94 王都へ①
王都に行くためには、その準備の他に、その他の仕事を前倒しで終わらせなければならない。さらに王都での準備もあるので、1週間早くリンゲンを発つことになった。なので出発までばたばただ。1ヶ月足らずの時間、本当に忙しかった。むしろ王都行きの船に乗り込むことで、ほっとしたぐらいだ。
わたしは御座船に乗り込み、籐椅子に座る。
そして、今回の王都行きの随行者の顔ぶれを見る。
チェセ、レーゼ、アセレア、モルシェ、そしてバウ。この4人と1匹が今回の随行者だ。あとは荷物扱いなどのサポートのための下男・ハウスメイドが数名で、その人達は別の船に乗船している。
側仕えの侍女としてチェセとレーゼ。護衛にアセレア。バウは仔狼姿で、何かあったときのサポート。そしてモルシェは、侍女兼護衛の大抜擢である。
実は、モルシェの家は、いまは落魄しているとはいえ、伯爵家格なのだ。王城では然るべき貴族身分が無いとならない場面が多いため、随行者は高位の貴族が望ましいし、数が多いほど良い。それに本人の行儀作法も武芸にも人柄にも問題ないと判断され、随行者入りとなった。
護衛は悩ましかったが、王城では護衛としての役割だけでなく、見栄えとしての役割や他の護衛ーーこれも貴族が務めるーーとの接触も必要になるので、そつない対応ができるアセレアを選んだ。
一方、彼女が抜けるとリンゲンの防衛戦力が下がるので、サフィリアをリンゲンに残すことにした。この判断にサフィリア自身はいたく不満で、涙ながらに同行を訴えるという一幕があった。けれど王都で有事の際は、彼女自身を水に分解して跳躍する『水渡り』で短時間で合流できるので、いざというときのために控えておいてもらいたいと説得した。
わたしは、エテルナを籠めながら一度右拳を握り込み、開く。そこには、手のひら大の水たまりの平面ーー水精霊御用達のスマホ的なもの『とーみぃ』があった。本来、水精霊だけが持つことができるものだが、今回の王都行きにあたり、サフィリアが調達してきてくれたものだ。
1水精霊につき1個しか持てないという制約がついているものなので、誰から借りてきたらしい。起動させるといろいろ文字が画面というか水面に浮かぶのだが、独特の精霊文字で、わたしは読めない。とりあえず通話機能の使い方だけ覚えて、いつでもサフィリアと通話できるようにしてもらった。
『あるじさま、何かあればわらわを呼ぶのじゃぞ。ゆめ、忘れるでないぞ!』
と、『とーみぃ』ーー正式名称は『遠見鏡』というらしいーーを渡してくれながら、必死だったサフィリア。思い出すと、あの可愛らしさについ笑みがこぼれてしまう。
バウは、要所々々で活躍しているので気づかなかったのだが、考えてみるとこの黒狼には、リンゲンでの役割を与えていなかった。あえて言うにしても癒やし担当だ。なのでリンゲンに残しても仕方がないので、この子は王都に連れていくことにした。頭も良いし、何かの役に立ってくれるだろう。
最後に侍女たちだが・・・こういう場のためにレーゼに加わってもらったが、はっきり言って人手が足りない。実務上は一番戦力になるチェセも、平民階級ということが業務の妨げになることが出てくるかも知れない。侍女の人材不足という、今後の課題が浮上してしまった。本人の希望はよくわからないが、モルシェには今回頑張ってもらいたいところだ。
■□■
わたしたちの乗る船は、流れに乗って順調に水面を滑っていく。
気温があがる時期だが、初夏の川風は涼しく、快適そのものだ。
「リュミフォンセ様の叙勲と、『婿取り』が一緒になるとは。まったく、思えば予想外のことが起こるものだ」
船の中で葡萄酒を傾けながら、赤の前髪をはらりと一房おとし。アセレアが言う。護衛ながらお酒を飲むのはどうかと思うけれど、彼女が主張するには、護衛というものは、メリハリが大事だという。お酒も嗜む程度にとどめ、一応水でも割ってあるとも言うけれど。
たしなめようとしたが、アセレアは、逆にわたしに葡萄酒を薦めてきたぐらいだったので、諦めた。まあ彼女の『大丈夫』はわりと『大丈夫』なので、信用することにする。
「アセレア様。『婿取り』ではありませんよ。『嫁入り』です」
お酒以外のところで、そう指摘したのは、糸目を釣り上げたレーゼである。
