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97 叙勲式





王城は壮麗だった。


城には種類がある。ひとつは守るための城だ。軍事に使われる砦の延長で、壁は分厚く、窓は小さく、いつも底冷えする空気が溜まっている。もうひとつは居住のための城だ。領主が常在するためのもので、館というのに近い。


けれど、王城ーー個別名詞はなく、ただ王城と呼ばれるーーは、そのどちらでもなかった。


城は巨大で、いたるところで大理石(マーブ)がふんだんに使われ、天井は高く、芸術的な採光と幔幕に飾られ、一級の調度が並び、隅から隅まで清められていた。この城は、権威を示すための建築物だった。


その王城の『玉座の間』で、わたしの叙勲式は行われた。


『玉座の間』は下の段、中の段、座の段と床が段々に分かれており、奥の方へ行くほど高くなっている。


わたしは、王の侍臣のよばいの声にいざなわれて、玉座の間に、天鵞絨(ビロウド)の靴先を入れる。


わたしが着るドレスは、袖が長く手が隠れる伝統的(クラシカル)な型だが、生地は総レース、襯衣(ブラウス)に立襟レースと流行を取り入れたものだ。肌の露出を減らし昔ながらの型を踏まえつつ、緑の下地に濃緑のレースの生地で新味を出す。


髪は、わたしの年齢に合わせて結い上げずに下ろしたまま、小さな白玉の飾りとともに編み込みを入れている。


美しさを演出する新旧の融合。それが、チェセが設定した今日のわたしの装いのテーマだ。


わたしは床に落としていた視線を、静かにあげる。


小さなどよめきが起こった。


(これは・・・噂以上だ)(なんと美しく、可憐なのか)(森の精と見まごうばかりだ)


中の段には高位の列臣が左右に並んでいた。


下の段で、わたしの護衛と介添えと別れ、中の段をわたしはしずしずと進む。


目の端で見ると、中の段にお祖父様と伯母様がいる。視線を切って改めて前を見ると、強い視線を感じてそちらもまた目の端で見る。黒髪碧眼の若い男性。辺境伯子だろうか。切れ長の瞳、鋭い目つき。


脚は動かし続けなければいけないので、何かの感想を持つ間もない。


そして、最上位、座の段。


中央の玉座は、鉄を鋳溶かして剣と翼をかたどって作られた無骨なものだ。王国が出来たときに、ときの英雄が天使の力を借りて戦乱を鎮めて、王国を拓いた伝説に基づいている。


その玉座に座る、赤い王衣をまとう髭の男性が、いまの王様。その左右に立ち並ぶのが、王族だ。


王妃、第二王子、第三王子が左に。第一王子と、寵姫(メトロワ)ーーが右に。その親族もいるようだ。似た人が並んでいる。どうも事前の情報よりも多くの人が参加しているようだ。


わたしは事前に言い含められていた通り、玉座の段まで登り、そこで止まる。礼をして、その場で膝をつく。


「これより。叙勲の儀を執り行う」


王の侍臣の声が響く。





そして、式はつつがなく終わった。


王のお褒めの言葉を聞いて、勲章と一代爵位と恩典目録をいただいて終わりだ。


けれど、最期に、異例にも王からお声がけをいただいた。


「ロンファーレンス=リンゲン一代公。リンゲンとは、精霊の護る地と世間に言うが、本当(まこと)ですか」


ロンファーレンス=リンゲン一代公とは、わたしのことを指している。新しい公称だけど、ちょっと長いなあ。


「・・・・・・」


わたしは、その場でひたすらに恐縮している・・・ように沈黙する。


「直答を許します」


お声がかかり、わたしはようやく答えることができる。そういう礼儀作法なのだ。


「リンゲンは、ウドナの源流、美しい緑と資源が豊かな土地です。澄んだ土地には、精霊の護りが宿るのでしょう」


「世間の言は事実だと?」


「・・・御意にございます」


ふっ、と王は軽く笑った。


「リンゲンでは、精霊が、森の精を護るかーー神秘だな。深林の淑女(ドラフォレット)とはよく言ったものだ」


「ーー畏れ多いことです」


森の精ってわたしのことかしら? よくわからないけど、すごく褒めてもらってる感じ!


心の中とは真逆に、わたしはお澄ましで答えた。


「一代公の王国を護る働き、大儀でした。叙勲式はこれで終わりとします。控えの間に下がって休むがよいでしょうーーどうやら、この場にはそなたと知己を得たい者が多そうだ」


王は閉式を宣言すると、意味深に微笑んだ。そして、わたしは退出した。




わたしの控えの間として指定されたのは、広い部屋だった。元は通路だったところを改装されたところで、ときどき小規模な夜会や、王の身内の演劇が開かれる場所らしい。


長方形の部屋で、片面が窓で、もう片面の壁が金属の鏡張りになっている。天井から大きなシャンデリアが3基、吊るされている。


その部屋は、『鏡の間』と呼ばれる場所だった。


部屋の隅が衝立で区切られ、その裏に薄縁が引かれ、椅子が置かれている。そこにチェセが控えていた。わたしは、護衛のアセレアとともに、その場に戻ってきた。


「お疲れ様でした」


わたしがやれやれと椅子に腰掛けているあいだに、チェセが温かいお茶を準備してくれる。それを一口飲むと、熱すぎない絶妙な温度の液体が、喉を伝ってお腹に落ち、同時に緊張の結び目がほどけた紐のように解ける。


「・・・ふーっ」


「さすがに、リュミフォンセ様も緊張されましたね」チェセが微笑う。


「あんなに人がいるとは思わなかったわ」わたしは正直に言う。「得た参列者の情報は、ほんの一部だったのね。寵姫(メトロワ)さまもいらしたわ」


「まあ。みな、リュミフォンセ様にご興味がおありなのですよ」


にこにこと、チェセは嬉しそうだ。


「うん。チェセの選んでくれた衣装(ドレス)は素晴らしかったわ。みなの目も引けたと思う」


「せっかく多くの貴族の方の目に触れるのですもの。リンゲンは田舎だなんて言われないように、必死に知恵を絞りました。地味すぎず、華美すぎず、けれど洗練されている、というように・・・。

けれどその衣装は、リュミフォンセ様がお持ちになっている本来の魅力を引き出すよう選んだのです。なので、皆様の注目を集めることができたとすれば、それはリュミフォンセ様のご自身の魅力なのです・・・本当に、お美しいですわ」


うっとりと、チェセ。わたしはくすぐったくて、ありがとうとだけ返す。


そこに、護衛として参加している軽鎧姿のアセレアが、衝立から入り口の扉のほうを見ながら言う。

「いちゃつくのは、そのくらいでお願いします。どうやら、次の幕(プーシェンアキト)が始まるようですよ」


「次?」


わたしは首を傾げると同時、複数の足音がして、部屋のなかに人がなだれ込んできた気配があった。衝立の向こうなので、何が起こっているかは見えない。


「なにごと?」


わたしは立ち上がり、衝立の陰から顔を出す。


するとそこにはーー、扉に立っていたレーゼとモルシェをすり抜け、十数人の男女がいっせいに鏡の間に入ってきていた。









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