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301 封印











滂沱(ぼうだ)と魂力が流れ込んでいる。



注がれる大河のような魂力。ごうごうという低い音がしているような気さえする。


その魂力の流れを受け、封印魔法を行使し続けるルーナリィは、まるで大河の合流地点に立っているようだ。


大いなる流れから、導きの精霊ミステを介して、大量の魂力が注がれる。魔王の魂力のおかわりだ。そして現魔王であるわたしからも、持てる魂力を封印魔法の支援のために、その合流地点(ルーナリィ)に全力で魂力を注いでいる。


世界を左右する魔王2体分にあたる巨大な魂力が、大河が落ちるように注がれれば、過剰な出力で魔法が乱れるのが当然のような気がするけれど。


ルーナリィは、その巨大な質量の魂力を、何ということもなく、完璧に制御している。


悔しいけれど、彼女の力量は間違いなくこの世界で随一のものだ。称賛に値すると思う。


わたしは、黒翼で宙に浮かび魂力を注ぎつつも、隣のリシャルとともに、封印魔法が行使されている様子を、上空から眺めている。


玉座の間に降りないのは、異界の神の突然の反撃を警戒してのこと。けれど、ルーナリィの封印魔法は、出力が安定して順調に推移しだしたように見える。


しゅんしゅんと、薄い音を立てて、結晶柱が風化していくように、異界の神の体が、少しずつ欠けていく。異界の神の魂が、間違いなく封印されている。存在の座である魂の封印により、異界の神の肉体にも、明らかな影響が出始めているのだ。


そしてそのまま、異界の神を封じ込めることができそうに思われた。


しかし。


グォォオオオオオオオッ!


絞り出したような異界の神の咆哮とともに、異界の神の周囲に複数の立体的な詠唱紋が現れる。


最後の自爆的な魔法かと一瞬身構えたけれど、違う。その後に、破壊的な力は発動しなかったからだ。


けれど、異界の神の試みは、失敗ではなかったようだ。


その咆哮のあと、異界の神が封印される速度が、明らかに落ちた。


「・・・・・・・・・!!!」


いったいなにをしたの?


わたしは異界の神が起こした異変を察知して、歯噛みをしつつ、原因を探る。そしてその原因は、魂力の流れをたどることで、すぐにわかった。


(!!! ーー封印魔法を、逆手に取られているんだわ)


封印の力場に、巨大な紅華の茎根で満たし、そこから異界の神の存在を、魂力を、吸い上げ封印するーーというのが、ルーナリィの封印魔法の構造。


異界の神は、その封印の力場に満ちる茎根の魔法的構造を解析して、魂力に還元し。その還元した魂力を、封印の茎根に吸わせているのだ。


あの茎根は、封印対象の抵抗によって損なわれることを前提としているのだろう、多少、茎根が損なわれたところで、それらは自動的に復元されるような構造で創生(プログラム)されている。だから、還元され壊されても、術者にはわかりにくいはずだ。でも、いまわたしがしたように外側から観察すれば、見破るのはさほど難しくはないと思う。


より重要な問題は、異界の神が防衛的に行っている封印魔法の魂力への還元を、防ぐことが難しいということなのだ。


このままでは封印と防衛がいたちごっこだわ。さすがは異界の神と言うべきかしら。ぎりぎりまでしぶとい・・・!


とにかく、いまわかったことをルーナリィに伝えなければいけない。


術者本人であるルーナリィ自身の分の魂力だけでなく、サフィリアとクローディアの二大精霊の魂力、さらに現魔王のわたしのそれと、ミステが喚んだ大いなる流れからの魂力。


いま行使している封印魔法には、これだけの魂力を注ぎ込んでいるのだ。もしいまの封印魔法を異界の神にしのがれでもしたら、わたしたちは、ふたたび立ち上がることは難しいだろう。


