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7 初めてのダンジョン②





「そして、この石像の向きを変えて、向かい合わせるようにすると・・・」


トマスがよいしょと最後の石像の向きを変えたとき、かちりと音がして、床が開き、地下へと続く階段が現れる。これでようやく地下1階へと進めるようになった。


屋内のため時間の感覚が無いけれど、トマスの持っていた時計によると、神殿の入り口からここに来るまでに3刻、前世日本の時間で言えば3時間かかっていた。


迷宮もいろいろ種類があるけれど、この【狭間の迷宮】はギミックが多くてそのぶん手間がかかるらしい。トマスは地図とギミックの解き方がわかる手記を手に入れていたので、ほとんど最短でクリアしているはずだ。それでも地上階層で3時間、これが地下5階までだと、休み無しで計算するとあと18時間・・・これはきつい。体力が持たない。


実際、最初の半時間歩き回っただけでわたしはへとへとになって、バウの背中に乗せてもらっていた。それでも疲れてしまう。普段と違う環境、生命の危険がある緊張、もともと少ない子供の体力。



地下1階に降りると、水場があったのでそこで休憩を取ることになった。トマスが魔法袋から食材を取り出して、軽い食事を作ってくれる。トマスはなんでもできるなあ・・・。固形の素を溶かして刻んだ野菜を入れたスープ、そして堅パンとあぶった干し肉。ありがたく頂いた。堅パンをスープにひたして柔らかくして食べる。


「バウ、はい」


わたしが干し肉を投げてやると、バウは空中でキャッチして一瞬で飲み込んだ。


「・・・狼は、何を食べるの? 干し肉じゃあ、足りないよね・・・」


トマスに言われてわたしもようやく気がついた。牛のような大きな体と活躍で、わたしの分の干し肉を与えても足りるわけがない。じゃあ何を食べるのか・・・見た目的には肉だよね。肉が準備できないそのかわりというと・・・まさか。


なんとなくわたしがトマスを見ると、彼と目があった。若干、トマスの顔が不安に青くなっている。はは・・・人は食べないと思うよ、さすがに・・・。


でも何を食べるのかは聞いておくことにした。バウに話しかける。


「バウ、あなたは何を食べるの?」


(我は闇精霊の眷属なので、特に食べることはない。周囲の闇のエテルナを吸収すれば充分だ)


「でもさっき干し肉を食べてたじゃない」


(貰えれば食べる。味覚はあるから、おいしいものなら嬉しい)


どうやら食べなくても生きていけるけど、おいしいものは食べたいらしい。便利な体ね。


そこでトマスがこちらを見ていたことに気づく。トマスが聞いてきた。


「ユズリ、狼はなんて?」


わたしの声は聞こえるけど、黒狼の声は聞こえないみたい。え、っていうことはわたし、独り言をいっているみたいに見えるってこと? まあトマスはわたしがバウと話せると知っているみたいだからいいか。


「あー・・・。この子は、エテルナを食べるから、わたしたちみたいな食事を食べなくても大丈夫みたい」


「あ、そう・・・なら、よかった」


あからさまにほっとした様子のトマス。そうだよね、黒狼に食べられなくて良かったね、お互い。それに、手ぶらでやってきたわたしたちのために、トマスは食料も分けてくれているものね。いい人だなあ・・・。


ダンジョン攻略までに時間がかかれば、食料も不足するだろうし、トマスの負担が増えてしまう。それは申し訳ない。いまさらながら、そういう問題に気付いた。


「ねえ、バウ。このダンジョンを早く攻略する方法ってないのかな」


(なんだあるじ。あるじは、このダンジョンを早く攻略したかったのか?)


「え? もちろんできるなら、早く攻略したほうがいいよ」


(ならば簡単だ。我の背に乗って移動すればいい。我にとってここの罠やモンスターなど、無きに等しい)


ふむ・・・そういうもの?


わたしはバウの考えをトマスに伝える。


「はは、そりゃいいね。乗り物でダンジョン攻略なんて、ずいぶんと贅沢だ」


トマスは冗談だと受け取ったみたいだった。だが、バウは本気だった。


(迷宮地図をみせろ)


バウは、いままでわたしだけに向けていた念話を、トマスにも広げたのだ。そうしたとわかったのは、トマスがバウの声に反応したからだ。


「わっ、頭の中に、声が・・・? バウ、君が?」


(だまれ。その名を呼んで良いのは我があるじだけだ。貴様はさっさと言われた通りにしろ)


「バウ。トマスにらんぼうな言葉を使ってはいけません」


わたしは注意する。


(・・・・・・)


「わたしに念話を飛ばさず、トマスに文句をいうのも禁止」


(なっ、なぜわかるのだあるじ!)


いや、あなたの行動、悪ガキそのものだし・・・あえていうなら、雰囲気?




