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259 伯仲








水弾が、彼女を球状に囲むようにして、粒々として宙に浮かんでいる。


一度に生み出せる水弾は、20発から30発。それを、虚空より生み出しては矢弾のように撃ち出してばら撒き、ばら撒いては生み出し。


500歩ほどに相当する遠距離を飛び抜け、水弾は敵の鼻先に正確に着弾する。


操作の正確さ、手数の多さ、何よりもそれを継続できる、底なしの魂力。


たった独りで精鋭魔法師一部隊以上に相当する。それが大精霊という存在。


「んん〜〜〜〜?」


水弾の弾雨を受け、魔法の盾を構える敵の精鋭騎士たち、目算で50余騎は、その場に縫い留められるようにして動けない。


たったいま、大仕事を現在進行系でこなしつつある見た目美少女の大精霊ーーサフィリアは、だがしかし、不審げなうなり声をあげた。



「どうかしたか、サフィ?」


彼女の夫であるヴィクトが、すぐ隣に立っている。彼女たちは東門城壁のうえから、第一王子の救援部隊の足止めをする作戦を遂行中だ。


「気づかんかや」


白い毛皮の外套に身を包んだサフィリアが腕を振るうと同時、水弾群が宙に飛び出していく。そして次の瞬間には彼女の周囲に新しい水弾が宙に浮いて準備されている。


「あやつら、前進するのを止めたぞ」


彼女が視線で指した先は、敵の救援部隊の先頭だ。


敵の救援部隊は、サフィリアの水弾を受けながらも、盾を構えてじりじり前進してきていたのだが、いまはどっしりと盾を構えて、その場から動いていない。水弾による攻撃で動けないのではなく、あえて動かないのだとしたら、少し今後の展開が変わってくる。


「そういえば、さっき後ろに控える本陣から、角笛の音がしたな。あれは、なにかしらの合図だったのか?」


まだ自分のなかで整理できていないらしく、自らに問いかけるように話すヴィクト。


「諦めたのかの?」


どどどどどっどどどどっーーー


会話をしながらも手は止めない。こともなげに次弾を放ちながら、サフィリアが言う。


「いや。諦めたのなら、退いていくはずだ。サフィ、まだ牽制を続けてもらいたいが・・・。体は大丈夫か?」


いたわりの言葉をかけるヴィクトに、サフィリアはふふんと不敵に笑う。


「あなどるでないわ。このくらいの魔法、わらわにはまったく軽いものよ。腹ごなしにもたらんわ!」


もうひとつ腕を振って、美しき水の大精霊は、今度はやや強めの水弾を空へと撃ち出す。その水弾は凶暴な驟雨となって敵の先頭を襲い、今回はいくつかの敵の魔法の盾を砕いた。だが、その欠けたところはすぐさま別の魔法の盾が入り、集団そのものとしては崩れない。


もっとも、それはサフィリアも何度も見た光景なので、予想済みだ。前回と同じように、すでに次弾は装填されている。


「いまのところ、言われたとおりには、救援にきた者ばらの足止めに成功しておる。それより、下の王子たちの様子はどうじゃ」


「まだ終わっていない・・・メアリどの、どう見る」


ヴィクトの言葉は、前半はサフィリアへの問いかけで、後半は胸壁の隙間からのぞきこむようにして、王子たちの戦いを観察している、メアリへの問いかけだ。


「狙い通り、一対一の決闘に持ち込んだのは見事と思います。いま、王子がたおふたりとも、手加減もせずに魂力を消費して、短期戦に持ち込もうとしていますが・・・。けれど、オーギュ殿下が粘っていますので、もう少しはかかりそうです」


そう話す間も、メアリは下の王子たちの戦いから、目を逸らそうともしない。まばたきすら吝しむように、城門の上から、じっと観察を続けている。


メアリの役割は、ふたつ。もし第一王子の護衛が、王子たちの戦いに加わりそうになったときに、それを妨害すること。そして、オーギュが第一王子を捕らえることに成功した場合に、王子ふたりを城門の上に連れ帰ることだ。


