274 押しの強い家系
「こうして再びお目にかかれて、とても光栄です。ロンファーレンス公にお呼び出しをいただき、こちらに参りました」
チェセが、お祖父様に呼び出された?
春を楽しめるよう工夫をこらされた、ロンファーレンス家の王都別邸の前庭。
会談のため、離宮からロンファーレンス家の王都別邸に出張したところ、なぜか家宰のチェセがいた。彼女は、リンゲンで執務をしているはずだけれど・・・?
わたしとは、執務の手紙では頻繁にやり取りをしているチェセだけれど、こうして直接顔をあわせるのは、懐かしさを感じるほど久しぶりだ。
話を良く聞いてみると、チェセが、王都に入ったのは昨晩遅くのことだったのだそうだ。今日の会談に合わせて、お祖父様が彼女へと連絡を入れたのだ。
今日の議題は、復興祭の式次第と、今後の政務体制についてだ。このどちらかに、あるいは両方ともに、チェセを関わらせようというのが、どうもお祖父様の考えらしい。
わたしは、少し視線を巡らせ、いまいる場所の風景を見る。季節の花が咲き春が楽しめる前庭。春の陽気で暖かく心地の良い屋外に、急遽しつらえられたのに、充分に快適な会場。
これは、チェセが、現場を見て、会場を屋内から屋外に変更したらしい。さすがの企画提案力と巧みな実務遂行能力である。
この他に、王都での闘技会や菓子競技会を成功させたり、そもそもリンゲンの事業の発展と成功に大きく関わってきた実績がある。というよりも、リンゲンの発展は、ほぼ彼女のちからによるものだ。
なので、実力のあるチェセに国政に関わってもらうのであれば、わたしも賛成だ。どの程度かかわってもらうのかは、会談のなかで検討されるのだと思う。
「いただいたお呼び出しが、急だったものですから・・・。リンゲンを発つときに、リュミフォンセ様へ報告の手紙も出したのですが、どうやら、手紙よりも早く着いてしまったようですね」
冗談めかして、チェセが言う。わたしも寛いで微笑を返す。さすが、すごい行動力ね。
「お褒めに預かり、光栄です」
チェセが大げさに喜んでみせる。実績と能力があるのに、いつも控えめな態度を崩すことはない。こういうところもすごいと思う。
それからチェセと雑談をしているうちに、オーギュ様がやってきた。それとほぼ同時に、ラディア伯母様、そして、今回の仕切り役を務めるお祖父様がいらっしゃった。
挨拶をそれぞれに交わし、精霊襲撃のときに仕事の都合で王都にいらっしゃらなかったお祖父様から、わたしへの大げさすぎる謝罪など、ひと悶着があったけれどーー。
とにかく、会談ははじまった。参加者は5人で、お祖父様が進行を仕切る。とは言っても、実際に喋るのは、お祖父様を補佐する文官だった。
復興祭の式次第や、関連資料は、事前に写しが手紙で送られてきている。なので、わたしたち参加者は事前にそれらの資料を読み込んでおき、会談の場では説明を聞いて理解を確認、そして疑問点があれば質問して解消。最終的に理解した要点を関係者で共有する場になる。
式次第の他に、会場の設営、出店などの参加許可、警備体制、予算、それらの準備スケジュールなど、実務に携わらないにしても、主催者、参加者として把握しておくべきことは多い。衆目の前に姿をさらすことになるオーギュ様とわたしは、移動場所と移動の時間と動線、そして移動の際の注意事項を、特に細かく確認する。
「大通り行進のあと、殿下にしていだく復興の宣言の場所についてですがーー。王都の中央広場に、3階建ての専用の高台をしつらえており、現在工事は順調で予定通りに完了する見通しです。広場にて、復興の宣言のあと、殿下の合図によって、中央広場の鐘楼の鐘を高らかに鳴らし、宣言の証といたします」
中央広場の鐘楼ーー。地図を見るに、王都の精霊襲撃のとき、わたしが白羽騎走鳥獣に乗って、足場にしたところのようだ。楕円形の広場の周りは、5階建てほどの建物が六角形の線をつなぐように連なっていた。広場に建つひときわ高い鐘楼は、記憶では7階建てくらいの高さだったと思う。
そこに高台を設けて、オーギュ様が復興の宣言をする脇に、わたしが控えることになるわけだ。高台を囲む聴衆のための会場には、もちろん場所は分かれるけれど、貴族、民衆を入れる。おそらく多くの人が訪れることになるだろう。
会場には群衆整理のために縄が張られ、不規則行動を取る不届きものが出ないように、一般警備にはロンファーレンスの騎士団と王都の親衛隊が駆り出されるとのことだった。
ただごく身辺の警備には、オーギュ様とわたしは、自前の警備を数人、準備することが前提になっている。この身辺警備の人員のみが、一緒に高台に登る予定だ。わたしの場合は、アセレアが責任者担当して、人員計画を練っている。
復興祭の準備は問題なく進んでおり、会談でもほぼ質問もなく、とてもスムーズに進んだ。
横を見れば、オーギュ様の表情も、明るいように見える。まさか笑っているわけではないけれど、自信と確信が、自然に表情ににじんでいるように見えた。
