293 つながり
次の舞台の幕を、一緒にあげましょう?
わたしは宣言しつつ、魔王の魂力を全身にまとうようにみなぎらせ。また一歩、前に進む。
魔王城の玉座の間。空から紫色の光片が降り注いでいる、幻想的でありながら、薄暗くおどろおどろしい空間。
わたしの視線の先には、三つ目で八本腕の異界の神と、操られているルーナリィが居る。ちょうど、わたしからの射線に半分重なるように、ルーナリィが、異界の神よりも2歩分ほど前に出ている。
「・・・・・・・・・」
ルーナリィを避け、異界の神だけに魔法を当てるには、少し工夫が必要だ。向こうの出方も気になる。
さて、どうしましょうか。
ーー先に動いたのは、相手の方だった。異界の神が一本の腕を掲げるのに合わせ、ルーナリィが即座に魔法の発動に入る。魂力の練り上げ方、魔法の構成、回転する詠唱紋。どれをとっても精緻で、そして、速い。まばたきするほどの時間で、その攻撃魔法が発動する。
ルーナリィの前に、両手で捧げ持つくらいの大きさの、魔法陣が取り巻く青白い光球が、ふわり現れ。そして、次の刹那には、その光球が破裂する!
放たれたのは、全方位に向けられた、閃光のような強烈な凍結波。
「『幻白浮盾』ーー」
わたしは防御魔法を展開し、わたしと、いまこの場にいる仲間たちを守る。
ばきぃぃん!
音がして、空間が凍る。
「・・・・・・」
ふぅ、と。輝く魔法の盾の影で、わたしは小さく安堵の息を漏らす。魔法盾は凍結波を完全に阻んだ。わたしは、無事だ。
同時に、治癒回復のためにわたしの後ろに下がっているリシャル、サフィリア、クローディアに同じように展開した魔法盾。
そして上空の黒狼のバウと、その背に乗る、両手を組み、熱心に祈りを捧げるような姿勢のミステを守るための盾も、凍結波を防ぐことに成功した。
ーー通用する。
ぶるっと身震いして、思う。
通用した。わたしの魔法は通用する。魔王になる前は防げなかった、ルーナリィの魔法。
けれど、魔王になったいまでは、正面から受け止められる。
経緯はどうあれ、いま、わたしは、ルーナリィと同じ高みにいるのだと、実感する。
ルーナリィの凍結波は、わたしが防御魔法を守った者以外の、玉座の間にいるすべてのものを、凍結させた。まだ少し残っていた壁の黒影から召喚した魔王将兵と、戦いでかなり数を減らしたけれど、まだ敢闘していた残りの異界の神の分裂体をも凍らせ。時が終わったかのように、動くものが止まる。
敵味方関係なしの、全方位攻撃。
それを理解して正面へと視線を向ける。異界の神は、自前の防護幕を張り巡らせて、凍結波をしのいでいた。
けれど、魔法を使った当のルーナリィは。黒いドレスの半分を、凍らせて白くしていた。無表情ながら、かちかちと、寒さに歯を震わせる音がかすかに聞こえる。
わたしは、防護幕の奥にいる異界の神をにらみつける。ヤツは、にたにたと笑っているように見えて。それで、いま何が起こったのかを、わたしは理解することができた。
異界の神は、魔法行使者自身を魔法の反動から守るための、当然あって然るべき防護の魔法構造を使わせなかったのだ。おそらくルーナリィの魔法の威力をより高めるために、無駄な構成を削ぎ落とした。今回は、さいわいにも、ルーナリィが自然にまとっている魂力が強く、一撃では凍りつかなかったけれど。
ーー使い捨てにするつもりね。
これまで手合わせして、異界の神の意図はわかる。価値観もだいたいわかる。きっと、わたしのそれと相容れることはない。静かな怒りが、わたしの奥から湧いてくるのを感じる。
だけど、相手の意図がわかれば、こちらの方針も決まるものだ。
こちらがルーナリィを傷つけないようにしても、敵の操作者にそのつもりがないのであれば、意味がない。
多少強引にでも、ルーナリィを早く無力化するのが優先事項だ。
異界の神が、ごつい八本の腕のうちの一本、それでくるくると指先を宙で円を描くように回しだした。それに合わせて、ルーナリィが弾かれるようにな動きで両手を組んで、魂力を高め。再び、あっという間に、魔法を行使する。
空に現れたのは、また建造物のごとき、巨大な黒斧の刃。
