八百万の神様はお怒りです! 二の神~ユキガミ~
『八百万の神々』
この世の森羅万象には神が宿るとされてます。それは大地や大海のみならず、作物や塵一つに至るまで。
ここにある一人の神がおりました。
その名を雪の神『ユキガミ』といいます。ユキガミ様はその名の通り雪を司る神様です。ウィンタースポーツには欠かせません。雪を降らせるか否かはユキガミ様の気分次第。そんなユキガミ様には何やらお気に召さないことがあるようです。神の怒りは大地の怒り、神罰が下るその前に、怒りを鎮めてあげましょう。
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「私は皆に愛されたいのよ!」
ユキガミの耳をつんざくような甲高い声が青空の下鳴り響く。ここは天候の神が集まる雲の上。雲の上なのだから空は晴れしかありえない。そんな晴れの神アマテラスはいわずもがな人気者だ。雨の神だって、中にはうんざりする者もいるだろう。だが干ばつ地帯では雨は大いなる恵み。神に祈り、雨ごいをし、降れば神に深い感謝を欠かさない。曇りはどうだろう。深く感謝こそされないが、とりわけ不人気という訳でもない。中には曇りが一番過ごしやすいという者もいる。これをユキガミは隠れファンと呼んでいる。
「みんなそれなりにファンがいるじゃない。それに対して私はどうよ! まったくもってファンがいない。一体これはどういうことよ!」
ヒステリックなユキガミを諫めるのは大変だ。雪のように白くきめ細やかな肌と輝く白銀の美髪。なのだが、せっかくの美人もこう喧しいと台無しだ。アマテラスはそそくさとその場を離れ、アメガミは用事を思い出したと席を立つ。残されたクモガミは悪夢というほかないだろう。大きく溜め息を吐くクモガミは諭すようにゆっくりとユキガミに語り掛ける。
「あのね、ユキガミ。君にだってファンはいるよ。ウィンタースポーツをやる人にとって雪は大事だ。雪が降らなければ彼らは滑ることができない。君は多くのスキーヤーやスノーボーダーに愛されているんだよ」
そう、ユキガミはまったくもってと言っていたが、ユキガミにもファンは多く存在する。彼らウィンタースポーツをする者達の他にも、幼い子供だって雪が好きだ。降れば大いにはしゃいで雪遊びをする。だがそんな程度ではユキガミの欲求は満たされない。ユキガミの言う『皆』とは、それこそ比喩なしに全世界全ての人間のことを指しているのだ。
「聞き飽きたわ! 何回目だと思ってるのよ、その話! それにあんたのそののんびりとした口調もムカつくわ!」
「それを言うなら君のその話は何十回と聞いているよ。少なくとも今の話は君のその話題でしか出さないからね」
「黙りなさいよ!」
「………………」
「その顔がムカつくわ!」
「黙っててもダメだねこりゃあ……」
「いい? 私は皆に愛されたいの! 最低限マジョリティである必要があるわ。でもどう? ウィンタースポーツを全国全ての人間が行っている? 全人類から見たら圧倒的にマイノリティだわ! その少数派でさえ滑る機会でなければ雪を疎むもの! 歩きにくいだとか、車が運転できないだとか、交通網が麻痺するだとか……もううんざりだわ! 好いてくれるのは小便臭いガキどもだけ! 大人になればどうせ嫌いになるに決まってる!」
子供の頃は降ればワクワクした雪。でも大人になるにつれてそれがただただ不便なものだと思い知らされる。ユキガミはそんな現状に満足いかなかったのだ。それに加えてもう一つ、ユキガミには気にくわないことがあった。
「それにね、好かれ方だってとても大事。アマテラスは太古よりとても熱心に崇められている。アメガミだって、水不足の地域の者からは天の恵みと崇められているわ。でも私はどう? 遊ばれているのよ! 滑って遊ぶ、投げて遊ぶ、作って遊ぶ。ボードやスキー、雪合戦にかまくらに雪だるま! 私は所詮、都合の良い遊ばれる女って訳よ!」
