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70 爆ぜ実の山の火精霊







殖産施策で会議での議論を経て、案件が具体的に動き始めている。命令書が起草されて配付され、いろいろな施策に手がつけられた。


会議の日から一週間後。霞姫騎士団の半分と街で募集した人足が、『爆ぜ実の山の、爆ぜ実の木伐採』に出立した。


爆ぜ実は、寒い季節は爆発しにくくなる特性があること、けれど雪が降る季節まで待つと作業性が落ちること、そして騎士団を動かすので、魔王軍の襲撃が来ていない今のうちに急いでやってしまおう、という理由で、優先度があげられた。


それからさらに3日が経ち、工事も半ば進んだということで、わたしが監察と激励のため、現場を訪問とすることになった。


それに、あの殖産施策の会議で、わたしがした提案。あの提案は、『爆ぜ実の山の、爆ぜ実の木伐採』プロジェクトの『続きもの』なので、発案者のわたしが行かねばなるまい、いーや、行かねばならぬのだぁ!


ーーというわけで、わたしと一緒に行ってくれるのは、身の回りのことをしてもらうチェセと、護衛役に抜擢したサフィリアだ。


レオンは全体監督としてすでに現地入りしており、バウは人間姿で霞姫騎士団の冒険者部隊に同行しているので先行組。現地騎士団の指揮は、魔法部隊隊長のハンスが執っているのだそうだ。ちなみにアセレアは、リンゲン警護役として待機である。


リンゲンを東に出てすぐにある、玄関のような峠を越えて、騎走鳥獣ウリッシュで細道をひた走る。わたしは白い毛皮の帽子に緑色のロンファーレンス騎士団の軍外套をまとっているけれど、顔を切るような冷たい空気が流れていく。


ウリッシュのクルルの首筋の産毛に顔をうずめるようにすると、暖かかった。


現地には半日ほどで到着した。


到着と同時、わたしの身の回りのことを準備するためにチェセが離れ、入れ替わりでレオンの出迎えを受ける。


彼は淡々とこれまでの経緯を説明してくれた。


現地ーー『爆ぜ実の山』では、まず天幕陣地を構築したあとに、伐採した木の集積地を造成。調査班を山に派遣し、爆ぜ実の生えている場所を把握。さらに必要な作業量を計算し、全体計画を修正。また伐り出した爆ぜ実の木を運ぶための道を敷設。ーーという面倒な作業を並行して行ったらしい。


特徴のある作業としては、爆ぜ実の木を見つけたあとは、騎士団と冒険者の魔法師が、『爆ぜ実』に吹雪魔法を当てて凍らせて回ったというところだろう。


高温と強い衝撃により『爆ぜ実』は爆発する。凍らせると爆発しなくなるという特性があるので、多少手荒く扱っても大丈夫に、つまり実付きの木を切り倒したり持ち運んだりできるように、まず凍らせた・・・というわけだ。


言うのは簡単だけれど、普通は魔法師を大勢確保するのが難しい。氷属性を使える魔法師の絶対数に限りがあるし、雇い賃もそれなりだ。今回は、ロンファーレンスの騎士団の後援ーーつまりアセレア、ひいてはわたしのーー協力があるので実現した作業なのである。


騎士団からすれば、常雇いの魔法師がいるし、仕事がなければ寝ているだけ(そんなことないだろうけど)なので、別の仕事があるなら、そっちで使ってもらえるのはありがたい。


そういうわけで、わたしの目の前でこんな作業が並行して行われている。『爆ぜ実』を魔法で凍らせる。人足で来ている本職の樵や力自慢の冒険者が、力技で爆ぜ実の木を切り倒す。伐り倒した爆ぜ実の木は、鱗馬(ケル)や風魔法で、敷設した道を通って、集積地まで運ぶ。結構みな真面目に作業を行っている。


わたしが巡回したときには、草を刈って更地にした集積地にスペースに、相当量の凍った『爆ぜ実の木』がどさどさと積み上げられていた。たいへん結構なことに、作業は順調らしい。


