第二章 クズ、少女と組む。
冒険者ギルドは南門の近く。必然的に、南門に近い狩り場が人気になる。
先ほどギルマスに魔法鞄を求めたのも、それが理由だ。兎一羽にしても、荷物は荷物。換金場所まで近い方が良いに決まっている。
「おうサガラ。また一人か?」
門の衛兵に、慣れた手つきでカードを見せる。
「今後は一人だよ」
「あぁ、城を出たのか。宿はどうするんだ?」
「オズの木漏れ日に泊まる」
「悪くない選択だな。つってもお前Cランクなんだからもうちょい良いとこに泊まれるんじゃねぇか?」
「生活に余裕が出たらだなぁ」
「俺より稼いでるくせによく言うぜ」
「たまたま巻き込まれた結果だ。今後どーなるかも分からんし、堅実にいくさ」
「冒険者らしくねぇなあ。ま、頑張んな」
「そっちもな」
朝方の混む時間は過ぎているので、少し会話を交わしてから街を出る。
一歩出ただけで、道はすぐに土へと変わった。
昔の迷い人が頑張ったこともあるらしいが、モンスターが跋扈するような場所では路面の維持が難しかったらしい。今のところ遭遇したことは無いが、象を超える重量の魔物もザラにいるらしい。そんなモノが通れば硬い路面は簡単に砕け、逆に通行の妨げになる。土魔術なんてのもある為、簡単に整えられる土の道路で落ち着いたと言うのがちょっとした歴史だ。
街を出て広がるのは、まずは畑。どこの首都も城郭内の人口は増加傾向で、畑は城郭の外に作るのが普通になっているらしい。
魔物や動物の被害はあるが、国からの支援として衛兵の警邏もあり、野菜は肉に比べていくらか高く取引されている為、この辺りの農園主は貴族街に住めるほど稼げているという話だ。
当然、畑に入るのもちょいと拝借するのも見つかればアウトだ。
罰金は重いし、お金が無ければ奴隷落ちまである。
ちょうど、道の真ん中を進んでゆく馬車のように。
「……奴隷かぁ」
奴隷の存在を知ったとき、奴隷を買って働かせてニート生活なんてのも考えた。
だが、それが出来ないように法律で定められている為断念せざるを得なかった。まぁ、そんなことが出来るなら他の奴もやっているって言う話だ。
まず、馬車に乗っているのは身売り奴隷。一般には借金奴隷とも呼ばれ、生活苦だったり金貸しにお金を返せなかったりで自分を売った者。こいつらがかなり高い。
奴隷との契約内容にもよるが、基本的には普通に仕事をさせることしか出来ない。高いのは担保であり、場合によっては奴隷商が行った教育の代金も含まれる。でもって売られた金額などによって期間が定められているので、普通に人を雇うのとどっこいどっこいだったりする。
そして、馬車の後ろに縄で縛られて歩いているのが犯罪奴隷。
こちらは借金奴隷に比べれば安いものの、基本的には借金奴隷と同じ扱いだ。犯罪の重さや課せられた罰金によって使役労働期間が変わり、一定以上の重罪人は売られるまでも無く炭鉱送りだったりする。犯罪奴隷の場合、一年売れ残った場合でも炭鉱送りらしい。
ちなみに奴隷の状態に関しては、奴隷紋を刻む際にリンクした木札が奴隷商の元に残る。健康状態などが分かる為、酷い扱いをされているようなら奴隷商から国に話が行き、奴隷を買った結果奴隷落ちなんて事もあるらしい。
この話から分かるように、奴隷を冒険者にするというのも難しいのだ。
まず、借金奴隷で死ぬ可能性のある冒険者を望む者はほとんどいない。無料で働く期間奴隷なのに、一攫千金の夢があるダンジョンとかに潜らされても報酬が無いのだから当然だ。それは犯罪奴隷にもいえることで、炭鉱よりはマシと志願する者もいるらしいが、炭鉱送りになりそうな人材という時点で、買いたいと思う者は少ない。死んだら死んだで奴隷商の尋問を受けなければいけないので、購入してみようと思えないのも当然だ。
そんなわけで、奴隷を使って何かしようというのも難しいのだ。俺は魔術も使えないので、異世界だってのに夢もロマンもありゃしない。
「まぁ、身体能力や魔力やらが平均より上ってだけでも、こっちの世界に来て良かったけど」
そう呟いて、田園地帯を抜けて草原へ。
左手側には狩り場となる森があるので、道から逸れてそちらへと向かう。
元の世界に比べれば、毎日あくせく働かなくて良いし。元より天涯孤独の身なので、腰痛が無くなった分異世界の方がマシ。迷い人は基本的にそういう人が選ばれるらしい。
勇者に関しては事情は異なり、素養があり、死んだ時点で召喚される。つまり、家族がいて大切な人がいたとしても、死んでるわけだから元の世界に帰りたいも何も無いというわけだ。
ユイナも一緒に死んだから、召喚に巻き込まれたらしい。
全く違う場所にいた俺が何故巻き込まれたのか、これに関しては誰も分からなかった。世界的にもどーでも良いから適当に巻き込まれたのかもしんない。
腰痛が無くなったから別に良いけど。
アイテムボックスが欲しかったです。
「っと、珍しい」
枝の上にいる猿を見つけて足を止める。
こちらの世界の猿は、獣人に猿の系列がいるだけで、基本的には魔物だけだ。
ニホンザルの毛並みを白くしただけのようなあの猿は、ホワイトバックル。低ランクの魔物なので保有している魔石は小さく、素材としてそれなりの値段で売れる部位も無いゴミ魔物。
集団で行動するはずの魔物が一匹だけいるというのも珍しければ、この森で見かけるというのも珍しい。この辺りでは北の森で僅かに見かけるかどうかだったはずだ。
「そういえば、オークも北西の森にいるとか言ってたな」
ギルマスがわざわざ言ってきたことを踏まえれば、北西の森でオークが増加傾向にあるんだろう。
オークはホワイトバックル以上の知能を持ち、集団で行動して巣を作るゴブリンの上位互換だ。単体ではDランク以下ではあるものの、その性質からCランク以上の冒険者に依頼を回される。
ホワイトバックルみたいにオークが単体でうろついてくれてるとありがたいんだけども。
オークは猿と違って肉が高い。人型という忌避感はこの世界には無く、うまい肉なら高い。だからオークの肉は高い。頭を切り落として血抜きをして、持って帰れば丸々売って大金貨一枚になるほどだ。
この辺りで単体なら、これほど美味しい獲物はいない。二匹以上だと持ち運びも対処も大変なので、挑む気は欠片も無いが。
蛇や兎、猪と言った素材として売れる動物と遭遇するが、無視して森の深くへ。