そして、復興祭の議題はつつがなく終わり、今後の王城政務の人事体制の話へと移った。
今度は、お祖父様みずから話しはじめた。ーーさて、今後の王城の体制たが。
「オーギュ殿下には、ロンファーレンス家から出せる人材の名簿をすでに提示してある。目を通されているかと存じるが、名簿の人員は、儂のところと、ラディアのところからそれぞれの推薦者になっておる。一部の役職を占める人材は、ロンファーレンス家で指定させていただくが、それ以外のところは、殿下の好きに選んでもらえれば良い」
「何から何まで・・・。公には本当に世話になります。感謝します」
わたしのところには来ていないのだけれど、その名簿をオーギュ様はすでに充分に検討しているのだろう。その名簿の内容も、ロンファーレンス家の要求の程度も、いまの反応をみるに、どうやら許容できる範囲だったようだ。
オーギュ様は、ぺこりと折り目正しくお祖父様に向けて、着座のまま頭をさげた。
「じゃが、すでに殿下にはお話しているように、ロンファーレンス家が占める王城の役職のなかで、もっとも重要な役職については、力の勾配の関係からも、リュミィのところから出すのが適当と考えておる」
おおう? 急にわたしの名前が出たわ。何も聞かされていないけれど・・・。
オーギュ様を見れば、小さく頷いている。全部は聞かされていないけれど、部分的に事前に知っていて、実際どうなるのだろうと不安に思っているようなーー、そんな感じの緊張した表情だ。この見立ては、あまり外れてはいないと思う。
でもこの流れであればーー。わたしはちらり、栗色の髪の女性家宰を見やる。彼女の表情を窺う前に、お祖父様の声が続いた。
「そこで、この場にいるチェセ=フジャスを、『内務卿』に推薦したい。殿下には、この場でご承諾を賜りたい」
そこで、その場に居る者の視線が、一斉にチェセへと集まった。
説明し忘れていたけれど、この場は3つの卓があり、そのひとつにお祖父様とラディア伯母様、隣のひとつにオーギュ様とわたし、そしてさらに端にある右端の卓に、末席を占めるという感じで、チェセが座っていた。
余裕のある笑みでチェセは視線を受け止めているけれど、次の言葉が出てこないところを見ると、彼女もすべてを聞かされているわけではないらしい。チェセには珍しく、戸惑っている反応だ。
けれど、チェセと普段から接触のないお祖父様は、そういう彼女の戸惑いには気づかない。
「この者は分家たるロンファーレンス=リンゲンの初代家宰を務め、大きくリンゲンの事業発展に貢献した。また、リュミフォンセへの忠誠も深く、今回の推薦に申し分ない人材といえる」
お祖父様の説明に、オーギュ様は、大きく頷いた。了解であるということだろう。そして、
「ではチェセ=フジャス。一言お願いできるか?」
と、お祖父様からチェセへの無茶振りである。
きっと、わたしにだけわかるぎこちなさを残しながら、しかし一般的な水準からすれば滑らかに、チェセは話し出す。
「ただいまご紹介に預かりました、チェセ=フジャスでございます。早速ですが公爵様。僭越ながら、ひとつ質問をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「んむ?」
「リュミフォンセ様のお役に立てるのならと、王城への出仕のお話を受けさせていただきましたがーー。役職はまだ決まっていないと聞いておりました。いまお話をいただいた、『内務卿』とは、どのような役職でしょうか?」
たしかに。『内務卿』という役職は、現在の王城には無いはずだ。すると新設の役職になるけれど、どういうものになるのだろう。なんとなく、重要そうな響きのある役職のようだけれど・・・。
生まれたときから身分の高い人らしく、無茶振りを気にしない、もとい、とてもおおらかな性格のお祖父様は、こともなげに言う。
「これは新設の役職でな。まだ詳細は決まっておらぬが。まあつまりは、枢機卿とともに、この国の内政を総覧してもらう役職じゃ」
「・・・・・!」
チェセが息を飲むのがわかる。わたしも驚いた。その内容であれば、枢機卿とほぼ同格、つまり政務実務のトップだということになる。
国の実務は、フルーリーとチェセの二頭体制で動かす、という提案だ。重大すぎる。
しばらくの沈黙のあと。チェセはぴっと居住まいを正し。
「・・・。評価いただいたのはとても光栄ですし、このようなことを言うのは、大変恐れ多いのですが・・・。私めには、重責に過ぎると思います」
「なぁにを抜かすか」
おそらくここで断っておこうとしたのだろうチェセの言葉を、ロンファーレンス家の騎士たちを率いもするお祖父様が、ドスの効いた一言で止める。
こういうときのお祖父様の押しの強さ、重々しさは超重量級で、容易に口がはさめない。チェセも口を開いたまま、次の言葉を継げずにいる。
「身を修め、一家を斉める者は、国家をも治めると古諺にも言う。分家とはいえ、ロンファーレンスの一家を見事に束ねた者が、国を治められぬことがあるものか」
