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281 壇上







「ハァ・・・、ハァ・・・」


荒く掘られた岩の壁に、重い体を預けるようにして引きずりながら。地下の暗がりを、その男は前に進んでいく。


「ハァ・・・、ハァ・・・! ッツツ・・・!!」


絶え間なく襲ってくる激痛、その痛みにも波がある。暗がりを進むその男ーーソンムは、痛みに耐えるため、そして悲鳴を噛み殺すために、肩を壁に預けたまま、いっとき、動きを止める。


痛む箇所ーー。脇腹を、無意識に触る。どろりとした感触。応急処置をした血止めの布から、その布では止められないほどに、血が溢れているのだと知れた。


ふっ、ふっ。短く、大きく息をすることで、痛みの波が過ぎるのを待つ。


傷は、警備兵を殺したときのものだ。ソンムは、警備兵を一撃で殺しそこねた。次のとどめまでの一瞬が、隙になった。その時間で、警備兵は、自分の持っていた日用使いのナイフを、深く。ソンムの脇腹に差し込み、ねじり込んでいた。


充分に深い傷。そこから、泉のように血が湧き出ている。それは彼の命が流れ失われていくさまにも似ていた。


うめき声が出ないように、自分の腕を噛む。地下であれば音が響く。どこからか漏れ出た声に、誰かがソンムがやろうとしていることに気づかれてしまうことは、絶対に避けねばならなかった。


傷は深い。けれど、それをなんとかしようにも、いま、手当に必要なものが手持ちにない。そして、彼の目的を果たすためには、戻っている時間はなかった。


いま、この場でしか、果たせない。


王族になる人間が、定まった場所に現れる、復興祭という機会が。そうそう今後も、都合よくあるとは思えなかった。



復興祭の中締めとして、中央広場で、次期国王が演説を()()。そこに、()()もーー胸糞悪くも、寄り添うように、立つだろう。


そして次期国王が立つ演台の周り、広場には。王都中の民が、貴族平民問わず、万と詰めかけるはずだ。


ところで、中央広場には、背の高い鐘楼がある。


王都に時の鐘の音を響かせるこの石造りの角塔は、王城を除いて王都でもっとも高い建物だ。


たとえば、この鐘楼を、燃やし、爆破する。


鐘楼は焼け落ち。石を焼く黄色い焔は撒き散らされ。


広場は大混乱に陥いるだろう。


次期国王の周辺にも被害が出るはずだ。より重要なのは、民衆にも被害が出ることだ。そうなれば、次期国王の周りにいる、護衛や救護を、民衆の救助に回さざるを得ない。


少なくとも、あのお人好しの次期国王夫妻は、そのように判断するはずだ。


護衛や救護が動き、陣形が乱れる。恐怖に慣れていない群衆は、雪崩をうって右往左往する。その混乱が、機だ。その機に乗じて、彼のーーソンムは、次期国王夫妻に近づき。


そして、累怨の復讐を、刃で果たす。


ーーすでに、準備は整っている。


ソンムは、頭の中でその言葉を大きく復唱し、また引きずるような歩みを再会した。


岩を燃やす秘火薬、『ヴェトの焔』は、鐘楼の真下、地下の空間に、樽で山と運び込んである。


あとは、その秘火薬に火を点じれば。


計画は、成る。






■□■






わああぁぁぁぁぁああ! ーーーーー






『静粛に! 広場に集まりし、善男善女、紳士淑女、老いも若きよ! 静粛にーー!』


まるで地鳴りのような歓声、多くの人が息づくざわめき、そして雑踏が。建物の中にいてもはっきりとわかるほどに、響いてくる。


王都の外壁門から練り歩く行進(パレード)は、鐘ひとつ分の時間をかけて、ゆっくりと進み。中央広場にたどり着いて、終わりになった。


行進してきた人たちは、いまは次の役割のために所定の持ち場へと粛々と移動をしているところだ。


中央広場には、太い木材で組んだ頑丈な演台が設置され、その演台には、綺羅めかしい垂幕が張り巡らされ、飾られている。


いま、わたしは、その演台ーー簡単な木城といっても良いくらいの規模の建物ーーのなかに設けられた一室で、次の出番待ちをしているところだ。


祭りが終わったあとは取り壊す予定の仮の建物だから、部屋はもちろん簡素だ。木造りの床壁を、王城から持ち込んだのであろう調度で飾ってある程度のものだ。


周囲には、護衛と侍女。次の出番まであまり時間も無いし、急にもよおしたりしてもいけないので、お茶も飲めない。持ち込まれた調度のひとつである、滑らかな黒檀の布張りの椅子に座って、何をすることもなく、しずしずと待つだけである。