下手に狩っても荷物になるだけと言う面もあるが、Cランク冒険者としてのマナー、暗黙の了解という面が強い。
森の入り口に近いほど安全で、新人冒険者や自分で狩りをする肉屋だったり料理屋だったりの武闘派商人の狩り場なのだ。
そんなところで一人前の冒険者であるCランクが狩りをするのは御法度。法には触れないがいい顔もされないので、一時間は進んでから狩りの本番になる。
そんなわけで、目安となる小川を越えてから数分。せせらぎが聞こえなくなった所で足を止める。
ギギッ、ギャキッと騒ぐ声を耳に、ゆっくりと足を踏み出す。
木陰に身を隠しつつ覗いてみれば、声の主は案の上の存在、ゴブリンだった。
全身が緑色で、子供程度の大きさしか無い。腹だけは出ていて四肢は細く、体型だけなら餓鬼のようである。ただ違うのは、その顔。耳、目、鼻、口と全てのパーツが大きく、異様。特に唇が無いかのようにむき出された歯は汚らしく、どのゴブリンにもある茶色ずんだ大きめの犬歯は触れるだけでも病気になりそうだ。
まぁ、その犬歯が討伐証明部位になるのだが。
「ギギャ、ギャギャギャッ」
「ギム、ググレム」
「グギャッギャ、ギギャグ」
数は六体。
貧相な見た目通りその力は幼子程度でしか無く、ナイフで刺されたとしても深く刺さることは無い。脅威となるのは人数差が十倍以上になった際の数の暴力と、その汚さからくる浅い怪我からの破傷風ぐらいなものだ。
つまり簡単に倒せる敵なのだが、ゴブリンが会話をしているらしい光景が珍しく、暫く眺める。
まぁ、鳥ですら鳴き声で意思の疎通をしてるっぽいのだ。群れて行動するゴブリンなら、会話ぐらいするんだろう。
そう納得したところで、声の意味が理解でき始めた。
ほとんど単語ではあるが、『あっち』、『穴』、『敵』、『こっち』、『集まる』、『戦う』。
『あっち』は北を指しての言葉で、『こっち』は南を指しての発言だった。
暫く会話を聞いていたものの、言葉が流暢に聞こえるようなことは無く、話がまとまったのかゴブリン達は南へと歩いていった。
「ふむ……」
ゴブリンの言葉が少しとはいえ理解できたのは、別に不思議では無い。異常だとは思うが、この国の言語も会話だけなら最初から可能だったのだ。異世界人特有の能力と考えて良いだろう。
そしてゴブリンの会話。
人間が出入りしていて、いなくなったタイミングで侵入したら敵が沢山いた。仲間なのに、襲いかかってきた。あれは敵のゴブリンの集落だから、味方のゴブリンと協力して倒そう。そんな感じの話だった筈だ。
「北にダンジョンでもあるのか?」
ゴブリンの集落に人間が出入りする可能性は無い。仮に会話が通用したとしても、ゴブリンと関わるメリットが人間側には無いのだから当然だ。
となれば、ダンジョンの可能性が高い。
キャピケイル近郊にダンジョンは存在しないはずだが、ギルドが隠していたりするんだろうか。
「ま、直接聞いてみれば良いか。おっさんなら反応で分かるだろうし」
狩りをする気も無くなったので、素直に帰ることにする。
とはいえ、目の前に出てきて挑まれたら話は別だ。
血抜きした猪一匹を持ち帰って、肉屋に売却。金貨二枚の利益也。
血抜きに時間がかかったおかげでもう日暮れ。
ギルドが大混雑なのはギルド脇に積まれた魔物や動物の死骸からも明らかで、先に部屋に戻って夕食を取る。
鶏肉のソテーにサラダ、スープ、パン。落ち着いた雰囲気も含めて、銀貨一枚なら安いと思えるほどだ。
まぁ、飲み物がぬるかったりパンは若干硬かったりとちょっとした不満はあるが、この辺りは仕方が無い。冷却魔術が生活魔術に無いと言うこともあって、基本的に飲み物は常温なのだ。パンも下町で流通する小麦は質が良いとはいえないので、若干硬い程度で済むなら優良店の証拠だ。
「ごちそうさま」とウエイトレスに告げて、外へ。
日も落ちたので、共同浴場より先にギルドへと向かうことにする。
一応街灯とかはあるが、基本日が落ちたら仕事終了がこの世界だ。ランプとかにお金をかけるぐらいなら、翌日早く起きて活動するが常識の、健康的な生活だったりする。
なのでギルドも閉め作業の最中。冒険者も数人しかおらず、せわしなく動く受付嬢に若干申し訳なく思いつつ口を開く。
「あの~、ギルマスと話せますか?」
「はい? あ、サガラさん。いる時ならいつでも大丈夫だと言っていたので、ギルマスの部屋へどうぞ」
「……いいんですか?」
「一部の冒険者には許可が出てるんですよ」
「そうですか。じゃあ失礼します」
受付に入って二階へ上がる。
勝手に入るのは初めてだ。どうにも案内が無いと悪い事をしている気分になる。
一際立派な扉に『局長室』と書かれているのが目に入り、俺はドアを叩いた。
『おう』
「サガラだ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
『サガラ? 珍しいな。入って良いぞ』
許可を貰って扉を開くと、部屋主とは違ってきれいな一室だった。
来客用のソファーにテーブル、ギルマスが腰掛けた執務机。本棚の本も綺麗に並べられ、厳ついギルマスとは対照的に整った一室だ。
「で、何だよ」
「あぁ。……北にダンジョンってあるのか?」
「はぁ?」
「あぁ、うん。ギルドは把握してないんだな」
馬鹿を見るような目を向けられて、一人で納得する。
「おい、ダンジョン見つけたのか? ちょっと待て、位置を教えろ」
バタバタと動いてテーブルに地図を広げるギルマス。
冒険者にとっても国にとっても、ダンジョンとは貴重な資源だ。ギルマスが慌てるのも分かるが、俺としては苦笑いするしか無い。
「いや、違うんだ」
「何が違うんだよ。正確な位置は兎も角、そういう話を掴んだから来たんだろ?」
「そうなんだけど……俺が聞いたのはゴブリンからなんだよ」
ギルマスが腰掛けたソファーの対面に腰を下ろし、今日の出来事を話す。
ゴブリンの言葉が理解できた、なんて話をまともに受け止めてくれるかどうか不安だったものの、ギルマスは笑うこと無く一つ頷いた。
「迷い人故か、魔物使いの才能があるのか。どちらかは分からないが、ゴブリンの言葉が理解できても不思議って事は無い。珍しくはあるがな」
「なら、ギルドで把握してないダンジョンがある?」
