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270 短い面会








王との面会は、王城にある、王の寝室で行われた。


天蓋のある寝台の上に半身を起こした王と、オーギュ様とわたしがともに面会をした。


背もたれ代わりの重ねた枕にもたれかかる王は、オーギュ様と同じ色の金の髪と顎髭のひとだった。やつれていたけれど、思っていたよりも血色は良さそうだった。


でも、羽織った上着からのぞく腕はーー、枯れ木のように細い。


ずっと意識不明であった王が起きたという情報は、まだおおやけになっておらず、限られた上級貴族にしか出ていない。


目が覚めたといえ、王の体調がすぐれないという理由で、面会はごく短時間に終わった。


オーギュ様は、わたしとの結婚の日取りを王に報告する。わたしが16の年を迎えてから、というのは予定どおりだし、事前の情報はすでに王のもとに届けられているようで、これは儀式のようなものだ。病床の王は頷き、わたしたちのことを言祝いでくれた。


そして、避けられない話題。第一王子捕縛の件だ。


王からこの話題が持ち出され、叱責や難しい要求があるのではないかーー、そして、そのときはどう答えるかべきか? ということで、オーギュ様は、事前に、関係者たちと熟慮と検討を重ねたらしい。しかし、予想に反して、王のほうからその話題は出ず。仕方なしに、オーギュ様から、この話を出さざるを得なかった。


王は、ただ、オーギュ様自身の口からの説明を求めた。そして、その説明に反論したり口を挟むことなく、また感情を昂ぶらせるようなこともなく。王の内心は知ることはできないが、表面上は、穏やかに頷いて聞かれていた。


ただ最後に、


「事実に基づいた処断を、予は望む。よく事実を調べて、オーギュ、お前が判断しておくれ」


ーーとだけ、オーギュ様に伝えた。


この案件に関する、全権委任だった。


捕らわれの第一王子の処遇を、捕縛した第二王子に一任するということは、つまり、王太子指名、王位継承についても、すでにオーギュ様(第二王子)に委ねたようなもので。


事実上の王太子内定をも意味すると、解釈できた。


「・・・・・・! ははっ。御意に」


オーギュ様は、衝撃を受けた表情。そして、胸に手を当てる敬礼のしぐさで、王の言葉に応じた。わたしは、その歴史的なやり取りを、すぐ隣で見ることになった。


第二王子の様子を見て、王は、穏やかな微笑をそのおもてにのぼらせながら、満足そうに頷いた。


「後のことは、フルーリーを頼るといい。予からも頼んでおいた」


「ーー。あの卿の助けが得られるのならば、千人の味方にも等しいでしょう。ありがとうございます」


王の言葉に、オーギュ様がふたたび感謝の意を示す。そして王は、わたしのほうへと、顔を向けた。


「リュミフォンセ嬢ーーいや、一代公と呼んだほうが良いかな」


わたしはすこし戸惑いつつも、


「ただ、リュミフォンセ、と。どうかお呼びくださいませ。わたしは、義理とはいえ、今後は陛下の娘としてありたいものですから」


わかった、と王は微笑し。リュミフォンセ、と再びわたしを呼んだ。


「貴女と、ロンファーレンス家のちからは、王家にとって、ひいてはこの国にとって、必要不可欠なものだ。オーギュを始め、至らぬ我らだが、どうか助けてやって欲しい。・・・息子を頼むよ」


国の最高権力者に、下手(したて)に出られると、逆にこちらは恐縮してしまう。みれば、王は、枕の壁に背を預けつつ、柔らかく微笑んでいる。言葉に裏は無いように思えた。


「・・・もったいないお言葉です。非才の身のわたくしですが、オーギュ様とふたり、互いを補い助け合って参りたいと、そう思っております」


そのように、なんとか、わたしが言うと。


ふふ、と王は満足げに笑い。


「ロンファーレンス家のご令嬢たちは、みな傑物ぞろいだ。どうか、これからも頼りにさせてもらいたい」


そして、王はなにか意味ありげに、わたしをじっと見た。


傑物・・・? 令嬢に使う言葉としては少し変じゃない・・・?


