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244 憧れるから、超えたい







「どりゃどりゃどりゃりゃりゃー!!!」


純粋な魂力をまとわせた拳を振るい、精霊王はわたしたちへと迫る。


魔法の黒槍、紺碧の魔法盾、劫火を圧縮した魔法弾。


わたしたちが放った魔法は、いずれも精霊王の魂力をまとった拳と蹴りで、跳ね返され砕かれ弾かれて。わたしとバウは戦場を逃げまわっている。


それでも、わたしたちは、魔法の行使をやめられない。攻撃魔法で牽制しなければ、あっという間に精霊王にやられてしまう。


どんっ


精霊王が力強く地面を蹴った。そして瞬間移動のように、わたしたちとの距離をつめる。


わたしたちはより激しく攻撃魔法を降らせて迎撃することで、精霊王を減速させ、その隙に後退する。今回もなんとか接近は阻んだ。追いかけっこが、また続く。


精霊王は、魔法で宙を飛ぶのが早いというよりも、肉体を使って地面を移動するのが早い、という印象がある。


ということは、体術が得意であるということ。シノンの身体強化の魔法と、それに向いた体を継承しているということになる。


精霊王なだけに、魔法戦に強いかと思ったけれど。現状を見ていると、精霊王は、想定とは逆に、肉弾戦のほうが得意そうだ。


肉弾戦を挑まれれば、魔法師のわたしは、分が悪い。


本当に悪い。圧倒的に悪い。接近戦は苦手なの。泣きそう。


しかし、突然、精霊王とわたしたちの距離が開いた。距離を取ることに成功したことになる。けれど、これはわたしたちが何かをしかけたからというわけではなく、ただ単純に、精霊王が立ち止まったからだ。


立ち止まったかたわらには、封霊環の鎖がぐるぐると絡みついたクローディアが、仰向けに地面に横たわっている。


大事(だいじ)無いか?」横たわるクローディアに、肩越しに見下ろすようにして、精霊王が尋ねる。


「・・・体にちからがぜんぜぇん入りませぇん・・・。眠くなってきて・・・。あ、なんだか、よく眠れそうな予感」ほぼほぼ目を閉じて、クローディア。


「・・・そのまま寝とけ。その鎖に触ると余まで危険そうだ。戦いは、余だけでかたを付ける」


ばしん、と精霊王は自身の手のひらを拳で打って、気合を入れた。


わたしはバウに乗ったまま、聞こえぬやりとりの様子を、遠くから見ていた。


ただ、精霊王が気合を入れたのはわかった。動作だけで、ぶわりと土煙が立つほどに、風が巻きおこったからだ。


精霊王は、王様っていうか、市井の喧嘩師みたい。でも、他の精霊を害されて怒ったのだから、任侠の親分だと思ったほうが近いかしら。


「・・・休憩おわり。行きますよ。・・・リュミフォンセさま」


そう大きな声でもないのに、この言葉が聞こえたのは、精霊王が声を運ぶ魔法が使ったのかしら。


そして、


びしっ


という地面をひび割る音を残して、精霊王が消える。


魔法とかそういうものじゃないのは、続けて目の前の広い範囲であがった土煙でわかる。


単純に、精霊王は文字通り目にも止まらぬ超スピードで移動しているのだ。


冗談じゃないわ。このまま襲いかかられたら、それでわたしの命が終わってしまう。


「『黒槍』」わたしは慌てて集中しなおし。抵抗するために魔法を使う。「ーー『千本華林』」


もっとも得意な攻撃魔法を。とにかく大量に生み出す。


わたしの円周上、広範囲に、わたしは黒槍の魔法を並べる。その数、1000以上。ここまで来ると、わたしも正確に数を把握できない。


これは一種の攻撃的な結界だ。ここに立ち入ったものは、すべて黒槍で突き刺して撃退する。


獲物を取り込むために、生き物のようにうごめく必殺の戦陣だと言ってもいい。


「ーーーーーーッ!!!」


けれど、精霊王の歓喜が聞こえた気がした。踏み込むような音とともに、前方の黒槍の陣の一部が、いきなり吹き飛び、欠けた。


上方へ思い切り蹴りあげる精霊王の姿が、一瞬だけ見えた気がした。けれどまた姿が見えなくなり、黒槍がまた吹き飛ぶ。


「ーーー!! 追いつく!」


わたしはぐっと拳を握り、黒槍の陣を操作する。


精霊王の動きの軌道は、黒槍が吹き飛ばされる道筋でわかる。多数の黒槍を水の流れのように、精霊王の動きに先回りさせて動きを妨害しながら、わたしはまた魔法を使う。


「『千本華林』ーー」


また黒槍の林を生み出し、今度はそれを、空中に浮かぶわたしの頭上ーーに、滞空させる。


がががっががががっがっ!


その間にも、精霊王はさっき配置したわたしの黒槍を吹き飛ばしながら、神鳴の軌道であっという間に近づいてくる。


黒槍の陣で稼げた時間は、ほぼほぼ無い。けれど、陣の中を動いてもらうことで。


精霊王の超スピードの動きのすべてはわからなくても、動きの軌道、癖、タイミングは。


わかる。先読みができる。


「ーー落滝(キャスケイド)!」


精霊王の進む軌道とぶつかるように、滞空させていた黒槍を、一気に高密度で落とすように降らせる!


