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257 均衡






ーー第一王子に、叛意あり!


第二王子(オーギュ)の鋭い声が、城門の下から響いた。それと同時に、睨み合っていた人数が剣を抜きつれ、撃ち合わせはじめた。


「始まったな」


戦いの様子を、はるか上方、石組みの胸壁に手を置き、城門の上から身を乗り出して見つめるのは、黒外套の貴公子ーーヴィクト辺境伯子だ。


「まったく、わらわが手助けをすれば、たやすく第一王子を虜にしてやるというのに」


つぶやくのは、辺境伯子の(きさき)であるサフィリア。


眼下、雪上の王子同士の戦いは、一対一が4組でき、あっという間に敵味方が入り乱れた。だが、第一王子の護衛は、精鋭である親衛隊からさらに選り抜いた強者ばかりだ。第二王子の翠風騎士隊の面々は、劣勢に立たされている。


第一王子(セブール殿下)を首尾よく捕らえたとしても、そのあとに、裁判やら政治向きの話が控えている。だから我々北部が前面に立つのは具合が悪いのは、たしかにオーギュ殿下の言われていた通りだ。第一王子のところは、オーギュ殿下に任せるのが最善だ」


ヴィクトがなだめるように語りかけるが、流れる銀髪を振り、妃はふんと鼻をならした。


「手を出せずに、ただ見ているのは、もどかしいわ。のうメアリどのも、そう思わぬかや?」


水を向けられて、わずかに苦笑するのは、侍女服姿の金髪の戦闘侍女。


「正直、難しいお話が多くて、私にはよくわかりません。ただ、オーギュ殿下のことは信じています。あの方(リュミフォンセ)の婚約者ですから」


メアリは胸壁の影に立ち。いつでも投擲できるように、指の間に投げナイフを数本はさみ、魂力を整えている。


「ーーだから、私は私のお役目を果たすのみです」


彼女の黄色の瞳がとらえているのは、王子同士の戦いではない。そのはるか先、王軍・東部の連合軍のおよそ二千騎。


角笛が鳴るとともに戦旗が揺れ、二千騎の一部が突出して、東門へーー王子同士の戦いの場へと急速に迫りだした。


使者に発った主将が、予想外の戦いを始めたのだ。残された軍が救援に向かおうとするのは、至極当然のことだった。


選り抜かれた最速の騎走鳥獣たちが飛矢のようにこちらに向かってくる。蹴り飛ばされた雪が、もうもうと冷たい煙を立てているのが、メアリからも見えた。




■□■





がきん、と剣と剣を、あるいは盾を、火花とともに激しくぶつけ合う音。


踏み荒らされて雪が弾かれ、土がのぞく地上に、それらの音が高く激しく鳴り渡る。


第一王子の護衛たちと、第二王子の護衛たちが、それぞれの思惑を持ち、剣を合わせている。


第一王子の護衛は親衛隊からの選り抜きの護衛騎士、つまり王国最強クラスの護衛騎士だといえる。


しかしそんな護衛騎士といえど、相手が高貴な身分ーーそれも次代の権力のぬしになるかも知れないものを、自らの手で捕らえることにさすがに遠慮がでる。


なんとなれば、護衛騎士の多くは自身の栄達のために生きているからだ。であれば、これからの王位継承戦の転がりかたによっては、上司になるかも知れない相手の不興を直接買う可能性は避けたいだろう。


そこへ、オーギュ第二王子がすらり剣を抜き、切っ先を、意中の相手へと向ける。


「さあ、いつかの決着をつけようか! 前のようにはいかないよ、兄上! 勝負だ!」


「ふん。むかしから、勝負勝負と・・・」


セブール第一王子も同じく腰の剣をゆっくりと抜き。そこから、緩急自在、達人のごとく瞬息の飛び込み。


ぎぃんと剣同士が打ち合う火花。


「煩いんだよ! 私は、お前とは見ている舞台がすでに違う。だが今日は、あえて下の舞台で踊ってやろう・・・。目障りを叩きつぶすために、私自身の手で!」


「その目障りに、負けなければいいね・・・。今日こそ、私が勝たせてもらう!」


セブールとオーギュ。言葉と視線が交錯し、そしてあとは剣風がぶつかり合う。



一対一の戦い。


(やはり、かかった・・・)


剣を構え、防ぎ、あるいは振るいながら。オーギュは胸中で静かに呟いた。


第一王子(セブール)は、第二王子(オーギュ)の過去を知っている。知っているからこそ、相手の思考を、力量を、たかをくくってかかる。そこが、罠の狙いどころだ。


セブールの護衛は親衛隊からの選り抜きの三人。オーギュ自身の護衛も自前の騎士隊から三人だ。だからひとりずつ向かわせれば、一対一の戦いがみっつできる。


そして。余った大将同士ーー第一王子と第二王子の、直接対決の場ができるというわけだ。


持っている組織同士のちからをぶつけ合えば確実に負ける。


だから、一対一の戦いに持ち込む。


これが一番勝率の高い作戦で。さらにいえば、成功であれ失敗であれ、一番犠牲が少ない作戦だった。




オーギュの作戦の要点を一言でいえば、『均衡』であった。


まず第一王子の最強の護衛たちは、身分と今後を考慮した遠慮のために、第二王子自身ではなく、第二王子の護衛(翠風騎士隊)の排除を第一にする。そののち、第二王子の捕縛に移る。むろん、排除職務の段取りのわずかな違いだ。


