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63 ひとりぼっちの戦い そして敗北




チェセの活躍により金貨不足が解消し、バウのもたらした重要情報とともに戦闘報告を終えた。


リンゲン周辺に野良モンスターが散発的に現れるものの、魔王軍の新たな動きはなく、リンゲンは小康状態を維持していた。


季節は秋と冬の狭間。樹々の葉の色づきが深くなり、身を切るほどに冷たい風が吹き降りるようになってきた。リンゲンの街とともに、防衛に留まるリンゲン遠征部隊は、少しずつ冬支度を始めていた。その姿は、魔王軍に脅かされる街のものではなく、概ね平和なそれだった。


「そういうわけで、わたしはロンファに戻ろうかと思うのだけれど」


珍しく書類仕事をしていたアセレアにそう言うと、彼女は驚愕に目を見開いてきた。


「とつぜん、何を仰るのですか!」


「え? でも予定どおりの動きだと思うのですけれど」


ねぇ? とわたしは隣に控えていたチェセを見る。彼女は栗色の瞳を一回またたかせて、そしてはいと頷いて同意してくれた。


遠征部隊は、リンゲン防衛に成功すれば防衛部隊としてリンゲンに留まる。わたしは遠征部隊に建前上は士気向上のためについて来たわけだから、これでお仕事は終わりだ。長々ととどまったのは戦後処理のお手伝いをしていたに過ぎない。


遠征から防衛に切り替われば、もうわたしがここでやるべきことはない。


「わたしの護衛にサフィリアを指定することもできるから、アセレアはここに残ることもできるわよ」


水精霊のサフィリアには、チェセとともにメイドをやってもらっている。銀髪の美少女然として可愛いけれど、細かい仕事に向かない。


護衛も、細かいといえば細かい気を使う仕事なのだけれど、サフィリアは荒事のほうがメイド仕事より好きそうなので、配置転換も良い手だなと考えているところである。


元々前任者のメアリさんがメイド兼護衛だったため、兼任でもかまわないとおもっている。ちなみにいま当のサフィリアはお使いで外に出ている。


「そうではなくてですね!」


アセレアは珍しく意気込んで話をしている。


「いま私達が率いているのは、『リュミフォンセ騎士団』なのですよ! それなのに首領が抜けたら、成り立たなくなるじゃないですか?」


・・・・・・はい?


何か初耳の単語が聞こえたのだけれど・・・。


「ごめんなさいアセレア。ちょっといまよく聞こえない・・・いえ、声は聞こえたわ。理解しがたい言葉があったように思えるの。申し訳ないのだけれどもう一度言っていただける?」


「承知しました。我々『リュミフォンセ騎士団』は・・・」


「はいそれ! そこぉ!」


わたしはぱんと卓を叩く。



「『リュミフォンセ騎士団』ってなにかしら?! ここに居るのはリンゲン防衛部隊のはずでしょ? なぜわたしの名前がついているの?」


「なぜと言われましても・・・皆の総意でそのようになったとしか言いようがありません。あの宴の場で決まったではありませんか」


「当の本人のわたしが承知していません! そしてお酒の場にはわたしはいませんし、そんなところでの決めごとは無効です! 当然のように言わないでください!」


「兵を統率するには勢いが肝心ですので。それに公爵様ーー騎士団長には手紙で追認を求めております」


うがー! とはわたしの心の声だ。


「いまは平時ですよ!? そんな手続き認めません! 部隊の名称は『リンゲン防衛部隊』以外にあり得ません!」


「しかし兵士を束ねるには、心の拠り所なる象徴が必要でしてーー」


なかなか折れてくれないアセレアと、わたしは午前中いっぱいを議論に費やした。





■□■





結局、『リュミフォンセ騎士団』の改名を発議するところまで・・・しか、アセレアに譲歩させることができなかった。


騎士団の改名会議にはわたしは参加が認められなかったので、こうして改名会議が行われる政庁の一室の、隣の部屋・・・にこっそりと忍びこんで、会議の行方を伺うことにした。


一緒にチェセとサフィリアが居る。わたしたちーーというよりわたしは壁に張り付くように陣取り、盗聴の魔法を使って、隣の部屋の音声を拾う。壁はそこそこ厚いが、物音や大声を出したら向こうに感づかれてしまうだろう。


(あるじさま、しー、じゃぞ、しー)


(わかってるわよ! サフィもくれぐれも気をつけてね)


隣の部屋からはがやがやと話し声がする。この会議に集まったのは、隊長のアセレアに小隊長クラス、冒険者の代表者ブゥランとその補佐役の人数人、冒険者ギルドの代表者、政庁の代官ーーなど、この街の有力者といえる人たちがみな、集まっている。


(みんな、そんなに暇なのかしら・・・)


