246 青霧の魔法
地上に降り立つ、精霊王から放たれた、極彩色の破壊の放砲!
魂力と大気を渦を巻き。極大の魂力を極限まで圧縮して撃ち出したそれは、周囲の空気を震わせ地面を砕きーー、そして、バウに乗って宙に浮かぶ、わたしに向かって襲いかかってくる!
すがすがしいまでに、凶暴で純粋な力。
わたしは胸に爽やかなものすら感じながら、ただちに対応を開始する。極大の放砲の軌道予測し、その流れのすぐ下に添えるように、わたしは魔法の黒盾を出現させる。
もちろん、そんな盾はぱきりという音とともに、一瞬で砕ける。
でも、出現させる盾は、一枚だけじゃない。
わたしの周囲に、大量の詠唱紋が浮かび、申し合わせたように次々と回転する。極大の魂力の放砲が迫る刹那の間に、たくさんの黒盾を、何枚も何枚も、数珠つなぎで連ならせ。いまだ明けぬ夜空まで届かせる!
「黒盾・百連ーー。『天梯子!』」
ばちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちぃぃぃぃぃぃーーー
ごうっ!!!!!!!!
極彩色の巨大な魂力は。魔法の盾による天梯子によってわずかに軌道を上向け。
わたしたちの頭上を通り越し、空へと抜けていく。
そして、放砲が過ぎ去ってから、土埃とともに暴風が遅れてくる。これは盾では防げないため、わたしは防護膜を張って、バウごと緑の球状の膜で包む。さすがに余波ではやられないけれど、この暴風だけでも、普通の攻撃魔法くらいの威力がありそう。
念の為にもう一重の防護膜を重ねて、余波に耐える短い時間で、わたしは思考を巡らす。
無属性魔法には、命、空間を操る魔法のほかに、「時を操る魔法」と「確率を操る魔法」。ぜんぶで4種類の魔法がある。
魂力をそのままぶつける技は特技で別枠として、精霊王が使った魔法は、まだ前者ふたつ。
あと、時と確率の魔法を、精霊王は使ってくる可能性がある・・・。
時魔法は、時間を戻す魔法なら、わたしも体験したことがある。前魔王と戦ったとき、時の精霊イー・ジー・クァンにかけてもらった魔法だ。『やり直し』ができるあの魔法は、とても強力だった。
あとは、「確率を操る魔法」だけれど、これはどんな魔法なんだろう・・・? 調べてはみたけれど、実例は無かったのだ。けれど、なんとなく戦闘向きじゃない気がする。賭博場で使ったらきっと最強そうな感じはするけれど。
可能性は別にして、いま、精霊王がすで使っている魔法のなかで、一番やっかいなのは、空間魔法ということになる。
さっきまでの戦いの応酬で、わたしの水剣の嵐を撃ち返してきたのは、きっと空間魔法で空間をねじまげて、歪みの入り口を精霊王の周囲に、そして歪みの出口を、わたしとバウの真下に設定したのだと思っている。だから、わたしの魔法は、真下から返ってきた・・・
精霊王はとても素早いーー素早いという言葉じゃ表現しきれないくらい動きが早いから、こちらは魔法の物量で圧倒しないと、当たらないのに。その魔法の物量を自由に撃ち返せるとなると、対応に悩む。しかも、きっと射出場所も結構自由に変えられるられる気がする。捻じ曲げた空間の出口を、どこに作るかだけの問題だからだ。
うーん。物量作戦はだめそうね。作戦を変えないと・・・。
はっ。いま気づいたのだけれど、精霊王は、空間歪曲の魔法で、ワープみたいな瞬間移動もできるはず。でも使わないのは、なぜなのかしら? ひょっとして、肉体強化で直接走ったほうが速いから、とかそういう理由かしら? ありえる気がする。
そうして、極大の魂力が通り過ぎた、その余波の暴風も過ぎ去った。土埃も吹き飛び、視界が開けた。
そして、開けた視界のなか、お互い、極大砲を放った場所から動いていなかったことに気づく。
こちらへと視線を向けていた精霊王と、わたしは目が合う。彼女は、視線に敵意を乗せるでもなく、虹色に輝く長い髪をかきあげ、不敵に笑っている。余興はどうだった? ・・・とでも言い出しそうな表情だ。
あれだけの魂力の大放出をしたのに、まだ余裕がありそう。
「・・・・・・」
次の手。わたしは周囲にまた魔法の黒槍の群れを浮かべる。でもこれはただの牽制。
精霊王には、空間魔法による防御と、魂力を利用した達人的な体術による防御がある。両方ともとても強力な防御で、黒槍は数を揃えても、牽制にしか使えない。
だから、本命の攻撃手段が、別に必要になる・・・。
それを、いま思いついたわ。
「『青霧深夢』」
わたしは、黒槍は待機させながら、重ねた魔法で霧を四方に発生させる。青白い霧が、わたしを中心に、波打つようにして広がっていく。
「いまさら、こんな目くらましが、通用するとでも? リュミフォンセさま?」
声の届く魔法を使った精霊王から、余裕の声がする。霧に対して、何かをしようという動きも見せない。
「さて、どうかしらーー」同じように、わたしは応じる。声を出しても構わない。視界を奪ったところで、精霊王は魂力でわたしの位置を探知できるのだから。「匂いを嗅いでみても、包みの箱をあけてみなくては、なんのお菓子が入っているか、わからないのではなくて?」
やってみなくてはわからないーーそんな意味の言葉で、わたしは答えを入れて。もう一度、同じ魔法を重ね、魔法の霧をさらに濃くする。
ずばんっ!