だが、段取りのわずかな違いが、時間差になり、隙になる。


現にこうして、オーギュは、第一王子との一対一の場面を持つことができた。さらに、オーギュの三人の護衛たちには、あらかじめ、第一王子の護衛たちの足止めに徹して、できるだけ均衡の時間を長く保つように指示をしてある。


均衡の時間はそう長くない。しかしこの時間すべてを注ぎ込み、オーギュはセブールに勝ち、彼をとりこにする。


それがオーギュの立てた作戦だった。




ぎいんぎいんと剣がぶつかりあって音を立てる。


オーギュも剣術の腕は磨いたつもりだが、第一王子の剣は鋭い。もともとが文武に万能な第一王子は、剣術も達人の域にある。オーギュもモンスターとの実戦を経ているとは言え、そんなものはセブールにもある。単純な戦技では、セブールのほうが上だった。


ゆえに、策がある。個別戦闘においては、小細工程度でしかないが。


剣を構えたオーギュは、半歩ひいて、魂力を整える。


魔法ーー。


発動に時間がかかる。そんなものは至近距離の戦闘で使えるものではない。それを証明するかのように、わずかに深く踏み込んだだけのセブールの刃が、上段よりオーギュを襲う。


かっ


と火花が散り、オーギュはかろうじて防ぐ。続けざま、軌道を変化させた瞬息のセブールの突き込みを、頭を大きく振るようにしてオーギュははずした。


その刹那を使って、彼は、ごく初歩の魔法を、発動させることに成功する。


ばちちっーー


紫の雷光が、オーギュの持つ剣を包む。


「魔法剣か!」


セブールが叫んだ。とりあわず、オーギュは、構えもかまわず横ぶりに剣を振った。


ばしん!


という音とともに、紫の雷光があたりに飛び散る。


魔法にもいろいろ種類があるが、鉄の武器防具を用いる騎士同士の戦いでは、雷の紫魔法は、防ぎにくく麻痺の追加効果まで持つため、絶大な効果を誇る。うまくはまれば、一撃で勝負がつく。ゆえに紫色魔法が使える騎士というのは、騎士団でも珍重されている。


だがーー


雷の魔法剣を、自身の剣の横腹で受け止めたセブールは、つぎに自分の剣を力で押し、オーギュの雷の魔法剣を押し戻して跳ね飛ばした。だけでなく、続けてセブールは攻撃の刃を切り込んでくる。


セブールの技量と体力に余裕がある証だった。


(体の魂力の出力をあげて、防具を通して伝わる雷を防いだ。私がこれを使ってみせるのは、初見のはず。しかし、この対応の速さ、さすが兄上だ)


オーギュは雷の魔法剣を維持し、一方でセブールは防御のために魂力の出力をあげながら、互いに剣を打ち合わせる。


護衛たちは、まだ一対一を維持し、王子同士の戦いに干渉できていない。


戦いの展開は、オーギュの事前の想定どおりに進んでいる。


(だがーー。やはりそうくるか)


オーギュは、セブールの背後の向こうに視線を向ける。そのさきには、雪煙がある。その雪煙のなかで、騎走鳥獣に拍車を入れながら、第一王子救援のために、敵の騎士の一団が迫っているはずであった。




■□■




「ーー疾いな」


城門の上で戦況を眺める、ヴィクト=アブズブール辺境伯子は呟いた。


敵の救援部隊の行軍速度が、である。


第一王子と第二王子の、ごく少人数の戦いーー。それが始まったと同時に、後ろに控えている王軍・東部軍の連合軍団から、ぱっと騎走鳥獣騎兵が飛び出した。目算で、およそ50騎ほどだろうか。第二陣も続いて発しようと軍団が動いているのがわかる。


雪煙と砂塵を蹴立て、先頭を来るおよそ50騎は、部隊長の独断専行の可能性が高い。となれば、おそらく、親衛隊選り抜きの精鋭で士気もごく高いだろう。


(こちらは戦士200人。個人の武勇に差があるとしても、城門に拠って戦えば、そうそう負けるものでもない、が)