もともと水平方向に展開していた黒槍、それに加えて、縦方向から高密度の黒槍を降らせ。水平と垂直の一種の十字砲火。


精霊王がやっているのは、膨大な魂力にものを言わせているとはいえ、しょせん手足にまとわせた魂力での単純な攻撃と防御。


多方向から物量で飽和させれば、さすがに防ぎにくいはず。ーーどうかしら?!


迫る物量飽和の黒槍。それに対し、精霊王は、全身に魂力をまとわせて跳躍すると。


まるで独楽のように、あるいはフィギュアスケートの選手のように、空中で高速回転した。


バチチチチィィィ!


激流が巌を取り巻いて流れるように、物量を優先した黒槍の流れは、回転する魂力と化した精霊王をまるで避けるようにして動いた。


精霊王も、ただ弾くというよりも、受け流すようにして。黒槍の落滝をーーやり過ごした。



「!!!」


ここまでやって、相手に有効打を与えられなかったという衝撃。しかし、より大事な緊急事態があった。


もう精霊王が、宙に浮かぶわたしとバウの、すぐ近くに迫っていたのだ。


まるで弓を引き絞るように、精霊王は右拳を大きく振りかぶる。その拳には、精霊王の巨大な魂力が乗せられている。


その威力は、わたしをバウごと消し飛ばすには充分でーー、


その拳はこうして思考しているあいだにも届いてくる速さで、


気がついたときには、拳の風圧がわたしの前髪を揺らしていてーー。


ごぅううううん!!!


絶望的な破壊の轟音が。


()()()()()()()、響きわたった。


「・・・・・・」


精霊王は、地面に開いた破壊のクレーターの底で、拳を振り下ろした姿勢で動きを止めていた。


わたしはバウの耳を引いて合図し、宙に浮いたまま、距離を取らせる。


「・・・。何をした?」ぎろり、と音が聞こえてきそうな目で、精霊王がわたしを見る。


「極めた魔法というのは、便利なものなのよ」


離れた距離でも声が伝わる風の魔法を使いながら、わたしは応じる。


たん、と精霊王は跳ねて、破壊の大穴から平らな地面へと飛び出る。


「間違いなく、拳は貴女を狙っていた。しかし、気づけば地面を砕いていた・・・。何をした?」


改めて聞いてくる精霊王を、わたしは軽く笑って応じる。


わたしが使ったのは、『闇渡り』という移動魔法だ。つないだ闇と闇を、一瞬で通り抜けられる魔法。


それを、精霊王に使った。精霊王は、わたしの目の前からわたしの背後へと、すり抜けるように移動し、地面を叩き砕いた。それがいま、起こったことのすべてだ。


もちろん、万能ではない。影がつながっていなければいけないので、夜にしか使えないし、移動先には事前にマーキングがいる。


「わざわざ、こちらの手の内を明かしてあげることもないでしょう? それとも、貴方も使っている魔法の手の内を教えてくれるのかしら?」


「・・・・・・」


精霊王は、驚きと感心が入り混じったような、不思議な視線でもって、わたしを見た。


そして彼女は、右手で自分の胸を指すようにして、言葉を始める。


「今の余ーーと言えばいいか。いま私のなかで眠る、<仮寓>であるもうひとりの自分が」


「シノン、よ」わたしは指摘する。「その子はシノン。まわりくどく言い直さず、そう呼ぶといいわ」


「そうか。ならばそれに倣おう。ーーシノンはな。貴女に憧れを持っている。それが、なにか腑に落ちた気がする」


「ーーそれは光栄ね。ところで、シノンは、もとのように戻ることがあるのかしら?」


「それはどうだろうな。私にとって、<仮寓>は<仮寓>でしかないからな」


「でも」わたしは言う。「現在を生きているのはシノンでしょう。貴方は、今を生きる彼女に身体を返すことになると思うわ」


それは、わたしの経験から言っていることだ。わたしの場合、前世の現代日本の魂の記憶は、すっかり薄れて、いまはただのリュミフォンセだ。


そういう経験を経て、わたしにだって。転生については、一家言(いっかげん)あるつもり。


言ってみれば、わたしは、転生については、精霊王の先輩だから。


「・・・。本当か? なにか根拠のある話なのか?」精霊王が聞き返してきた。


「それは、あれよ」わたしとしては、いままさに敵対している相手に、自分の秘密のなかの一番の秘密を明かすことに抵抗があった。「お友達の話よ。そういう友達が居たの」


「貴女に、転生した友達がいたのか?」


「・・・そ、そうよ。個人情報だから、これ以上は詳しくお話できないけど」



「そうか」精霊王はつぶやくように言った。「転生してきても、いずれ消える身、もしそうなのだとしても・・・。いまこの場での決着は、付けなければな」


わたしの言葉を、精霊王は、意外なほどすんなりと受け止め。そして、正面の空気を抱えるように両手を突き出し、構えを取った。魂力が動きだし、魔法の準備の気配がする。


膨大な魂力、大魔法の気配。わたしも迎え撃つために、対応する魔法の選択を始める。バウの背の毛皮を掴む手に、つい力が籠もる。


お互いに次のラウンドを準備し緊張を高めるなかで、ふいに、精霊王が言い足した。


「余は」低い声で精霊王が語る。「精霊を守るために、人間はすべて滅すべきだと思っている。それがいま戦う理由だ。しかし、シノンはまた違う考えだ」


続ける。


「シノンは・・・。リュミフォンセさま、貴女に憧れを持つから、貴女との戦いを望む気持ちを、心の底にもっているのだ。ーー貴女を超えるために」











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