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299 再起動







蹂躙(じゅうりん)する。


黒獅子の(あぎと)が五指爪が、のしかかった巨体の下の、異界の神を蹂躙する。


黒獅子が動き、攻撃を加えるたびに、異界の神の魂力が減っているのを、ルーナリィは、離れた場所から冷徹に観察している。今までどれだけ高威力の魔法を当てても、ほんのわずかしか動かなかった異界の神の魂力の総量。


それがいま変化を見せている。そう極端ではないが、異界の神の魂力が、黒獅子の攻撃によって減っているのだ。攻撃によって傷ついた肉体は、瞬時に復活するが、そこで魂力が消費される。黒獅子のーー、リュミフォンセの攻撃が、かなり効いていることになる。


空間支配による攻撃を諦めたのか、異界の神は、のしかかられた姿勢のまま、八本の腕で黒獅子を掴み。空中へと高く放り投げる。その隙に立ち上がり、脱出をしようとした。


しかし、次の瞬間には、放り投げられた黒獅子は、くるりと一回転。頭を下にして、後ろ足で勢いよく宙を蹴る。


黒獅子は、ひとすじの黒い落槍のように玉座の間の床に向けて飛び込み、大轟音と、床を破砕する衝撃ののち、また異界の神のうえにマウントを取ることに成功した。そして、すり鉢状の穴の底で、巨獣の蹂躙がふたたびはじまる。


黒獅子に対抗して、異界の神は仰向けになりながらも、八本のたくましい腕を振り回す。拳が黒獅子に当たるも、それに黒獅子はひるまずに、巨大な爪を容赦なく異界の神の上に振り下ろす。異界の神が蹴り上げれば、負けじと黒獅子は噛みつきを敢行する。


いまリュミフォンセの仲間たちのーー、皆の眼前にあるのは、異界の神と巨大黒獅子、頂点に立つもの同士の泥臭い肉弾戦だ。とても最終決戦に似つかわしいものではないと、ルーナリィは思う。けれど、当人たちのちからが隔絶し過ぎていて、他の者が容易に手を出せない。


ただのひと咬み、応じるただのひと殴りでも、強烈な魂力が込められており、余剰のエネルギーが熱と光と雷撃となって、空間に蓄積している。もはや生身の生物が近づくことも難しい。


そんな戦場で、どちらかと言えば黒獅子のほうが優勢に見える。


「すっ、すごいね! あのよくわからない神様みたいの? ーーをさ、倒せそうだよ!」


命の大精霊が、ルーナリィに癒やしをかける手は止めずに、興奮したように言う。


「黒獅子化が最後の手段とはの。義姉さまもやるのう。うん、わらわとちょーっとだけ、かぶるかも知れんが、しかし、わらわの白長龍姿のほうが美しいから、うん、わらわの勝ちじゃな」


こちらの水の大精霊も癒やしは止めずに、しかし器用にドヤ顔さえして見せる。


しかし、先ほどからずっと大精霊ふたりから癒やしを受けているルーナリィは、また違った視点を持っていた。


(とは言え、戦いが長びくのは、リュミフォンセにとって危険なはずだ)


誰もが手を出しかね、巻き込まれないよう遠巻きにするしかない異次元の力のぶつかり合い、その激戦を目の前にして、ルーナリィは、俯瞰した視点から看破している。


強力な魔法は、反動や制約があることが多い。黒獅子になる魔法、しかも異界の神の空間支配を無効化する魔法というのは、ルーナリィも知らないけれど、あれほど強力な魔法に、危険(リスク)が無いはずがない。


活動できる時間が限られている時限式ならばまだ良いほうで、代償に何かを差し出す型の魔法である可能性が高い。魔法に詳しいルーナリィからすれば、それは確信だった。


(であれば、私のほうが、急がないといけないな・・・)


ひとつ、ルーナリィは、探知波として、魂力の波動を放つ。


その探知波動により、封印の魔法陣を構築していた魔道具を探し出す。広く深く反射もしつつ広がる探知波は、必要なすべての魔道具を見つけ出した。杭は何本か折れて使えなくなってしまっていたが、封印の儀式の主軸となる宝紅玉ーー、火山の底で手に入れた”世界穴の楼主(ろうしゅ)”は無事だった。


呼び寄せの魔法でそれらを手元に戻し、またさらに折れた杭は予備の分を足し。ルーナリィは、魔道具を再び定位置にばらまき、封印の魔法陣ーー玉座の間を圧する紅華の魔法陣を、再起動させた。ルーナリィ自身は自らを評価することに興味がないが、それでもあえて言うなら、迅速で見事な手際、としか評しようのないものだ。


さらに封印の魔法陣を再起動する、その間も、黒獅子と異界の神の、血みどろの殴り合いは続いているし、ルーナリィへの二精霊からの癒やしも絶えることがない。


異界の神の封印という、ひとつの目標に向けて、着々と行動が積み上げられていく。


ルーナリィは、収納空間から魂力を回復させる秘水薬を取り出し、立て続けに在庫の3本、あおるようにして喉に流し込む。この秘水薬ではすぐに魂力は回復しないので、効いてくるまでの時間を考慮してこのタイミングだ。


飲み干し空けた水薬の瓶を、行儀悪く投げ捨てながら、ルーナリィは思考を走らせ続けている。


(リュミフォンセの、あの獣化の魔法はすでに暴走を始めている気配がある。そのときが来たら、すぐに解除しなければならないが、あの魔法。初めてみる魔法だが、どのように解除する? 見る限り、外部からの魔法干渉を無効化する効果があるようだ。だとしたら、通常の解除魔法では通用しないはずだ)


