28 白いドレスの湖畔の少女③
自らの治癒魔法で全快したらしい銀髪の少女は、握り込んだ右拳を左手で包みこむ姿勢で、エテルナを集中しだした。
美しい髪が、水のつぼみ、花弁の内側で揺らめいている。まるで祈りを捧げているかのように見えて神々しさすらある。よほど大きな魔法を使うつもりらしい。妨害したいけれど、完成した防御魔法の水のつぼみを模した防御魔法が邪魔だ。
彼女の周り、水のつぼみの周囲、湖から、6本の水柱が吹き出す。いや、水柱に見えたものは、ひとつひとつが筒状の水弾だった。その大量の水弾が、天に登り、そして落ちてくるーーうねうねと蠢きながら!
銀髪の少女は叫ぶ。
「青色魔法 水弾天雨ーー羽ね魚!」
水弾は、羽のついた魚を象っていた。水弾の羽魚は群れをつくり、わたしとメアリさんにそれぞれ襲いかかってくる!
「赤色魔法 赤々爆球!」
迎え撃つべく放った魔法。だが羽魚の群れはぐねりとうねるように進行方向を変えて、わたしの魔法をかわした。
「いっ!?」
身体能力の低いわたしは、予想外のことが起こると弱い。とっさの動きができないからだ。さきほどからメアリさんと二手に別れて別行動しているけれど、判断を間違ったかも知れない。やはりずっと抱っこしてもらっているべきだった。そうしたらメアリさんの素早さで簡単にかわせたのに!
といって、いまから合流するには少し距離を取りすぎてしまった。
羽魚の群れをかわすーーよりも、わたしは魔法を発動したほうが早い!
「黄色魔法ーー岩石隆出!」
地面ーー水面下のから、岩が飛び出させる。その岩で水弾の羽魚を防ぎ、十数匹が岩に激突して飛沫と弾けて消える。だがそれも一瞬。あとに続いてきた水弾の羽魚の群れは、生き物のように、わたしが喚び出した岩をかわして迫ってくる!
わたしはまず水面をすべって魔法で加速して距離を置こうとするが、当然水弾の羽魚の群れは追いかけてくる。なんてやっかいな! しかしなるほど、魔法で生き物を象ると、こういう効果があるんだね。すごく勉強になるよ! 言ってるひまないけど!
わたし自身も逃げなきゃいけないけど、操っているメアリさんも羽魚から逃がさなきゃいけない。
視界内だし、エテルナの動きで感知できるけど、メアリさんもこの水の羽魚に追われていた。
まず、ちょっと大きめの魔法で、羽魚の群れを吹き飛ばす!
「混色魔法ーー炎石走岩!」
水上をすべって逃げるわたしが突き出した手の前で、ふたつの詠唱紋が回転してひとつになる。魔法が発動し、湖を分断するように、炎を纏った巨岩が水蒸気の爆発を起こしながら二列に並んで連なっていく。その炎岩はメアリさんのほうに行っていた水弾の羽魚の群れを巻き込み、一度に蒸発させる。
よし! わたしは逃げ回りながらガッツポーズ。
残るは、わたしを追ってくる群れの処理だ。
ーーっていうか、大半がわたしを狙ってきているんだけどね!
そりゃあわたしのほうが本体みたいなものだもんね。あの銀髪の子は良くわかってる。
うねりながら襲ってくる羽魚の群れは、まるで大蛇のようだ。撃ち落とそうとしても魔法をかわすし、防ごうと壁を出せば、その壁をすぐに回避してくる。ーーなら、こういう趣向はどうだろう。
「緑黒槍 ーー十二連」
空中に魔法の槍を出現させる。途端に羽魚の群れが緊張を伝えてくる。これは銀髪の彼女の緊張だ。一回これでお腹に穴を開けちゃっているからね。
そして槍を放たせまいと、群れが一斉に襲ってくる。
「ーー風車回転」
十二本の魔法の槍が、一度儀礼兵の儀式のように穂先を天に向けて垂直になったあと、柄の一点を支点にしてぶんぶんと回転を始める。その動きはどんどん早くなりーー風車の盾のごとくわたしを守る。風をまとった槍の回転盾は、水弾の羽魚を次々と弾く!
だが、群れは続いて襲いかかってくる。回転の隙間を抜ける気なのだろう。わたしは魔法の槍にエテルナを注ぎ、槍は動きを鈍らせることなく、高速回転を続けて羽魚を撃退していく。槍同士の隙間は、わたしが魔法の槍を動かしてふさいでしまう。水の羽魚など、一匹たりとも通さないよ。
超高速で回転ジェットエンジンにぶつかってくる、鳥の群れみたいなものだね。
こうなれば根比べよ。
さあ、バードストライクならぬフイッシュストライクをを起こせるかしら?