「その可能性は高いが……普通、ダンジョンを見つけたら報告があるんだ。冒険者の義務でもあるし、発見者にはかなりの報酬が支払われるから情報が上がってこない理由が無い。この辺りで聞いたんだな?」
「あぁ。小川を越えた辺りだから、間違いない」
「となると……ディモンシ領の可能性があるのか。だとすれば、隠蔽されてる可能性はあるな」
「ディモンシ領?」
「迷い人だと他領に関しては詳しく知らんか。この地図なら分かるだろうが、キャピケイルが入ったこの範囲が王国直轄領。あとは、北と東の他国との関所になっている領が王国の直轄になっている。それ以外は基本的に貴族の領地だな」
首都キャピケイルが中心となった地図である為、大陸全体の地図では無いが、分かることは多い。
まず、海が無い。南には山脈があり、西には森林地帯。北と東の関所だけを直轄としているのは、交通の便が良くそれなりの収入を見込めるからなんだろう。戦争を見据えてと言う可能性も大きいが。
「ディモンシ領だけ王都に近すぎないか?」
「それはポギール大森林のせいだな。お前が行った森もその一部で、北に行けば行くほど深く広がっている。国として兵を動かしてポギール大森林の維持をするのは負担が大きすぎるからな。分割して貴族に下賜することで負担を減らしているんだ」
「なるほど」
確かにディモンシ領が王都に最も近いが、森の西半分が領地になっている為王国直轄領との接点は森を抜ける一本の街道だけだったりする。
「ディモンシ子爵は二代前までは侯爵で、王からの信任も厚い人材だったらしいんだが……先代がポギール大森林の開拓でポカをしてな。更に北のリッツェン伯爵領にもかなりの被害を出した為、王国でも珍しい降爵処分を食らって子爵になってるわけだ」
「それとダンジョン隠蔽に何の関係があるんだ?」
ダンジョンを良く言うのなら、冒険者にとってのテーマパークだ。
出現する魔物や採れる素材によって価値は上下するものの、王都に近いという立地だけで客を集めることが可能だ。
つまり、公表しない理由が無い。
「まぁお貴族様が何を考えてるのかは知らんし、隠蔽が確定しているわけでも無いからなんともいえんが、ダンジョンってのは資源だ。独占したいと考えても不思議はないだろ」
「本当にダンジョンだとしたら、そーとー頭悪いな」
「先々代の名前使って、国や他領からかなりの額借りてるらしいからなぁ。……結果的な利益は大分減るが、ダンジョンコアを獲得して借金完済を考えてる可能性もある」
まぁその辺りの話も、本当にダンジョンがあったのなら、だ。
「ギルドとしては、実在するなら喉から手が出るほどに欲しいからな。ポギール大森林の調査依頼を明日にでも出すさ。あぁ、ダンジョンが実在したら、情報料は払うぞ?」
「ありがたいね。……ところで、北に開拓村があるんだったか?」
「あぁ。オークの討伐依頼もその村にある支部からの依頼だな。馬車で二日、飛脚を借りれば、朝出て日の入り前には着く。地図で言えばここだな」
帝国へとつながる街道から西に逸れた先。森の入り口にある村。
地図を見た感じだとそこから徐々(じょじょ)に標高が高くなり、ちょっとした山の頂点辺りからディモンシ子爵領になるらしい。
「オークの肉を消費できるほど人口がいるのか?」
「いや、五百人程度だ。ただ、ギルドには共有コンテナがあるからな。安く買い叩かれるって事はねぇよ」
「……共有コンテナ?」
初めて聞く単語に眉根を寄せると、ギルマスはニッと笑みを見せた。
「ギルドでだけ使える特別なマジックアイテムだ。ギルドの創始者だかその側近だかが作ってくれた物らしくてな。ギルドに設置した上で、特定の条件を満たしたギルド職員だけが使えるっていう優れもの。なんと、そのコンテナに物を入れれば、他のコンテナから取り出せるって代物だ」
「それは……凄いな」
やり方次第で商人を潰せるし、戦争になったら勝たせたい国を勝たせるなんて真似も出来るだろう。
ギルドは国政に不干渉がルールなので、そういったことが出来ない条件付けがあるんだろうが。
「ちなみに、世界に百個だけだ。何をやっても壊れねぇし、条件から外れれば消えちまう。まぁそれでも百個までなら設置しなおせるんだけどな」
「……そんなこと、俺に教えて良いのか?」
口ぶりからするに、召喚的な魔術で設置できるんだろう。
ギルマスは平然と教えてくれたが、ハッキリ言ってとんでもないネタだ。国が知れば、なんとしてでも取り込もうとすること請け合いだろう。
「公言はしねぇが、知られて困るような話でもないからなぁ。で、行くのか?」
「宿に二週間分払っちゃったから悩みどころではある」
「はっ。その程度ならすぐ稼げるっての。何だったら依頼出してやっても良いぜ?」
「アホか。他領のダンジョン探しなんてヤクネタ誰が引き受けるか。上位ランクのクランにでも頼め」
クランというのは、冒険者パーティーが集まった組織だ。低ランクと高ランクが雑多に混じったクランもあるが、数は力。ソロ冒険者に依頼するより依頼の達成率が高いのは言うまでも無い。
「……あのな。指名依頼はたけぇんだよ。クランに指名依頼なんて出してみろ。干上がるぞ、俺が」
「知ったことか。行くとしても、ちょっとオーク狩りぐらいなもんだ」
「それならそれで、今日お前がボコした新人達の様子を見てくれねぇか? 実戦で経験積むんだってあの後出て行ったからよ」
「期待しまくりだな」
「新人に期待するのは当然だろ?」
ギルマスはヘラヘラとそう言うが、かなり期待していることが分かる。
マグはこんななりで、驚くほど慎重だ。まず新人なら、絶対に平原での狩りからはじめさせる。森には絶対に近付かせず、無謀な新人が出ないように他の冒険者に目を光らせておいてくれと頼む程に心配性なのだ。
そんなギルマスが、北西の森に行くのを止めなかった。
実際には止めたのかもしれないが、実力を認めていなければ絶対に行かせはしないだろう。俺相手についで程度で頼む辺り、彼らの才能に期待しているのは丸わかりだ。
「ま、戦ってるところに出くわすようなら様子をみるぐらいはしてやるよ」
「おう、たのまぁ。っと、なんか明日にも出かけそうだったから言っとくが、さすがに明日はやめとけよ?」
「ん? なんで?」
「なんでって……同郷の出陣式だろうが」
「そりゃそうだけど、別に俺が見学したって何が変わるわけでもなし」