「新手が来ないのは、ありがたいですね」


そうつぶやくメアリの手のなかには、袖口から突き出た、投げ小刀が、ずっと準備されている。何かあったときに、すぐに戦いに参加できるように。


慎ましい侍女は評価めいたことは言わなかったが、ヴィクトにもわかる。王子同士の一対一の戦いは、オーギュのほうが不利な展開なのだ。単純に、戦技で劣っている。


「私があの戦いに加われば、すぐにでも決着をつけることができるでしょう。ですが、そうしないのが、今回の作戦であり、オーギュ殿下の望みです」


ずっと考えていたことなのだろう、メアリは、しかし、彼女自身に言い聞かせるように言う。


それに答えるかどうか、一瞬だけ悩むそぶりをみせ、ヴィクトはふぅと息を吐く。


「セブール第一王子殿下を捕らえたあとも、裁判上での争いがある。そこでもしオーギュ殿下が負けたときに、協力した者に累が及ばないようにしておきたいという、心遣いだ」


「でも、後処理とはいえ、手を貸したら、第一王子の一派・・・彼らには、私達は敵だと認定されるわけですよね?」


「まあそれは・・・。そうだが。だが、直接手出しをしなければ、法には触れることはない」


ささいな違いです。メアリは言う。


「ですが・・・。殿下が、私を、私たちをできるだけ巻き込まないようにしたいという『想い』は感じます。人によっては、甘いと言われるかも知れませんけれど・・・。そういう甘さは」


私は嫌いではありません。ーーそれに、そういう方のほうが、()()()の伴侶にきっとふさわしい。


最後のほうの言葉は、メアリの独り言であったろう。あの方、というのは、この戦侍女が敬愛している少女主君のことだ。


その独り言はヴィクトの耳にも届いてはいたが、別に言うこともない。一瞬だけ心に浮かんだ複雑な色はすぐに消し、彼はまた戦況を見るため、東門城壁の胸壁から敵の様子を遠望する。


とそのとき。遠くの敵陣で、角笛が三度、鳴った。


それとほぼ同時、近づいていた敵の救援部隊50騎が、3手に別れた。1手はそのままいまの場所に魔法の盾を出したままとどまり、残りの2手はそれぞれ別の方角へと駆けた。回り込んで王子たちのところに辿り着こうという意図は容易にわかる。さらに、本陣である敵の後陣から、200騎余りが出撃した。


これは、東部公爵が勇者ルーク=ロックを出撃させようとしたが、本人が拒否したために、東部公爵の部下である白髪の将が、次善の策として手配りしていたものを、素早く実行に移したのだ。


そういう事情は、ヴィクトたちからは、わからない。わかることはーー。


「夫どの! あれは、不殺のままでは足止めしきれん! どうするのじゃ!」


サフィリアが、事実上の現場指揮官であるヴィクトに問いかける。


「ーー。作戦は変わらん。できる限りの足止めをしてくれ。むしろここまでが出来すぎなぐらいだ。私は戦士たちをまとめておく。敵の救援が、城門までたどり着いたら、我々は撤退だ」


「オーギュ殿下を・・・第二王子殿下を、本当に、見捨てるのですか?」メアリは下の様子からは目を逸らさないが、何かをこらえるように言う。


「そういう作戦で、作戦立案者も指示者も当人だ。まさかあとから文句も言われまい。私にはーー他にも守るべきものがある。貴女もそうだろう」


「・・・・・・」


政治的な立ち回りは、メアリの得意分野ではない。むしろそれは少女主君が範疇で、指示が無いままに、主君に迷惑をかけることは、むろんメアリも避けたい。


しかし、メアリが答える前に、陽気さすら添えながら、サフィリアが宣言するように言う。


「わらわとて、作戦は了解しておる! しっかりとな」


言葉と同時、銀髪の大精霊の足元から、水が湧き出してくる。さざなみ立つ泉が広がり、東門の城壁の上に、水が満ちる。ヴィクトの足元も、水に浸かる。メアリは胸壁の上へと避難する。


