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247 夜明けの隕石






ーーーーどくんっ




「・・・・・・?」


バウの背で、わたしはなんとも言えない違和感を覚えて、右手に紫色魂力をまとわせたまま、動きを止める。


目の前には、特殊な効果を付与した魔法の霧。火の属性の赤色魂力を加えたもので、雷撃を加えれば、一息に燃焼し爆発するように工夫したものだ。そして霧の中心には、まだ精霊王がいるはずだ。


彼女がこの霧から抜け出す前に、急いで爆発させないと。そのはずなのだけれど。


「・・・・・・?」


まるで一度みたような。


わたしは、どこか既視感を覚える。


いま見える光景、そして自分の思考にもだ。


けれど、いぶかっている時間はない。精霊王がまだ霧のなかにいるあいだに、罠を作動させなければ。


とにかくと、わたしは急いで魔法を発動させる。詠唱紋が一回転する。


「紫色魔法ーー『紫雷閃』!」


(あるじ!)


手先から紫の雷が放たれるのと同時、バウの警告が頭にひびく。


分厚い霧をぶち破って、風を巻いて飛び出してきた影。


たまたまその影に向けて飛んでいたわたしの紫雷は、影の片手でたやすく弾かれる。弾かれた雷は可燃性の霧に飛び込み、誘爆からの大爆発を起こす!


そして、精霊王が。大爆発の追い風に乗るように、こちらに超速で向かってくる。


爆風に虹色の髪を激しく乱し、精霊王は、上段に大きく拳を振りかぶった。


「『緑壁豪風』!」


高速退避するバウのうえで、わたしは魔法の豪風を放つ。魂力が混ざり密度をもった風は、分厚く重い大気の壁となり、精霊王の動きを多少なりとも減速させる。


「はあああっ!」


だが精霊王は、それらの妨害を突き抜けて、巨大な魂力をこめた拳を、力まかせに打ち下ろす!


ごぉん!


大地が割れる。土塊が裏返るようにめくりあがる。


しかし、ほんの一瞬の差。


わたしとバウは、精霊王の魂力のこめられた拳を、かろうじて回避した。


「~~~~~~~~!!」


直撃じゃなくても、十分な威力がある。しかしそれは何とか耐えて、精霊王の拳で生じた余波を逆に追い風にして、バウとわたしは、とにかく精霊王と距離をとる。


そこからの精霊王の追撃を予想して、わたしはいくつもの魔法を頭のなかで思い描いたけれどーー、しかし、精霊王は追って来なかった。


精霊王は、打ち下ろしの姿勢から立ち上がり。退避し距離をとった、わたしたちへ鋭い視線を向ける。


でも、苦しそうに、ひどく荒い息だ。


「ーーーー?」


攻め込んできた精霊王のほうが、明らかに消耗している。


歩数にすれば50歩ほど。精霊王からそのくらいの距離を保って黒大狼のバウは宙で立ち止まる。わたしはバウの背に座り、精霊王の出方を伺いつつも、なにが起こったのか思考を巡らす。


さきほどの精霊王の拳の一撃は、威力あるものではあった。けれど、精霊王の持つ魂力の総量であれば、あれほど消耗するような攻撃ではないはずだ。


なのに、なぜあれほどに消耗しているのかーー? わたしが張り巡らせた、霧から脱出するときまでに、なにか、別の大魔法を使ったということかしら?


だとしたら何を? ただの高速移動には、大魔法は必要ない。


考えをさらに巡らす。


すると、さきほどわたしが感じた『既視感』が、違和感を持って浮かび上がってくる・・・。


初めての光景のはずなのに、そう感じなかった・・・。


ーーそうか。


わたしの脳裏に、答えがひらめいた。


魔法の風に乗せて、言葉をいまだ肩で息をする精霊王に届ける。


「精霊王ーー。あなたは、『時を戻す魔法』を使ったのですね」


「ーー!」


精霊王は、余裕をとりつくろうように笑い、虹色の長い髪をかきあげる。けれど、一瞬の動揺は見えた。


わたしは確信する。すると、わたしの確信を見て取ったのか、精霊王は、みずから白状した。


「時魔法を使ったことは、使用者以外にはわからないはずだけどね」


「わたしは、時の精霊、イー・ジー・クァンの時魔法を体験したことがあります。だからーーわかってしまう、のでしょうね」


相手から見えるかどうかわからないけれど、わたしは微笑んでみせる。


あのとき、イー・ジー・クァンは自分の魂力だけでは魔法を発動できず、魂力のタンクとして、わたしとシノンの魂力を使ったほど、魂力の消費が大きかったのだ。あのとき、わたしもごっそり魂力が減ったし、シノンは魔力欠乏症になるほどに魂力を消費した。


時魔法は、強力な代わりに、とても燃費が悪い魔法だということ。


その魔法を使ったということであれば、わたしの既視感にも、精霊王の急激な弱り具合にも、説明がついた。


きっと、前の時間軸で、わたしは霧の爆発で、精霊王に大ダメージを与えた。そのダメージを無かったことにするために、精霊王は、時を戻した。


「・・・・・・」


精霊王は、なにも説明しない。それは当たり前だ。けれど、王は相当に消耗しているように見える。


大ダメージを与えても、時をもどせるとしたら、精霊王は最強だ。深刻なダメージを任意に回避してやり直しができるのだから。でも、それは、時を、何度でもときを戻せるとしたら、という条件が付く。


いまの精霊王は、それほど魔法に習熟していない。だから、精霊王にとっても、時魔法は間違いなく魂力の消耗が大きい。切り札であるかもしれないけれど、何度でも使える手ではない。


わたしは、改めて精霊王を観察する。あの疲弊具合を見ると、もう立っているのもしんどいように見える。さっきの拳の一撃のあとに、続けて攻撃がなかったのは、魂力の不足によるものだとしたら?


