62 剣士ノワルの情報
栗色の髪のメイドが出ていき、代わりに3人の男性がわたしの部屋に入ってきた。
3名は見知った顔。一人は冒険者のまとめ役の戦士、騎士団の第5班の隊長、そして最後に続いたのは、黒衣の剣士ーー人間形態のバウだった。
「失礼致します」
「無礼者!」
いきなり一喝したのは、昨晩の酔いの残りを醒ましていたはずのアセレアだった。わたしが座る机の前に立ちはだかるように立ち、腰の剣の柄に手をかける。
「取り次ぎ役はどうした! 貴人の女性の部屋に、前触れなく異性が連れ立って訪れるなど、何を考えている!」
「ご、ご報告をと思いまして・・・リュミフォンセ様とアセレア様の双方に聞いていただきたいお話だったもので・・・今までも直のお目通りがかなっておりましたので、問題ないかと愚考致しました」
冷や汗をかきながら、騎士団の第5班の班長ーーアセレアの部下でもあるーーが答える。たしか、シスという名前だったように思う。
「それは戦時の礼に準じていたからだ。先日の戦いで戦時は終わり、リンゲンは平時の礼が適用される」
「それは失礼しました。この宿のものに尋ねたところ、このお部屋に案内いただきましたが、確認が足りませんでした」
本来なら、わたしのメイドのチェセかサフィリアが取り次ぎ、面会するかどうか、面会するにしてもどのようなかたちにするのかを考える必要がある。けれど先程チェセには難しい仕事を頼んでしまったし、サフィリアは、戦勝休暇で今も白河夜船のはずだ。
アセレアのいうことももっともだけれど、今回はこちらの手落ちのほうが大きそうだ。
「これだから田舎の宿は・・・」
腹立ち紛れにつぶやきながら、ぱちん、とアセレアは剣を収める。というかあなた、剣の鯉口を切っていたのね。
「部屋の扉は開けたまま。そして今の位置から2歩前進した位置で話せ。リュミフォンセ様に変な真似をしたら容赦はせんからな」
「あの。淑女への礼をとおっしゃられるなら、副団長殿にも身だしなみを整えていただきたいのですが」
そう。それはわたしも気になっていた。アセレアの開襟シャツの紐がほどけ、豊かな白い谷間がしっかりと覗いているのだ。・・・結構あるのね。
「む。これは失礼したな。許せ」
シスの指摘は軽く流すアセレア。
彼女はここできゃあとか言うキャラではない。淡々と胸のふくらみをシャツに押し込んで襟を締め、アセレアはわたしの横に立つ。ただ、彼女はちらりと人間形態へのバウのほうへと目を走らせると、ほんの少し頬を赤くした。慣れたわたしにしかわからない程度かも知れないけど・・・。うーんなにかしらこれ。
■□■
報告内容は、先日のリンゲン廃砦戦で、奇妙なモンスターを見かけたということだった。
「冒険者稼業を10年以上やらせてもらっていますが、初めて見るモンスターでした。噂にも聞いたことがない」
そう冒険者のまとめ役の男性が言った。戦士らしく筋肉質でがっしりとした体格をしており、短く刈り込んだ髪は灰色で、同じ色の髭をはやしている。この人はブゥランと言うらしい。
「四足でごつごつした白い肌をして、翼がある。大きさは、ちょっと大きな犬くらいだな。見た目は小さなドラゴンなのだが、ただひとつ。額に大きな一つ目が、縦についていた」
そうだな、ノワル。と、戦士ブゥランが、隣にいる人間形態のバウに確認する。どうもバウは人間形態のときは、ノワルと名乗ることにしたらしい。まあ、黒衣の剣士じゃ呼びにくいもんね。剣士ノワル、とでも呼んであげようか。
剣士ノワルことバウは頷いた。いまはわたしの従者の狼ではなく、リンゲンで雇われた冒険者として、わたしとは関係無いように振る舞っている。
「見たことのないモンスターではあったが、いくつか奇妙な点があった。
まるで首領のように奥に陣取っていたが、首領としても竜型のモンスターにしても、弱すぎたこと。敵である我を前にしても、我のことが見えていないかのように、反応が悪すぎたこと。そして倒したあとに、周囲のモンスターの動きが目に見えて悪くなったこと」
「・・・?」
剣士ノワルの言わんとすることが、わたしにはよくわからない。わたしだけかと思って周りを見ると、みな首をかしげている。
その様子を見てか、剣士ノワルがつまりーーと言葉を続ける。
「あの一ツ目竜のモンスターは、外部からなんらかの指示を受けて、周囲のモンスターを指揮もしくは操るための、中継役のようなモンスターだったのではと推察される」
「ほう」声をあげたのはアセレアだ。「今代魔王軍は、雑魚モンスターの群れに統制をつけて、軍隊の動きをすることに特徴がある。雑魚を規律を持って行動させるには、各部隊に相当有能な指揮官が必要だが、数部隊ならともかく、何十という部隊に、有能な指揮官が配置できるのはおかしいと思っていた。つまりなんらかのからくりがあるわけだがーー」
「一ツ目小竜は、そのからくりである可能性がある」
戦士ブゥランが、あとを引き取って言った。