ぎり、と拳を握りしめると、


(リュミフォンセ様、落ち着いてください。木苺ソースのパルフェですよ。はい、あーん)


チェエに、銀匙ですくった甘酸っぱいソースがかかったクリームを口の中に押し込まれる。あまーい。


わたしはもむもむと口を動かしながら、引き続き隣室の動きを伺う。



どうやら、会議は始まったらしい。議長役のアセレアが、今回の会合の趣旨を説明する。


「ーーそういうわけで、リュミフォンセ様ご本人から、我々が考案、決議した『リュミフォンセ騎士団』の名称を拒否された。本件の拒否について、今後の対応と皆の意見を諮りたく、集まっていただいた次第である」


「アセレア殿。我々冒険者は傭兵役と言えど、命を張って戦うことは軍人と同じ。ならば我らの心をひとつにするための存在が必要であることは、ご理解いただいていると思うが、いかがかな?」


野太い声。誰だろうか。でも発言内容から、冒険者サイドの人だと思う。


「然り。同意する」


「ならばなにゆえ、『リュミフォンセ騎士団』ーーこの名前を拒否されるのか? 人心をひとつにする、この上ない名称であろう」


また別の声。これはリンゲン代官だろうか。それに答える女性の声ーーこれはアセレアだ。


「さきほども申し上げた通り、これはリュミフォンセ様ご本人のご要望なのだ。ーー私も女とは言え武人。世のため人のためと言われて、良い子ちゃんで戦うよりも、敬愛する主君のためと言われたほうが、命の張りがいがあることも理解している」


それに、おっさんよりも美少女のためのほうが張り合いが出るというのも、諸君らと一緒だ。


付け加えられたジョークに、会場がどっと湧く。


こういうふうに人の心を掴むのが、アセレアは上手だ。


「しかしーーやはり解せぬ。ご自身の名が騎士団に冠せられるなど、またとない名誉。しかも配下から贈られたとならばなおさらだ。まさか、あのお歳で王への叛心を疑われたくないなどというまい?」


その言葉は議場の多くの人の心を掴んだようで、そうだそうだと同意する声も聞こえる。それに答えるべきアセレアは、すぐに応えられるだろうに、わざわざ一拍おいてから答えた。


「リュミフォンセ様いわくーー『恥ずかしいから』だそうです」


「「「「なんと奥ゆかしい」」」」




わたしはいたたまれなくなって、その場にかがみ込んだ。


なんだかすごく恥ずかしい。顔が熱いし、身体がぷるぷる震える。


(リュミフォンセ様。旬のリンゲン(ペアー)を剥きましたよ。冷やしたのでおいしいですよ、はいあーん)


チェセが一口サイズにカットしてくれたリンゲン梨は、甘いのはもちろんだけど、しゃくしゃくと歯ごたえが良く、香り高い汁気が多く口中に弾ける。おいしー。


みんななんでもないように言うのは、かつぎあげられる当人じゃないからだ。ぜひわたしと代わって欲しい。そうすればこの恥ずかしさがわかってーー


(もうひとつどうぞ。今度はシナモンをふりかけてみました。はいあーん)


わたしが飲み込んだ絶妙のタイミングで、チェセは次の梨を口に運んでくる。わたしはもぐもぐと口を動かし続ける。鼻孔から抜けるかおりがいいわー。




「では、やはりーー改名ですか」


議場の誰からともなく声があがる。


「そうなる。それを皆で協議したい。ーーそれにあたって、情報があるのでご報告させてもらいたい」


しかしここまでアセレアの想定内だったようで、次の段取りまで決めていたようだ。おそらく部下のひとりだろう、誰かが椅子を引いて起立した音がする。


「幸い、リュミフォンセ様を称える歌をうたう吟遊詩人(トゥルバドゥール)は多く、新しく出来た歌も数多くあります。それに伴い、リュミフォンセ様を指す言葉も民間に流布しています。

『灰瞳姫。ぬばたまの髪の姫。未来の国一等の美姫。ロンファの名華。薔薇姫。夢見の姫。霞けぶる姫。夜百合の妖精。四方(よも)姫』・・・などです」


四方(よも)姫とは? それは聞いてもぱっとわからんのう」


「リュミフォンセ様があまりも美しく神々しく、その場にいらっしゃるだけで四方があまねく輝くーーという節から来た異名です」


「ほほぅ。なるほどのう」




あああっ、恥ずかしい! なにそれっ? 『なるほどのう』じゃないわよ!


顔を押さえて身をそらすと、冷たいエテルナがわたしの額にふれる。


(どうどう、どうどうじゃ。)


サフィリアが精神鎮静の魔法をわたしに使う。一瞬落ち着いたけれど・・・原因が取り除かれたわけじゃない。というか、あの名前でわたしのことが歌われているの?!