わたしたちのほうが優位なように見えて、ぎりぎりのところにいるのは、実はお互いさまなのだ。正念場だわ。


「ルー・・・!!」


ーーナリィ、とわたしは叫ぼうとして。


膨大な魂力の流れを完璧に制御して、封印魔法を行使し続ける彼女の様子を見て、言葉を呑み込む。


彼女の全身から煙のように立ちのぼる魂力。鬼気迫る真剣な表情。


そして、わたしは、封印魔法の波長がわずかずつ、変わり続けていることに気がついた。その波長の変化に合わせるかのように、封印される魂力が波のように増減している。


そこでわたしはようやく気がつくことが出来た。いまわたしが気がついたことは、ルーナリィはすでに気がついていることに。


ルーナリィは、対策として、いまこの場で、魔法の構成を変化させていた。


封印魔法の茎根を異界の神が還元しているのなら、還元できないように魔法の構造を変えたり、魔法を保護(プロテクト)すればいい。でも言うのはとても簡単だけれど、すでに完成した魔法、それも極度に複雑で希少な魔法を、発動した状態のまま、変化させるなんて。わたしではもう想定することができない難度だ。眼の前で見せつけられなければ、それが可能だなどと思わないだろう。しかし彼女は、いま、それをやって見せている。


「ルーナリィ・・・・・・」


知れず、わたしの口から意味のない音が漏れる。


ルーナリィは異界の神と、超高度な魔法戦を、すでに戦っていた。ルーナリィによる魔法構造の変化と、異界の神の解析は。綱引き、あるいは終わりのない追っかけっこの様相を見せている。


わたしは遠視魔法を使いつつ、ルーナリィの様子を凝視する。


黒曜石の瞳を充血させ、鬼気迫る表情のルーナリィ。つぅと鼻血も垂れ始めた。そんな乱れ、操られているときですら、みせなかったのに。


超高度な魔法戦は、ルーナリィが不利だ。すでに発動している魔法の変化パターンの幅には、どうしたって限りがあるだろう。対して、異界の神は、予想する範囲のなかで解析ができる。ルーナリィが魔法構造を変化させても、すぐに異界の神が追従できるのには、そのあたりに理由があるのだと思う。


(やはり、もう一押しが必要だわ)


術者本人(ルーナリィ)だけの頑張りではいまの状況を覆せない。外側(わたし)からの支援が必須だわ。


でも、何をしたらいい? それがわたしには思いつかない。また歴代魔王の知識の霊廟に潜る? でも状況はそれをする余裕を許してくれるとは思えない。事態は切迫している。そもそも、わたしからのルーナリィへの魂力の供給を断てば、封印の力場が崩れてしまう・・・。


いよいよ手詰まりーー? ここまでたどり着いた、異界の神を追い詰めたこと自体が奇跡で、もうこれ以上はどうしようもないの?


いいえ。なにかーー、まだなにか、ある。


根拠なんてどこにもない。わたしの胃を背筋を、鉛のように冷たく重いどうしようもない不安が、圧迫している。けれどそれでも、わたしは背筋を伸ばして、観察をやめない。なにかアテや予感があったわけじゃない。わたしは、そうするしかなかったから、そうしただけだ。ーー前を、見続けるために。


紅華の封印魔法は順調に稼働している。媒体となる紅玉は安定した光を放っているけれど、きっとあれも封印できる容量に最大限界があるはず。それを考えれば、時間的な制限はわたしが思っているよりも無いかも知れない。


封印魔法への抵抗は、相変わらず異界の神が優勢。術者のルーナリィも限界が近い。


(なにか・・・、なにかーー)


わたしは視点を変える。今いる場所は、魔王城の玉座の間。魂力を受け入れる受容の態勢をとった魔王城。天蓋が開いた玉座の間。使い果たしてしまった魔王将兵。魔王城の野良モンスターからは、まだ魔王への忠誠を得ていない。


(ーーーーーーー)


そこまで考えて、わたしの脳裏にひらめくものがあった。浮かんだのは、ただのひとつの思いつき(イッデ)。ーーーはたして、そんなことができるのだろうか?