そこで彼女は考えの方向を変える。


(あの魔法。まさかリュミフォンセ自身も解除できないということはないか? あり得ない話ではない。だが、魔王の知識まで得たのだ、その程度は、あの娘も考慮してしたはず。そもそも、なぜあの魔法の獣に入っているのか? 獣と本体を同化させることで、魔法の性能を高める、それも目的のひとつだろう)


ルーナリィの思考は一瞬だ。その一瞬のあとに、小さく息を吐いた。


(だがそれだけではないのだろう。あの獣化の魔法は暴走しやすい魔法だから、確実に『元に戻れる』ように、あえて自身の本体と魔法を同化させたのではないか? 魔法理論としては正しいやり方だ。問題はあの娘(リュミフォンセ)が、そこまで考えが至ってやっているのかということだが・・・)


「・・・・・・・・・・・・」


ルーナリィは、ここでしばし黙考した。他人の想いや考えを読み取ること。それは彼女の苦手分野だった。


(・・・・・・。リュミフォンセは、きっとその考えに至った。確たる根拠はないが、・・・たぶん、おそらくは。かりにも私の娘だ、そのくらいはできるだろう。そう仮定して進めよう)


ルーナリィらしくなく、歯切れの悪い結論を出す。けれど、その結論を土台にした、その後の作戦の構築は、ごく迅速だった。


(そうだとすれば、外部から魔法を無理やり解除するのではなく、リュミフォンセ本人の意識を引き戻すことが肝要だ。あの獣化の魔法は、観察する限り、すべての魔法を無効化するというよりも、高等な魔法だけを無効化する特性があるらしい。低級な魔法は、純粋な魔法抵抗力の高さで、抵抗(レジスト)しているだけだ)


ならば・・・。とルーナリィは具体的な行動を考え、なにをするか決断する。


そこまで決めてしまえば、あとは、時宜だけだった。


破壊的に取っ組み合い、魔法的に殴り合う、魔法獣の黒獅子と、異界の神。黒獅子が噛みつくたびに、異界の神の魂力が減っていっている。


しかし、異界の神を確実に封印できる魂力の量に減るまで、とても黒獅子がーーリュミフォンセが、持ちそうになかった。常人にはわからないが、黒獅子を構成する魂力が、狂気を帯びて暴走状態になりつつあることは、ルーナリィから見れば、明らかだった。


いけー! そこだっ、倒せー!

かーっ、惜しい、もう一撃じゃ!


周囲の無責任としか思えない声援は、ルーナリィには聞こえない。


異界の神が弱る。その一方で、リュミフォンセの黒獅子が狂気に堕ちない、そのぎりぎりの境界線(フロンテ)


その際どい時宜を、ルーナリィは冷徹なほどの冷静さで、見極める。


(確実に封印を成功させるには、もう少し減らしてもらいたいが・・・)


ーーーーしかし、これはもう限界だ。


ルーナリィは、豪奢な黒髪、黒いドレスをたなびかせ、まっすぐに右手を水平に伸ばす。


黒曜石の瞳を細め、標準は暴れ続ける黒獅子。


使うのは小さな魔法。手のひらほどの大きさの詠唱紋が無造作に回転する。


それを放つ一瞬前、ルーナリィは、(リシャル)のほうを一瞥する。たったそれだけで、何をしてもらいたいか、意志は伝わるはずだった。夫婦だから愛だから、というよりも、それだけの絆を作るほど、実戦の積み重ねがある二人だ。


そして、魔法が打ち出されるーーその直前。


ルーナリィは胸いっぱいに空気を吸い込んで。


ーーーー叫ぶ。




『バカむすめェ!!! ・・・もう、時間よ! 起きなさい!!!』




その声を乗せて飛ぶ魔法は、指向性の拡声魔法。要するに、声を増幅させてまっすぐに届ける魔法だ。


ぱぁん。


その魔法は、駆け抜けるように飛び、見事に黒獅子に命中する。


声は、しょせんは振動で。魔法で起こった振動という結果は、『蒙昧な凶災の狂獣』の能力では無効化できない。


だから、ルーナリィの声は、確実に黒獅子の『中身」に。つまりリュミフォンセにーー、届いた。


ガオオオォォォオオオオオオォオオオ!!!!


異界の神の上にのしかかって牙を突き立てていた黒獅子が、ひとつの大咆哮をあげる。


そして。


しゅしゅしゅしゅ・・・・・・しゅるりっ・・・!!!!


巨大な黒獅子の魔法が、ほんの瞬きの刹那に、黒い糸となってほどけ。


宙へと放り出されたリュミフォンセを、白い影にしか見えない速度のリシャルが回収する。


異界の神は、なにが起こったのか、把握できていないというように、すり鉢状にくり抜かれた床の底に仰向けに倒れている。


だが、そして。事態は、決められた手順通りに、さらに進む。


建造物のごとき紅華の魔法陣に、魂力が注ぎ込まれ。瞬時に再起動する。


なにが急変して起こってるのか、周囲の理解を置いてけぼりにしたままで。


紅華の魔法陣に沿って、いくつもの多層型の詠唱紋が浮かび上がる。紋同士が連なり繋がり、ひとつの意志と目的を構成させて。それらを主導して、世界の構造を揺るがすほどの、精緻複雑で巨大魔法を構築したルーナリィが。


膨大な魂力を、最大効率で魔法に注ぎ込み。


ついに、異界の神との戦いに決着をつけるべく。最大級の封印魔法を発動させる!


「『封埋ーー紅華茎深』!!!!」









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