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238 ひめさま、空とんでる








「ままー。ひめさま、空とんでる」


「なにを言っているの! 駄目よ、あぶない。窓際になんて行ったら。さあ、早く部屋の奥へ・・・へはぁっ?!」






白羽騎走鳥獣(クルル)で駆ける5階建の集合住宅の屋根のした、母娘がそんな会話をしているとはつゆ知らず。


深夜の王都、わたしは、屋根の稜線にかかる猫道にクルルを着地させ、少しの助走のあとに方向転換。クルルの蹴爪が踏み切り、今度は大通りを横切るように、大きく宙を跳んだ。


浮遊魔法と飛行魔法を併用して、乗り手のわたしは跳躍の飛距離を伸ばし。


さらに着地先の視界を得るため、魔法の灯火をぽぅと2つほど飛ばす。


闇に漂う冷たい雪片の名残が、刃物のような鋭い冷気で頬と髪に当たる。


そして風を追い越すように、ざんっ、と雪を蹴りつつ屋根に着地する。


一直線の屋根の猫道を、駆け続ける。走るのは乗騎のクルルの好きにまかせて、わたしは手綱を口に咥える。そして左手には魔法弓、そして右手には、束縛魔法を変換した魔法矢を出現させて、精霊の気配を広く探る。


前方、2ブロック先の建物の隙間。


感知した精霊の魂力へ向けて。魔法矢を天へと射込む。


魔法矢の尾羽根の軌跡が縦の弧を描き、夜闇に赤く光る。命中、捕縛できた手応え。


口に咥えていた手綱を右手に短く持ち替え、さらにクルルを駆けさせる。



わたしは、南側から内壁のなかの市街に入り、北上していた。


高いところからの視点が加わると、状況がよくわかってくる。精霊たちは集合したりせず、かなりばらけていて、内壁内の東から北にかけて、比較的多く存在しているみたい。そこを叩かないと、今回の騒動は終わらない。


ちなみに、全体からは中央、わたしからは左手前方に見える小高い丘のうえに、王城が鎮座している。わたしから、灯りのともった王城がはっきりと見えた。いまわたしは、5階建の建物の屋根を移動しているので、視界を遮るものがない。


バチィッ!


そのとき、オートで起動したわたしの魔法の盾に、どこかから飛んできた水弾がはじけた。


闇に姿は見えないけれど、飛んできた方向はわかったので、その延長線上にある魂力をさぐる。結構離れた場所に相手はいるようだ。


遠距離からの狙撃。そして、わたしと同じように、高い屋根に登っているようだ。


反撃で狙う的は、視覚以外で感じ取る、魂力であることにはかわらない。


わたしは、短弓にしていた黒の魔法弓を、長弓に瞬時に作り変え。


狙う方向に矢先を向け、深く引き絞る。


弦を離すと、紫色の魔法矢が閃いて、力強く虚空を貫いた。


手応えはあったように思うけれど、確認をしに向かうとなると、かなり遠回りになる方向だ。なので、続けて同じ捕縛の魔法矢を三本同時に射放ち、充分に足止め策をうちつつ、わたしは先を急ぐ。


ーー不意の攻撃を防げて良かった。


内心、わたしはほっとする。わたしも魔法師としてレベルアップしていて、発動条件が満たされば、魔法が自動的に起動するように、条件設定ができるようになっているのだ。


長距離からの狙撃を感知して起動する魔法の盾は、今回うまく作動した。ほかのものも、うまくいくと良いと思う。


そんなことを考えているうちに、精霊が多い地域ーー内壁の東側が、わたしの射程に入ってきた。


増えた的に対して、わたしはクルルをより高い建物、場所へと導きながら、魔法矢を放っていく。時刻鐘の広場が見え、そこには、ひときわ背の高い鐘楼があった。


わたしは複数の詠唱紋を浮かべて魔法を使う。


宙に浮かぶ階段のような魔法の足場を作って、鐘楼のてっぺんまで騎走鳥獣で登る。そして、鐘楼の屋根ーーかなり傾斜があったけれど、クルルが踏ん張ってくれたーーから、束縛魔法の矢を、ばらまくように射放っていく。1射につき、5本の矢を同時に放つ。


ヒュヒュンーー


放つたびに、属性色の矢ーー赤、青、緑、黄、紺、紫、白、黒ーーが、弧線の軌跡を描いて、狙ったところに落ちていく。そして、誰かの恐怖の悲鳴が歓呼に変わり、急速に戦場が落ち着いていくのを感じる。


風が動いて、わたしの頬を触っていく。


作戦の第一段階は、終わりつつある。


あとは、動きを封じた精霊を、モルシェたちが封じて回収してくれるのを願う。


ーーでも。


精霊たちの制圧も大事だけれど、今回の騒動は、主犯がわたしであると流言を流されているのだ。つまり、これを扇動している黒幕がいる。


これだけ大規模な騒動を起こしている以上は、関わっているのは人間の組織なのだろうと思う。黒幕本人は現場にはいないのだろうけれど、そのしっぽでもいいから、つかみたい。


今回の精霊鎮圧作戦の目的には、そうした捜査もあるのだ。


流言を流している現場に立ち会い、その流言をながしている人を捕縛できれば・・・。



鐘楼塔から見える街は、精霊の動きさえなければ、かなり静かだった。このあたりの街の人は、既に避難したあとには見えなかった。


どうやら、多くの人は、家に閉じこもる選択をしたらしい。今は凍えるような深夜だ。あたりも見えず、暖を取る手段もままならないなかで、ただ逃げるよりは・・・。賢い選択だったかも知れない。