これから、多くの人目にさらされると思うと、とても緊張する。気の所為か、口のなかも乾いてきたような気もする。でも王太子妃であるわたしが、あまりみっともない真似を見せるわけにもいかない。いままで培ってきた、令嬢力の見せどころである。


この木の演台の建物の周りには、もう王都内外からの民、万を超える群衆が集まっているらしい。


不埒な者が演台に近づけないように、また過熱した群衆を寄せ付けないように、礼装武装した親衛隊が、演台のまわりをぐるりと取り囲んでいる。


わああぁぁぁぁぁああーーーー


この地鳴りなのかっていうくらいの集まったひとたちの大歓声が、わたしたちを見に来たものだっていうんだから、正直、嬉しさよりも怖い、が先に立つ。


みんなのエネルギーが、変な方向に暴走したりしたらどうしよう。なんてことも思い浮かぶ。けれど、相手を恐れていては、コミュニケーションは取れないし・・・。結局、王太子妃(まだ婚約者だけど)になっても、体を張らないといけないっていうことなのね、世の中。


『みな、静粛に! 静粛に!』


会場整理を担当する人の、広場全体に届ける拡声魔法の声が聞こえてくる。そして。


ファー ファファファ―ン・・・


合図の管楽器の音が高らかに吹き鳴らされる。群衆からわっと声があがるが、すぐに制止されて、どよめきは段々と静かになる。


「リュミフォンセ様。お時間です、ご登壇を」


外では音楽が続いている。わたしは立ち上がり、護衛に先導されて、その部屋を出た。





木造の階段を登り、屋上にあたるところにたどり着いたところで、わっと津波のような歓声に襲われる。


今回の演台は3階建ての建物ほどの高さがあり、その最上壇がひときわ高くなっている。長机を4つほど並べたほどの大きさの石台に、すでにオーギュ様が立ち、手を大きくあげて振り、制止にも止まらない観衆の声に応えている。


石台の周りには、選り抜かれた護衛が、ぐるりと囲むように外側に顔を向けて見張るように並んでいる。オーギュ様の・・・、親衛隊の護衛が、この場にいるほとんどなのだけれど。それども、わたしの護衛から、アセレアとクローディアも、選ばれてこの場に立っている。


ふたりとも、緊張しつつも油断の無い様子で、沸き立つ観衆するように護衛の任務に徹している。


とくにクローディアは、ここに立つに至るまでに、ちょっとした経緯もあった。これで良かったのか、わたしもまだ迷いはあるし、いま本人がどのような気持ちでいるかは、あとで聞いてみたいところだと思った。


彼女の真剣そうな、長いまつ毛が印象的な横顔から視線を外し。


隣をみやれば、王都で二番目に背の高い建物ーー鐘楼がある。7階建てほどに見えるから、この角塔はわたしの居る場所からさらに2倍以上高いことになる。鐘楼の鐘は、時を王都じゅうに告げる、大鐘として使われている。


今回の復興祭では、オーギュ様が演説を終えたのち、儀式のなか締めに、鐘楼の大鐘を、平和を告げる鐘の音として、高らかに鳴らす予定だ。


その清らかな鐘の音は、時代を区切る象徴として扱い、そのように喧伝されることになっている。


そして。わたしは、一番気を惹かれる、正面の景色を見る。


ところで、わたしが今いる中央広場は、有事には数千の騎走鳥獣兵を収容できるという王都では一番の大きさの広場だ。その広場は、上空からみれば、楕円のかたちをしており、その楕円の縁には、石畳の通路と背の高い石造りと漆喰の住宅建物が並んでいる。またさらに、その大きな広場を貫いて、放射状に大きな通りが南北東西に走っている。


そんな王都の中心部といえる巨大な広場が、いま、ぎっしりと観衆によって埋め尽くされていた。この演台の上から見れば、まるで、人の内海(うちうみ)のよう。広場に至る大通りも、露店と観衆で溢れ、まるで人の河が流れ出しているかのようだ。


広場に設けた貴人専用の席は、簡易の柵と幔幕で区切られているものの、この人手の様子では、うまくいかなかったこともあったに違いない。


本当に、すごい数の人だ。このひとたちが、わたしたちを見に来るためにここに来たのだとは、とても信じられない。


復興祭の企画者という視点からすれば、望外の大成功だけれど。でも、意図しないことが進んでいるようで、いまこの場のわたしは、まるで絶海の孤島に取り残されたような気持ちで、心細くすらある。


でも、覚悟はすでに決まっている。わたしは、小さく息を吸って一歩を小さく踏み出すと、靴のかかとがかつんとなった。


そして、わたしも、最上段にあがり、礼装姿のオーギュ様の斜め後ろに、そっと控えめに立つ。


今日のわたしの衣装は、萌ゆる若葉をイメージしたのだという、薄緑色を基調にした、全身を包む質の良い晴着。品位を強調しつつ、新しい世代を印象づけるための衣装というわけだ。


(あれが、深緑の淑女、精霊姫、一代公ーー。次の王妃のリュミフォンセ!)

