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235 広がりつつある星空







二体目の精霊を捕獲したときには、結構な時間が経ってしまっていた。


わたしからは、彼らが隠そうともしないので、精霊の魂力を感知できる。だから精霊の居場所はわかるのに、しかし手間取ってしまったのは、わたしが王都の街の路を知らないためだった。


拡張に拡張を重ねた王都の路地は、複雑で入り組んでいる。細い小路が分岐しているのに行き止まりも多く、背の高い建物が立ち並んでいるので、見通しも悪い。


わたしが魂力を感知して精霊の居場所を突き止めても、そこに至るための道順がわからないのだ。建物の向こう側に行きたいと思うだけで、ぐるぐると道を回らなければたどり着けなかった。そして迷って迷ってようやくたどり着いたころには、追いかけていた精霊は、どこかへ行ってしまっている、という状況だった。


逃げ回る二体目の精霊ーー猿型の精霊だったーーを見つけたのは、結局、魂力を感知できるわたしではなく、護衛騎士の熟練者(ヴェテラン)だった。響く破壊音を頼りに、見つけたのだそうだ。


「ーー混色魔法 『風熱球』」


わたしとモルシェ、そして護衛騎士たちの合計6名、そしてその乗騎に、衣服を乾かし、身体を温めるための魔法をかける。


夜も更けて日付も変わったという時間、雪はちらつく程度だけど、冷え込みがかなり厳しい。


体力を回復してあげたいが、わたしは、そういう癒やしの魔法が得意でないので、せめて身体を温めて英気を取り戻してもらおうと思ったのだ。


みな一息ついたほっとしたような表情をしている。


わたしはあたりを見回す。暗闇に沈む王都の建物は、眠るように静かだ。


このあたりーー内壁の南側は、かなり被害が少ない地区のように見える。


でもここから北にあがっていくと王城があるけれど、さらに奥では火の手があがっていて、メアリさんやバウはそこで戦っているはずだ。


早く合流してあげたいが、いかんせん、このペースでは、いつになるかわからない。


わたしは、皮手袋をした手を顎に当てる。


視線の先には、曲がりくねった、複雑な、暗い小路。


両脇には、高層の橙色瓦の建物が連なっている。王都の建物は、雑居ビルのような建物が多い。全部というわけではないけれど、だいたい、低層階の1階から3階は石造りで、そこから上の3階から6階は木造の骨組みと煉瓦積みの壁で作られ、そして一番上に煉瓦の瓦がふかれているみたい。


人口が多く、住居の需要が高い王都ならではの建物の作りで、建物と建物は隙間なくぴったりとくっつきーーというよりも、骨組みと防火を兼ねた石壁を、両隣の建物で共有している。


建物同士の隙間も無いので、結果として、一本小路を間違うと大回りしなければいけない街の構造になっている。地元の人以外からすれば、まるで迷路だ。


わたしにとって、精霊よりも、迷路のように入り組んだ町並みのほうが、ずっと厄介だと感じられた。


「リュミフォンセ様? どうされましたか? なにかご心配ごとがありますか?」


そう聞いてくれたのは、モルシェだ。


「いえね。ただーー」


わたしは懸念していることを伝える。早く進みたいが、王都の道が複雑で思うように進めていないと。


それを聞いて、護衛騎士の熟練者が云う。


「我々護衛騎士は、王都の地理はそれなりに頭に入っておりますから、先頭に立てていただければ、今よりも早く進めます。しかし、精霊の位置を魂力で感知する能力に長けていないものですから、この方法でも精霊の捕縛は遅れてしまうでしょう」


うーん。王都の地理と精霊の位置の把握。この両立は難しそう。


そんなことを考えていると、


「いっそ、空から行かれてはいかがですか?」


モルシェの提案に、わたしは首を横に振る。


「バウがいれば、それは可能だわ。けれど、いまバウは別の戦闘で手がいっぱいでしょうから、できれば動かしたくないのです・・・」


そう言いさして、わたしはそこで頭にひらめくものがあった。


「! ・・・。 言ってもらって、思いついたのだけれど・・・」


さっそく、浮かんだアイデアを、皆に話をしてみる。


「えううっ・・・・・・!? あの、それは、ちょっと・・・!」


わたしの提案を聞いて、驚いた様子のモルシェは、ごまかすように作った笑顔で、えへへと苦く笑った。他の護衛騎士たちも、おおかれすくなかれ、同じような反応だった。






「では。わたしは、行きます」


「ほ、本当に、行かれるのですか?」


「わたしとしては、一緒についてきてほしいのは、やまやまなのだけれど・・・」


わたしがそういうと、気まずそうに首をすくめるモルシェの後ろから、護衛騎士の熟練者がずいと出て来て、真っ直ぐにわたしを見ながら、誠実に頭をさげる。


「不甲斐なく、誠に申し訳ございません。しかし我々は、地上より、与えられた任務の達成に、誓って、全力を尽くします」


こうまで正面から言われては、どうしようもない。わたしは了承して、魔法を使うために、空を見上げ、そして細く息を吸った。


わたしの提案とは、こうだ。


『空を飛ぶのが無理なら、建物の屋根を伝って行けばいい』。


昔、アセレアとその配下が、騎走鳥獣(ウリッシュ)に乗って、魔法でできたわずかな足場を飛んで、砦へと上空から攻め入ったことがあった。その真似だ。


けれど、魔法の足場を跳んで、6階を超える高さまで、上方へ駆け上がること。建物の屋根の小さい足場を、騎走鳥獣で走ること。これらが、難易度が高すぎると護衛騎士たちはいうのだ。