「はぁ・・・」やがて、精霊王が絞り出すように息を吐いた。「リュミフォンセさまは、鋭いね。異常なほどだ。そして、強いね、貴女は。さすが<仮寓>が一目置くだけのことはある」


「それは光栄」わたしは応じる。「では、負けを認めて、矛を収めていただけるかしら?」


「後悔しているよ」精霊王は大きく息を吐く。「もうすぐ次の魔王が決まる。その次の魔王のちからを得てから、貴女に挑むべきだった」


「!」


「知っているかい? <仮寓>は、シノンはーー。次の魔王のちからを巡って、魔王選別戦を戦っていた。より強い力を得るために・・・。もっとも、彼女が魔王になりたかったかどうかは、別だがね」


そういえば、リンゲンにいたころ、シノンが、任務外でも強力なモンスターを倒しているという話を聞いていた。あれは、魔王トーナメントに関係していたのね・・・。


「彼女の向上心は、余にとっても好都合だった。<仮寓>である余の肉の器にも、強くあってもらわねば、余も顕現ができなかったのだから・・・」


そして精霊王は大きく息を吸い。


「だが良いことばかりではない。肉の器が強くなるとともに、<仮寓>の魂もまた、強くなっていったのだから・・・。おかげで、余も顕現するのの一苦労だった。王都で同胞が殺されたことで、<仮寓>が心を乱さねば、そして余も、怒りによる魂の純化がなければーー。いつまでも、<仮寓>は<仮寓>のままであったかも知れない」


「わたしとしては、シノンにはずっとシノンのままで居てほしかったですね。精霊王、貴方には悪いけれども」


わたしは、精霊王が突然これほどぺらぺらと喋りだした理由を推察しようとした。けれど、考えるまでもない、こうして喋って時間を稼ぐことで、少しでも魂力を回復させようとしている。


終局が近いことを、わたしは予感する。


「戦いをやめる意志がなければ、決着をつけましょう」


言いながら、わたしは魔法の黒槍を、周囲に展開する。


そのとき、きらり、と黄金色の光が世界に走った。ーーついに、朝陽が、昇り始めたのだ。


「ーー『千本華林』」


さきほど、精霊王には通じなかった攻撃方法だけれど、これだけ疲弊していれば、物量作戦で押し切れるはず。


「そうだね。決着をつけるーーということには、余も同意しよう」


わたしの黒槍の戦陣を目の前にして、精霊王には、まだ余裕があった。虹色の髪をかきあげ、続ける。


「リュミフォンセさま。悪いが、時間を稼がせてもらった。ーーようやく、待っていたものが来た」


すっ、と精霊王は天を指差した。


その指先の先の天、朝を告げる旭日で白く赤くなっている空を見て、わたしは言葉を無くす。


「ーーーー?!」


朝焼けの空に、赤く輝く物体が見える。


朝陽ではない。それは、真っ赤に焼け燃える、巨大な岩塊。


かろうじて、言葉を絞り出す。


「隕石ですって??!!」


精霊王の先程の言動を信じれば、あの隕石は、精霊王が喚んだものだ。隕石召喚の魔法、どんな魔法なのか今のわたしには見当もつかないけれど、目の前にあるものが事実。


遠目に見えるだけの隕石がどのくらいの大きさなのか、正確にはわからない。でも、お城ひとつくらいの大きさはありそうだ。


精霊王が、片頬を釣り上げて、勝ち誇るように言った。


「余に、幸運があった。あれは、リュミフォンセさま。貴女に向けて、落ちてくる」


はっ??


なんですって?!


「・・・・・・!!」


精霊王に言われて、かすかに思いあたったのは、4種類の無属性魔法のうち、最後のひとつ。『確率魔法』。


ひとつの因果の確率を超規則のちからで、変更する魔法だ。


地表へ落ちてくる隕石。それが落ちる確率を、動かす。さらに、わたしへと落ちるように、確率を操作する。


(ーーあれは、リュミフォンセさま。貴女に向けて、落ちてくる)


さきほどの精霊王の言葉は、そんなことを示唆している。


でも、からくりがわかったところで、いままさに隕石が空から降り落ちてきているのは事実。


あれだけの大質量の隕石。あれが地面に達するだけで、地表の一部は蒸発して、衝撃波が暴れ、その周囲は徹底的に破壊されるだろう。


わたしの瞳に、朝陽の黄金色の光が映る。


ついに夜明けがやってきたけれど、これは福音ではない。


わたしが習得している転移魔法の『闇渡り』は、夜の闇があるあいだにしか使えない。


闇は、ちょうど昇ってきた朝陽の光に払われた。もう闇渡りによる回避は使えない・・・。


ひとつ、逃げ道が封じられた。


そして、やられた--と、わたしは思う。


精霊王が使った魔法は、時を戻す魔法だけではない。隕石を呼ぶ確率魔法も使った。だからあれほど疲弊していたのだ。


とはいえ、いま、だ。隕石が落っこちてきているいま、これをどうすればいいかしら?


わたしは、空を破るように落ちてくる巨大な岩塊を、にらみつける。











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