■□■




わたしとトマスは、黒狼のバウの背中に乗って進んでみることにした。なんせ乗せる本人の提案なので、遠慮はいらないだろう。不具合があればやめればいいし。


わたしが前で首のあたりに横座りし、トマスはバウの背の真ん中にまたがった。トマスが乗るのが怯えながらだったので、バウが個人念話でまたトマスに何か言った可能性があるな・・・まったく。


しかし黒狼の姿をしたバウは、闇の精霊の眷属だという。普通のモンスターとはもちろん違うし、濃密なエテルナを感じる。物質自体もそこにあるんだけど、なんか透き通るような感じがして・・・ひょっとしたら、バウは眷属は眷属でも精霊というやつに近い存在なのかも知れない。


座る背中は艷やかで、濡れ羽のように深い漆黒。何度かその毛皮を撫でてやると、風が吹いてきて、室内で風? と思ってわたしが顔をあげると、振れるしっぽが起こした風だった。


(それではいくぞ、あるじ)


バウの念話が届く。


わたしが頷くと、あとは、風が巻くようだった。


床が、壁が、天井が、次々に後ろに流れていく。


鍵のかかっていない扉は蹴破り、罠にかかっても罠が発動する前に通り抜けていく。あるいは罠ーー天井から降る酸の雨ーーを、魔法の防膜で防いで突っ切っていく。出会うモンスターは鎧袖一触、一瞬で虹色の泡に変わり、後ろに流れていく。


すごいのは、すごい速度で走っているのにほとんど揺れないことだ。足音もしない。


そしていよいよクライマックス。地下2階へ降りる階段に通じる扉は、次々に沸くモンスターを倒しながら、壁面に並ぶ像がもつ灯火に、同時に炎を灯さなければいけないのだが・・・。


(赤色魔法 緋旋豪火!)


バウが使った魔法で、前方の通路がみっちりと炎で満たされる。モンスターは焼けて泡と消え、6体の像は灯火を持つ。そして地下への階段へと続く部屋の石扉が音を立てて開く。地下1階クリアだ。


ここまで・・・元世界の時間で言ったら、15分ぐらいだったのではないだろうか。


「す、すごすぎる・・・」


トマスのその言葉に、全面同意だ。うん、わたしもそう思う。バウがこんなにすごいとは思ってはいなかった。とりあえず、眼の前にある頭をわしゃわしゃと撫でてやると、バウは表情こそ変わらないけれど、とても嬉しそうに尻尾が振られていた。




■□■




地下2階も地下3階も、地下1階と同じ感じだった。ときおり、降りて魂結晶(こんけっしょう)を集める。モンスターはたまに素材もドロップするので、それも集め、そしてまたバウに乗って先を急ぐ。



わたしはバウに乗っているだけなので解説すると、このダンジョンには動く石像が多く出る。兵士の石像、剣士の石像、狩人の石像、魔法師の石像・・・なんかが出てくる。なので、石破壊ができる特技を当たり前に使えないと、このダンジョンの攻略は難しい。と、トマスが言っていた。


石像系のモンスターは強力だが落とす魂結晶が大きめで、たまに「偽生命の宝玉の欠片」を落とすので、実入りが少し大きいそうだ。


さらに石化光線を使ってくる蛇の塊のゴルゴンボールとかがいる。その関連なのか蛇型のモンスターも多い。この手の手合は、石化毒や猛毒が厄介なので、遠くから弓やスリングショット、魔法で仕留めるのが常道なんだって。あと解毒剤(アンチドーテ)を常備するのを忘れずに。石化解毒剤を作る素材になる「石化蛇の骨」や逆に毒薬を作る素材の「毒牙」なんかをドロップする。


それから、コウモリ型の飛行モンスター。小さいのはともかく、大きいのはわたしの背丈ぐらいあるので、気持ち悪い。これまでの人生でまじまじと蝙蝠(こうもり)の顔を見たことなんてなかったけど、このダンジョンでコウモリへの印象が悪くなった気がする。


こいつらは「吸血」や「病気化」を兼ねた複合攻撃を仕掛けてくるので注意が必要だ。大きい割に素早いので、弓で当てるのにはかなりの腕前が要求されるらしい。ただ相手も飛び道具を持っていないので、直接攻撃されるときに、武器攻撃でカウンターをくれてやるのがセオリーなのだそうだ。「黒蝙蝠の羽根」なんかをドロップする。


・・・なんてことを同じくバウに乗っているトマスから教えてもらった。トマスはダンジョンが好きで、お金に余裕ができれば、ダンジョン関連の書籍や地図、はては怪しげな古文書を買い漁っており、仲間からは『ダンジョン・ギーグ』などと揶揄されているのだとちょっと自慢げに話していた。


うんちくを語っているだけで地下4層まできてしまった。わたしはなんとなく、日本時代の電車を思い出した。寝て起きると目的地についてしまっているというアレだ。


地下4階へ降りる階段の近くに、また水場があった。


ダンジョンにはこういうふうにところどころに水場があり、簡易の結界と組み合わせれば、小休止ができるセイフティゾーンが出来上がる。こういうところで、冒険者たちは食事をしたり、仮眠を取ったりして、英気を養う。わたしたちも、ここでまた休息を取ることにした。


わたしは、とっておきで取っておいた焼き菓子を振る舞った。ひとり1枚にしかならなかったけれど、甘い味は疲れた体だけじゃなくて精神も癒やす。さらにトマスが薬草茶を淹れてくれて、あれこれおしゃべりをしてくれた。


ダンジョンではモンスターを倒すだけじゃなくて、先へ進むには謎解きがあったり、罠を超えたり、仕掛けを解いたりして道を開かなければならない。基本的なサバイバル知識も必須だ。そういうところで、トマスから教えてもらうことはとても役にたった。ここまでスムーズに来れたのはバウの力とトマスの知識が組み合わさったおかげだ。本当にありがたい。






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