手綱で白羽のクルルに鞭を入れ、鐘楼塔の屋根から飛び降りる。わたしの魔法で落下速度を減らしつつ、また別の集合建物の屋根へとふわりと着地した。


「クェェェ・・・」


ほっとしたように鳴くクルルには申し訳ないけれど、もう少し働いてもらわなければならない。また集合建物の屋根の稜線を走りつつ、わたしは下の街路に目をこらす。


住民のほとんどは家に閉じこもっている。その反対に、警備隊や兵士、冒険者らしき人ーーつまり戦える人たちが、ばらばらに動き出して、精霊たちと戦っている。きっと自主的に立ち上がったひとたちで、まだ統制が取れた状態には見えない。


そして、もし。それ以外の動きをしている人がいれば。そのひとは、どういう人だろう。


ひょっとしたら、黒幕側のひとだったりしないだろうか。とりあえず、話を聞いてみる価値があるかも知れない。


少し速度を落として走り、高いところからあたりを見渡しながら、精霊の気配を感じたら魔法矢を放つ。


そんなふうな適当な探し方をしていても、わたしが『そのひと』を見つけられたのは、その男性を、前から知っていたからに他ならない。






■□■






『彼』は、王都の路地を急いでいた。内壁東の端にある倉庫街から、逃げてーーいや、離脱している途中だった。


『宴』に参加する途中、予定外に昔の知己に見つかった。


やるべきことは果たせたものの、あとはとにかく逃げるのに必死だった。なにせ、知己は騎士であり、『彼』のことを深く恨み憎んでいたからだ。


だが、恨みということであれば、『彼』のほうも負けてはいない。その騎士に関わった任務は失敗し、おかげで『彼』の地下組織(エクィープ)からの評価はガタ落ち、罪人同様だからだ。


とはいえ、『彼』は世間から見ればただの賊。相手は騎士で、戦いの専門家だ。策を練ったあとならともかく、直接対峙するには分が悪すぎた。けれど、逃げるとなれば、『彼』のほうが専門家だった。


地の利もある。王都の道には、彼女たちよりもずっと詳しい。そして、闇は自分の味方だ。だから多少の問題はあったかもしれないが、逃げ切れると、『彼』は踏んでいた。


それでも油断はしない。仕事の最中、何が起こるかはわからない。今回のように、どんな不幸が偶然によってやってくるか。


そして、『彼』の経験から言えば。幸運は幸運を呼び、逆に、不幸は不幸を呼ぶ。


だから経験から、決して油断せずに、『彼』は追っ手を振り切ってからも、神経を張り巡らし続けていたのだ。


暗闇を切り裂くように、頭上から赤く輝く魔法矢が飛んできたのを、『彼』はすぐに気づくことができた。そしてその矢が、自分に向けて飛んできていることもわかった。


『彼』は迷うこと無く身を投げ出し、物陰へと飛び込んだ。魔法矢は彼がいた路面へと突き刺さり。大きく火の網を広げ、そして収縮した。


網を逃れた『彼』は、全力で走り出した。


いままで足音を立てずにいたが、今度はそれに構わず全力で。追撃が来るだろうと彼は想像したので、視線を切るように走りたかったが、その路地にはしばらく横道がなかった。


そして『彼』の予想通り、追撃の魔法矢が続けて3本、背後上方から飛んできた。


長い足を最大限に回転させ、最高速度で駆け抜けて。続けざまに膨らんでは収縮する魔法網から、なんとか逃げ切る。


そして『彼』の目の前に、いま走る小路と、大通りが交差する、交差点が迫る。


どう逃げるか。左か右か。


しかし、悩む間もなく。十字路の中央に、純白の白羽騎走鳥獣が降りてきたのだ。


灯りの魔法だろうーーほのかな青い炎の光球が先触れのようにふたつつほど置かれ。


落下の重力を受け止める風の魔法の余韻が、あたりに渦巻いていた。


そして、白羽の鞍に横座りに優雅に腰をおろし。濃緑の外套を戦巾のように揺らしながら、降りてきたのは、成長して国一番に近づいたと評判の姫。気鋭の領主で、王子の婚約者。


深夜の闇のなかに溶けつつも輝くような黒髪。夢にけぶるような灰色の瞳。


けれどその美貌も、はじめて見るわけではない。過去に主君として仕えていたのだ。見慣れたものでもある。


世に歌われる美しさには良い印象は感じなかった。むしろ、彼にとってみれば、過去の経緯を考えれば憎しみのほうが強くまさった。


しかし、胸にともるどす黒い感情を、すみやかに彼は押し込める。感情を隠すだけでなく、むしろ、歓迎しているかのように見せる。そんなことも、彼にとっては容易い。


演技は彼の得意わざのひとつだった。騙し騙されとしているうちに、いつの間にか身についたものだ。


演じてさえいれば、心は凪のように落ち着き、真綿に包まれたように安心できるのだ。


『彼』ーー過去にセシルと呼ばれていた男は、大仰に礼をする。


「これはこれは・・・。このようなむさくるしいところに、お出向きいただき、望外の光栄です。・・・リュミフォンセ様」











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