(たしかに、えらい別嬪だな!)

(きれーい! あんなドレスほしい!)

(いいけど、それを着る土台がよく無いと意味がないなあ・・・ぐっ、殴るなよ!)


(あの姫さま、精霊襲撃のときに、王都を駆け回ったとかいう噂だが・・・)

(嘘だろ? あんなお姫様に、そんな荒事が出来るように見えないぜ?)

(どうせ、おおげさに言われてんだろ?)


(でも、数年前、魔王との戦いの場に、あの姫さまもいたっていう噂よ?)

(黒狼とか精霊とか、やたらと強え手下がいるから、そいつらがやったんだろ?)


『静粛に! ーー静粛に・・・!!』


進行担当者の拡声魔法が響く。大きな歓声はやんだものの、ざわざわとした正直な感想が、少しずつわたしの耳にも届く。


『静粛に! 諸君、静粛に!』


人の興味、人の口には、戸は立てられないものだ。ざわめきが続き、これでは、オーギュ様の演説が始められないのではーー。そう思ったけれど。


『ーー私は、礼を言わねばならない』


復興祭の主役である、第二王子(オーギュ様)が。


まだざわめきが残るなかに構わず。拡声魔具で、話し始めた。


同じく壇上に立つわたしは、ぞくりとした。のっけから、台本と違う言葉。でも、民衆は興味をひかれたのか、ざわめきはだんだんと小さくなり、ついには静寂すら感じられるようになった。


そこに、オーギュ様の声が響く。今日の王都はよく晴れ、澄み切った青空が広がっている。


ーー今代魔王と戦って、この王国を守り抜き、そして、再建してくれたものたちに。実際に戦ったものへの感謝は、当然だろう。戦ったすべての者に感謝し、そして称揚しよう。さらに、その戦いは戦わぬものたちの、いつも通りの暮らしに支えられていたーー。


オーギュ様の、真摯な言葉が続く。野次らしい野次も飛ばず、観衆は静まり返っている。


『申し遅れたが、私は、オーギュ=ド=アクウィ。この国の王太子ーー、つまりは、この国の次の世代を引き継ぐ者だ。ーーそれに不満のある者も、いるのかも知れないが』


きわどい冗談。おどけた言い方に、小さく笑いが起きる。けれど、すぐにそれも収まる。


『諸君もご存知のように、いろいろなことがあった。だが、いまこの場に立っているのは、(第二王子)だ』


そして演説は続く。これまで王国が積み上げてきたこと。そして、これから積み上げていくこと。王国の行く末ーー明るい未来を。そしてその未来は、ただやってくるのを待つのではなく、勝ち取らねばいけないことーー。


『私は、諸君らとともに、より良い未来を勝ち取ることを約束する。そしてーー、その未来づくりに、『ここに居る彼女』にも協力してもらう』


紹介されて、わたしは皆に見えるように前に出て、オーギュ様の隣に並ぶ。


そこで、オーギュ様の手が、わたしの腰に触れた。そして彼は、わたしを自然なかたちで抱き寄せた。


(!!!!!!)


これも台本にはなかったことなので、思わず、彼の青い瞳を見る。青い瞳は平静そのもので、でも少しいたずらめいた輝きがあるようにも思えた。


わたしは平静を装い、微笑をする。ただ恥ずかしいので、視線は少しだけ、彼からそむけ、目の前の観衆たちへと向ける。ーー顔が赤くなってなければ良いけれど。


そして、彼はわたしをーー、王太子の婚約者、未来の伴侶として、紹介する。来月には式を挙げることもまた、報告される。


この結婚宣言には、歓声に似た悲鳴ーーがあがったけれど、基本的に王国中に知れ渡っていたことだ。すぐにそれは止み、むしろ祝福の声が湧いた。


わたしが何か言う場面は、台本にはない。ここの主役は、あくまでオーギュ様だからだ。だからわたしは、予定通り、ここにいる皆さまに向けて、深く淑女の礼をして、それだけに留めた。


ひときわ大きい歓呼。そして、雷のような拍手が沸き起こった。反応は上々。みながわたしたちの結婚を認めてくれて、祝ってくれている。そして、わたしは、自分の出番が無事に終わったと安堵したところにーー。


ソレが起こった。




ゴゴゴゴォオオオオオオォォ・・・ンンンンン!!!!!


演台の隣、中央広場の中心である塔のような鐘楼が。


地の底から響く爆発音とともに、激しい黄色い焔に包まれてしまったからだ。


中央広場の観衆の歓呼が、一転。


混乱の悲鳴に変わる。









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