それはかすかな道筋。引っ張れば途切れ切れてしまう、ごく細い糸だ。


けれどわたしはそれに賭けずにはいられない。ミステに念話を飛ばして確認すると、すぐに応えがあった。


(たしかに、()()()()は、魔王城にあるゾイ。ただ、旦那さまが思うところまでできるかは、わからないゾイ)


「・・・・・・」


わたしは短くひと呼吸したあと、ミステに礼を言って、念話を切った。


ーー充分だわ。


わたしは思う。ここまで、奇跡の連続で繋いできたのだから。多少の危険なんていまさら、お茶のこさいさいだわ。


一息で覚悟を決めて。


ただ、隣に浮かぶリシャルには、


「これから、やります」


とだけ伝えた。なにをどう、とも言わなかったけれど、さすがに奇跡慣れをしているリシャルは、わたしのほうを向いて、小さくうなづいてくれただけで、あとは戦況の観察へと戻った。


そして。


わたしは、ルーナリィに向けていた、魂力の転送魔法を打ち切った。


「「「「!!!!」」」」」


ルーナリィ含めた味方たちから非難の声が飛んでくるけれど、いずれをもわたしは無視した。


ほどなく、異界の神を封印する力場がかすれ、弱くなる。


ルーナリィに向けていた魂力の代わりに、わたしは魔王に相応しい魂力を、わたし自身にあらためて身にまとう。


『・・・魔王城よ。現魔王が命じます』


玉座の間の上方に浮かび放つわたしの声は、魂力の波動とともに、玉座の間に染み入るように響きわたる。


『異界から流れ着きし、まつろわぬかの者を。魔王将兵として取り込みーー封じなさい』


ぱちぃっ。


かかげた手の先で指を鳴らし、同時にわたしの指示を、魂力の波動にして魔王城に送り込む。


ごぅぅぅんん・・・・・・


とたんに、魔王城がわたしの意志に応えるがごとくーー鳴動した。


玉座の間の壁は、魔王将兵を封じることができる。その魔王将兵がいなくなったいま、玉座の間の壁は、空の状態だ。見方を変えれば、これは空の封印の器が魔王城にあることになる。つまり、魔王城には封印の機能があるのだ。


魔王将兵を封じる、魔王城の機能がどのくらい強力なものはかは知らないけれど、あれだけの数を封じておけるのならば、それなりに強力であるはずだ。本来なら、封じる本人が魔王に忠誠を誓っているとか、いろいろな条件が必要そうだけれど、いまはそんなことを言っている余裕はない。


むしろ、魔王城の機能を、ここで覚醒させるのだ。服従の意を示していない強大な存在を、魔王城の玉座の間を囲む壁に、封じる。


どぅっ!!!!


おぞましいほどの無数の黒い影の手が、玉座の間の壁から飛び出した。おそらく、あの影の手で掴んだものを、封じるのが魔王城の機能なのだと思う。


玉座の間の中央、封印の力場が消えてしまっているが、封印の茎根の塊は残っている。茎根の隙間から見える異界の神に向けて、壁から出る黒い波が襲いかかるのを。わたしは息を詰めて俯瞰して観察している。


『ーーもし相手の全部を封じるのが無理なら。部分だけでも、必ず。この魂に賭けて』


わたしは魔王城へと魂力を送り込みながら、つぶやく。


魔王城を使って、封印の支援を試みる。わたしの行動は、突然だった。突然の行動に対して、味方を巻き込んだ、敵の意識の空隙ができたはずだ。だから異界の神にもこの試みはきっと通る。