だからこそ逆に、王都から出る分には人が少なくて快適だと思ったのだが。
それ故の答えに、ギルマスは額を押さえると天を仰いだ。
「だからお前はクズだって言われんだよ……」
「なんでだよ」
「あのな? 勇者様は、Aランクの冒険者でも討伐困難な魔物を倒したりしに行くわけだ。だってーのに、見送りもしないだぁ? そこらの一般人なら兎も角、お前は同郷で友達なんだろうが」
「そりゃあそうだけど……」
「なんでわざわざ城から出てきてんだよ。勇者が出発した後でも良かったじゃねぇかよ。見送る気も無いとか、冷たい野郎だなぁ」
言いたい放題言われて、むっとして口を開く。
「勇者の何を知ってんだよ。いいか、俺が城にいてみろ。セイギのことだから、絶対に一緒に出ましょうっていうぞ?」
「お、おう」
「でもって、俺が断固として拒否してみろ。じゃあ僕も出ませんって言うに決まってるんだ。いいか? 勇者に選ばれるような善人って時点で、相当ヤバいんだ。友達だからで関与させようとするな」
俺の真剣さが通じたのか、こくこくと頷くギルマス。
勇者という存在に憧れるのは分かる。
そのチートは強大無比で、性格も良ければ外見まで良い。神に選ばれるのはこういう人材なのだと、遠目に見ただけでも納得してしまうオーラ。
問題は、その善性だ。
過ぎた優しさは脅迫と同じ。互いに善人なら優しさの浴びせ蹴りでうまくやれるのかもしれないが、俺は凡人。友人だと思っているが、あの善意を受け続けたら、駄目人間になるか精神的にイカレる気しかしない。
ふぅ~と長々と息を吐き出して、ソファーに寄りかかる。
「何だったら、勇者一行にちょっと着いてってみればいいんじゃないか? 馬が合えば、すぐこう思えるぞ? この人の為に死ぬまで尽くそう、って」
「は、ははは。あ~……冗談だろ?」
「今回同行する騎士は二十人ぐらいだったか。男女半々で、全員が自分から志願したらしい。同行を認めてくれないなら騎士をやめてでも同行させて貰う、ってさ」
「……こわ。こっわっ! なんだその人徳っ!?」
「そー言う奴なんだよ。能力さえまともなら、俺だってセイギの手伝いしてたさ」
「えー、クズですら魅了するって魔眼か何か持ってんのか?」
「クズって言うな。……あいつは、そー言う能力は持ってない。神に選ばれた存在なんだ。無くたってどーとでもなるだけのスペックがある」
ステータスとかがある世界なら色々分かっただろうが、異世界なのにレベルという概念すら無いのだ。実際の能力で不明な点は多い。
だが、セイギこそが勇者なのだと一目で分かった。訓練の風景だけで、人という枠を超越しているのは誰にでも理解できる。そして、友人として過ごした時間。
「おっさんも勇者を見てみればいい。話せそうなら、少しでも話してみろ。あいつこそが勇者で、この世界の為に呼び出されたんだって分かるから」
「……お前にそこまで言わせるのかよ。勇者様って」
死が確定した段階で呼び出されたとはいえ、普通ならユイナのようにこの世界の人に対して警戒するし、不平不満を口にして、帰郷の念に駆られるものだ。
セイギにはそれが無かった。
この世界の為にどうすればいいか。どうしたら人々の為になれるのか。
この世界の人にしてみれば、まさしく神が与えたもうた奇跡に他ならない。
俺からしてみれば、善意の獣。友人ではあるがイカレてんなぁと言う感想だったが。
「ま、セイギに見つからない程度に遠くから見送るさ。それじゃあな」
「おう」
ギルマスに軽く手を振って部屋を出る。
明日、出陣式はさぞ派手になることだろう。
王城から出てて正解だったと心底思いながら、俺は共同浴場へと足を進めたのだった。
「昨日の出陣式は凄かったなぁ……」
飛脚屋で借りたオリュウに揺られつつ、俺は昨日の出陣式を思い出していた。
端的に言えばパレード。先頭を第一王子が、その後に数千人の騎士が続き、勇者一行。その後ろに王族が続いて、また騎士の一団。
まぁ凄かった。特に、勇者が通る場所の歓声というか悲鳴が。
そんな光景の中でも一際印象に残っているのは、セイギと目が合って手を振られたことだ。
こっちは二件分離れた民家の屋根上、更にバレないように屋根と同色の布を被っていたのに普通に目が合って手を振られた。
普通にドン引きである。
「クェ、クェー!」
「ん、良い速度だよ。この速度で頼む」
「クェェェ!」
元気よく叫んでタッタカ走るオリュウ。
オリュウはダチョウに似た動物で、羽をものすごく小さくして、足以外を緑色でふさふさにしたような鳥類だ。
兎に角速く、車に乗っているかのように景色が流れてゆく。
鞍は無く手綱だけだが、羽毛がふかふかで揺れ以外は快適そのものだ。
ちなみに飛脚屋に払った金額は金貨五十一枚だ。
金貨五十枚は担保。一日の借り賃が金貨一枚で、別の街なり村なりの飛脚屋に返却し、木札を返せば担保が戻ってくる。
幸い開拓村にも飛脚屋があるので、このペースならギルマスの言うとおり日の入り前には到着して、金貨一枚の出費で済みそうだ。
そんなことを思っている間にも脇道へと逸れ、オリュウは軽快に進んでゆく。
風が気持ちいい。
なんとなく、もしかしてという感覚はあったものの、青い空をぼんやりと眺めて過ごす。
これが元の世界なら、腰やお尻が大変な事になっていただろう。一部の王城関係者には哀れなモノを見る目で見られていたが、身体の不具合が無くなっただけでもかなり幸せである。
と、視線を前に向けてみれば一面の森が見え始め、木造の門まで見えてきた。
「えーっと……え?」
思ってたより大分早い。まだ昼過ぎだ。
少し不安になりつつ速度を落とし、オリュウの上から門番へとギルドカードを見せる。
「はい、確かに」
「あの、ポギール大森林の開拓村、ですよね?」
「そうですけど?」
「あぁ、はい。どうも」
オリュウを進ませ、まずは飛脚屋へ。
初めて借りたので分からなかったが、多分こいつがとんでもなく優秀だったんだろう。単純に考えて、普通の倍の速度で走ってくれたことになる。
「ありがとな」
オリュウの首筋をなでて、降りる。
ちょうど出てきた店員が駆け寄ってきてくれた。
「あ、どーもですっ! ご返却ですかっ!?」
「あ、うん。こっちが木札」
「はいどーもっ! では木札だけ持って中へどーぞっ! あたしはこの子をつないで来ちゃいますねーっ!」