「いいじゃないか……楽しんでもらえるなら……」
「良くない! お前に私の気持ちなど分かるものか!」
「だったら話題振らないで欲しいなぁ」
「なんか言った?」
「いいえ、なんにも……」
ユキガミに意見を言えば何倍にもなって返ってくる。それに感情的なユキガミには根拠に基づいた理論でさえ論破することはできやしない。クモガミは以降は適当に流してそれで終わりにするつもりだった。だが今回に限って、ユキガミの言動は意外なものへとズレていく。
「もういいわ! 私、雪を降らせるのはもう止める! ドラマやバラエティを見ていた方がよっぽど有意義だわ!」
「おいおい、それはさすがに天候の神としてまずいんじゃ……」
「何よ! ただ曇らせるだけのアンタに言われたくない! それにこれは神罰よ! 雪を敬わなかった人間共への神罰! 神罰だったら誰も咎めることはできないでしょう!?」
「ま、まぁそれはそうかもしれないけど……でも……」
「でももクソもないわ! あんたは馬鹿みたいにこれからも空を曇らせ続けるのね! ではごきげんよう! さようなら!」
荒れ狂う雨風のように騒いだと思ったら、過ぎ去った台風のように辺りは静寂を取り戻す。
「彼女、嵐の神に改名した方がいいんじゃないかな?」
以降ユキガミは隠居した。聞こえはいいがただの引きこもりだ。ただただ惰性を貪る毎日。気が付けばユキガミは醜く太り、時たま見せるその姿は雪だるまと揶揄された。
一方その頃地上では。
『では、ニュースです。本日で一月も終わり二月となりましたが今年になっても雪は一向に降りません。これで十年続けて雪が全く降らないという異常気象が続いてます。本日は気象に詳しいA氏に来て頂きましたが、いかがでしょう?』
『はい、気象について研究を行っているAです。まず結論から申し上げますと、要因は全く分かりません。いくら気温が下がろうが、気象条件が整おうが、なぜか雪の結晶が形成されないのです。幸いにして人口雪を精製することは出来てますが、自然に産み出されることはありません』
『あの、まったく何も分からないのですか?』
『ええ、強いていうならば、雪の神様の気まぐれといったところでしょう』
以上でコメンテーターA氏の発言は終わった。苦節十年、雪を待ち望むスキーヤーやボーダー達。人口雪では滑れる場所も大いに限られる。早くこの異常気象の真相と解決法を知りたい訳なのだが。
「つ、つかえねぇえええ!!!」
「わざわざコメントする意味ねぇだろ!」
「あれであいつは金もらってんのか?」
このニュースを見ていた彼らは、その内容の薄さに怒り狂い罵詈雑言を飛ばす。口が悪いのは置いておいて、まったくもって彼らは不憫である。罰を下されるようなことをした訳でもなければ、健全にスポーツを楽しんでいただけなのに。だけどもそれがかえってユキガミの逆恨みを買っている。彼らの雪を楽しむ純粋な心は、ユキガミにとっては乙女心を誑かす、不純な遊び心と誤解されてしまっているのだから。
一方ユキガミもこのニュースを見ていた。起き上がるのも億劫なほどに肥えたその身体を寝転ばせ、むしゃむしゃとスナック菓子にかぶりつく。大きなゲップを一つすると、ユキガミは誰を相手にするわけもなく話し始める。
「うひひ……まさしくアンタの言う通りだよ、A。今までの十年間、誰しもデータやら何やら言っていたが、これは神の裁きなんだ。ま、もっとも気まぐれではなくて当初の理由は……なんだったっけ? まぁいいか。どちらにせよ、もう雪を降らせるなんて面倒臭い。こうしてずっとゴロゴロしてる方が気楽だわ」