ただし一人だけ、その空隙に含まれていない人がいる。


その人がその絶対の空隙を狙ったのは、間違いのない判断で、正しい奇襲だ。この試みを、より確実にするために。


するり、音もなく、白い影にしか見えないリシャルがーー。まとわりつく茎根と影の手をなぎ払おうとしていた、異界の神の背後を取った。


「ずっと思っていたことがあるんだが」


リシャルのその手にある鋭剣が、青白く輝いている。これまでずっと回避に専念してきた彼だ。ずっと耐え、耐え抜いたあとの一撃。


「その腕ね。少々、多すぎると思うんだ。悪いがちょっぴり剪定させてもらうよーー『月下麗刃』」


りりんーーーー


鈴の音のような涼やかな音とともに、異界の神の腕が切り飛ばされる。八腕が、一息で四腕になった。リシャルは反撃を受ける前に素早く離脱する。


そして、切り落とされた腕を、影の手たちが、まるで水に落ちた肉を狙う人食魚のように襲い。巻き取って。


どくんーーーー


あっという間に、玉座の壁のなかに、呑み込んでしまった。


『ガ・・・グガッアアアアッ・・・オノレェェェェエエエエ!!!!!!!!!!』


空間断絶を使って、異界の神は茎根と影の手を千切り取ろうとするけれど。その精神の乱れを、逃さないのが、ルーナリィだ。


その呪文が、凜々として魔王城に響き渡る。


「ーー蝶よ華よ。その短き命ともしび、機を逃さず、咲き乱れなさいーー『創華宮園』!!」


彼女は、紅華の封印魔法を、もう一段階変化させる。もはや搦め手になる封印の力場などは作らない。今度は、封印の始点になる茎根にすべての力を注ぎ。茎根の海を現出させた。言ってみれば、攻撃一辺倒に封印魔法を切り替えたのだ。


そして、その茎根の海は、異界の神を絡め取り、波のように呑み込んでしまった。


『オノレ カミクイ! キサマ 劣等種ノ分際デ・・・・・・!!!! カミクイィィィィイイイイイイイイイイイイイィィィィィイイイ!!!!!!!!!!!!!!』


もはや、異界の神の姿は見えない。茎根の海の下、声と音だけがする。


しゅんしゅんしゅん しゅんしゅんしゅん と。存在が封じられていく音が続いている。


「どんな劣等種でも、殴られれば、やり返すのが摂理。これまで貴方が、どれだけのものを踏みにじってきたのか・・・頭を冷やして考えなさい。永遠の封印のもとで」


ルーナリィは応じ。そして、紅華と紅玉が、一層輝きを増し、そしてーーーーーー



ーーーーーーゴクンッ。



やけに生々しい音とともに。


残っていた、異界の神の気配が消えた。











「・・・・・・・・・おわった?」


つぶやく。


そして、眼下では、サフィリアに肩を支えられるルーナリィがーー右拳を突き上げた。


わあっーーーーと。


あげられた歓声は、誰のものだったろう。


「やっと・・・ようやく・・・!」


みんなが喜びの声をあげるなか。みなが、一番の殊勲者である、ルーナリィのところへと集まっていく。


ついに異界の神を封印できたのだ。


とても激しい戦いだった。調律者であるリシャルとルーナリィを加えてなお、ここまで苦戦した。


そして、ものすごく長かった。もう数年間、戦っていたようにも思える。


わたしも、黒翼を広げてゆっくりと降下し。玉座の間、その硬い床へと降り立った。


上空の魔法陣から降る紫色の光片は、いまは小降りになって、ちらちらと舞うほどのもの。


「リュミフォンセ」


わたしに声をかけてきたのは、リシャル。


お父様、と。


わたしも顔をあげて返す。


髪が揺れる。


駆け寄ろうとして、しかし。


静かに寄る彼の一歩のほうが、


距離を詰めるのが早かった。


そして続けて、彼は。


無造作に、右手に持っていた剣を突き出した。




とすっ。




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」





勇者の魂力をまとった一撃。


その刃は、わたしの胸を、隙間でも通すように貫いた。


心臓を、正確に。


そして、刃はまた、音もなく引き抜かれる。


ぬらりとした赤い血。


わたしの血。


暗くなる視界。


喉をかけあがってくる鉄の味。


みなの歓声が、残響のように耳にまだ響いてくる。


けれど、ほどなく、わたしは。


その場に、崩れ伏した。











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