一同が頷いた。
「よしわかった。早速公爵様に報告しよう。価値のある情報だ。一ツ目小竜は、敵軍の急所だ」
アセレアが軍人らしく即決し、次の動きに入ろうとする。
けれど、その動きに剣士ノワルが待ったをかける。
「もうひとつ、状況から推測されることがあるので報告しておきたい」
せっかちにもアセレアは手紙を書きに行こうとしていた動きを止め、剣士ノワルを見る。
わたしは、アセレアの代わりに、彼に言葉を促すように頷いてやる。
剣士ノワルは軽く会釈をして語りだした。見た目の動きが礼儀に通じた人間らしくて、この剣士の正体が黒い仔狼のバウだということを忘れそうになる。
いや、本当は仔狼でもなくて、子牛くらいに大きい、大狼の姿をした精霊の眷属なのだ。
仔狼の姿をしているのは、そのほうがお屋敷の皆からの受けがいいためでーーそう考えると、眼の前のバウつまり剣士ノワルは、案外としたたかな存在に思えてくる。っていうかこの子、本当に優秀だわー。
「一ツ目小竜が推測通り中継役だとしたら、そのさきに、実際に指揮を取っているモンスターが居ることになる」
言われてみれば、たしかにそうだ。
「その先のモンスターについてだが・・・ところで、今代魔王は、呼ぶべき名前だけは明らかになっている。『竜帝』とあだ名されるモンスターだ」
「!」
鋭いアセレアは剣士ノワルの言葉だけで、勘づくところがあったらしい。黒衣の剣士は言葉を続ける。
「もちろんあだ名はあだ名でしかないのだが・・・だが今代魔王は竜系統のモンスターなのだろう。そして中継役と思しきモンスターも竜系統の珍しい種類。偶然なのかも知れないが、一致する。
ひょっとしたら、一ツ目竜は魔王の直接の眷属、もしくは分裂体なのかも知れない」
「これは、推測ではありますが、重要な情報です」
そう言葉を始めたのは騎士シスだったが、アセレアがあとを引き取る。
「一ツ目竜を捉えて調べれば、魔王竜帝がどんなモンスターか手がかりがつかめるかも知れない。それに、魔王からの通信を中継しているのなら、魔王の居場所がわかるかも知れない・・・そういうわけか。なるほど、非常に、非常に興味深い情報だった。貴殿にはこの情報に相応しい褒美が下賜されるよう言上しよう」
恐縮です、と黒衣の剣士が頭を下げる。その端麗な所作は、仔狼姿でお腹を見せて床に転がっている姿と、わたしのなかでどうしても結びつかない。
そして、アセレアがおほんと咳払いをする。
「ノワル殿にーーブゥラン殿だったな。ノワル殿にはかつて剣の腕も見せてもらったことがあるし、どうだろうか。貴殿らは当騎士団に興味はないか。当騎士団は、貴殿らのような優秀な人材を常に募集していてな。もし興味があるのなら、ぜひ入団して欲しい。私から推薦状を書かせてもらおう」
アセレアの言葉に、彼女の部下の騎士シスが、眉を跳ね上げて驚く。アセレアがこんなことを言い出すのは珍しいことみたいだ。
まあでも、気持ちはわからないでもない。バウは優秀だもんね。けれど騎士団に入ったらわたしの従者の二重生活になるので大変だろう。狼の姿にも戻れなくなるし。
そう思っていると、剣士ノワルことバウが、ちらりとわたしを見た。
わたしはほんの少しだけ肩をすくめ、うまく断りなさいという思いを瞳に籠めて、バウを見る。これだけで通じるはずだ。
「申し出の気持ちはありがたく頂戴する。だが、我は冒険者の自由が気に入っている」
「そうか・・・だが騎士も出世すれば自由なものだぞ・・・ん? シス、何か言いたいことがあるか?」
目を細め眉をひそめた騎士シスに、アセレアが話をふる。
「そうですね。副団長殿の自由の影に、戦闘の報告書づくりを代行している部下の努力があることを忘れないでいて欲しいと思っただけです」
「ああ、なるほど・・・報告書づくりのために冒険者の話を集めていて、この話にぶつかったのか」
騎士シスは頷く。黒髪細目、のっぺりとした表情で、あまり特徴のない顔だが実直そうだ。
「はい。とても重要な話だと思いましたので、報告書作成を待たずに、先にご報告にあがった次第です」
「そうか。それは良い判断だった。私の部下も優秀だな。褒美は・・・そうだな。さっき私の胸を見たからそれでいいだろう。自分で言うのもなんだが、美女の胸の谷間はいいもんだろう?」
片目をつむってみせるアセレアに、はあと騎士シスはため息混じりの返事を寄越す。
「そうですね。ご自分でおっしゃられなければ大変結構なものだと思いますよ。けれど、自分は正規の褒美を所望致します」
まったくあれで足りないとは強欲なやつだな、と豪快に笑うアセレアの一言がこの場の締めになった。
それを最後に報告は閉じられ、各自重要情報の伝達のために動く。
この情報は、お祖父様を経由して、王国中に連絡されるはずだ。もちろん、勇者一行と同行するメアリさんにも。この情報が今の戦況の改善に役立てばいいと思う。




