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29 白いドレスの湖畔の少女④



青い鱗、大蛇に似たうねる胴体。大きな顎に長いひげに蒼く輝く瞳。なにより印象的なのは大きさだ。重力に反して宙に浮いている体、頭は水面から30メートル以上の高さにある。巨大な塔を目の前にしている気分だ。


湖畔で出会った銀髪の少女は、いまは水龍としか言いようのない姿に変化していた。


あの巨体でのしかかられたらひとたまりもない。それに、蒼く輝く瞳がなにか不穏だ。とても凶暴な感じがする。


「グルルルルゥゥゥル・・・!」


唸り声とともに、ぼたぼたっと液体が空から落ちてくる。おおきなあぎとから垂れているよだれだった。どうやら正気を失っている。理性と引き換えに力を得て、狂戦士化したってこと?!


もうひとつ水龍の唸り声とともに、10を超える水竜巻が出現した。湖の水位が下がり、水底から小島だったものの残骸が姿を覗かせる。けれどそれも一瞬のことで、次の瞬間には瀑布が空から降ってくる!


「『翠球鋼壁』!『翠球鋼壁』!・・・っきゃぁああああっ!」


メアリさんと合流しているヒマもない。せめてもとわたしと同じ魔法障壁(バリア)の魔法を飛ばした。こんな大質量の水なんてかわせも防げもしないので、せめて魔法障壁(バリア)で全身を包んで船の代わりにする。けれど激しい水流でもみくちゃにされて、上下左右めちゃくちゃに振り回される。さらにバリアに激しい水圧がかけられ、ひびが入る。隙間から水鉄砲が飛び出したので、不安定な姿勢だったけど、エテルナを注いで応急処置する。


けれどそれで終わりではなかった。ぐるぐるとバリアの球が円の軌道を描いて周り、だんだん上へと上昇していく・・・水竜巻に巻き込まれたんだ! 水の乱流にバリアがきしみ、みしみしと音を立てている。もう、様子見なんてしてられない!


わたしは全力で魔法を使う。


「『黒槍』・・・三十六連・・・巨大弩砲(ヴァリスタ)変化」


理性を失い戦いの化身となった水龍の全周囲に、巨大な槍を浮かべる。槍は一本が石柱ほどもあり、槍というよりも、地面に打ち込む杭というような凶暴なおもむきのあるものだ。


わたし自身は水竜巻のなかでぐるぐる回っていて、視界はゼロだけれど、エテルナを把握すれば狙いはなんとかつけられる! あとは出たとこ勝負だ!


征け(チャージ)!」


息吐く間もなく、黒い巨大な杭で一斉に水龍を襲う。


わたしは賭けに勝った。36本の黒い巨大な杭は、回避行動をしない水龍に見事に突き刺さった。水龍は攻撃魔法に力のほとんどを使い切っていたみたいだ。


水龍の体を空間に縫い付けるように突き刺さったそれらは、おそらく水龍に致命傷を与えた。水竜巻も消失した。多くの水が湖に還り、魔法の反動で、湖全体が逆巻き渦巻いている。


水竜巻がなくなったので、巻き込まれていたわたしは落下しだした。次々に水竜巻が実態を失って水しぶきとなって落ちていくなか、風のバリアを解除し、浮遊の魔法を使って緩やかに落ちながら水龍の様子を見る。


致命傷を受けた水龍はそのまま崩れていくと思ったけれど・・・龍の巨大な体全体が白く輝き。そして次の瞬間には、与えた傷が全快していた。わたしが突き刺した黒槍もすべて消え失せて。瞳の蒼い燐光が変わらずに揺らめいている。


えーっ・・・。


なるほど、理不尽だけど理解はできる。強靭な体力と超威力の回復魔法。水龍は耐久型なんだ。いくら攻撃されても平気だっていうやつ。おまけにすごい威力の魔法ももってるし、ちょっと厄介かな。


また水竜巻の林が復活する。それに加えて、今度は超水圧のレーザーも攻撃に加わっている。


水圧レーザーは、わたしの喚んだ岩石の残骸をすぱすぱと野菜みたいにあっさり刻んでみせた。


「うひいぃっ!」


鋭い水の刃が頭上をかすめる。令嬢らしからぬ悲鳴が口から出て、わたしは思わずはっとして口を押さえた。


うん、ちょっとね。彼女、ほんとにちょっと、やっかいだね!



■□■



そういえば、わたしはそもそもなんでこの水龍ーーもとは銀髪の少女ーーと戦うことになったんだろう。


戦いのなか、そんなことを思い。戦いになった経緯を思い出す。



一方的に怒られて、何がなんだか良くわからないうちに戦いになったんだっけ。


怒られたのは、彼女の縄張りに入ったから? でもわたしは旅行に来ただけで、縄張りを荒らす気なんて毛頭ない。事情を説明できれば良かったのかしら。


魔王トーナメントの参加者だったから? いやでも、魔王トーナメントは3ヶ月くらい前に()()()()()()のだ。うん、このあたりはあとで詳しく話すけど、とにかくもう終わっているのだ。だから、わたしが彼女と争っても意味がない。勝っても得るものがないなら、戦う理由が無いってことだよね。


理由はないけれど、一度始まった戦いはエスカレートして、決着がつくまでは終われない。休戦を提案しようにも、銀髪の少女は姿を巨大な水龍に変えて、話も通じない。


まったく、ままならないなあ!