という感じで、王の言葉選びのセンスに少し引っかかったけれど。それもいまわざわざ指摘するようなことじゃない。いまは、了承する以外の言葉は、不要に思えた。


「王の、御心のままに」


と、わたしは頭をさげる。


そのあとも、わたしたちは、王といくつかたわいもないやり取りをして。そして、拝礼をして、立ち去ろうとしたそのとき。


オーギュ。と、王が背ごしに声をかけた。


「時間はまだあるだろう。フルーリーと面会していきなさい。それから、ゆめ、しくじって、ロンファーレンス家のご令嬢たちに見捨てられることがないようにーー気をつけるのだよ」


見捨てるなんて、そんなことはしない、とわたしは言い返したかったけれどーー、続けられた王の言葉がやけに切迫して感じられて、何も言えなかった。


「これが、予が最後に残せる助言だ」






フルーリー卿との面会は、先方ですでに段取りが組まれていた。


王の寝室を辞去したあとに、侍臣のひとりから、『賢人の間』に案内された。


つい先日に、わたしがフルーリー卿と寵姫に面会をした場所だ。


部屋に入ると、すでに枢機卿が、円卓で、オーギュ様とわたしのふたりを待っていた。


会談自体は、相手が多忙なフルーリー卿だったので、こちらもごく短時間で終わった。けれど、濃い会談なった。


こんなふうに。


ーーごく簡単な挨拶のあと、フルーリー枢機卿はさっそく本題だと言って切り出した。


「王に面会されましたね? どう感じられました?」


質問の意図がよくわからないけれど、これにはオーギュ様が応える。


「そうだな・・・随分おやつれになっていたが、意識も明晰で、血色も良いように思えた。まだまだお元気でいてもらわねば・・・」


そう言いかけたオーギュ様の無難な回答を、すばりとぶった切るように、しかし枢機卿は言葉を放った。


「医者の診立(みた)てでは、まずもってあと2ヶ月だということです」


「・・・・・・。まさか?」


オーギュ様が問い返すが、枢機卿は沈黙を保っている。その態度は不動で、そのことが真実の重みを推察させた。


「なんとか、治すことはできないのですか? 特別な薬が必要だとか・・・」


言葉を添えるように、わたしからも発言する。


けれど、フルーリー卿は首を横に振り「手はすでに尽くしました」と答えた。そして、付け加えた。両手を挙げ、この話題を深掘りするのはやめよう、というような格好で。


「王のご病状を回復させる手立てを話し合うために、この場を設けたのではありません」


そして、フルーリー卿は、わたしたちふたりを視線だけで制し、続ける。


「殿下。貴方は、世間で言われているよりも、ずっと情が豊かな方だと思いますよ。しかし、王の子として、王の体を心配するよりも、国の舵取りのために、いま為すべきことがあると、お思いになりませんか?」


「ーーーーッ」


喉元まで出かかったなんらかの言葉を、オーギュ様が飲み込んだ。枢機卿の言葉は、じつに挑発的なものでーー。彼の言う「情の豊かな」オーギュ様の神経を逆撫でする言葉をあえて選んでいるように思えた。その裏には、オーギュ様の美点は、為政者としては欠点になると、暗に言っているようにも見えた。


しかし、オーギュ様はその挑発には乗らず、思考をめぐらすかのような時間のあと。そして、椅子の背もたれに身を投げるようにしてもたれた。ぎしりと木製の椅子から音がやけに大きく響いた。


「・・・わかった。なにをすれば良い?」


静かに放たれた、オーギュ様の問い。問われたフルーリー卿は、両手を顎の下に組み、語り始める。


「では、本題です。殿下、貴方は王がお隠れになるまでのあと2ヶ月で、新たな統治体制を整えなければいけない。そこで質問ですが、オーギュ殿下。あと2ヶ月で、国政を取り仕切る段取りを組むことができますか?」