元気な女の子に会釈を返して、クェーッ! と叫んで引きずられていくオリュウに手を振って見送る。
良い動物だった。もし動物を飼う機会があったら、オリュウにしよう。
そんなことを思いながら精算を済ませ、村に出る。
王都と比べると可哀想になるほどに閑散とした町並みだが、活気はある。子供が走り回っているのを見る限り、立地の割には平和なんだろう。
王国直轄地というのもあってか、門番も警邏の兵もちゃんと国が支給する鎧を纏っている。
開拓村と言うともう少し大変そうなイメージだったが、案外住みやすそうだ。
冒険者ギルドの建物は、王都と違って他の民家とあまり変わらない。併設された酒場の方が立派なぐらいだ。
両開きの扉を開けば、まだ昼過ぎにもかかわらず中はそれなりに賑わっていた。
魔物が多いメリット、だろう。血塗れで受付に嫌な顔をされている冒険者がいたりするが、全体的には明るい雰囲気だ。
受付は二カ所しか無く、両方とも並んでいる為素直に並ぶ。
「次の方どうぞー」
「はいどーも。王都から来たんですけど、何か情報ありますか?」
「Cランクの方ですか。でしたら特に注意事項はありません。あえて言うのでしたら最近今までは確認されていなかった魔物の目撃情報がありますが、Cランクでしたら特に問題は無いかと」
「オークに関してはどうですか?」
「今のところ、西から流れてきたんじゃ無いかというのがギルドとしての見解です」
「……ディモンシ子爵領から、ですか」
「ご存じでしたか」
猫耳の受付嬢は、苦笑いと共に頬を掻いた。
「どうも領軍を動かしているようでして。本来でしたらこちらに報告があった上で魔物狩りが行われるんですけども……こちらの問い合わせにも現状はだんまりですので、不確定ながらも西から流れてきている、と言う報告になります」
「そっか。ありがとう」
礼儀として情報料に銀貨一枚をおいて、言葉を続ける。
「それで、宿って空いてる?」
「あー……今はオークフィーバーで冒険者の方が多いんですよね。収穫が終わった畑をキャンプ場として提供してはいるんですけど、そこも満員だと聞いています」
「分かった。どーも」
こればっかりはどーしようもない。
並んでいる人に場所を渡して、依頼が張られた掲示板へと向かう。
張られている依頼は、常設依頼が多い。他は王都の依頼と大差なく、この辺りはギルマスが言っていた共有コンテナが関わっているんだろう。
この村だけの珍しい依頼と言えば、開墾の手伝い系がそこそこあるぐらいか。
「あ、あのっ!」
「ん?」
女の子の声に横を向くが、誰もいない。ただピコピコと動く耳が目に入り、視線を落とせば大きな青い瞳で見上げてくる女の子がいた。
「荷物持ち、いりませんかっ!」
「お、おぅ。えーっと……」
先ほどの受付嬢へと視線を向ければ、冒険者相手に対応しながらもニコニコとこちらに視線を向けてくる。
「あの人の妹さん?」
「ルルねぇはルルねぇだけど、違うのっ!」
「はぁ。えっと、じゃあ保護者は?」
「リムはもう大人なのっ!」
リスのようにほっぺを膨らませて、ギルドカードを突きつけてくる少女。
そこに書かれているのは、リムと言う名前と、Fランクというギルドランクだけだ。ただ、ギルドカードが発行されていると言うことは、成人である十五歳以上という証拠でもある。
ちなみに、ギルドカードの発行自体は十歳から可能だったりする。ただし十五歳になるまではGランクであり、共同トイレの掃除や店番など、町中の仕事を請け負う為の特例措置としてGランクは存在している。
なのでまぁ、この子はかなり小さいが十五歳以上ではあるんだろう。こっちの世界では人種が多い分、見た目で年齢がわかりにくすぎて困る。
「ん~、じゃあ分かった。雇おう」
「ホントっ!?」
「日が落ちるまで時間もあるしな。この村に住んでるんだろ?」
「うんっ!」
「じゃあ森の案内も頼む。っと、その前にパーティー申請しとこうか」
日の入りまでとはいえ、組むならパーティー申請は義務だ。だからこそまた列に並ぶ。
なのに何故かリムはこちらを眺めていて、手招きするとようやく小走りで駆け寄ってきた。
「あ、あの、パーティー、組んでくれるんですか?」
「荷物持ちであっても、冒険者は冒険者だ。嫌でも申請して貰う」
「い、嫌じゃないです」
小声ながらもハッキリとそう言ってくれたので、内心で安堵する。
パーティー申請とは、ギルドに組んでいると認めて貰うこと。報告してギルドカードを確認して貰うだけだが、互いの身を守る為にも必要な行為だったりする。
分かりやすい例を挙げれば詐欺だ。相手が詐欺師で身ぐるみ剥がされたとしても、パーティー申請をしていればギルドに協力して貰って相手を捕まえるのが簡単になる。
パーティー申請はギルドランクが平均にまで落とされるので受けられる依頼に制限がかかったりするが……正直高ランクの依頼なんてリスキーな仕事一生受けるつもりはないので、俺としてはパーティー申請に何のデメリットも無い。
そもそも、申請解約も簡単にできるし。
「あら、先程ぶりですね」
「あの、パーティーきゅんでくれりゅ」
噛み噛みでそこまで行ったリムは、顔を真っ赤にして俯いた。
その様子に受付嬢と目を見合わせて苦笑し、口を開く。
「そういうことで、申請をお願いします」
「はい。ではギルドカードを貸していただけますか?」
受付嬢の言葉に頷いて、ギルドカードを出す。
二枚のギルドカードを受け取った受付嬢は、二枚に並べたギルドカードを紙で挟むと、ヘアアイロンのような道具で挟んでなぞった。
すると、ギルドカードの両面が紙に印刷される。
この技術の凄いところは、偽造のギルドカードだと印刷されない点と、魔導具である為誰もがその道具を使えるという点だろう。
待ち時間が短く済む点もメリットだ。
「では申請を受理しました。ギルドはパーティー内のもめ事に干渉することはありませんが、犯罪に関わる事象に関しては全面的に関与しますので、問題が発生しそうでしたらご相談ください」
「はいどーも。それじゃあ……リムって呼んでいいか?」
「はいっ」
「じゃあリム、案内頼む」
「分かりましたっ!」
元気な返事と共に歩き出すリム。その後に付いていくと、少女は一度足を止めて受付嬢に手を振ってからギルドを出た。
