90 翼竜襲来
春の風を切るようにして、翼竜の群れが、わたしたちに向かってきている。
というよりも、わたしたちが翼竜の群れの進路上に並んでいる格好だ。目視できる限りだと、10頭の塊が、えーと4、5・・・60〜70頭の群れだ。
向こうは、たった6人と1頭のこちらの存在に目もくれない。整然と空を飛び続けている。
近くになるにつれて様子がわかる。翼竜は、細長い面と細い顎を持ち、見た目はほとんどトカゲだけど、前足が膜を張ったような翼になっている。翼の端には退化した前足なのか爪があり、長い尾を悠々としならせて飛んでいる。あの長い尾で飛行バランスを取るのだろうか。
というか、飛行スピードが速い! どんどん大きくなってくる、前世日本の車が思い切りアクセルを踏み込んで来ているみたいなイメージだ。翼竜1頭が翼を広げた端から端は、前世日本の自動車2台分くらいの大きさ。これは怖い。
のんびり観察してる場合じゃなかったわ。
「パッファム。急いで展開して。思ったよりも速いわ。バウ、準備を」
翼竜たちの進行方向は、西から東。その頭を押さえる位置にわたしたちが居たのを、パッファムたちはそれを避けるかたちで、北方向に流れていく。
翼竜の群れの側面に回り込むパッファムたちに対して、翼竜が威嚇の声をあげる。群れから2、3頭が離れ、彼らを叩き落としに向かう。けれど、こちらはすでにやる気だ。5つ子は、魔法のために練り上げていた魂力を解き放つ。
「赤光爆風ーー」「「「「五連!」」」」
赤い光がきらめき、翼竜の群れを通り抜け。その次の瞬間、黒煙をまとう爆発が立て続けに起こる。
強烈な爆風が吹き荒れ、翼竜の群れの隊列を乱し、数匹が虹色の泡に変わった。だが、それ以上のものではなかった。翼竜たちは力強く羽ばたき、あっという間に体勢を立て直す。竜というだけあって、火には強いのだろうか。
今度は火精霊の5つ子たちが、魔法の撃ち終わりに翼竜の逆襲を受けはじめた。完全な空中戦では翼がないわたしたちは分が悪い。わたしは次の動きを指示する。
「バウ!」
(わかっている、あるじーーー『黒棘飛線・・・連艘』)
幾筋もの黒い茨が飛び出し、翼竜を襲う。1本の黒茨が翼竜の1頭に巻きつき、棘で翼竜の翼を突き破った。あるいは他の茨は翼を縛って、翼竜を落とす。
黒い茨は幾筋にも分散し、ある結節点からさらに分散する。空に黒い格子を出現させて、翼竜たちを閉じ込めた。黒い茨に捕まった翼竜が、空から地へと落ちていく。
「ギャォォォオオ・・・」
後引く悲鳴とともに落ちていく翼竜は、緑色の森に落ち虹色の泡に変わる。
空に広がる黒い格子。それはさながら魔法の黒茨による檻だった。檻は翼竜の群れの動きを止めたけれど、それでもまだ全てを収監できたわけじゃない。黒茨の檻をかわし、逃れた翼竜は、むしろ加速して、こちらに向かってきている。おそらく全体の3分の1ほど。
「三色混合魔法ーー」
わたしは腕を両掌を交差させて前に突き出し、魔法の発動に入る。
空の上だから、下界からは、どのくらいの魔法の規模かわかりにくい。わたしはさほど手加減せずに魔法を構築する。
緑、紺、紫。世界を構成する魂力のなかから、3色を選び、反発しないように慎重に混ぜ合わせる。三重の詠唱紋が浮かび、ひとつになって回転する。
「『氷結雷飛雲』!」
強烈な吹雪の雲が膨らみ、破裂する。わたしの前方に射出したそれは、飛来した翼竜の群れを正面から飲み込んだ。豪風が、氷のつぶてが、帯電した雲が。翼竜の勢いを押し止めた。
吹き飛ばし、凍りつかせ、残ったものは雷鎚の雲で叩く。激しい音と、モンスターの悲鳴。氷結の雲の中でわたしから見ることができないけれど、多くを虹色の泡に変えた手応えがある。
側面からの爆風で陣形を乱し、黒茨の檻に閉じ込め、吹雪の雷雲で押し止める。これで翼竜の行軍の動きは完全に止めた。作戦の第一段階は成功だ。
これで、作戦は次の段階に移行する。わたしは空の向こうにいる火の精霊の5ツ子たちのほうをみる。
彼らはちゃんと作戦上の自分たちの役割をわかっていた。