リンゲンの領地と、一国である王国は、かなり違うと思うけれど・・・。でも、お祖父様の言うことには一理はあるし、なにより異論を唱えられる雰囲気ではない。
でもチェセは、居住まいを正しながら呼吸を整え。まっすぐにお祖父様を見返すと、言った。度胸もすごい。
「お言葉は大変有り難く存じます。けれどそれでも・・・心苦しさがあります。お話をお受けしてから、逆にご迷惑をかけることになってしまっては・・・。それに、身分の問題もあります。私は平民で、貴族ですらありません」
卓の位置関係から、お祖父様とチェセの間に、わたしとオーギュ様が挟まっている。関係が無いとは言わないけれど、はからずも応酬の中心になってしまっているようで、なんとなく、とても、居心地が悪い。
「身分のことなら心配ないわ。なんとかするから」
そして、チェセの言葉にぽっと短く断言したのは、ラディア伯母様だ。
政治巧者の呼び声がある伯母様は、こういうことで嘘は言わない。チェセの身分のことは、わたしには至難の難題に思えるけれど、伯母様ほどの実力者が言うのだから、なんとかなるのだろう。
「ッ・・・・・・」
チェセは浅い呼吸のあと、言葉を止めた。そして、考えるように、拳を顎に軽く当ててうつむく。重たい雰囲気のまま、その場に沈黙が降りる。
そして、わたしは察する。
あ、これ、どうにもならないやつだーーと。
チェセが内務卿とすることは、お祖父様と伯母様の間での決定事項なのだ。きっとロンファーレンス家内でも内務卿に相当する地位に誰を充てるかの綱引きがあり、そこで争うのは得策でないと考えたお祖父様と伯母様とが、わたしの家臣へとーーつまりチェセへとこの話を振り。合意の落とし所にしたのではないだろうか。
決定事項であれば、お祖父様も伯母様も、チェセが何を言おうとも、ここで引くことは一切ないだろう。
ということは、わたしがいま、言うべきことはーー。
「春の陽気が、暖かくて気持ち良いわね?」
「は?」チェセは目をぱちくりとさせ。「はい。リュミフォンセさま」
突然、わたしが声をかけて。考えごとをしていたチェセは驚いたようだけれど、反応してくれた。わたしは会話を続ける。
「いまの季節、この時間は、屋内よりも屋外のほうが気持ちがいいーー。だから、チェセ、貴女が、会談の場所を屋外へと変えて、場所を整えてくれたのですよね?」
「はい、そうです」
チェセが答える。
その場にいるめいめいが、改めて、なにげなく、自分たちが居る場所を見まわす。よく晴れた空、春の花咲く前庭の見事さ、寒さに震える必要のない、春陽の心地よさーー。そしてこの場を準備したのが誰かを知ったはずだ。
「こんなに素晴らしい場を提案して準備してくれるのだもの。思ってみれば、今回だけじゃなくて、いつも助けてくれたわね。チェセ。困難な職だと思うけれど、ずっとわたしを助けてくれた貴女にならできると、わたしは信じているわ」
「リュミフォンセさま・・・。なんともったいなく・・・」
戸惑いもあるけれど、感極まった感情も混ざった、チェセの声。
一通りチェセを褒めたあと、わたしは振り返り、お祖父様たちのほうを見る。
「お祖父様。伯母様。チェセは、領地リンゲンの開発をとても上手くやってくれた実績がありますけれど、中央政界に出たことは、これまでありません」
そこで、わたしは、ふたりを順に見る。ふたりにとって、わたしが発言することが想定外だったらしく、かすかな驚き、そして何を言うのだろうという好奇心が見て取れる。わたしは一息吸って、続ける。
「彼女には、貴族につながる顔もありませんし、なにぶん初めて場所でのことなので、うまく行かぬこと、至らぬこともあると思います。しかし、わたし同様に、彼女をご支援お引き立ていただけますこと、お約束いただけますでしょうか?」
そちらの都合で投げっぱなしは困る、ちゃんとアフターフォローもしてね、ということを暗に言う。
「要請したのはこちら。無論じゃ」
お祖父様は、わたしの発言の意図をすぐに飲み込んでくれた。そのうえで返事をくれる。器が大きい人だ。
「フッ。よいでしょう。悪いようにはしないことを約束しましょう」
伯母様は、興が乗ったようだ。扇を開いて顔を半分隠しながら、面白そうに承諾してくれた。
どうせ断れないのだったら、実力者から最大限に保証を取っておくに限る。そして、あとはチェセの意志だけれど・・・。
わたしがチェセのほうを振り向くと、チェセはわたしに目を合わせ、そして深々と礼をした。
「承知しました。至らぬ未熟者の分際ではありますが、内務卿のお話、受けさせていただきます」
こうして、この日の会談は、無事に終了した。のであるけれど。
「ロンファーレンス家って、とても押しの強い家系なんだね」
って、あとでオーギュ様に言われてしまった・・・。
・・・・・・。
あれー? 押しが強い、それって・・・。わたしも・・・ってこと?