そんなやりとりを見ていると本当の姉妹に見えるんだけど、一体どういう関係なんだろうか。お姉さんなら是非紹介して欲しかったんだけども。
「それじゃあ、森に向かっていい、ですか?」
「頼む。出来ればオークの目撃情報がある辺りを」
そこまで言ったところで、リムのお腹が盛大になった。
通り過ぎようとした人が、その音に驚いて思わず足を止めたほどの音量だ。
「……あ、こ、これは……」
「まぁ、俺も昼を取ってないしな。食事処はあるか?」
「り、リムは大丈夫なのっ!」
「だから、俺も昼を食べてないんだよ。仕事に出る前に話しておきたいこともあるし、まずは腹ごしらえだ」
「……じゃあ、あそこの建物がそうです」
ふてくされた様子でリムはそう言うが、気にせずに食事処に向かう。
冒険者ギルドから少し離れているだけあって、一般人向けの食事処なんだろう。内装は一般的な酒場とあんまり大差ないが。
「あらいらっしゃいっ!」
扉を開くと恰幅の良いおばちゃんが大声で迎えてくれたものの、その笑顔はすぐに剣呑なものに変わった。
「……あんた、リムちゃん連れて何しようってんだい?」
「違うのおばちゃんっ! この人は、パーティー組んでくれたのっ!」
「あらっ! あらあらあらっ! それは失礼なこと言っちゃったねぇっ! 好きな場所に座ってくんなっ!」
リムの言葉に豹変したおばちゃんに戸惑いつつ、窓際の席に座る。
昼過ぎな為、お客はゼロだ。
「で、何にするんだい?」
「俺は水とおすすめで。リムはどうする?」
「……お金、無いです」
リムが小声でそう呟くと、おばちゃんが背中をぶっ叩いてきた。
「ほら兄ちゃん良いとこ見せてくんな」
「ごほっ。……いや、注文はちょっと待って貰って良いですか?」
「もちろんだよっ!」
そう答えながらも、ニコニコ笑顔でその場に立ったままのおばちゃん。
どっか行けって言ってんだけど……まぁいいか。
「リム。まず今後に関してだが、報酬は半々だ。魔物が狩れなければ、互いに収入ゼロ。それは良いな?」
「……半々?」
ぱちくりと目をしばたたかせるリムに、頷きを返す。
「俺一人だとオーク一頭持ち帰るのがせいぜいだが、リムが荷物運びとしてもう一頭持ち帰れるってんなら、収入は単純に倍だ。だから半々。戦闘はこっちが受け持つから、それは納得して欲しい」
「あの、でも……」
「言いたいことは分かる。そっちは案内を受け持つわけだから、成果がなければ丸損だ。だから、食事に関しては報酬だと思ってくれ。食べれば食べるほどお得だぞ?」
口元を歪めて悪そうな笑顔を浮かべてみせる。
実際、この契約は俺にとってメリットしかないのだ。
案内人を雇えば高く付くし、荷運びもしてくれないので報酬が減る。だが荷運びとしてパーティーを組んでくれた彼女が案内もしてくれるなら、持ち帰れる素材が増えて森の地形も把握できる。
なので、食費ぐらいなら安いものだ。成果が無くても、三食世話をしてやるぐらい案内人を雇うより遙かに安い。
「あっはっはっ! いい男だねぇ兄ちゃん。じゃあリムちゃん、どうする」
「いっぱい……いっぱいくだしゃいっ!」
震える声でそう声を上げたリムは、ボロボロと涙をこぼしていた。
その様子におばちゃんは笑顔で頷いて、キッチンへと口を開く。
「あんたぁ! おすすめ2に野ウサギのステーキ、ガーリックパゲットもつけとくれっ!」
「おうよぉっ!」
「いや、いやいやっ。ちょっと、なんで泣いてるんだ?」
泣かれる理由に見当が付かず、おばちゃんに声をかける。
ぐす、ひぐっと声を漏らしつつ服の袖で涙を拭ってはこぼれ落ちるのが見えているので、リムに声をかけることすらおっかない。
「兄ちゃんはどんと構えてな。あたしは飲み物もってくっから」
「え~……」
あっさりと見放され、仕方なく窓の外を眺める。
通行人が訝しげな視線を向けてくるのも当然だ。おっさんの対面に座った見た目幼女は泣いているのだから。
凄く、居心地が悪い。
「はいお待ち。水とリンゴジュース、後パンだよ。今日のおすすめはすぐ持ってくるからちょいと待ってておくれ」
「あぁ、はい」
結局、泣いてるリムをどうにかしてくれるつもりはないらしい。
居心地が悪いまま暫く待つと、右手に三つ、左手に一つお皿を持ったおばちゃんが戻ってきた。
「はいよ、今日のおすすめオークの角煮二つに、野ウサギのステーキ、ガーリックパゲットだよ」
料理がテーブルに置かれると、食欲が狩ったのか目を真っ赤にしたリムが顔を上げ、まずはガーリックパゲットを丸々一個口に突っ込んだ。
頬を膨らませてもぐもぐしつつ、野ウサギのステーキにフォークをぶっさして、がぶりと一口。
何というか……とんでもなく豪快な食べ方だ。どんだけ飢えていたんだろうか。
「リムちゃんは、二年前に両親を失っててね。苦労してるんだよ」
しんみりと呟くおばちゃんを見上げて、首をかしげる。
「なら、今の保護者は?」
「いないよ。あたし達は保護者のつもりなんだけど、この子は遠慮しいだろ? 迷惑かけたくないって、村の外れでテント生活さ。……誰かに頼るって事が出来る性格なら、もっと楽だったんだろうにねぇ」
「……その両親が住んでた家は?」
「冒険者だったから、無いんだよ。帝国の方から流れてきたらしいって事しか、あたし達も知らなくてね」
それはまた、この世界らしい生い立ちである。
半年冒険者として活動した程度だが、両親が死んで、両親に売られて、壮絶な人生を歩んだ上に今があるって言う話は、冒険者の間ではよくされる話だったりする。
酒場で不幸自慢が始まれば、誰か一人はそんな話を始める程度にはありふれた話。
なのでまぁ、そこまで同情心も湧かない。この世界は、それが普通の世界なのだ。
「だからね、組んでいる間だけでいいから、大切にしてやっておくれ」
「おばちゃんが冒険者になって組んであげれば良いんじゃないかな?」
「やだよぉこの子はっ! か弱いあたしになんてこと言うんだいっ!」
バシバシと背中を叩いて、厨房へと去って行くおばちゃん。
普通に背中が痛い。あの腕力なら、オークとも良い勝負が出来るんじゃ無いだろうか。
そんなことを思いつつ角煮にフォークを刺し、一口。
「……旨い」
予想外の美味しさに、思わず声が漏れた。
若干臭みはあるが、それを差し引いても味付けが素晴らしい。濃すぎず、甘すぎず。ほどよいしょっぱさが溶ける脂身の甘みを引き立て、非常に美味しい。