「女であれば出向いて嫁に入らなければいけないというのは、気に入らないな。もっと女は強くあるべきだというのが私の考えだ。結婚したいのならば、向こうから来るべきだ」
そう言ってグラスを傾けるアセレア。しきたりに厳格なレーゼは唇を尖らせる。
「貴族の成婚は、家と家とのつながりですから。今回、王族入りしようとするならば、自然、こちらが先方の家に『入る』ことになるので『嫁入り』です」
と微妙に話が噛み合っていないような気がするけれど、雑談なので構いはしない。
「ところで」アセレアは矛先を変える。「リュミフォンセ様は、第二王子と第三王子、どちらを口説くか決められたのですか?」
「アセレア様、そのような申しようは不敬ですよ」
「ここにいるのは身内だけだ。公式の場ではちゃんとしますよ、レーゼ殿。それにレーゼ殿達も、主君の好みを把握せずには動けないのですから、はっきりさせておいたほうがいいでしょう。
で、どちらでいらっしゃいますでしょうか、リュミフォンセ様?」
言いくるめられたレーゼは、唇を尖らせながらも、それ以上の反論はしない。逆にこの場の流れに乗ることにしたようだ。さらっとわたしに好奇の流し目を送ってくる。
「そうね、やはり実際にお会いして・・・」
「あ、あのっ、私、王族の皆様の姿絵を持ってきておりますわよ」
この話題を流そうとしたわたしだったが、モルシェの善意の申し出に遮られる。輪郭に沿って切られたストレートの黒髪を揺らし、彼女は肩にかけていた鞄の中身を探る。
今回の彼女は、急造だけど侍女の役割を担ってもらおうと思っているので、メイドの格好をしている。なので、いつもの胸当てをしていない。そのため、動作が大きい彼女、動くたびにゆさゆさと豊かな胸部が揺れている。
「はい、こちらが第二王子オーギュ様の姿絵。こちらが第三王子フェル様のそれで・・・そしてこっちは、辺境伯子ヴィクト様。あと、婚約者候補ではありませんが、第一王子セブール様のもあります」
わたしの前に籐製小卓が置かれて、そこに4枚の姿絵が並べられた。
バウ以外の、皆もーーチェセまで! 席を動かしてきて、なんとなく包囲網が敷かれているような気がする。
赤、栗色、緑がかった黒に、黒直毛。4つの髪色が、わたしと小卓を取り囲む。
あ、わたし、これ知ってる。前世日本でいう中学生の修学旅行の『アンタどの男子が好きなの〜? 言いなさいよ〜』ってやつだ。
「まずは現状確認、自軍戦力の確認だな。リュミフォンセ様は御年13歳。艷やかな長い黒髪、大きな潤んだ灰色の瞳。整った鼻と桜色の唇。近頃は体も大きく育たれて、日に日に美しくなる・・・まさに大輪のつぼみ、だな」
顎に手をあてながら、アセレアが顔を近づけ、わたしを評する。彼女の仕草は洗練されているのに、野性味を残す感じに、どきっとして何も言えなくなってしまう。前世日本でいうところのタカラヅカ。居心地悪くなったわたしは膝をすぼめて、籐椅子に腰掛け直す。まったくもう。
そしてアセレアは、小卓に置かれた四枚の姿絵を物色する。
「ふむ。やはりどれも美男子ばかりで目移りするな・・・。さて・・・まずはこれだ」
と、アセレアが手にとったのは、第二王子オーギュ様の姿絵。
皆がそれを覗き込む。
「金髪碧眼で、整ったお顔立ち。まさに王子様らしいお姿ですね。快活そうな表情で、上下白色の短衣に袴衣。胸に勲章。黒い短外套と角帽をかぶられています」
チェセが呟き、モルシェが補足する。
「背景は王立学院ですね。おそらく去年、学年最優秀を取られたときをモチーフにしているのだと思います。手に免状みたいなものを持って、あと剣と書物が床に置かれているのは、文武両道だということを示しているのだと思います。オーギュ様は、現在18歳。今年、王立学院をご卒業なさるはずです」
そしてレーゼが仕入れてきた人物評。
「優秀である半面、機嫌が良いときは優しい方ですが、悪いときは王族らしい振る舞いが目立つとか。気分の上下のある、繊細な方のようです。正妃の第一子で、血統としては一番。ただ王としての資質は並ではないか・・・と言われています」
ほほぅ、という音があちこちからあがる。
・・・オーギュ様も、こんなところで好き放題に言われているとは思うまい。




