59 リンゲン廃砦戦②
「『目を貸す』、ですって・・・?」
わたしは、アセレアに言われたことが理解できずにおうむ返しをしてしまった。
「ええ。ご説明するよりも体験いただいたほうが早いでしょう。少しのあいだ、目を閉じていただけますか?・・・失礼します」
左隣に並んでいたアセレアが、騎走鳥獣ごとそばに寄せてくる。アセレアが乗る騎走鳥獣の羽毛が、わたしの膝にふれるほどに近づく。
わたしが目を薄く閉じると、アセレアが右手をわたしの顔に向けて近づける。
彼女の右手は濃密な魂力に覆われている。
濃密なエテルナに危機感を感じ、わたしは本能的にびくりと身をそらす。
「危険なことはありません。私を信じてください」
「・・・すこしびっくりしただけです。はやくお願いします」
魂力は武器としても使える。それを急に顔に近づけられれば、驚きも怯えもする。けれど護衛騎士にそれをやられてびくついていたら、アセレアを信じていないように見えてしまう。
だから、わたしは、つんと済ました令嬢の演技をしながら、アセレアのエテルナに覆われた右手を受け入れる。今度は素直に目をきつく閉じた。彼女の右手の指先が、わたしの左眉のあたりに触れる。
「あたたか・・・いえ、熱い・・・?」
「もう目を開けていただいても大丈夫です・・・いえ、もう『視え』ますね?」
そう言葉をかけられた瞬間、急に広い視界が広がる。
とてもクリアで、精密なーー遠くまで見渡せる視界。
遠くにぼんやり見えるだけだったリンゲンの廃砦がくっきりと映り、そこから魔砲がゆっくりと飛び出るのが見える。風をまとった火弾で、円錐型に具現化されている。そして廃砦の天辺にある二段の天守、胸壁の隙間。すると突然視界の映像が拡大されて、隙間に紫の炎をまとった白骨のモンスターが顔を覗かせているのも見えるーー。あれが敵の魔砲兵か。
「私の特殊能力『鷹の千里眼』です。今、『私の視界のひとつ』を、リュミフォンセ様と共有しています」
見れば、アセレアの顔左半分を、赤い金属的な仮面が覆っている。エテルナで具現化させたものだ。気づけば、わたしの片目、アセレアに触れられた部分にも、同じようなものが具現化されている。
「この能力で、遠くにあるもの、速く動くものが明瞭に見えます。まあ慣れてくると、他にもいろいろ見えるのですけれど、いま便利なのはこれーー」
視点が切り替わり、廃砦を真上から見た風景が見える。
砦の胸壁の内側には兵士が3人並べるほどの幅の通路があり、そこに魔砲を使えるモンスターが並んでいる・・・14体、たしかにこちらより少ない。
下から見上げるここからだと、完全に死角、見えない視界のはずだ。
「能力の視界にある対象の視界情報を合成した世界を見せてもくれます。ま、私には詳しい原理はわかりませんが・・・便利な能力ですよ。使えればそれでいい」
そして、視界は再び現地点から廃砦を見上げる視線、けれどひとつの放物線が加わっている。放物線はわたしの位置から、廃砦の胸壁の中へと続いている。
これは、魔砲の命中軌道ね。そんなものまで見せてくれるんだ。
なるほどね。
わたしは息を細く吐いて、集中する。やるべきことは把握した。
ここまでお膳立てされて、外したら恥ずかしいなあ・・・。
わたしはエテルナを集めて魔法を使い、撃ち込むための魔法の砲弾を先に作る。・・・『魔砲弾』とでも呼ぼう。
そして、もうひとつの魔法。魔砲弾を撃ち込むための緑魔法を発動させる。
「緑魔法 緑巻風・・・球陣・・・仰角あげ・・・」
アセレアの能力で見えている視界。もともとの命中軌道である放物線に、弾道予測の軌跡まで表示される。
狙い軌道と弾道予測が重なるように、打ち出しの風魔法の威力を調整する。
「発射!」
わたしは、魔砲弾にねじり回転を加えつつ、緑魔法で薄曇りの空へと高く打ちあげる。
錐揉みしながらまっすぐ打ち上がった弾は、予定の山なり軌道を通って頂点を通ったあとは落下に移り、累乗的に加速する。
そして、放った魔砲弾は、廃砦にいる魔砲兵のモンスターが陣取っている場所に、真上から突っ込んだ。
ずがん。
着弾と同時、輝く氷粒と氷靄が、吹雪のように爆発する。その様子もアセレアの特殊能力のおかげで良く見える。砦の胸壁内に爆発するように行き渡る。
敵のモンスターが声もなく極低温の氷靄に包まれる。半分以上が砕けて虹色の泡に消えた。生き残ったものも、氷漬けにして、動きを止めた。
