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96 王都到着




わたしたちの乗る御座船が、水面をかき分けて進んでいく。


ウドナ河は中流からたっぷりとした水量をたたえ、ゆったりとした流れになる。気をつけていないと水が流れているのかいないのかわからないくらいゆっくりだ。


そして水の流れが変化したということは、王都が近いということである。


よく考えたらリンゲンと王都とであれだけ取引しているというのに、わたしは王都を訪れたことがなかったのだ。御座船の窓を開けてもらい、わたしは流れ来る川風を浴びながら、外の風景を見る。


きらきらと光る水の上を、多くの船が行き交っている。


そして、水面の向こう、遠くに白い城壁が見え始めた。長く続くそれは、終わりが見えない。



目に痛いほどの壮麗な白さが、だんだんと夕陽の橙に染まっていく。あれが王都。


わたしの初めての王都訪問である。




■□■




王都に来た目的は、叙勲式の参加とわたしの婚活のためーーだけではない。


王都でしか買えないものを購入したり、めったに会うことができない、リンゲンと取引している王都商人たちに挨拶するなどの仕事もあるのだ。


たとえば、初日はチェセの主導で、わたしの服合わせをした。服の流行はやはり王都。王都でしか活動していない服飾師を呼んで、先に発注していた服を受け取り、そこからさまざまな布や服や小物を合わせてみて、今後の服を発注した。


それから、赤色魂結晶を購入してもらっている王都のフジャス商会本店の人に挨拶し、今後の取引量と価格についてお話した。


こちらもチェセ主導、仲立ちになってもらっての会合である。


いま取引している赤色魂結晶は、武器に転用されるものが多いけれど、魔王軍との戦いが一段落ついたいま、需要は減る見通しだ。そこで、引き続き使ってもらえるように、別のものにも使えますよ、という話をしたのだ。


赤色魂結晶を使った商品ーーたとえば、窯業や鉄鋼業で使える超高温窯。それから、戦場だけでなく旅先でも使える簡易竈といった大口向けの品や、加湿器や簡易懐炉(かいろ)のような民生品を提案した。どれもリンゲンに招いた技術者が考案したもので、実はリンゲンで使用実績もある。


そんな話をすると、王都本店の商人たちは、かなり前向きに受け止め、話を聞いてくれた。今度こちらが試作品を提供し、フジャス商会が、売り先があるかを調査するところまで話が進んだ。


さらに、リンゲンから食料難の地域に向けて供給している南瓜芋(ポティロ)について、王都の商人から、品種改良できないかという相談があった。


戦乱が収まり、今後食料生産が戻っていくと、南瓜芋の消費が麦に戻っていく。南瓜芋は本来不要になるが、リンゲンの南瓜芋は甘みが強いため、この甘みを強くした品種を作って、お菓子向けの用途に使えないかという相談だ。


これは、こちらではすぐに答えが出せないので、持ち帰って検討することにした。


こういう王都でしかできない仕事に加え、リンゲンから報告書やわたしの裁可を仰ぐ手紙がきっちり転送されてくる。こうしたものにも目を通さなければならない。


そんな風に意外に忙しく過ごしていると、1週間の準備期間はあっと言う間に過ぎていく。




そして、叙勲式の3日前。少しずつ事態が動いていく。


まず、式の参加者が明らかになった。


王前の式なので、王と、枢機卿を始めとした王城の列臣の参加は当然として、今回は、王妃、第一王子、第二王子、第三王子までも参加するという。


勲章とお褒めの言葉と恩典ーー今回は一代爵位ーーを貰って終わる叙勲式に、政治に直接参画していない王族が、これほど参加するのは異例だという。


さらにもうひとつ、驚いた出来事があった。いまたまたま王都に滞在しているという辺境伯子と、第三王子の連名で、『王都郊外の森で、狩りを催すのでご一緒にどうか』とのお誘いがあった。予定の日付は叙勲式のすぐ後だ。


貴族の狩りは、軍事訓練も兼ねるーーと言われるとおり、ちょっとした運動会くらいの規模になる。男性陣が狩りをしているのを、女性陣がお茶を飲んで歓談しながら眺め、そして狩りの成果を競って一緒に楽しむ、というものだ。


わたしとしては、直接お会いしたこともないのに、遊びのお誘いである。


レーゼに相談すると、


「叙勲式については、いまさら変更することはありません。観客が増えたとだけ思ってください。狩りのお誘いについては、いまどの選択肢も残しておくべきなので、お受けすべきでしょう。

ただお返事の時期は伸ばしましょう。辺境伯子と第三王子の連名でのお誘いになっているのは、背景を調べる必要がありますね」


ーーという話だった。ややこしいので、立ち回りはレーゼに任せることにした。狩りには参加する前提にしておいて、手紙の文面や出すタイミングなどは彼女に任せることにする。