わたしは苛立ちを籠めて、思い切り火球を打ち出す。炸裂した火球は、ひとつの水竜巻を相殺した。




■□■




火球によって爆発ととともに体積を減らし、そのかたちを維持できなくなった水竜巻が崩れる。


けれどそれは数あるうちのひとつで、まだまだ水竜巻も水レーザーもわたしを捕捉しようと襲ってくる。


水を滑って逃げるなか、わたしはメアリさんと合流を果たした。といっても、それはほんの一瞬のこと。互いに弧を描いての移動で、進行方向は真逆。けれど彼女とのすれ違いざまに、わたしは支援魔法を発動する。ちゃちゃっと手早く!


「緑色魔法 飛々加速」「緑色魔法 踏々空歩」「緑色魔法 帆受滑風」「黒色魔法 黒刃」


支援魔法を受けてさらに加速したメアリさんが遠ざかっていく。わたしも水面を滑りながら、魔法を使う。


「黒球、128連」


ぼぼぼぼっとわたしの移動に沿って、黒のエテルナを籠めた黒球(スフィア)が軌跡をもって宙に浮かぶ。


「乱舞!」


標的に向かって真っ直ぐに動くのではなく、上下左右、直線曲線様々な方向へと黒球が舞い飛ぶ。水龍は、既に出していた水竜巻と、水球を乱れ撃ってわたしの黒球を撃ち落とそうとする。わたしは巻き添えを食わないように、あえてーー水属性の魔法の盾で身を護る。


敵の攻撃と同じ水属性の魔法を使った盾なら、目立たない。視認しにくいし、エテルナで居場所を探ろうとしても、お互いの魔法が乱れ飛ぶ場だと、わからないでしょ。


わたしたちがどこにいるか。


それ、たどりついた。


混乱した戦場を縫って、メアリさんが水龍の足元までたどりついた。そして水面から跳躍しーーさらに空中に浮かぶ魔法紋を蹴って、水龍の体に着地。そこからは空中と水龍の体を交互に足場にして、高く高く登っていく。もちろん、わたしのエテルナで強化したダガーの斬撃のおまけ付きだ。


水龍はメアリさんを叩き落とそうと体をくねらせたり、水魔法を使うけれど、メアリさんには当たらない。あまりにも懐に入りすぎると、攻撃しにくい。巨体があだになったね。


メアリさんは一切止まることなく駆け上がり続け、水龍の頭部までたどり着く。もう高さは30メートルは登っている。そして、彼女は水龍の頭部の眉間に足をかけるとーー、()()()()()()。また空中を跳ね、さらに高いところへ。


水龍が「?」っていう顔をしているね。弱点であろう頭部にたどり着いたんだから、そのまま攻撃されると思っただろうか。けれど、これで正しいんだよ。だって、思い切り高く飛んでもらわないとーー巻き込んじゃうでしょ?


「混色魔法ーー雷網包流!」


紫と緑の詠唱紋が一回転し、わたしの全力魔法が水龍を包み込む!


網状に広がった雷流が、水龍を握りつぶすかのように絞り上げる。全身を感電させて痙攣させ、水龍は悲鳴すらあげられない。雷魔法の効果で体の自由を奪ったところで、高く飛んでいたメアリさんが、メイド服を風になびかせながら落下してくる。


そして、メアリさんと共有する視界から見つける。喉元の一部、鱗を失っている箇所。水龍になる前、銀髪の少女は逆向きについた鱗を剥がした。きっとあれは、逆鱗(げきりん)というやつだ。そしてあの逆向き鱗があるところは、龍の弱点のはず。


その弱点に向けて、メアリさんはダガーを投擲する。見事ダガーは水龍の逆鱗を剥がした部分に突き刺さった。


もちろん、水龍の巨体に比べてダガーは小さすぎる。これは、マーキングなんだ。


「紺色魔法 零下導道」


ダガーが突き刺さった場所に向けて、わたしは氷結魔法を使う。わたしと水龍のその一点とが、絶対零度の道でつながった。余波の冷気を受けて、あたりの水蒸気が一気に氷粒になって、きらきらと湖上を舞っている。


氷の道は、いかづちを抵抗なく通す。


わたしは続けて予定通りの魔法を完成させた。


これが正真正銘、放電減衰なしの渾身の一撃!


「紫色魔法・・・雷槌衝波!」


不可視の紫電の弾丸が、絶対零度の道をたぐり、刹那に飛び抜けた。


水龍の体が首を中心に「くの字」に折れ曲がる。


遅れて雷が走る音、硬い巨木同士が衝突するかのような音が、もやと氷の粒がきらめく世界を、つんざいて響き渡った。


水龍の悲鳴はなかった。雷撃を加えていたどこかで気絶してしまっていたようだ。音を超えた速度の世界で、すべて終わっていたのだ。


そしてその水龍は、巨大な体に相応しい量の虹色の泡へと変わる。


けれど、煌めく虹色の泡の中から、白いドレス姿の銀髪の少女がまるで転生でもしたように発光しながら突然現れーー


そしてそのまま、吸い込まれるように湖へと落下した。






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