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56 入城①





魔王軍の撃退は陽が傾く前に終わった。


わたしが砲撃を始めて、半時間もかからなかったと思う。




アセレアたちとも合流したわたしたちは、リンゲンの住民の歓呼の声を受けながら。リンゲンに入城する。


ロンファからの援軍として、この上ない自己紹介になったようだ。



「魔法の援護が無くとも、あのくらいなら充分倒せましたのに・・・もっと戦いたかった」


わたしの隣でそうこぼすアセレアは不満げだ。あのあとは魔法とアセレアの突撃で、魔王軍の陣を切り崩したことで、楽に勝てたというのに・・・。


どうも彼女は最前線に立って、武器を振るい続けることに快感を覚えるタイプらしい。


戦闘狂の気があるみたい。まあ、このさき、まだまだ戦う機会があると思うよ、きっと。



「誠に助かりました、援軍かたじけない!」「お待ちしておりました!」


街の中央にある宿に入って旅塵と戦塵を落としたあと。


わたしと先遣隊は、リンゲンの代官と冒険者ギルドの拠点長の歓待を受けた。


案内された庁舎の建物の食堂、みながジョッキを打ち付け合いながら、賑やかに飲み食いするなかで、わたしとアセレアは街の代表者であるおじさまたちと差し向かい、リンゲンの戦況を聞いた。


わたしもリンゲンのご馳走を食べたかったけれど、これもお役目だ。お話しながらぱくぱく食べる、両立は難しい。それに、おじさまたちのどちらにも苦労と疲労の色が顔に浮かんでいて、真面目にお話を聞いてあげないと気の毒だったこともある。


もともとリンゲンは人口1万人を超えるくらいの小国であったけれど、いまは人口3千人程度。村と呼ぶには抵抗があるものの、小さな街、といった程度の規模だ。


辺境なだけあってそこそこ強いモンスターが出るもけれど、経済規模が小さいため討伐報酬を釣り上げられず冒険者も集まらず、この地域の戦える人の数はもともと減少傾向にあったのだそうだ。


もともと人は減っていたのに、最近、リンゲンの街に魔王軍が押し寄せてくるようになってからは、自分の命を天秤にかけた冒険者は別の街へと移ったため、戦える人はさらに減少。街の兵士も成り手もおらず予算規模も小さく増やせず、伝統だけの自警団に頼るのにも限界がある。


にもかかわらず、モンスターの襲撃は増える。


八方塞がりで、街の代表者たちは頭を抱えていたのだそうだ。


だから、先遣隊の騎士25騎、あとから来る本隊がたった200名であっても、ロンファからの援軍は大変に感謝された。わたしはこれでもかとお礼とお世辞を言われた。あとから来る本隊も、同じように歓待してくれるのだという。


代官は、会合の最後に、わたしの手を額におし戴いて感謝の言葉を述べた。


「まさかロンファーレンス家の方が直々に来ていただけるとは・・・

なんという慈愛、なんという優しさ、まさに干天の慈雨! 加えて御姿の美しさ・・・おられるだけで皆の士気があがりましょう。リュミフォンセ様は天の御使いの化身に違いありません」


代官は目には涙まで浮かべている。


ちょ、そんなことされると、周囲からの注目がすごいのだけれど!


「びっ・・・微力の身ではありますが、みなさんのリンゲンを守るため、全力を尽くしましょう」


令嬢力で無理やり浮かべた微笑が引きつっていないか心配だったけれど、そう挨拶すると、どっと歓呼の声があがって、歓迎の宴はさらなる盛り上がりを見せた。


新たな酒樽が抜かれることが決まったところで、わたしはいたたまれなくなり、お先に失礼させていただいた。




■□■




「いやあ、昨日はよく飲みました。リュミフォンセ様も楽しまれましたか? とにかく、街を守れたのは良かったですが、すでに『廃砦』を魔王軍に押さえられているのは痛いですね」