次の瞬間、牽制においていた黒槍の陣が動くのと、破壊音が響いたのは、ほぼ同時だった。わたしが一瞬前まで居た場所を、強大な魂力のかたまりが通り過ぎていく。むろんそのときには、わたしを乗せたバウは、魔法の霧に紛れつつゆっくりと移動しており、無事だ。
おそらく、精霊王が攻撃をしたことで起こったものなのだろう、物理的な暴風が吹き上がれる。しかし、わたしの霧はびくともしない。
魔法の霧だ。いろいろな効果を付与することができる。たとえば、物理的な風では動かない霧を作りだすことは、そう難しくない。
けれど一方で、牽制のために出していたわたしの黒槍の陣は、精霊王のワンアクションで、3分の1ほどが当然のごとく消えた。
青白い霧の向こうから、精霊王の声が聞こえる。自分が生み出した霧だけど、わたしの視界も塞ぐ。
「風を起こしても消えない霧・・・。魂力でないと干渉できないシロモノか」
「もちろん、貴方の魂力を籠めた拳で殴れば消せるわ。さっきのわたしの槍のようにね」
「わかったぞ」精霊王が言う。「それをさせて、余の魂力を浪費させるのが狙いだな?!」
「さて、どうかしら?」
わたしははぐらかすように応じる。応じながら、また新たな霧を作り出す。この霧は、さきほどまでとは違う。ただの霧のように見えて、赤色の火の魂力を、青色の水の魂力で包んだ微小な粒子だ。
精霊王が地面を蹴った気配がした。前面に両手を構えて大きな魂力を広げ、霧を蹴散らしながら飛び込んでくる。
けれど、そこまで大きな動きだとわたしを乗せるバウも心得ていて、わたしが指示をするまでもなく回避してくれる。
たっ、たっ、と空間を跳ねて、バウは精霊王に的を絞らせないように、距離を取りつつ移動を続ける。
そのあいだ、わたしは微小な粒子を生み出し続けて、青白い霧に織り混ぜていく。
(・・・そろそろか? あるじ)
バウが聞くので、わたしは答える。
「ええ、そろそろ良いわ・・・。全速でお願いね」
(承知)
わたしが横座りしているバウの背中の毛皮をつかむと同時。
バウが、超高速で移動する。
例えるなら、野球場の端から端までくらいかしら。そんなちょっとした距離を、一瞬でひとっ走りし。
霧で覆った範囲の外にまで、わたしたちは抜け出た。
そのときすでに、わたしは、雷の魔法の発射の準備を終えている。
ーー最初の魔法の霧は、水属性だけで作った。けれどあとから、火の属性の魂力を足して、霧を変質させた。
じつは、いま、精霊王を覆う魔法の霧は。可燃性のものになっている。
投射系の魔法は、精霊王には通じない。反応速度が高すぎるからだ。けれど、周囲の空間ごと、もっといえば精霊王に密着したものを爆発させるのであれば。反応速度なんて関係ない。ダメージがきっと通る。
霧の範囲は広いので、一撃必殺には、濃度が足りないと思うけど。でも時間を引き伸ばして、精霊王に霧を吹き飛ばすような判断をされるのは困る。ここがしおどきだと思う。
「紫色魔法ーー『紫雷閃』!」
雷鳴がとどろき、文字通り高速で稲妻が一直線に走る。
ごうっ・・・・・・・・・・ごごごごごごごっっっっっっ!!!
最初はひとつの爆発だった。けれど、それに連鎖するように小規模な爆発が波のように走り。
ひと息で大爆発へと成長する。
あたりをつんざく音が響き、天を衝くほどの火柱が立ち上った。思っていたよりも大きな爆発になった。わたし自身、防護膜を展開して、自分の魔法の余波から、自分たちを守らなければならないほどだった。
ーーそして爆発が終わり。
もうもうと立ち上る土煙のなか、ひとつの影がある。魂力を感じれば、それは精霊王のものだ。
あの爆発に巻き込まれたのに、まだ、立っている。素直にすごいと思う。けれど、ふらついているのも感じる。
ーー好機だ。
わたしは思う。
策があたった。あとは一気に、畳み掛けるだけ!
「ーー『黒槍』。百連」
いまは、間を置きたくない。魔法の種類よりもなによりも、速度を大切にする気持ちが、わたしに一番使い慣れた魔法を選択させた。
どんっと黒槍の群れが飛び出て、精霊王に向けて飛翔する。
「バウ!」
わたしは呼びかける。委細承知とばかり、バウが先行する黒槍群を追って宙を駆け出す。
近づくにつれて、精霊王の様子が見えるようになる。彼女は、明らかにダメージを受けていた。立っている姿はふらつき、髪の虹色も、くすむかのようだ。
先行させた黒槍の群れ、ついさっきまではまったく通用しなかった攻撃だけど。いまは、精霊王は弾くだけで精一杯ーーいや、それどころか、少し当たっている。
勢いをつけて宙を駆けおりるバウ、その高速で動く黒大狼の上、風をきりながら、わたしは破壊の魔法を準備した。
この一撃が、どどめになる。
大威力の魔法も、難しい魔法はいらない。
優先すべきは、速度と必中。
魂力が整い。浮かんだ詠唱紋が、回転を始める。
ほんの刹那にすぎない間、わたしは標的となる精霊王を目で追い続けている。
精霊王も、わたしのほうを見ていた。ひとつ、彼女はけほっと咳をした。
それでも目はそらさない。彼女の瞳に映る感情は、無表情で読み取れない。
そして、わたしは、両腕を前に突き出すようにして照準し。ひとつ魔法の名を唱えた。
詠唱紋が、回転し、飛翔する攻撃魔法が発動するーー。