・・・よし、狙い通り。
そこで、アセレアの能力による視界が切れた。
「・・・よし! 敵魔砲部隊、無力化! 歩兵隊、全速前進せよ! 砦に取り付け!」
アセレアの指示が飛ぶ。よく通る声だ。
小隊長たちが命令を復唱し、歩兵隊ーーつまりは徒歩の冒険者部隊が、ときの声をあげて前進する。
陣を揃えて、というよりも、それぞれが全力で駆ける、というほうが現実に近い。
廃砦からは、迎撃のための矢や近距離の魔法が飛んだが、主力の魔砲はすべて封じている。抵抗をかいくぐって人波が廃砦に迫った。
だが廃砦にたどりつくまえに、体格の大きな亜人・獣人系のモンスターが飛び出てきて、前線同士がぶつかった。吶喊の声があがり、たちまちあたりは剣戟と爆音があがる。
あれ、あの赤魔法を使ってるのは、バウじゃない? 先頭で大きな爆炎があがっている。アセレアの能力はわたしから解除されているから、見えないけど・・・。あ、そういえば、アセレアの特殊能力ほどじゃないけど、わたしも遠視の魔法が使えた気がする。・・・やっぱり人間姿のバウだ。
「魔砲部隊は掩護射撃! 敵に当てなくてもいい、味方の頭越しに撃ち込んで、威嚇で敵の射撃武器を黙らせろ! ・・・騎士団は後陣のまま待機を維持だ、不意に備えろ」
アセレアが指示を飛ばす姿を横目でみながら、わたしは遠視の魔法を自分に使う。
前線の冒険者を中心とした歩兵は、士気が高い。廃砦から出てきたモンスター部隊を、あっという間に押し込んでいく。刀剣がきらめき、振るわれ、魔法の炎やかまいたちが起こるたびに前線があがる。そして先頭が砦へとたどり着いた。
だが、そこから先がなかなか進まない。
「砦内部は人が並んで進めるかどうかという広さ。どうしても1対1か、よくて2対2なので時間がかかります。それでもーー」
どうん、と廃砦から黒煙があがる。
わたしに経験値が流れ込んでくるのを感じるので、バウがやったのだとわかる。
「・・・ああいうふうに閉所に爆発魔法を放り込めば、先へ進めるようになります。逆流の危険があるので、見極めが難しくそうそう出来ませんけど。腕利きの戦士がいるようですね」
廃砦に入った何人かが出てきて、入れ替わりに新しい人が入っていく。装備を黒焦げにしているのは見間違えではないと思う。
入り口から入れない人は何をしているかというと、砦の窓から取り付こうとしている。けれど窓は小さく位置が高いため、なかなか入れなそうだ。逆に窓の中から矢や魔法を撃ち返されたりしている。
戦況が膠着しつつあるように見える。
ぶるる、と乗っているわたしの乗る騎走鳥獣のクルルが鼻息を吐いて、武者震いのように身を震わせた。わたしの焦れた思いが伝わったかのようだ。
「後ろから見ているだけでいいのかしら?」
そう聞くと、アセレアは落ち着いた様子で、片眉を跳ね上げるようにして応えた。
「ここまでも予測通りですよ。お嬢様のおかげで、魔砲の撃ち合いの時間は短縮されましたが・・・そろそろ敵が動くでしょう」
「じゃあ、アセレアたち騎走鳥獣隊も動くの?」
「いいえ、我々の出番はもう少しあと・・・それ来た」
アセレアが前方を見る。彼女の騎走鳥獣がふするると呼吸音を出す。
視界よりも先に、地鳴りのような音が耳に届いた。
その音はだんだんと大きくなり、そして土煙が近づいてくる。
「ふむ、なるほど。騎兵かと思いましたが、化け猪を中心にした部隊ですか。突出力に優れているということでは同じかも知れませんね。確かに考えてきている」
どどどどと音を立てて地面を砕くように、土煙の一団がすごい勢いでこちらに向けて走ってくる。一体一体も大きいし、数もそこそこ居る。位置的には、わたしたちの左翼側面にぶつかってくるはずだ。
今は冒険者たちは砦に人数を押し込むために陣形は崩れている。あのなかに突っ込まれたら、ひどい被害と混乱が出るのではないだろうか。
「あんな数、いったいどこに・・・」焦りとともに、わたしがつぶやく。
「砦の周辺の森に伏せられていたのでしょうね。森の中にモンスター、人が隠れられないようなところでも隠れられます。やつら、泥で汚れているので、おそらくぬた地にでも潜っていたのでしょう」
どこまで予想の範囲なのか。事もなげに、アセレアは言う。
彼女の顔の左半分を覆う、赤色の金属片が、燃えるようなエテルナを湛えている。