宿屋に泊まり、次の日の朝。


朝食のあと、部屋でわたしと向かい合って座ってお茶を飲みながら、そうこぼしたのは赤髪のアセレアだ。


渋面を作っているのは、お茶が熱すぎるせいではないだろう。


代官は、この街で最高の宿を用意してくれた。素直に甘えることにしたわたし。かなーり古いけれど、大きく立派で、小奇麗にしている高級宿だった。何百年の伝統があるお宿らしい。


「お聞きになっていますか、リュミフォンセ様?」


「聞いているわ」


わたしはお茶をすする。ん、不思議な風味。ハーブみたいな香りがする。


「ご身分が一番高いのはリュミフォンセ様なのですから、もっとしっかり仕事をしていただかないと」


「この援軍の総責任者は、アセレアだったように記憶しているけれど・・・」


わたしたちは、徒歩で補給物資とともにリンゲンへ向かって来ている本隊の到着を待つことになる。それには最短でもあと4日はかかる。


では先遣隊はその間は暇かと言えば、そんなことはない。現地の情報収集、それを元にした今後の戦略大綱や作戦の立案。さらにこれから来る援軍の住食の手配や、揉め事を起こさないために住民との調整など、することは山ほどある。


そしてそれはすべて先遣隊隊長であり騎士団副団長であるアセレアの仕事のはずなのだが、こういう事務系の折衝ごとや作戦立案が苦手らしいアセレアは、大半の仕事を部下に振り、彼女自身は、護衛としてわたしの傍にはべっていると、こういうわけである。要領が良いというか、ちゃっかりしているというか・・・。


けれど戦場(いくさば)を得れば鋭い頼れる勇将に早変わりする。それは昨日の戦闘でも明らかだ。だから隊のみなはアセレアへの敬愛を失わない。


このリンゲンの街も、アセレアが異変にいち早く気づいたからこそ、守れたわけだし。アセレアがいなければ、もっと被害が出ていたし、市街にも被害が出ていた可能性もある。


「リンゲンよりも更に西へ数里向かったところに、古代の砦跡があります。我々が『廃砦(はいとりで)』と呼んでいるものです」


アセレアはしれっと話題を変えた。いや、もともとこちらが本題なのだろう。


『廃砦』、砦跡といってもリンゲンの豊富な石材資材を使ってしっかりと建てられた頑丈な砦。リンゲンの最後の王も立て籠もって戦ったことがあるという歴史を持つ廃砦は、歴史の経緯で火をかけられ打ち捨てられたあとでも、今も拠点として使えてしまうのだという。



火をつけても魔法をつけても駄目。あまりにも頑丈すぎるので(こぼ)つのも諦め、かわりにリンゲン市街から兵士を出して、廃砦に詰めてモンスターからの防衛拠点にしていたのだが、ひと月前に魔王軍に攻められて、あえなく放棄したのだという。


その後、魔王軍が駐留する。するとどういうことになるかというと、廃砦からモンスターが出撃してきて、リンゲンの街を攻めるのだという。追い払っても、また砦にこもればモンスターの攻撃は終わらない。つまりは拠点のひとつとして魔王軍に使われてしまっているのだ。


これではリンゲンの街の人たちは安心できないだろう。


しかも廃砦の魔王軍には強いモンスターが増え、だんだんと充実してきているのだそうだ。悪魔族のような上級ランクのモンスターの目撃情報もある。


街の近くに魔王軍の拠点を置かせるわけにもいかない。なのでロンファからの援軍が揃い次第、『廃砦』を落とすことに決まったのだった。



■□■



わたしと赤髪のアセレア、そして黒い仔狼姿のバウで、リンゲン市街を歩いていた。


散歩と視察と昼食を兼ねた街歩きである。アセレアが、隊長の仕事をサボり・・・いえ、護衛として付いてくれるので、わたしもこうして街に出歩くことができるのだ。どこか釈然としないものが残るものの、彼女の要領のよさに、わたしは感謝すべきなのだろう。


リンゲンは古代の王都の夢の跡。ひどくすり減っているが化粧石の石畳が敷かれ、石造りの3階建ての建物が、道沿いに詰め合うように建てられている。壁は白い漆喰が塗られ、屋根は赤い瓦で揃えられ、遠目には素晴らしい景観の街だ。往時はさぞ繁栄したのだろう。けれど・・・。