これまでと違うのは、それが6本同時に現れているということだ。
先程は、たったひとつの巨大黒斧でも、こちらは太刀打ちできなかったけれどーー。
わたしは落ち着いて、魔法を展開する。
「すこし、痛くするわ。ルーナリィ。文句は、あとから聞いてあげる」
「ーーーーーーー!!!!」
声にならない、操られているルーナリィの魂力の絶叫。あるいは、精一杯の、異界の神への抵抗にも見える。
彼女の内面で、どのような経緯があったかはわからない。けれど、結果として、玉座の間、空中に浮かぶ巨大黒斧たちが、ぶうんぶうんと縦回転をしだした。
風が渦を巻いて立ち上り、紫色の光粒を巻き込み、わたしの髪もたなびく。
回転して円盤にしか見えなくなった巨大黒斧。遠心力をたっぷり乗せて、威力を倍加させて、それをこちらに落とそうっていうつもりね・・・。
まあ、こちらも負けないれけど。
「『金旗黒槍鉄蹄騎ーー 十二想旅団』」
黒色の馬上槍を持った半人半馬の精鋭黒騎士たちを、わたしは喚び出す。先程の黒騎士たちより一回り大きく、装備も豪華だ。地上から少し浮いた数十の半人半馬の精鋭黒騎士が、円錐の陣に整列していく。最終的に、12の円錐の矢じりが完成した。
「・・・・・・・・・」
ルーナリィの巨大黒斧と、わたしの黒槍の対決は、これまでルーナリィの圧勝だった。わたしも、力が増えたいまも、本当に勝てるのかと思い、少なからず緊張する。
そのわずかな怯えを振り払うように、ふっと息を吐き。
魔法を発動させる!
「『突貫し殲滅せよ』!!!」
わたしの十二の円錐陣が、発射されるように上空に駆け上っていく。同じ時宜で、ルーナリィの6枚の猛回転する大刃も、空から降るように落ちてくる。
けれど、わたしの半人半馬の黒騎士たちは、巨大な斧を正面から受け止めずーー。激突する直前で軌道を変えて、円盤状になっている刃の側面から、挟み込むようにしてぶち当たっていく。
濃密な魂力で構成された刃だって、比較的もろい側面から直撃弾で挟撃してやれば、ひとたまりもない。巨大黒斧は、大破するときに爆発する構成になっていたようで、小さくない6つの爆発が空中、玉座の間の天井付近で巻き起こる。
その一斉爆発の余波も、前のわたしなら、自分を守るのにすら精一杯だった。けれどいまは、自分だけでなく、仲間たちの身をも守るために、わたしは防御膜を貼りつつーー、
爆発で視界が悪くなったのに乗じて、極色の長翼の魔法を使って、わたしは一気にルーナリィに中距離にまで迫る。
爆発の煙と濃密な魂力が流れ。ルーナリィの空虚な瞳が、わたしのそれと交錯する。
「『痛くする』って、って予告してありますからね!」
どうっーーー
言葉とともに、わたしは極色の長翼を、腕の振りに合わせて横薙ぎにし。ルーナリィを吹き飛ばした。さすがに元魔王、素の魂力も高いため、ゴム毬でも打ったような感触。有効打とは言えなそうだけれど、それでも綺麗に一撃が入った。
巨大黒斧を完封し、二重仕掛けの爆発も防ぎ、そのうえでこちらの一撃を上乗せする。
出来すぎたというぐらいに、上出来だわ。絶対に届かないと思っていた存在を、超えることは。正直、悪くない気分だわ。
どががががががっっーーー
そしてわたしは、さらに放射状に広がる連続爆発の魔法を放ち、吹き飛ばしたルーナリィを追撃し、さらに異界の神を牽制する。
異界の神、ルーナリィ、ともに反撃は無い。操り操られして負荷がかかっているうえに、基本的な魂力の高さに頼って戦っているから、闘いの速さについていけてないのだと判断する。
となれば、所期の作戦どおり、ルーナリィの戦力を奪うことを優先する。
わたしは、追撃のために、半人半馬の黒騎士団を、再び召喚する。
「『突撃』ーー」
黒槍の黒騎士たちの突撃。迎撃を避けるために、散開の軌道をとり、上下左右、多数の方向からルーナリィへと激突する。
どぉん、ぼぼぼぼぼぼぼっっ、どぉん。
反射的な動きで、ルーナリィの爆発魔法と誘導弾幕で、何体かの黒騎士が撃墜されたけれどーー。
一発。弾幕をすり抜けて、ルーナリィに黒騎士の突撃が入った。けれどルーナリィの防御を完全に突き破ることはできなくて、その黒騎士は小さく黒色の魂力の爆風とともに消える。