爆ぜ実の木の見た目は、日本で言う柳に近い。長くしなやかな枝に、オレンジのような丸い物体が飾りみたいに垂れ下がっている。その丸いものが『爆ぜ実』だということだ。


これだけ特徴的だと、そうそう他の木と間違うことはない。識別が簡単なので、作業事故もないだろう。


「伐採班は5人組に分け、一番多く木を伐り倒した班には、特別報奨金を出すことにしています」


とは現場監督であるレオンの言だ。小さな眼鏡のブリッジに当たる部分を支えながら言う。


この特別報奨金制度のおかげで、寒い中でも皆のやる気があがり、作業効率はむしろ上り調子だという。


「ところで、リュミフォンセ様。お召し物や身につけているものの一部などをいただくことはできますか? 無理ならば構いませんが」


えっなにとつぜん。


「それは・・・。理由を聞いてもいいかしら?」


頑張っているしきちんと成果をあげている現場監督レオンのお願いは、なるべく聞いておいたほうがいいのだろうけれど、背景の確認は必要だ。


「作業する者のなかに、『リュミフォンセ様が身につけられているものを褒美としてくれるなら頑張る』という者が、それなりの数で居りましたので、伺ったまでです」


「却下! 却下です!」


わたしは身震いして、両手で大きくばつ印を作って拒絶の意志を示す。渡したら何に使われるかわかったものじゃない。


「そうですか。お気になさらず。伺ってみただけでしたので」


しれっとレオンは言う。こういうことは質問もしないものだと思うが、効率があがるならばなんでもしようという彼の合理性はちょっと怖い。


でもチェセが準備のためにわたしから離れた隙を狙って、こうして聞いてきているところを見ると、こういうことを聞くことのまずさは把握しているのでは?


「彼らが望むものを与えてあげれば、手軽に士気があげられるのですが。まあ適当な(ボタン)でも、リュミフォンセ様のお召し物についていたものだと言えば、わかりませんしね」


「だめ! そういうのでも、だめー! です!」


わたしは必死に言い募る。


冗談ですよ、レオンが無表情に言う。下手に優秀なだけに、信用できない。ぜったいにだめですからね、と念を押しておく。


なお、こういう作業的なものに興味がないサフィリアからは、ずっとそばにいたのに発言は特に無かった。護衛に徹してくれていた・・・ということにしておこう。


そんなところに、急報が飛び込んで来た。監督者に報告するかたちではなく、シンプルに危険を触れ回るスタンスだ。


「この山の精霊が出たぞぉー! 火の精霊だぁー!」


・・・あらあら、なんですって?




■□■




「この『お山』は僕らのお家! ちょっと油断して昼寝をしていたら、人間どもめ! 勝手にバクハツする木を持っていくなんて、許さん! 正義の裁きを食らうが良い! それっ、炎の鉄拳だぁ! おつぎは炎の回転蹴り!」


「ぐわあ!」「あちち、誰か、水を!」「ふぎゅう!」


わたしたちが案内されて急行したところで見た『それ』は、一見したところは、赤毛を逆立て上半身は裸身をさらした、赤毛の少年だった。


宙に浮き上がった身体から炎が立ち上り、その肌は灼熱で輝いている。


身軽に宙に浮かび、曲芸のように跳び回りながら、炎をまとった拳や蹴りを繰り出し、騎士や冒険者を追い払っている。


木を伐ることに集中していた彼らは、不意を突かれて集団が崩れてしまったようだ。戦う力のない人足は我先にと逃げ出し、距離を取り、一方で混乱から立ち直った戦える人たちが、火の精霊を遠巻きに囲んでいるところだった。


わたしは、笑いながら拳を振るう赤い少年を遠望する。


なるほど、わかりやすい。


見た目に感じるエテルナの整った波動。あれは確かにモンスターではなく、精霊だろう。


この爆ぜ実の山は、彼のお(うち)なのだ。どうこの場を収めようかと考えていたところーーわたしを制するようにして、ずっとわたしの傍に控えていただけのサフィリアが、すっと前に出た。


「あるじさま。ここはわらわに任せるのじゃ」


「サフィ?」


「精霊にはーー精霊の作法じゃ」


わたしは目を一度瞬いたけれど、特に止める理由もないので、彼女にこの場を任せることにした。


お願いね、と声をかけると、銀髪のメイドは、軽く手をあげて前に出ていく。


すたすたと無造作に前に進む彼女が軽く手を振ると、癒やしの水の魔法が広範囲に飛び出た。火の精霊にやられてしまった人の消火と怪我人の治療を兼ねた魔法だ。


それを見て、赤い少年は警戒度をあげ、銀髪のメイドの少女ーーサフィリアをきっと睨んだ。誰何(すいか)を叫ぶ。


「なんだよおまえーー何者だ!」


「何者か、じゃと」ハッとサフィリアは鼻で笑う。「自分の家が攻められているのに、ずいぶんと悠長じゃのう。相手の意図も力量も測れぬこわっぱじゃな」


赤毛の火精霊は、サフィリアの挑発に素直に乗ってくる。指をさした姿勢で、身体じゅうに新たに炎を纏いながら、少年漫画のように叫ぶ。


「お前、人間じゃないな! 僕らと同じ精霊か! なぜ精霊が、同じ精霊の邪魔をする!」


「愚かじゃのう。精霊同士だからといって、お互い攻め合わぬ奪い合わぬなどと、申し合わせたことがあったか? 精霊がどう生きてきたかも、精霊の流儀も知らぬ痴れ者かや?」