オーギュから事前に授けられた作戦は、敵救援部隊との積極的な交戦ではない。


あくまでも、足止めである。


よって、門を開いて伐って出ることはない。それはつまり、第二王子を救援しない不合理をも意味する。


「・・・・・・」


だが、すでに作戦は動き出しており、内容の是非を論じる場面は過ぎ去っている。


ゆえに、ヴィクトは自分の段取りをこなすだけである。


ヴィクトは城門のうえ、皆が見える場所に立ち。そして、拡声魔法で皆に聞こえるように宣言する。ーー我はヴィクト=アブズブール辺境伯子である。


続けて、彼は、王都の精霊襲撃が、第一王子によるものだということを、宣言のなかで指摘し。


「ーーよって我々は、第二王子にお味方し、恐れ多くも第一王子を捕縛たてまつる」


これでまず行動の正当性を主張する。そして、次が言いたかったことである。


「これをかばう者は、同罪とみなす。だが邪魔しなければ、罪には問わぬ。おのおのがた、よくよく斟酌されよ!」


出鱈目だっーー惑わされるな、殿下をお守りせよ!


そんな声が、風に乗ってヴィクトの耳に届く。先頭を来る敵救援の一団の誰かの機転の声だろうか。距離は、およそ城門から500歩ほどののところに寄っている。


だがそんな反応も、ヴィクトには想定済みのものだ。


「これより近寄るな! 寄らばーー、()()()()!」


そう宣言して、ヴィクトは背後を振り返る。


背の高い市壁の上、麾下の氷壁戦士団の戦士立ちが、すでに準備を整えて、横一列に並んでいる。


(おめ)け」


そのヴィクトの指示と同時に、天地を震わすような大声があがる。


おおぉぉぉぉおおおおおおぉぉぉぉぉおおおおおおお・・・・・・・


戦意を乗せた屈強の戦士たちの鯨波は、戦いの場に身を置かぬ民であれば、すくみあがってしまうような威圧に満ちている。


しかし、まさかこれで選り抜きである親衛隊と東部軍の士気が削げるとは思っていないが、政治的には、充分に警告になりえただろう。


戦後に言い分を立てる手順は整え終えた。あとは実行に移るのみだ。


「よし。ーーもう射程だ。サフィ、頼んだぞ」


「ふん。誰にものを言うておるのじゃ」


ヴィクトの言葉と入れ替わるように、ずいと身を乗り出してきたのは、彼の美しき令室。彼女が持つ別の顔は、大魔法をたやすく行使できる、水の大精霊。


ふっ、と息を吐くと同時に、すでに練られ準備されていた魂力が、サフィリアの体から立ち上り、遠隔の大魔法が発動する。


「ーーいけっ!!」


ごごごごごごごごごーーーー。


何もない空間に、いきなり3つの巨大な水球が現れ。そして、雪の平原に激流が出現する。その流れは騎走してきた敵の先頭50騎の鼻先にぴたり照準され、大量の水の流れが、敵をすべて押し流すーー。


そのはずだったが。


高速で先頭を駆けてきた敵の50騎は、魔法の激流を避けるために散会するのではなく、速度を落とし、逆に密集した。


そこに、空中から現れた大河のような流れが浴びせかけられる。


どばばばああああああっ!


激流がさかまくのはほんのわずかな時間。


そしてその激流が終わったあとに、敵の騎士たちは誰一人流れることなく、無事だった。彼らがとっさに作り上げた魔法壁で、サフィリアの水の大魔法を耐え抜いたのだ。


「サフィ。あれはーー」


城壁のうえ、様子をすべて見ていたヴィクトが言いかけたが、サフィリアは小さな舌打ちとともに、続く言葉を引き取る。


「『兵組み』じゃの。知っておる。兵士たちがそれぞれの魔法の盾を、隙間なく精密に組み合わせることで、大魔法に劣らぬ強度を発揮する『技術』」


「ああ。北部(うち)の連中も訓練しているが、サフィの魔法を防げるほどの練度のものは、初めてみるな」


「じゃが、あれが兵組みによるものなら、崩し方も知っておる・・・。あの魔法壁の強度は、精密な組み合わせの所産。ならば、それを乱せばよいということじゃ・・・。ふっふ、ひさびさに腕が鳴るわ!」


サフィリアの言葉と同時、水球がいくつもすでに彼女の周りに浮かんでいる。


いけっ!ーー


ばばばばばばばっーーーー


声とともに、水球群が水弾に変わり、乱れ撃たれる。無数の水弾は空間をばらまかれ飛翔し、サフィリアのさすがの制御力で、遠距離でも敵の騎士たちまで着弾するがーー。


「サフィ、殿下たちのあたりにも落ちてるぞ!」


「あはは・・・。実戦は久しぶりじゃからのう、勘がすっかり鈍っておるわっ! あははははは!」


サフィリアが笑って誤魔化して、水弾のばらまきを再調整する。水弾は狙い通りに飛ぶようになったが、敵は相当に練度が高いようで、魔法の盾を構えつつ、少しずつ前進してくる。つまり、完全には足止めはできず、攻撃の効果はあまり上がらなかったということだが・・・。



だが、この大魔法の乱撃が、敵陣に、意外な効果をもたらしていた。








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