ユキガミは、既に当時の怒りなどとうに忘れていた。だけれども今の堕落した生活はとても気楽で、再び神の仕事を全うする気など毛ほども起こらなかった。
「あぁ、あとは旦那さえいれば最高なんだけどな。顔が良くて、身の回りのこと全部やってくれて、なんでも言うことを聞いてくれる都合のいい男がいないかしら?」
ユキガミは画面から目を離し、チラリと脇にある鏡に目を向ける。
「無理……か。こんな姿じゃ……依然は雪のように白く、風に舞うような容姿だったような気がするけれど、今では雪だるまにも失礼なほどの醜い体型。鏡餅の方がお似合いかしら」
そんな皮肉を漏らすユキガミだが……
その時、目を離した画面から透き通るような美しく麗しい声が聞こえてきた。
『では、今日のゲスト、男性アイドルグループで活躍中のBさんはどう思われますか?』
『僕は気象について詳しいことは言えませんが、そうですね……僕は早く雪が降って欲しいです』
『どうしてです? 一部のスキーヤーやボーダーは嘆いておりますが、大多数は交通麻痺やタイヤ交換の必要も無くなり肯定的な意見をしておりますが』
『それは……美しいからです。日本の季節を彩る雪。雪は大自然や街を白く美しく彩ってくれます。僕が最後に雪を見たのは小学生の頃でしたが、今でもよく覚えております。僕はあの頃から……雪に恋しているのです』
その年、二月にもなって約十年ぶりに雪が降った。その雪は二月の十四日、バレンタインデーまでしんしんと降り続け、気象観測上最大の降雪量を記録した。
そして季節は巡り、再び冬が訪れる。
「おい、ユキガミ。今年は前みたいな大雪は勘弁してくれよ。おかげで雪を溶かすのが大変だったんだからな」
アマテラスはユキガミに釘を刺す。だが真面目な態度を見せるアマテラスに対して、ユキガミは雪のように白く、風に舞うような軽い身体を弾ませて、浮かれるような様子で言葉を返す。
「ご安心遊ばせ! あの時は調子にのったけど、今回はちゃあんと調整するもの!」
聞き入れてくれたのかどうなのか、アマテラスが呆れ顔で溜め息を吐いていると、そこにクモガミも現れる。
「珍しいね、一直線な君が加減をするだなんて」
少し小馬鹿にするような言い種だが今のユキガミは気にしない。どころかニヤリと得意気な顔をして持論を述べ始めた。
「いいこと? 恋は押すだけじゃダメなのよ。時には引かないと、飽きられてしまうじゃない。ここぞというタイミングで雪を降らせるのよ!」
そんな話をしている中、ある一人の神が怒った様子で輪の中に入ってくる。
「まったく、俺は誰にも好かれてない! 俺はみんなに好かれたいんだ。なのにゴロゴロと雷鳴を轟かすと皆恐れて閉じ籠ってしまう。一体どうしたらいいと言うんだ!」
そんな不平不満を漏らすのは雷の神、ライジン。怒りんぼの彼はみんな苦手だ。アマテラスはそそくさとその場を離れ、アメガミは用事を思い出したと席を立つ、残されたクモガミは悪夢というほかないだろう。大きく溜め息を吐くクモガミ、だが……
そんなクモガミを押し退け、ユキガミはライジンの前に立ちはだかる。
「いいこと? ライジン! 大事なのは皆に好かれることじゃなくて誰に好かれるかってこと! 例え全世界の皆に嫌われようが、たった一人! 想い人に好かれればそれでいいじゃない!」
さすがは嵐の神と間違われるだけの大迫力。雷など嵐の前では構成要素のほんの一部。たじろぐライジンを余所にユキガミは雲の隙間から下界を覗く。
「ユキガミは貴方様のことを深く想うてございます。私は貴方様の為に、この先いつまでもいつまでも恋雪を降らせることでしょう」
天候の神々のお話。
皆に好かれようとするのはとても心の疲れることと思います。
量より質。狭く深く。
それが数えるほどしかいなくても、真に心通わせる人がいればそれで十分なのかもしれません。