ご飯が欲しくなる味付けだが、パンにも良く合う。正直、王城の食事よりも好きだ。
十分に楽しんで食事を終えると、相変わらず頬一杯に食べ物を含んだリムと目が合った。
リムは咀嚼を止めると同時に顔を真っ赤にして、俯いてから忙しなくもぐもぐごっくん。か細い声で「ごめんなさい」と呟いた。
「まぁ、いきなり泣き出されるとどーしたら良いか分からないから、出来れば理由は言って欲しいかな」
「……その、嬉しくて……」
「嬉しいって、正当な報酬だから気にするな」
当然のことを言っただけなのに、リムはまた「ひぐっ」と今にも泣きそうな声を漏らした。
どこに泣く琴線があるのか分からない。
「あーっとだな……そう、食べながら聞いてくれ。今後の予定に関してだ」
こくんと頷いて食事を再開してくれたことに安堵しつつ、言葉を続ける。
「一日の目標はオーク二体。ただ、ポギール大森林の調査をしたい。だから一日の流れとしては、朝村を出て日帰りで帰れる位置まで移動、帰りにオークを二体狩って換金して終了って言うのが理想の流れだな」
こくこくと頷いてくれるので、続ける。
「で、調査場所は現在地から更に西。山を登る方角だな。見慣れない魔物の目撃情報があった位置を知ってるならそこに向かって欲しいところだが、知らないなら兎に角西に向かってくれれば良い」
そこまで言ったところで、食べ終わったリムが口を開いた。
「でも、西って……なんだか領軍がいるって、言ってました」
「ディモンシ子爵領軍か? でも日帰りで行ける距離ならまだ王国直轄領の筈だけど」
「それは、わかんないです。でも、冒険者の人が、そう言ってて」
「そっか。良い情報だ。……お腹いっぱい食べたか?」
「はいっ」
笑顔のリムに頷いて、席を立つ。
「おばちゃーん、お勘定っ!」
「まいどーっ!」
リムが聞いた情報が本当なら、ギルマスと話した前提条件が変わってくる。
でもって、前提条件が変わるなら、将来の為に少しは苦労してみるのも手だ。
そんなことを思いながら、俺はおばちゃんにお金を払い、リムを伴って今日の仕事へと向かったのだった。
リムと出会えたのは、かなり幸運だった。
まず、荷運びの人材として。オークフィーバーと言うだけあってあのあと一時間ほどで二体狩れたのだが、リムはオーク一体をちゃんと担いでギルドまで運べたのだ。身長的にかなり運びにくそうではあったが、十倍はあろうかという重量を運べる腕力と体幹は、ダイアの原石といえるほどの将来性を感じさせるものだった。
そして、情報。リムとパーティーを組んでいるというだけで村人からの印象が良く、情報が集めやすい。もしリムがいなければ、一週間経っても一日分の情報すら集められなかっただろう。
最後に、寝床。リムのおかげで、その隣にテントを建てる許可を近隣住民からいただけた。「一緒のテントで寝ても良いよ?」というリムの言葉に、村人達から絶対に自分のテントで眠れと脅迫された感じはあるが。
どうにしろ、リム様々である。食事を奢るだけでは報酬を支払いきれていないと思えるほどに。
と言うことで開拓村二日目。
日の出と共に起きて屋台で簡単な朝食を済ませた俺とリムは、村で唯一の武器防具屋に訪れていた。
早朝ではあるが、お客は数人。武器の補充が目的らしく、手早く必要な物を買ってゆく姿はいかにも冒険者だ。
「じゃ、自分に合いそうなの選んでいってくれ」
「あの……リムは、大丈夫です」
「大丈夫じゃ無いから連れてきたんだろ」
今更にはなるが、リムの装備は無い。単なる幼女と勘違いしたのも、単なる村人スタイルというのも大きな理由だ。
昨日は時間的な理由もあり日当を稼ぐことを優先したが、パーティーの相方が何の防具も身につけていない幼女と言うこともあって、冒険者の視線がそこそこ厳しいのだ。
「いいか? お前が怪我をしたら、俺も困るんだ。俺の為にも、それなりな防具を選んでくれ」
「うっ……」
何故か涙を堪えるように口をキツく結んだのを見て、慌ててその頭をわしゃわしゃと撫でる。
「そ、そうだな。何が良いかも分からんだろうし、店主に聞こう。な?」
何を言ったら泣き出すのか、理解が出来ん。
そんな恐怖に怯えると同時に、どうにか涙を堪えてくれたリムに安堵して受け付けに向かう。
「おうらっしゃいっ!」
丁度客がはけたタイミングと言うこともあり、近付いただけでおっちゃんが声をかけてくれる。
身長を縮めたらドワーフと勘違いしそうな、白い髭と筋肉が立派なおっちゃんだ。
その笑顔はリムを一瞥すると更に深まった。
「聞いてるぜ。リムちゃんとパーティー組んでくれたんだってな」
「えぇ。だからこの子に合う防具が欲しいんですが」
「とっておきがある。ちょっと待っててくれ」
待ってましたとばかりにおっさんは奥の部屋へと移動し、すぐにローブを手に持って戻ってきた。
「こいつだ。あんた、Cランクの冒険者なんだってな?」
「幸か不幸か、色々あったんですよ」
「経緯はどーでもいい。Cランクだってんなら、これの価値が分かるんじゃねぇか?」
試すようにそう言われ、カウンターに置かれた灰色のローブを手に取る。
最初に感じたのは、僅かな滑り気。だが手にべたつきは残らず、指先で強く挟んでみても滑りと弾力を感じはするが、水分が出てくるような事は無い。
そして、ローブの内側は普通の手触り。若干のざらつきはあるが、魔物の皮を素材とした場合はこんなものだ。むしろ、かなり巧(yま)くなめしてあると言えるだろう。
問題は何の魔物素材かだが、さすがにそれが分かるほどの場数は踏んでいない。
「かなり上位のスライムコーティング。素材に関しては分かりません」
「がっはっはっ! まぁスライムコーティング知ってるだけで上等だ。リムちゃんに着せてやんな」
「はい。ほら、リム」
おっかなびっくりと言った様子でリムはローブを受け取ると、袖を通した。
若干大きめだが、裾が地面を擦るほどでも無い。つまり子供向けのサイズ、と言うかリムの為に作ってあったのだろう。
愛されてるなぁ、リムは。
「後、靴とかインナーも欲しいんですけど」
「さ、サガラさんっ! それはっ」
「相棒の為に素直に揃えてくれ。これからも冒険者やるんだろ?」
俺の言葉に、リムは申し訳なさそうな。それでいて不満げでもある複雑な表情をみせたものの、意を決したかのように一度頷いて笑顔を見せた。
