人と成りて~苦悩の始まり~
燃え盛る村に響き渡る人々の悲鳴
至る所で魔物達が人々を殺し、略奪をしている。
そんな中で一人だけ人族の兄妹を見つめている魔族の少年が居た。
兄は鎧等着ている事から冒険者か何かなのだろう。腕に矢が刺さり満身創痍のせいもあり息絶え絶えだが少年を鋭い眼差しで威嚇している。
「俺はもうダメだ・・・お前だけでも逃げるんだ」
「いや!兄さんを置いてなんて行けない!最後まで兄さんと居るわ!!」
妹は泣きながら兄の最後とも言える言葉に反対し、共に居る事を伝え眼前の少年へと涙ぐんだ瞳を向け弓を引いた。
基本的には種族により言葉が違うので何を言っているかわからないのだが、少年は赤い眼で静かに一連の行動を見ているだけだった。
引かれた弓から矢は少年へ放たれた。 バキッ 初年は易々と矢を掴み圧し折った。
「そん・・・な」
力なく諦めた声で妹は死を覚悟して身を崩した。そして魔族の少年はゆっくりと近付きながら手を伸ばした。兄妹の眼の前で手は止まり、死を覚悟した兄妹。刹那、手の甲へ鋭い痛みと熱が走り叫ぶ兄妹。
痛みは残っているが何が起きたのか手の甲を確認する兄妹。そこには何かの烙印が刻まれていた・・・
これは奴隷なんかに刻まれる所有物の証なのだろうか?魔族の少年に奴隷として死ぬまで弄ばれるのか・・・そんな絶望とならば一層の事!と
「チッ・・・またですか・・・」
どこから現れたのか魔族の少年の後ろに司祭のような恰好をした骸骨が立っていた。そしてー
「おめでとう。貴様らは生かされた。実に不愉快だ」
と忌々しそうに人の言葉でそう告げた。
同時に魔族の少年は兄妹から少し離れてちょこんと体育座りをして兄妹を眺めている。
兄は何が目出度いものかと内心怒りで燃えていたのだが続く言葉に耳を疑った。
「逃げてもよいぞ?どうせこの場にお主等を殺そうとする者、いや正確には若を止めれる者は居らん」
は?逃げてもいい?あの魔族の少年により自分たちは彼の所有物になったであろう事は理解出来る。だが逃げたところであの魔族の少年に殺されるなり力尽くで連れ戻されるだけだろう。と
「いやはや実に不愉快だ。若はなぜ兄妹らしい者に烙印を押しそのまま放置するのか・・・実に不愉快だ」
などと本当に?と疑う言葉を呪う様に吐きながら近くの怪我をしている夫婦へと向かって行き手に持っている錫杖で夫の足を砕いた。痛みで泣き叫ぶ男性
「さて、お前たちで私の怒りを少しでも静めてもらおう。お前ら来い!」
その言葉に反応し現れたのはゴブリンである。ギャッギャギャッギャと楽しそうにしながら当たり前の様に女性へと飛び掛かり、衣服を剥ぎながら暴行を加えている。男性は堪らず
「や、やめてくれ!妻は!妻だけは!!」
「ほう?待て」
待てを聞かないゴブリンの頭を錫杖で砕き、ついでと言わんばかりに男性の腕も砕いた。大人しくなったゴブリンと絶叫する男性
「それで?この者等を止めて貴様は何を提供する?命なぞ奪えるのだから一体何を対価に差し出す?」
言葉に詰まる男性を見ながら骸骨はカカカカと音を立てる。あぁ楽しんでいるのだなと言うのが見て伺える。そして砕いた足を錫杖の先で捻りながらこう告げた。
「では貴様の絶望を以って対価としようではないか。」
その言葉と同時に女性の腹を裂き内蔵を錫杖の先で引っ張り出す。
「カカカカ!どうだ?ゴブリンどもは止めてやったぞ?貴様等が死ぬのは変わらんがなぁ!」
そう、ゴブリンに襲わさせるのは止めてやった。その対価として妻の死に様で絶望しろ・・・と
烙印された兄妹の周りには魔族の少年がぽつんと居るだけで他の人々は蹂躙された。
人々の悲鳴が消えた頃に空へ火球が飛び弾けて小さな火が村に降り注いだ。すると魔物達は村から去って行く。恐らく帰還の合図なのだろう、兄妹を眺めていた魔族の少年も立ち上がりそのまま他の魔物達と去って行った。
兄妹は命が助かった安堵と疲労から気を失った。
魔物達は略奪した物を運びながら森を進んでいた。その中に居た魔族の少年は少し離れた場所から天まで届く光の柱を見つけた。
そこには狂乱の泉があると司祭の服を着た骸骨が言っていたのを思い出す。 名をギュスターと言い数百年存在している魔族で色々な知識を持っている。
「泉に入ると性格が変貌したり息絶えたりと確実に今の状態ではなくなりますので十分お気を付け下さい。万が一にも我らと対立されても我らが『悪食の王』には何者にも倒せませんのでお忘れなきよう。」
そんな唯一の教えとも言える事を思い出していた。
【・・にぃ・・ちゃ・ん】
【お・にぃ・ちゃん】
微かに聞こえた儚げで今にも消えそうな声に気付けば森を走り抜け光の柱の元、狂乱の泉に来ていた。
泉はとても不思議で淡い光が空に向かってふわふわと昇っていた。そして微かに
【おにぃちゃん】
と様々な声色で泉から聞こえてくる。誰?妹?誰の?俺の?ここに?どんな?何人?と訳がわからないままにいつの間にか泉へ入っており、更に一歩踏み出した瞬間に地面は無くなり狂乱の泉へとその身は落ちたのだった。
沈んで行く感覚の中で魔族の少年は脳裏に様々な光景がいくつも湧き上がってきたのだった。
知らない男達「ありゃなんだ、子供が居たのか。見られたからには死んでもらうしかねえな。」
そして手に取り出したナイフで刺される自分と隣には泣きながらお兄ちゃんと泣き叫ぶ少女
大柄な男で酒に酔っている「くそが!あの女!こんなガキ残して出ていきやがって!てめぇの目はあいつそっくりできにくわねぇ!妹の方はもっと似てて殺したくなるぜ!!くそッ死ね!死ね」
酒瓶で何度も何度も殴打されながら遠のく意識と握り締められる小さな少女の手
ベッドに横たわる少女「私ね、元気になったら沢山お友達作って色々な所にお出かけするんだ」
村民達「「悪魔の病は浄化する!悪魔の病は浄化せねば!!」」
投げられる火炎瓶、燃え盛る炎に動けない少女は兄さんは逃げて!と私が悪いのと泣きながら謝る少女を抱きしめながら炎に包まれる二人
眼の前で凶弾に打たれる少女
鉄の箱で血まみれで冷たくなっていく少女
地揺れで瓦礫に埋もれる少女
そして湧き上がる【守れなかった】【守れなかった】【守れなかった】
・・・妹を守ることが出来なかった・・・
気付くと少年は泉の横で力無く空に手を伸ばしていた。
「今度こそ、守りたい・・」
そうぽつりと呟いたのだった。