ざざぅ、と水が召喚され、サフィリアの両腕を包み込む。そして水が消えたあとに、青く鈍く輝く、肩に届くほどの巨大な戦篭手(ガントレット)が、サフィリアの両腕を包んでいた。


がきん、と両手の戦篭手(ガントレット)を正面で打ち合わせ、サフィリアはさらに前に出る。


「『放縦こそ精霊の最上の徳』。


ゆえに力がすべて。弱いものは強いものに従う。ーーこれが精霊の流儀じゃ。ゆえあって、この地を貰い受ける。奪われたくなくば、全力でわらわを倒してみせるのじゃな!」


「くそっ、負けるもんか! 小兄さん! 大兄さん! 来て一緒に戦ってくれ!」


火の精霊の少年が、身体から激しい火柱を立てる。


熱気に、周囲にいた騎士団の皆さんは距離を取るようにして取り巻く輪を広げた。


うわっ。火柱から、同じような少年ーー火の精霊が現れた。増援が来たよ。あの子、3兄弟だったんだ。


対するサフィリアはひとり。


さすがに3対1は不利かしら・・・? 同じように心配する声が騎士団の皆さんからも漏れ出る。


だが、銀髪のメイドは水色の瞳に戦意をみなぎらせ、数の劣勢を気にするふうもない。


「よかろう! 未熟者どもも束ねれば多少楽しめるかも知れんの! さあかかってくるのじゃ!」


サフィリアが吠える。


うん、とりあえず増援は不要みたいだ。様子を見て危なければ手を貸すことにしよう。


ーー火の精霊三兄弟と、メイド水精霊が、激突する!





■□■





「「「「「すいませんでした」」」」」


銀髪メイドの前で、土下座をする、寒空の下、上半身裸の赤色の少年たち。


最終的に5つ子だった『爆ぜ実の山』の火の精霊を、結果から言えば、サフィリアは完封してみせた。


水生物の魔法を駆使し、手数を上手に増やして、頭数の劣勢をものともせずにサフィリアは戦った。しかも水幕の魔法を維持して、爆ぜ実の木への飛び火を押さえつつだ。戦いの途中、火の5つ子精霊の意外な反撃にひやりとする場面がありつつも、終わってみればサフィリアの圧勝だった。いやぁ、派手なバトル、すごかったですねー。


リンゲン廃砦戦で、化け大猪を殴り倒したサフィリアだけど、ここで火の精霊を打ち倒して、また武名をひとつ高めた結果になった。冒険者や騎士からの彼女を見る視線が熱い。どうもサフィリアは騎士団のいくさ女神的ななにかになりつつあるようだ・・・。


「「「「「この上は、この土地のものをすべて貴方様に差し上げます」」」」」


「うむ。しかと受け取ろう。しかし、わらわも仕えるあるじさまがおる身でな。そなたらの献上物は、わらわがあるじさまのものとなる。しかと心得るのじゃ」


「「「「「ははっ」」」」」


5つ子精霊が平伏する。


「して、この場にサフィリアの姉御のあるじさまがいらっしゃるのでしょうか」


5つ子の中で一番はしっこそうなのが、末っ子らしい。一番最初に出てきた子だ。外見からはあま5つ子見分けがつかないけれど、振る舞いが賢そうなので、彼だけはちょっと見分けがつく。


「うむ。良い機会じゃ、紹介しておこう。間違って傷つけられでもしたら、わらわも困るからな・・・こちらが、わらわがあるじさま、リュミフォンセ様じゃ」


サフィに手招きされたので、ととと、とわたしは前に出てサフィリアの横に並ぶ。


すると、5つ子精霊は揃って驚愕の表情だ。


「「「「に、ニンゲン・・・」」」」

「まさかニンゲンが、これほどの力を持つサフィリアの姉御を・・・精霊を使役しているなんて」


「なにか文句でもあるのかや?」


と、サフィリアがひと睨み。


「いいえ! 文句など、滅相もございません!」

「サフィリアの姉御の主様であれば、リュミフォンセ様は大姉御(おおあねご)!」

「大姉御に文句などあろうはずもなく!」

「爆ぜ実の木も、この山に埋もれる魂結晶も、すべて差し上げます!」

「どうか我らをよしなに、お見知りおきを!」


5つ子の言葉をきっかけに、遠巻きに精霊同士の戦いを見守っていた皆が、うぉぉと勝どきをあげる。『精霊の調伏なんて始めてみたぞ!』『リュミフォンセ様万歳!』『サフィリアどの万歳!』とテンション爆上がりだ。


そして、わたしに頭を下げたり、サフィリアに平伏したりと、忙しい5つ子精霊。


わたし、大姉御(おおあねご)かあ・・・。


爆ぜ実の山での作業は、こうして第一幕を閉じつつあるのだった。












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