ごう、と翼竜の群れの上で爆発魔法が炸裂する。
「さあ、気張れよ! 撃って撃って撃ちまくれぇ!」
「なぜ兄者の号令で動かねばいかんのか!」
「そうだそうだ!」「まったくだ!」
「いいから兄さんたち、手を動かして!」
口はともかく、動きのチームワークは抜群だった。
ドガンドガンドゴンドガンガガンと、魔法の爆発が、連続して、上方から翼竜の群れに撃ち込まれる。
火精霊たちの爆発魔法は、よほど直撃しなければ相手を仕留めることはできないが、連続した爆風が、翼竜たちの皮膜でできた翼をあおる。その風に煽られて、翼竜の群れが徐々に、高度を下げ、南へ南へと押し流されていく。
「うん、作戦通りだね」
一頭、爆風を抜けて飛び出してきた翼竜を、ぴしゅりと魔法の黒矢で射抜いて。バウに腰掛けたわたしは、左手に持った魔法弓を下ろしながら、満足して呟く。
翼竜たちが爆風で押し流されていく南には、ウドナの大河がある。陽光にきらめく大河は、銀を流したかのようだ。
そして、その銀の河から、ゆったりと長い鎌首が持ち上がってくる。その9本の太い鎌首に、連続して起こる爆風に翻弄される翼竜たちは、気がついていないのだろう。
さあ、作戦は順調。大詰めだ。
ウドナ河から立ち上った9つの鎌首は、急速に伸びて、翼竜の群れを襲った。
それは水でかたどった巨大な龍の首だった。
巨大な水の龍は、翼竜の群れをひきちぎるように顎を振るい、そして飲み込んだ翼竜をウドナの流れに叩き込むように引きずり込む。
『ふふん、水辺のわらわはさいきょ・・・。コホン。いや、ちょっとばかり強いのじゃ』
と、出発前にサフィリアが言っていたのを思い出す。あの9つの水の龍の頭は、河岸にある陣のなかにいる、サフィリアの魔法だ。
翼竜たちから見れば、上と北は爆風に抑えられ、押し流されていけば、下と南は水の龍に喰われる。
これがアセレアが描いた作戦の最終型だ。
さらに、下から魔砲部隊の魔砲が援護として打ち上げられる。水の龍に地面に落とされながらも、仕留めきれなかった翼竜にも、地上部隊の騎士団がとどめをさしていることだろう。
わたしとバウは魔砲の流れ弾に当たらないように、上空に位置しながら、翼竜の群れから少し距離を取っている。包囲から外れた翼竜を討つ役だ。
(あるじ。見つけた)
バウがわたしに呼びかけてくる。同時にわたしの視界が一瞬ぼやけて、また明瞭になる。バウの視界共有の魔法だ。バウの視界には、翼竜の群れのなかでもひときわ大きな個体が映っていた。
さらによく見れば、その大きな個体の首のところに、何かがしがみつくようにして乗っていた。
「1ツ目竜・・・! なるほどね」
1ツ目竜は魔王軍で指揮官を務めるモンスターだ。そしてそれを乗せる大きな翼竜が、その護衛、最強の個体ということだろう。つまりあの2体は敵部隊のカナメになる。
「・・・『捻黒巨矢』」
闇の魂力で固めた矢を魔法で生み出し、そして別の魔法で生み出していた魔法の弓に、重さのない虚無の矢をつがえる。
具現化魔法は、付加するイメージの強さで魔法の強さが変わる。矢を打ち出すだけでなく、『弓で飛ばした』というイメージをつけることで、威力と精度を高めることができる。
こちらの意図を何らかの方法で感づいたのか、翼竜からいくつもの火球が放たれてきた。こちらの射線を封じるように赤い尾を引いて迫るそれを、バウが空中を上下一回転しながら側転することですり抜ける。すぐ横を通り抜けていく熱量を感じながら、わたしは弓を引き絞る。
矢先をバウの視界に映る1つ目竜に向け、狂騒のなかで空を舞う翼竜が退けられ、射線が通る一瞬。
右手をはなして弦を鳴らし、自動追尾の巨矢を放つ。
その矢は光ることもなく、風を切り裂いて飛び。
ずどん、と矢は、1つ目竜と護衛の翼竜の背を撃ち抜いた。
貫かれた2体は、体勢を崩し、落ちる途中で虹色の泡へと変わった。
残りの翼竜は、皆が仕留めきるだろう。
(・・・たった一撃で。お見事)
バウが褒めてくれた。嬉しいね。