「寂しいところですね」


「・・・そうね」


アセレアのつぶやきに、わたしは同意せざるを得なかった。


街の外観は立派だけれど、こうして歩いていてもほとんど人通りがない。人も通らないからか、出店や露店のたぐいもほとんど見当たらない。街の活気みたいなものをぜんぜん感じられないのだ。


石材と漆喰で頑丈に作られている建物は、過ぎた時間を考えれば見事なほどにしっかり残っているけれど、人は減っている。だから街の建物の3つに2つは、入り口と窓に板が打ち付けられて閉じられているのだ。通りがかった入り口の玄関ホールに打ち捨てられた壊れた家具の上にさらにゴミが捨てられ、うら寂れた雰囲気をさらに濃くしている。


(名物のポルクの腸詰めは、食べれるだろうか)


並んで歩く仔狼が、脈絡なく念話で聞いてきた。


精霊の眷属だというのに、すっかり食い意地が張ってしまったようだが、仔狼の姿は可愛らしいので良しとする。街への暗い感想ばかり持っても仕方がない。


昨日の歓待では、腸詰めは出ていなかったような気がする。わたしとアセレアは街の代表者たちといろいろとお話をしていたので、あまり料理を食べれなかったのだ。有意義な話だったと思うけれど。


仔狼姿のバウは、首輪ぐらいつけたほうが、安全な飼い狼だとわかっていいのかも知れない。きっと可愛くなるし。首輪は赤が似合うだろうか。あえて黒の毛皮と対照の白がいいだろうか。バウ本人はきっと嫌がるだろうけれど・・・。


「宿の人間によれば、このあたりに食事ができる店があるはずですが・・・細かい路地が入り組んでいてわかりにくいですね。ちょっと人に聞いてみます」


アセレアがまばらな街の人に聞き込んだ結果、お目当ての店を見つけた。要人向けに個室があるお店で、夜は酒場としても営業しているらしい。


店に入り、メニューにポルクの腸詰めがあったので早速注文する。それから野菜の煮込み、そしてパンとスープなどを適当に頼む。


しばらくして料理が運ばれてくる。食欲をそそるいい匂いが漂っている。バウ用にも食事を切り分けてから、わたしも食事を始める。


ひと口食べて驚いた。


ーーすごくおいしい。


さらにもうひと口食べる。口のなかに広がる濃い滋味。立体的な味が舌を刺激しながら喉を下り、風味が鼻孔を抜けていく。わたしもアセレアも無言でカトラリーを動かし、かちゃかちゃと食器とぶつかる音が個室に響く。


バウは切り分けたものをすでに食べ終え、しっぽを振りながらこちらをちらちらと見ている。ーーおかわりは頼んであげるから、もうちょっと待ってなさい。


うん、素材だ。おいしさの秘密は素材。


お肉も野菜も、リンゲンで取れる滋味豊かな食材。それをふんだんに使った料理だ、実に美味しい。


おいしいものを食べると幸せになる。一心不乱で料理を口に運んでいると、追加の料理が運ばれてきた。バウのおかわりはいいとして、どんとアセレアの前に麦酒(エール)のジョッキが置かれた。


「戦いのあとは麦酒(エール)で疲れを癒やすもの。この質が低ければ、後発で来る本隊の士気にも影響してしまうので、事前の確認が必要です。それでは、いざ!」


ごっごっと喉を鳴らしてジョッキを傾け、一息で一杯ぜんぶを飲んでしまった。


「ぷはーっ。旨い、うむ、合格です! これなら後から来る本隊も、満足でしょう!」


「・・・・・・」


この世界ではお酒について扱いは大らかで、夜だけでなく昼からお酒がつくのはわりと普通だし、未成年の飲酒も問題ない。


とは言え、アセレアはわたしの護衛という仕事があるのだ。ぐだぐだに酔っ払ってしまっても困る。そういうわけなので、『自分は何杯飲んでも酔わない体質だ』と言い張る彼女には、お酒はこの一杯だけにしてもらった。










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