「はあ、はあ・・・」
数分後、水の羽魚の群れをすべて砕き、それらは水に還っていた。飛沫は霧になり、あたりはもやがかかったようになって、視界が悪い。
でも、どうにか根比べには勝った。だいぶ消耗したけれど、ぜんぶ防ぎきった。
「まさかこれも防ぐとは・・・ここまで強いとは、たしかに予想を越えておるわ・・・じゃがわらわも、底を見せたわけではない!」
銀髪の少女の声が、反響する。
彼女はいつの間にか3体に増えていた。気配から分裂ではなく、光の屈折と幻覚を複合した目くらましに思える。水華の防御魔法まで模してあって、一見しただけではどれが本物かはわからない。
いったい、次は何をしてくるんだろう。と、一瞬思ったけどーー。
そんなみえみえ時間稼ぎには引っかからないよ!
わたしは一呼吸のあと、間髪入れずに魔法を発動させる!
「黄色魔法 巨岩飛霰!」
何を企んでいても、先に攻撃しちゃえば問題なし!
視界に入る3体だけでなく、その周辺を魔法で喚び出した岩石を雨と振らせ、広範囲を爆撃するように攻撃する。
すると、何もないはずのところで岩が砕けた。ようし!
「そこだね!」
わたしは、同じ魔法を放って、今度はさっきの『何もないはずの』空間に向かって、巨岩をあられと打ち込む。
わたしにはわかった。目に見える3体はすべて幻覚。本体は、光の屈折で見えないようにしているというわけ。あたりに水蒸気が立ち込めて視界が悪い状況をうまくつもりだったんだろうけれど、相手が悪かったね。
どかどかと巨岩を降らせると、銀髪の少女が、水の花弁のつぼみの中に入った状態で姿をあらわした。幻覚魔法を解いたんだ。じゃあ、今度はあの水のつぼみの護りを砕いちゃおう。
水の質量には、土の質量を。
さらに巨岩を振りまいて、水のつぼみの防御にぶつける。
銀髪の少女は、水の花弁の形状をかえて巨岩をいなしたり、湖から水を吸い上げて護りを固くしたり、水竜巻を巻き起こして巨岩の軌道をそらしたりして粘っていたけれど、ひとつの巨岩が良い感じで入って、水のつぼみを正面から直撃した。これは致命打!
まるで強固なガラスが砕けるように、水のつぼみが砕け、銀髪の少女が声もなく吐き出される。その動きは回避行動なんだろうけれど、逃さないよ。
わたしはすでに、死角からこっそりと接近させていた、メアリさんを走り込ませているからね!
メアリさんのしなやかな身体が水面を疾走して跳躍する。そして空中で体を捻って、落ちてくる途中の銀髪の少女を捉え、そして身体を横向きにして、回し蹴りを放つ。下方向に叩き落とす蹴撃。ただの蹴りじゃない、エテルナを体に注いで強化して放つ、岩をも砕く威力だ。
メアリさんの左足が銀髪の少女の胴を見事に捉える。
「・・・・・・・・・・!」
一瞬の拮抗のあと、衝撃波とともに湖面に叩き落とした!
声無き悲鳴をあげ、銀髪の少女の体は、水面をクレーター状にへこませて、さらに深く、弾丸が落ちるように水中へと沈む。
水柱のごとき水しぶきが立ち、水面を打つ衝撃に爆音が響く。
いまのは結構なダメージを与えたと思うけれど・・・。
でも、ほんの少しの時間あとには、銀髪の少女は、再び水面へとあがってきた。
けれど、先程までの余裕は見られない。さっきまでいくら水をかぶっても濡れていなかったのに、いまは銀髪を湿らせ、ぽたぽたとしずくを垂らしている。
目が座っている。静かだけれど、怒っているのは明白だった。
「・・・光栄に思え。わらわのとっておきを、見られるのだからな」
そういうと、銀髪の少女は自らの白い喉元を軽く撫でる。
すると、そこに逆さについた青い鱗があらわれた。
その青い鱗を、彼女は自ら引きちぎる!
ぱっと散った血しぶきとともに、銀髪の少女のエテルナが膨張するように高まっていく。濡れ髪がゆらめき、ゆらゆら揺れる青い光が瞳に宿る。体全体が青い燐光に包まれ、そしてその燐光がどんどん巨大に、縦に細長くなっていく。
「巨大化の魔法・・・?」
わたしが呟いている間にも、青い燐光は大きくなり続け、その成長が終わったころには見上げるしかないほどになっていた。ある意味よく知っている生き物の姿だったが、こんなに大きい生き物を、わたしは初めてみた。わたしは自分の印象をそのまま言葉にした。
「水龍・・・」
青く輝く鱗、長大な胴体、大きく裂けた口から覗く、大きな牙。
それはわたしがイメージする『龍』の姿だった。