「はいっ」
「ん。って事であつらえて欲しいんですけど」
「あー、悪いな。そっちは考えてなかったわ。ひとっ走り靴屋と服屋に行ってくっからよ。待っててくれるか?」
「それならリムも連れてって下さい。店主は店番もあるでしょうし、話だけ通していただければ」
「……あ~、そうだな」
言いたいことを理解したのか、おっちゃんはにやりと笑ってカウンターから外に出てきた。
「じゃあリムは、合うのがあったら着てきてくれ。俺はここで待ってるから」
「はいっ!」
「おし、じゃあリムちゃん行くぞ」
筋肉質なおっちゃんの後ろをとてとてとリムが走ってゆくのを見送って、店内を見回す。
王都の一般的な店舗に比べれば狭いが、装備品の質自体は平均以上に見える。
魔物が多い地域だからこその技量、なんだろう。
雑に纏めて置いてあるスローイングダガーを手に取って翳してみる。
単なる鉄だろうが、良く出来てる。大銀貨一枚と書いてあるが、王都なら倍はするだろう。
「おう、待たせた」
「……いや、思ってたより遙かに早いですけど。客も来てませんよ」
「店番みたいな事させて悪かったな。で、ローブ一枚大金貨五枚でどうだ?」
日本円にして五十万。
あっちなら一流メーカーの物が買える値段だが、こちらでは別だ。
「安すぎません?」
「分かってんだろうが、本当は冒険者になれたらあげるつもりだったんだよ。かあちゃんに『甘やかすのはあの子の為にならない』なんて言われて、渡せずじまいでな」
「……あー、それじゃあ靴とインナーに関してはどうなりそうです?」
「それがよぉ、あいつらも同じ事考えてたらしくてよ。ま、リムちゃんには村のこと色々やって貰ってたし、プレゼントぐらい考えるのは当然だわな」
どの家もおっかちゃんが怖いってのは同じらしいがな、と豪快に笑うおっちゃん。
この村の人はいい人揃いだ。開拓村と言う厳しめの地域だから、逆に人に優しくなれるんだろうか。
「じゃあこれで。服屋と靴屋に分けといて下さい」
「おいおい。だからローブは大金貨五枚だって言ってんだろ? あっちの支払いを兼ねるにしても、二十枚は多すぎる」
「あのローブ、王都なら中古でも二十はいきますよ。なのでまぁ、どう分けるかは兎も角全員得したって事でいいじゃないですか」
「……リムちゃんが見たらぶっ倒れそうだな」
だからリムのいないところで精算にしたわけだ。
装備品は基本的に高い。駆け出しでも魔物と戦えるように一式揃えるとなると、中古の安いラインで揃えても大金貨十枚。一人前の冒険者ともなれば、装備品一カ所で白貨や蒼貨が普通に飛び交うのだ。
ちなみに白貨は百万、蒼貨は一千万円の価値だ。下町とかではまず見かけることが無い硬貨である。
「いい歳した大人がリムちゃんと組むっつーから不安だったが、お前なら大丈夫そうだな」
大金貨をしまいつつ、安堵と共にそう漏らしたおっちゃんの言葉に、俺は首をかしげた。
「皆さんリムのことを気にかけてくれているようですけど、なんでフリーで荷運びなんてしてるんですか?」
「あ?」
「ハッキリ言ってあの腕力は異常です。開拓の為に役立てれば即戦力でしょうし、冒険者を希望してるならそれはそれで、少し戦い方を教えてあげるだけでソロで活動できてると思うんですけど」
荷運びを専門とする冒険者もいるが、基本的に底辺の仕事。悪く言えば強い人にくっついておこぼれを貰うような仕事なので、人気があるはずも無い。
「あー。それはまぁ、ギルドの方針だ」
「ギルドの?」
「一定以上の冒険者に同行させれば、勉強になるとかどうとか。この前Fランクに上がってからは、そー言う方針で荷運びやらせてるらしい」
「……お金無いとか言ってたけど」
「荷運びに十分な報酬払う冒険者なんてそういねぇからな。そういったことを学ぶのも大事だって言われてよぉ、俺たちは関与すんなってよ。おっかちゃんとかは夕飯作りすぎたからとか言って差し入れしてるけどな」
それで俺のプレゼントは駄目とか意味分かんねぇよ、と顔をしかめて呟くおっちゃんに、思わず苦笑する。
どんだけリムの事が好きなんだって話だ。ギルドの受付嬢もそうだったが、村で一丸となってリムを育て上げようとしているようで、そんなことを知らずに組んでしまった俺としては妙な気分だ。
「あ、そうだ。解体用ナイフ一本にロープを何本か貰えますか?」
「おう、そこらにあるの適当に持ってけ。お題は貰ってるから、ロープなら全部持ってても良いぞ」
「ははは……。じゃあこの解体用ナイフと細縄五本貰いますね」
「おう。ホルダーは必要か?」
「ナイフはリム用なので、子供用があるなら」
「そうだそうだ。それもあったな」
再び奥の部屋へと消える店主。
そんな物まで用意してあるとか、リムはこの村のマスコットかなんかなんだろうか。怪我をさせた時が怖い。
「おう、これだ。あぁ代金はいらねぇぞ? もう貰いすぎだ」
「……では、ありがたく」
何を言ってもお金を受け取って貰えそうに無いので、素直に貰っておく。
と、リムが息を切らせて駆け込んできた。
「ただいまっ、ですっ」
「おうお帰り」
「あ、あの……どう、ですか?」
短い黒髪を手で梳きつつ、もじもじと見上げてくるリム。
服装が一新されて、身ぎれいになった感じだ。ブーツもインナーも装飾に乏しく地味な色合いだが、冒険者向けに作られたと分かる良い品質だ。
「ん、似合ってるよ。で、これは店主からのプレゼントだ」
「おいおま」
怒鳴ろうとしたおっちゃんは、だがリムの真っ直ぐな視線を受けて声を止めると、視線をそらして頬を掻いた。
「か、金は貰ってる」
「そう、だな。……ナイフは俺から、ホルダーは店主からだ」
ホルダーだけは青に染めてある辺り、おっちゃんなりにリムをイメージして作った一品なんだろう。
それをギュッと抱えたリムは、店主へと向かって頭を下げた。
「ありがとうございますっ!」
「お、おう。良いからさっさと行け。サガラ、任せたぞ」
「はいよ」
軽く手を上げて答えつつ外に出ようとすると、ジャケットの裾をリムに捕まれた。
「あの……お金……」
「払ってある。だからリム、仕事ぶりに期待してる」
「……っ。はいっ!」
笑顔で頷いて駆けだしたリムの後を追って、俺も店を出た。
やる気を出してくれたようで何よりだ。