40 りんご飴
わたしはちょっと感動していた。
「ここは空間魔法の魔法巻物で作った、隔絶の世界! いくら泣き叫んでも助けはこねェーぜッ! 勇者の人質になるために、罠にハマったってことさぁッ!」
わたしとサフィリアはお屋敷に至る道の途中にある小さな森に居たが、突然周囲が赤紫の異空間っぽくなった。
そして翼を持った紫の人型のモンスターが現れた。
「お〜っと抵抗は無駄だぜ! 俺様は、魔王様から悪魔男爵の地位をいただいたイーデビル! いずれ・・・いやもうすぐ魔王軍の軍団長になる男さぁつ・・・あの憎っくき勇者を倒してなぁッ! キィーヒッヒヒヒ!」
なんて正直なモンスター・・・悪魔なんだろう!
脅す目的なのかも知れないけれど、わたしたちのおかれた状況をこれ以上なく的確に説明してくれている。
こんな良い悪魔、初めてみた! 感動した!
わたしは、後ろに立つサフィリアに勝手に動かないように念話で指示したうえで、怯えたように見えるよう、口元に拳を当てながら会話を始める。
「そんなっ・・・わたしたちは、どうやってもここから出られないってことですか・・・!」
5メートルほど上空まで降りてきた悪魔。悪魔からみれば、わたしを見下ろしながら会話するという構図だ。
「そうさァッ! 魔法巻物を使った俺様が魔法を解除しない限りはねぇっ!」
「でっ、でもっ! それだったら、あなたもここから出られないってことじゃないですか!」
「だからこの場で、お嬢ちゃんたちには眠ってもらうんだよぉ〜。この場を作ったのは、逃げられないためさァ〜」
ほうほう。つまり、相手を眠らせる特技か、魔法を持ってるってことだね。ひょっとしたら魔法巻物かも知れないけれど。ちなみに魔法巻物は魔法が封じ込められている巻物で、一度きりだけど誰でも封じられている魔法が使えるというスグレモノの魔道具だ。
「そっそんなァッ!! わたしがあなたに何をしたっていうの! 助けてっ、助けて!」
悲鳴をあげ、命乞いをするわたし。髪を振り乱し、目に涙を浮かべる熱演ぶりだ。
・・・サフィリア。その死んだ魚みたいな目でわたしを見ないで。
わたしだって本当に怖がっているかも知れないでしょ?
あっ、新しい食べ物を魔法袋から出そうとしちゃダメ。ダメだったら!
わたしが背後のサフィリアに必死で目配せしているのにも気づかず、悪魔はお話を続けてくれた。
「い〜いやいや、まだ可能性はあるぜぇ。俺様を倒しても空間魔法は解ける。まあ無理だろうけどなぁ〜」
「空間魔法のスクロールみたいな高等な魔法具を手に入れられる悪魔と戦えだなんて・・・」
「おお、意外に目が高けぇじゃねぇか。空間魔法のスクロールっていうのは滅多に手に入らねぇ。だが魔王城には掃いて捨てるほどあるんだぜ。先代魔王の部屋でたんまり見つかったらしくてな。まあ魔王軍は超高等魔法のスクロールを持つ強力な軍隊、その幹部が俺様ってわけだ」
ふーん。魔王城に行くと空間魔法の魔法巻物が手に入るのか・・・それよりもわたしは空間魔法自体を覚えてみたいけどね。
「まあ恐ろしい。魔王城とはいったいどこにあるのですか? ここから近いのですか? 今もそこに魔王がいるのですか?」
「ふふん。そんなこと、教えられんし、お嬢ちゃんが知る必要もねぇなぁ。・・・ちっとお喋りが過ぎたか。さあ、そろそろ眠ってもらおうか」
「そうですか。残念です」
うん、残念なのは本当。わたしの話術じゃこのくらいの情報を引き出すのが限界かぁ。
そして、背後からメイド姿のサフィリアがささやいてきた。
「あるじさま。あやつは、みかけほど弱くはないぞ。戦いで油断はならんぞ」
「ふふ。それは大丈夫よ、サフィ」
わたしは、背後の銀髪のメイドににっこりと微笑みかけると、杖のかわりに、それまでずっと手に持っていたりんご飴をすっと掲げた。
そしてエテルナを魔法のために集中する。