「それは・・・」


オーギュ様は口を開いたが、言葉が続かない。それはそうだろうと思う。すぐに答えるには、大きな問いだもの。それに何より、オーギュ様が答える前に、まるで先導する教師のように、フルーリー卿が言葉を挟んだ。


「ーー実際、準備のとために何をしたら良いかわからない。そういう状態だと思います。そのために、私が補佐につきます」


「それは、陛下からも伺っている。卿の助けがあれば至極助かる。よろしく頼む」


オーギュ様の言葉に、浅く礼を返しただけで、フルーリー卿は続ける。


「しかし、我々には、新たな体制をつくるための残り時間がごく少ない。そのことを認識していただきたかったのです」


それはよくわかった、とオーギュ様は返した。フルーリー卿は、気忙しくまた次へと話を進めた。


「手始めに、国政を取り仕切るための家臣団が必要です。現在の体制から、すべての役職を入れ替える必要はありませんが、主要な役職は、殿下の家臣、あるいは後援してくれる親密な貴族から出していただくのが望ましいでしょう。そこで、伺いますが、殿下。あてはありますか?」


フルーリー卿の言葉に、オーギュ様は少し視線をさまよわせ。


「・・・。すぐに名簿を作り、選定しよう」


「お願いします」かぶせ気味に、フルーリー卿が言う。「そして、リュミフォンセ様。婚家であるロンファーレンス家からも、人材を供出していただきたいのです」


急に、わたしへも話が振られた。


フルーリー卿が向ける視線の圧が、何故か、さきほどよりも強まったような気がする。


お祖父様、そして伯母様に相談する案件ね、これは。


「・・・わかりました」わたしは短く答え、頷いただけだ。


二度ほどフルーリー卿は頷いて、そして顔の前で組んでいた手をほどき、指同士をあわせ叩く仕草をした。そしてなにかに急かされるように、彼は次の話題に移る。焦れているように見えるのは、今回が特別というわけではなく、こういう性格なのだろう。


「そして、目下の目標は、復興祭です」


復興祭、と噛みしめるように彼は繰り返した。それは、今代の魔王軍から受けた甚大な被害から、人間側が、王国が、回復したことを示す、象徴的な区切りとなるお祭りだ。


「復興祭。そこで、殿下。貴方が、この国の後継者だと知らしめることが必要です。今の案ではこうです。王都の大通りから中央広場まで、華やかに飾った人々の行進。そしてその場で、殿下より、王都の民、人々を、おおいに鼓舞し勇気づける演説をしていただく」


「・・・了解している」やや硬い声で、オーギュ様は言った。もともと予定されていた段取りだけれど、さすがに緊張している様子に見えた。


「そのあとは、催し物や出店を、民には日の終わりまで楽しんでもらう・・・。これがいまの案です。復興祭はおよそ半月後に迫りましたが、細かい段取りを調整していきます」


オーギュ様とわたしはただ頷く。復興祭は、枢機卿と公伯たちの合意で進んでいる。大枠は貴族たちの合意で決まっているおのの、細部を構築する実務は、枢機卿が受け持っているので、いまの説明の通りの段取りになるはずだ。


「さて、いまご説明申し上げた通り、殿下のお言葉はとても重要です。復興祭の核となる精神を、示していただくことになるからです。そして、その場には、リュミフォンセ様。貴女も、殿下の婚約者として、同席してください。結婚の予定を発表していただきましょう」


もちろん、わたしからは、その提案には是非もないけれど。わたしたちに回答の間を与えず、フルーリー卿はまた言葉を数珠のように連ねる。


顎の前で、指を叩き合わせながら。


「おふたりには、新しい王国の象徴となっていただきましょう」











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