「では、いま伺った異名のなかから選んで、リンゲンを守る新たな戦団を決めるーーということどでよろしいか?」


「「「「「異議なし」」」」



「『異議なし』じゃないわよ」


腹の底から低い声が出た。わたしは立ち上がり、隣の議場に乗り込む決意をする。防衛部隊に、わたしの名前なんて、つけさせないわ。


そして猛然と隣室の議場へと出向こうと一歩踏み出したとき。


いきなり後ろから、わたしは羽交い締めにされた。


「もがっもがーー!」


抵抗するも、口を押さえられて、声が出ない。


「すまんのう、あるじさま。こうするように言われておったのじゃ」


サフィリアは水精霊で、前衛職が務まるほどの力を持つ。一度押さえ込まれてしまうと、簡単には振りほどけない。


しかもわたしに睡眠と陶酔の魔法を交互にかけてくる念の入れようだ。わたしは当然に抵抗(レジスト)してやるけれど、魔法に籠められている魂力(エテルナ)から、結構本気の魔法だとわかる。なのでわたしも結構本気でエテルナを集め、抵抗(レジスト)する。


そうして魔法の掛け合いをしていると、ひょいとわたしの両足を持たれて、身体が浮き上がる。


なんということ。チェセ、貴女もか。


サフィリアに上半身、チェセには足を持たれて、持ち上げられてしまった。


「リュミフォンセ様。下の想いを受け止めるのも、上に立つものの責務だと思いますわ・・・今日のところは、帰りませしょう」


「もがーーー! もがもがーー!」


わたしは思いっきり叫ぶけれど、所詮は子供の身体。


ふたりがかりで抱えられては、軽々と運ばれてしまう。


こうしてわたしの戦いは、ふたりのメイドの裏切りにより。


敗北に終わったのだった。





■□■





ひとりぼっちの戦いから1週間後。お祖父様からの手紙とともに、アセレアがやってきた。


お祖父様の手紙にには、多くが書いてあった。


私信のようなところもあったけれど・・・今重要なことは、わたしがリンゲン遠征に出向いたことと勝利を過剰なくらい称賛してくれ、さらに防衛隊にわたしの名前をつけることが提案されたことを大きなほまれだと喜んでくれていた。



「リンゲン防衛隊の名前は、『リュミフォンセ騎士団』改め、『霞姫(かすみひめ)騎士団』となりました。公爵様のご承認も得ています。リュミフォンセ様直下の騎士団でもあります」


アセレアはそう言って嬉しそうに胸を張る。


わたしはこれみよがしにため息をついたあとに、新騎士団設立を申請する書類ーー当然新しい名前も書いてあるーーに、追認の署名をした。


その書類をアセレアに回しながら、わたしは付け加える。


「お祖父様は、まだ領内を転戦されるそうね。敵軍が神出鬼没で、討伐をやめられないというご判断だそうよ。だからまだロンファには戻れないと」


アセレアは頷く。騎士団長の動向は、副団長のひとりであるアセレアに伝わっていないはずがない。


「ロンファに戻ってもお祖父様はいらっしゃらないからーー、今のうちにリンゲンの民に馴染んでもらえるように、この冬はリンゲンに留まりなさいとのご指示よーーこれも貴女の策略かしら?」


「いいえ。そこまでは手がまわりませんよ」


にこやかに言うアセレア。本当のところはどうだかわからない。もう何もかも疑わしく思えてくるわーー。


お祖父様の指示は、『代官とともにリンゲンを治め、統治を学ぶことを期待する』とあった。


今後、お祖父様がリンゲンを開発することを見据えての処置だと思う。


肩書は、『領主補助代行』。これまで存在しない謎の役職だけど、領主っぽい仕事をしなさいという意図は伝わってくる。


アセレアは策動はしていなくても、こうなることを予測していたのかも知れない。ほんとうに優秀な部下ではある。ちょっと憎たらしいくらいに。


「じゃあ、そういうわけでアセレア。あそこに書類の山があるでしょ?」


「ああ、お使いならすぐにやりますよ。どこに持っていけばいいですか?」


上機嫌のアセレアは、ひょいと書類の山を抱える。


「そうね、それは貴女の部屋に持っていってちょうだい。リンゲンの軍事の最高責任者である貴女に判断してもらわなければならない案件ばかりよ」


書類仕事が嫌いなアセレアは、露骨にいやそうな顔をした。


わたしはそれを見て少しは溜飲をさげて、座る背もたれに体重を預ける。そのときーー。


ばん、と宿の扉が開かれる。


現れたのは、お使いにいっていた銀髪のメイド、サフィリアだ。


「あるじさま! いますぐお金を配ってたもれ! 民の不満がいっぱいなのじゃ!」


・・・やれやれ。今度の問題は、いったいなにかしら?







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