「このところ、うっぷんが溜まることが多くて・・・ずっと、思ってたの、思いっきり魔法が撃てるところが無いかなぁって」
ふっ、ふふふっと口から笑みが溢れる。りんごを覆うように集めたエテルナがばちばちと帯電し始めた。わたしは空いたほうの手で、髪をかきあげた。
「心が落ち込んで、壊していいものならなんでも壊したい・・・そんな気分なの。だから、最初から全力でやらせてもらうわ。・・・良いわよね?」
これから使うのは砲撃系の魔法だ。砲撃系の魔法はエテルナを集中させて放つだけなので、全力が籠めやすく、威力が高い。欠点は、ただエテルナを垂れ流すだけなので、消費エテルナが大きい点、技が大味な点、発動までの溜めが長いこと。
でも相手の逃げ場が限定されている空間で、先手が取れれば、手札としては充分だろう。
ずっと上空にただよっていた悪魔が、エテルナ量に反応して、わたしを指差して罵る。
「そっ・・・そのエテルナ量! 半端じゃねぇぜーッ 猫かぶっていやがったなこのクソガキィィ! てめぇいったい何者なんだァーッ! このクソビッ・・・」
わたしは真っ赤なりんご飴をかざし、魔法の名を唱える。
「黒色魔法 『黒龍咆哮』」
どごぉぉんという発射音とともに、杖がわりのりんご飴から闇のエテルナの奔流を放つ。
「へぎゃぶっ!」
黒い輝きの柱が上空に浮かんでいた悪魔を、一瞬で飲みこんだ。
虹色の泡の輝きが、奔流からわずかに流れ出る。
ほふぅ、とわたしの口から歓喜のためいきが出る。ちょっとすっきり。
「あわゎ・・・リュミフォンセが完全に悪者っぽいのじゃ・・・」
「なにか、言いました? よく聞こえなくって」
「うむ、わらわは何も言っておらぬ。何も言っておらぬ。大事なのことなので二度言ったぞ。きっと空耳じゃろうそうに違いない」
ぴしゃりと言い切ったサフィリア。かたくなにわたしを見ようとしないけど・・・。
わたしが魔法で放った黒い奔流は、四角く区切られた空間の端で激しく弾けた。空間歪曲の格子点なのだろう。空間が歪み、奔流はそこで四散し、拡散していく。
「あれが・・・空間歪曲の効果。魔法が外に出ないなんて、便利ね」
「んーじゃが少し空間が歪んでおったぞ? あるじさまがもっと思いっきりやれば壊せるのではないか?」
「でも魔法巻物から使った魔法だし、歪曲の強さにも段階があるんじゃないかしら? もっと歪曲が強いものがあるのかも」
上を見上げれば、赤紫色の世界のがだんだんと薄くなり、うっすらと星空と重なり始める。
「使用者がいなくなったから、空間歪曲魔法が解除されるのね。空間魔法って初めて聞いたけど、すごく便利な魔法ね? どこかで学べるのかしら・・・サフィは知ってる?」
「空間や時空の精霊がいるとは聞いたことはある。じゃが、どこにいるかは知らぬのう。この国、この大陸にはいないのではないか?」
そうかぁ。残念。空間隔絶の魔法が使えるようになれば、いつでも魔法を思い切り撃てると思ったのに・・・。
会話をしている間にあの奇妙な空間はなくなり、夜の森が戻ってきた。ひんやりした夜気に、暗闇。静寂の隙間に虫の声が聞こえる。見上げれば、森の真っ黒な樹冠の影の奥に、銀色の絵の具をぶちまけたような星空が見える。
「じゃあ、戻りましょうか、サフィ」
わたしがそう言って身を翻そうとする。
「うむそうじゃな。じゃが、お願いじゃから、そのりんご飴はこちらに向けんでくれるかの? 怖いからの」
「ふふ、甘い食べ物が怖いなんて、サフィは落語みたいなことを言うのね」
まんじゅうこわい、ならぬ、りんご飴こわい、ってところかしら。
「らくご・・・らくごとはなんじゃ? じゃがたぶん、わらわの言っている意味は通じておらぬ気がするぞ・・・」
読んでいただきありがとうございます。
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