でもその一撃を皮切りに。二撃目、三撃目と黒騎士たちの攻撃が当たりだした。攻撃が当たる度にルーナリィの反撃はあるものの、よろめくのが遠目にわかり、ダメージが少なからず通っているのがわかる。
ーーこれはいける。
そう思ったわたしは、黒騎士を追加召喚して再突撃させるとともに、極色の長翼を一度だけ空打ちして、ルーナリィに向けて距離を詰めるために飛翔する。
それを見て、ここが戦闘の勘所だと悟ったのか、ルーナリィも、広範囲の大魔法で応戦する。黒豪雷、灼熱の熱閃、広範囲凍結、空間爆砕ーー。
わたしは、当然に応戦する。いなしたり、かわしたり、防いだりーー。めまぐるしく切り替わる視界、熱波に凍結波、急旋回で発生する、体を押し付けるような慣性。
そして、爆発魔法のひとつが、ちょうど位置が良くなかったのか。無事に躱せたものの、耳をつんざくような爆音で、あたりの音が、一時的にわたしに聞こえなくなった。
眼の前にあるのは、直線的に放たれてくる大魔法の光と色。
魔法の黒騎士によって直撃の軌道が変えられ、蛇行する黒色の雷撃が、わたしのすぐ脇をかすめていく。
続けて放たれてきたのは、黒炎弾の弾幕。
それに対して、わたしは、強固な魔法盾を正面に掲げ。押し切るように突っ込む。
ーーーわたしは、わたしの母親が嫌いだった。
わたしを、生まれてすぐに捨てた人だから。それでも奇跡的に出会えたのに、本人は傲慢で、人の気持ちを逆撫でして、人の心もわからなくて。魔法の天才かなにか知らないけれど、わたしが楽しみにしていたお菓子だって、勝手に食べちゃうような人で。
それでも。けっして、好きだってわけじゃないけれど、でも、死んでもいいと思えるわけじゃない。
ルーナリィ。貴方みたいな人でも、母親で。つながりは、感じていたいの。
ごうっーーーー
聴覚が戻った。
それとほぼ同時、わたしは魔法の弾幕を抜けた。そして、わたしの手が、ルーナリィを覆う、魂
力の膜を突き抜け、彼女の肩に触れた。
気のせいかもしれないけれど、無表情なルーナリィの瞳が、大きく見開かれたように思えた。
「精神魔法ーー『黒色操心』」
弱らせたルーナリィの魂力の防御を突き破り、わたしの精神魔法は、たしかにルーナリィに届いた感触があった。
精神操作の魔法で、異界の神に操られた状態を、一時的に上書きする。異界の神への、ルーナリィの支配は薄まったーーいいえ、一時的に切れたはず。
「戻っていらっしゃい、ルーナリィ・・・。貴方の仕事は、まだ終わっていないのよ?」
「ーーーーあ」
ルーナリィの瞳に、一瞬、理性の色が灯る。けれど。
「ーーーーあっ・・・ぐっ?!」
ルーナリィの意識が戻るかと思われた次の瞬間、彼女の額に血管が色濃く浮き出て、瞳の焦点が消えて、その色も薄く変わる。
まるでスイッチがオンオフを切り替えるように、ルーナリィの瞳の色が揺らぐ。いま、彼女のなかで、支配の主導権を、異界の神とルーナリィ自身とで争っているみたいだ。
もうひと押しがいるーー。
あと、もうひと押しがあれば、ルーナリィを取り返せる。
けれど、わたしの役割は、ここまで。
もうひと押しのところは、わたしとは違う人の役目だ。
そうでしょう? ーーリシャル。
「ようやく捕まえた。とんだじゃじゃ馬さんだ。どうかーー」
わたしとルーナリィのあいだに割り込むように、最高戦速で宙を駆けてきたリシャル。彼は、危険もかまわず。凍りさらに焼けてボロボロになった黒いドレスをまとう、彼の妻を。正面から抱きしめている。
「戻ってきてくれ、ルゥ」
ぐっ、と。リシャルは、ルーナリィをさらに強く抱きしめる。
魔法も魂力も使っていない。ただただ、ふたりの心通わす絆のちから。
「ア、あーー・・・。あなた・・・・・・・?」
そして、ルーナリィのほうもリシャルの背に手をまわし。抱きしめ返す。
これまで何をしても変わらなかった仮面のようだった表情に、感情が宿る。ーー愛おしげな。
あれなら、もう意識は戻ったのだろう。
お互いを放さまいとわたしの目の前で抱き合う、ふたりの両親のラブラブっぷりに、わたしは苦笑する。
ーーまったく。手のかかる母親だこと。




