしたら、地図で作戦範囲を教えていただけますか? 冒険者に近付かないように報告しておきますので」
「報告は大体でいい」
「そうですか? では、確かに引き受けました。それでは」
ぺこりと頭を下げて、来た道を戻り始める。
リムはずっとジャケットの服を掴んだままだ。まぁあんな怪しいのに会えばそりゃあ警戒もするだろう。
そこそこ歩いて追っ手がないのを確認してから足を止める。
「……怖かったの、です」
「まぁ村だとちゃんとした軍人なんてあんま見ないだろうしなぁ」
開拓村にも王都から衛兵は派遣されているが、衛兵と軍人は別枠だ。役割的に言うのなら、国家の治安維持が衛兵や警備兵で、国家の武力が軍人。管轄的にも、軍人は軍務局であるのに対して、衛兵や警備兵は内務局となる。
そんなわけで、装備も雰囲気もかなり違うのだ。リムが怯えるのも当然と言える。
「けど、かなり良い稼ぎになったぞ? 今日は美味しい物沢山食べよう」
「そうなの?」
「あぁ、帰ったら驚くぞ。って事で、急いで帰ろう」
「うんっ! あ、はいっ!」
良い笑顔を見せて、ちょっと早足で進み出すリム。
その後に続きながら、俺はバレないように息を吐いた。
たぶん、状況はかなり悪い。思い過ごしなら良いのだが、悪い予感ほど的中するものだ。
「……まぁ、明日で良いか」
明日で大丈夫な事なら明日やる。
それがモットーなので、俺は気分を切り替えてリムの後を追いかけた。
依頼という形で請け負ったので、ちゃんと村長とギルドには報告しておいた。
『ディモンシ子爵領軍が近くまで来てて、なんか怪しいよ』、と。
村長はそんな事言われてもと言う顔で、ギルドは受付嬢が『政冒関わらずが基本ですから』と笑顔で告げられて終わりだった。
まぁ分かりきった対応ではあるので、気にしない。ちゃんと伝えたと言う事が大事なのだ。
ちなみに、政冒とは文字通り政府と冒険者の事だ。『全ての冒険者ギルドは国政には関わらない』と言う意味で、冒険者ギルドの規則でもある。
あくまで国政に関わらないだけであって、国からの依頼はあるし、協力して物事に当たる事も多いのだが。
「……預かってて欲しいの、です」
俺のテント内。今日の報酬を二等分してからの第一声がそれだった。
涙目でぷるぷる震えるリムの仕草が可愛すぎて、俺は思わず吹き出した。
日銭すらまともに稼げなかったリムからしてみれば、大金貨一枚を超える日当に及び腰になるのも理解は出来るが。
「あまり他人を信用するなよ」
そういった俺をぽかんと見つめたリムは、ふにゃりと笑った。
「パーティー、です」
「パーティーになった事を利用する奴もいるんだ」
「サガラさんはいい人なの、です」
「そーやって簡単に信用するなって言ってるんだよ」
わしゃわしゃとリムの頭を撫でてから、本題に入る。
「でもって、俺としては一度王都に戻るつもりなんだ。一泊二日程度で戻ってくるつもりだから預かる分には構わないけど、どうする?」
「え?」
途端に不安そうな表情を見せるリム。
たった二日でずいぶんと懐かれたもんだ。悪い気はしないけども。
「パーティーメンバーとして同行してくれてもいいし、村に残ってもいい。一度パーティーを解散するなら、明日の朝手続きをすればいい」
「それは嫌なのっ!」
「あー、うん。それは嬉しいんだけどさ」
ころころ変わる表情は見ていて飽きないが、今にも泣くぞと言う顔を見せられるのは普通に困る。
「俺は冒険者だ。オークで稼げる内はこの村を拠点にしてもいいけど、拠点は王都だし、後々他の国に行く可能性だってある。だから、今後どうしたいかは考えておいて欲しい」
こちらの世界でやりたい事があるわけではないが、この村にずっといると言う事はまず無い。王都の方が住みやすいのだから当然だ。
「こんご……」
「別に今すぐにとは言わない。明後日の夜には戻ってきてるだろうし、当分はオーク狩りでも問題ないからさ。早めに決めて欲しいとすれば、明日王都に同行するかどうかぐらいか」
「行くのっ! あ、行きます」
「ん。それじゃ、先々に関しては頭の片隅程度に入れておいてくれれば良いよ」
「……うん」
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみ、なさい」
リムは傷付いたかの様子でのろのろと立ち上がってテントを出て行く。
なんか罪悪感を抱かざるを得ないが、避けては通れない話だ。悩める余裕がある内に考えておいて欲しい。
「オークの発生源がダンジョンなら、当面は組んだままでも良いんだけど……」
ディモンシ子爵領軍が抑えているだろうオークの発生源。それが深めのダンジョンなら、この村を拠点にするのも悪くない。
ダンジョンとは冒険者にとってのロマンだ。
命を担保にした宝くじとも言えるが、実力要素がある点は非常に好ましい。
ただ、今のところはあまり期待できないが。
「現状確認できているのは普通のオークだけ。まぁ、出来たてだよなぁ」
ダンジョンは育つ。
資料を見た限りではあるが、おそらくダンジョンとは、この世界にとっての魚の目のようなものなのだ。
ダンジョンコアという異物がある限り、巨大化し続ける。その影響は、ダンジョンに生成される魔物にも適用され、ダンジョンが育てば育つほど、上位の魔物が生成されるのだ。
オークしか生成されないダンジョンだとしても、オークメイジなどの亜種が確認されていない時点でお察しだろう。
ディモンシ子爵領軍が管理の為に間引いている可能性はあるが、単純にダンジョンからオークを追い出している可能性が高い。
まぁその辺りは明日王都のギルマスと話せば済む事だ。マグなら国家中枢の人物と直接話す事も出来る。子爵領軍の動きと魔物の様子を伝えておけば、俺以上に正確な予測をお偉いさんに伝えてくれる事だろう。
そう判断して、素直に寝る事にする。
と言うか、リムがいなくなった時点で光の魔術も消えて、テントの中は真っ暗だ。寝る以外にする事が無い。
なのでジャケットを脱ぎ、胸当てを外してそのままゴロン。
シートすら引いていないので寝心地はご察しだが、不思議と虫に刺される事も無いので案外熟睡できたりする。
少なくとも、会社の椅子に寝るよりは、大の字になって寝られる分睡眠の質は悪くない。
そんな事を思っている間にも瞼は重くなり、俺は夢の世界へと旅立っていった。