そうして叙勲式の前日。わたしたちが滞在している王都のロンファーレンス家別邸に、お祖父様と伯母様が到着した。


お二人の到着はほぼ同時だった。それぞれ世話役たる家臣を引き連れての到着であったが、流石にロンファーレンス家は公爵家である。お世話の人数まで含めて数えれば、30人に迫るのだけれど、これだけ揃っても、別邸は手狭さは感じられなかった。


「お祖父様。ラディア伯母様。お久しぶりです」


お二人が来て、早速会合の場を設ける。遠路はるばる来たお二人の疲れを労うという意図もある。

天気が良いので、庭で行うことにした。銅張りの円卓にお茶とお茶受けが出され、わたしたちは一人がけのクッション付きの藤椅子に腰掛ける。綺麗に手入れされた庭には、数羽の小鳥が来ていた。


お祖父様と伯母様の後ろにそれぞれ侍臣が控え、わたしの後ろにもレーゼとチェセが並ぶ。そしてバウは迷った末、チェセの足元にいることを選んだようだ。ちなみにアセレアとモルシェは、庭に立ち、不測の事態に警戒しながら控えている。


庭の風景はのどかそのものだけれど、お祖父様たちが加わると緊張感が増す。


まして、これから話すことは少し生々しい。


「そなたの叙勲式には、王族が揃いぶむそうじゃな。やはり王族はそなたに興味津々らしい・・・む、これはうまいな」


とっておきのお茶をすすりながら、お祖父様が息をついた。


「叙勲式の時間は少し長めにとってあると聞いているわ。その場では、いくらか質問が出るでしょう。貴方なら大丈夫かと思うけれど・・・どの方を婚約者の本命としたいか、決めたのかしら?」


伯母様のその質問に、わたしは表情を翳らせる。


「いえ、それはまだ・・・。実際にお会いしてみてから、決めようかと考えています」


「そう。それも悪くない考えだと思うわ。あれこれ考えて備えても、けっきょく最後は相性のようなものが強くものを言ったりするものだから。理詰めで考えた上で、あえて直感で判断する余地を残しておくのは、大事なことよ」


そう言って、伯母様は凝乳(クリーム)のたっぷり乗った蒸菓子(プティング)を一匙くちに運ぶ。


「こちらも相手を見定めておるが、向こうもこちらを見定めようとしておる。見れば、見返されるものよ。じゃが、今のそなたはどこに出しても恥ずかしくない、わしの自慢の娘じゃ。

もともとのロンファーレンスの血に、気品・美しさ・賢さの本人の資質。それに加えて、叙勲を受けるほどの大きな実績。

王族なんぞに気兼ねする必要はない。そなたが好むものを取れ。なるようにしておくのが一番よ」


「まあ、お父様。そのように王族を軽んずるお言葉は、明日の式ではお控えくださいね」


軽く眉根を寄せるラディア伯母様の言葉に、お祖父様は手を振って応える。


「もちろん、場はわきまえる。しかし、たまたまアクウィ家が王家をやっているが、ロンファーレンス家が王家となる歴史もあったのだ。そう考えれば、なにを卑屈になることがあろうか。

それにな、密室の談合が上手い者がいばり返っているいまが、わしにはどうも気に食わんだけじゃ」


「お父様の持論でございますものね」


受け皿を手にもち、伯母様が優雅にお茶で唇を湿らせる。いま屋外であるため、豊かな黒髪(ブルネット)は日よけの大きな白い帽子のなかにおさまっている。


「そうよ。もっと大切なことがあるじゃろう。魔王軍の脅威もまだ完全に消えたわけではない。さらにいえば、これから荒廃した国土の復興という大仕事が待っておる。現王がまだまだ存命だというのに、後継者選びごっこに興じる意味がわからんわい。

ラディア。そなたの計画は、リュミィが少しでも良い婿を取れればと思うゆえ、協力しておる。じゃが、王族たちにの争いに深く関わるのはごめんこうむるぞ。リュミィを過度に深入りさせることは反対じゃと言っておるのじゃぞ」


伯母様は小さく肩をすくめる。わたしはお祖父様の意見には賛成だけれども、どちらの肩を持つべきではない気がしたので、微笑みは絶やさないようにしながら、黙っていることにした。


ばりん。とお祖父様は、お茶請けの焼き菓子(ビスキュイ)を大きく噛み砕いた。


「とはいえ、情報は必要じゃ。情勢がどう転ぶかわからんからの。諸勢力が、王子それぞれを、別々に支持しておるゆえ面倒じゃーー。わしが把握した情報を教えておく」






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