その水は城壁の外に漏れ出さない。サフィリアに完全に掌握されている、召喚された水だ。


城壁に広がる泉がさざなみ立ち、水弾がぽこぽこと宙に生まれてくる。


「まだ作戦は続行中ーー。ならば最後まで足掻いて見せても、問題あるまい? 」


にぃと笑いかける大精霊。笑いかけられたメアリは、口角をあげる。


「それに、あやつ(オーギュ)はなかなか機転が利く。勝負は最後までわからんぞ」


さらに不敵に笑う令室に、ヴィクトは大きく点頭する。そのとおりだ。


「たしかに時間はすでに区切られてしまったが・・・。終わりのくるぎりぎりまで、支援してやる」


だからーー。


ヴィクトは、ざぶざぶと水を足でかき分けて歩き、胸壁から下を覗き込む。


「勝てよ! オーギュ!」








なんか無責任な応援を聞いた気がした。


不思議にもそんな気がしたが、目の前の相手から、視線をそらすことができない。


空気が鋭く揺れる。黒い影が動く。一瞬遅れて、オーギュは。紫電をまとった剣を、垂直に右側に引きつけーー


がぁん


力任せの音が鳴る。衝撃に逆らわずに上半身を流しながら軸足を滑らせて移動させ、オーギュは正面を右側に向ける。


「ほう。防ぐか。いまのは決まったと思ったがーー」


いまの肩で息をするオーギュとは対照的に、余裕に満ちた声。


「前に最後に剣をあわせたのは3年? いや5年は前か? いやいやーー。きちんと上達しているよ。オーギュ、お前」


金髪越しの、黒い目ーー。オーギュが幼いころから見慣れた黒い目が、剣呑に光る。


「なかなか、やるじゃないか」


自分の剣を肩に乗せ。目の前の相手ーーセブール第一王子が。片頬を歪めながら言った。


「・・・・・・」


(余裕綽々(しゃくしゃく)、だな)


オーギュは肩で息をしながら思う。


(それもそうか。いま、優位なのはあちらだ。いまの一撃だって、剣の腹でどうにか防いだけれど、下手に踏ん張ったら、剣を折られていてもおかしくなかった)


セブール第一王子。もともと剣才があり、モンスター討伐の実戦経験もあると聞いている。セブール本人は剣技を吹聴して誇るわけではないし、他のこともなんでも出来るために埋もれがちだが、親衛隊の長をしているのは伊達ではない。王軍の最精鋭である親衛隊たちの尊敬を勝ち得るほどに、本人の武技も超一流なのだ。


(なんとか、活路をーー)


「おっと」


セブールが、何気ない動作で、半歩踏み込んで上段から剣を落としてくる。その素朴な一撃が、疾く重い。


額の上で構えた剣で、オーギュはその一撃を受け流し、浅く逆袈裟斬りを放ったが、届かない。セブールはすでにわずかに間合いの外れたところに居た。


「もう魔法は使わせない。さっきは油断したが、格下が逆転するときは、たいがい魔法がきっかけであることは知っている」


喋りながら、容赦なく刃を向けてくる。牽制だが鋭い。受けるオーギュは、弾くだけで精一杯だ。


「その目・・・考えてるな」


喋りながら、セブールが先程から多用しているのは、距離を稼げる片手突き。剣の戻しが達人的に早いので、オーギュは距離を詰められない。逆に後ろに下がるしかない。


その動きも、地形をよく見なければいけない。水の大精霊の水魔法の流れ弾が、このあたりにも落ちているからだ。落ちたところは、ぬかるんだり、水たまりになっていたりしている。


退くオーギュ。それを、セブールが冷酷に追いかける。


「弾くのが精一杯、みたいなことをやりながら。考えている・・・どうやってオレ(第一王子)に勝つかを・・・。気に入らないな」


たっ


オーギュは、鋭い連続突きにたまらず、大きく後ろに下がった。一歩間違えば命を失う際どさに、汗が滝のように流れている。


「お前にはまだ余裕があるんだな。だから、その余裕を消し去ろう」










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