アセレアはやっていたけど・・・とわたしが昔の記憶を言うと、


「あれは騎乗技術においても、群を抜いて優秀でしたから。特別なのだとお考えください」


と熟練の人に言われてしまった。変なところで彼女のことを見直すことになった。


まあ、それはいい。


結局、作戦は修正された。どのようになったかと言えば、わたしが単騎で、上方、建物の屋根を伝って移動する。そこから捕縛の魔法矢を放ち、矢の落下地点に、モルシェと護衛騎士たちが向かい、精霊を捕縛するーーという作戦にした。


わたしは独りになってしまうけれど、何かあっても魔法でなんとかできるので、このやり方が一番効率がいいと判断した。


この精霊鎮圧には、あまり時間をかけたくない。長引けば長引くほど、王都と精霊たち、両方の被害が大きくなるだろう。


わがままなのかも知れないけれど、わたしは、両方とも、救いたいのだ。


詠唱紋を一回転させ、わたしは魔法を使う。


わたしと乗騎クルルを中心に、薄く風が渦巻く。まずは、重量軽減の魔法だ。上へあがるにしても、屋根を走るにしても、軽量であったほうがいい。


「クワッ・・・クワワワ?!」


これから起こる異変を察知したのか、わたしの乗る騎走鳥獣のクルルが、鳴き声をあげる。


「あの・・・クルルですが、怯えているのではありませんか?」


モルシェが気を使ってくれる。


「大丈夫よ」わたしはクルルのくちばし、鼻のあたりを撫でてやる。「これから、ちょっと高いところを走ってもらうだけだから。足を踏み外すと危ないだけで、とても見晴らしがいいわよ」


「クワワッ?! クワワッ?!」


「ほら、わかってくれたわ。賢い子だわ」


「・・・・・・。・・・・・・。そうですね! ご武運を!」


びしっと敬礼をするモルシェ。


クワアァァ・・・とクルルが最後に鳴き、そのあとは何故か目を瞑っていた。


「・・・・・・」


クルルの様子をみて、そして周りを見渡す。わたしにも思うところが無いわけではないけれど、いまは他にやりようがない。


そして、上方を確認し、屋根までの高さと、移動のルートをイメージする。魔法に必要な魂力は、すでに集まっている。


足場を作って跳ねるよりも、一騎だけなら、風の魔法で浮き上がってしまったほうが話が早い。


「緑色魔法 『昇発流』」


どん、という衝撃。


「きゃっ!」「くっ!」


打ち上がったときの風圧で、地面の雪が舞い上がり、モルシェと護衛騎士たちへと当たる。


その一方で、わたしとクルルは、王都の街の上方へと、居場所を移していた。


最初は、屋根よりもさらに高いところまで跳んだ。


360度、ぐるりと王都が一望できる。これが宵の口だったら、街々に灯りがともる美しい景色だったのだろうけれど、残念ながら、深夜だ。あるのは、まだ無事な常夜灯、誰かの松明の火、火事のような炎。残りのーーというかほとんどは、夜の闇の底に沈んでいる。


けれど、良い兆しもあった。空に雲間ができて、星が覗きはじめていた。なごるように雪が舞っているけれど、天気も変わりかけているみたい。


王都の建物の屋根は、橙色瓦が中央を頂点に、左右斜面になるようにふかれている。集合建物が多い王都では、屋根のかたちは景観を整える一定に揃えられていて、改めてみても美しい。


そして、その屋根の頂点をつなぐ稜線に、猫道と呼ばれる、足ひとつぶんの幅の、石の平板が置かれた箇所がある。屋根職人が、屋根の手入れをするときに使う道なのだそうだ。


そこに向けて、風の魔法を操りつつ、わたしとクルルを、ゆっくりと落下させる。重力減少の魔法もまだ充分に効果が続いている。


「クワワッ! クワワッ! クワワッ!」


クルルが飛べない短い翼をばたばたさせて、飛距離を稼ごうとしている。その翼の動きを手伝うように、わたしもまた魔法を操る。


そして無事に屋根のてっぺん、猫道に着地したとき、わたしは自分の考えが正しかった事を知った。


わたし自身の魂力の感知によって、精霊の位置がわかる。そして、上の屋根を伝う経路ならば、どうやってそこに行けばいいかもわかりやすい。


「混色魔法 『蒼炎灯火』」


わたしは射程を最大限に広げて、打ち上げるようにして魔法のあかりをあたりにばらまいた。視界を確保する。尾を引いて落ちる蒼い炎球は、熱は無いので燃え移る心配はない。


障害物になる建物の輪郭が明瞭になれば、もう、今いる場所からでも、精霊を狙えそうだ。


ただ直線に飛ばす矢では、障害物に遮られてしまう。だからわたしは、魔法の黒弓を、短弓へと作り変える。


そして、束縛魔法を封じた白色の魔法矢を生み出し、空へ向けて射る。


「それっ!」


天に向けて放った魔法矢は、重力に引かれ、急カーブの放物線を描いて、建物の隙間へと落ちる。曲射だ。


命中の手応えがあった。


そしてそのころには、地上を任せたモルシェと護衛騎士たちが、わたしの放った矢を追って、すでに王都の路地を走り出している。


わたしも屋根の尾根づたいに、クルルを走らせる。


「クワワッ! クワワッ! クワワワワワーーッ!」


普段はあまり鳴かない子なのだけれど、先程から、なにかを振り払うように鳴きながら、必死に足を動かしている。


重力減少の魔法の効果があるので、あっという間に速度が出る。比喩ではなく、クルルを飛ぶように走らせながら、わたしは、新たに射程に入った精霊の存在たちを感知する。


新たに生み出した3本の魔法矢。わたしは同時につがえて弓を絞ると、空へと向けて一斉に射こむ。


精霊たちの驚きの声が、そこかしこであがる。一方で、精霊を相手に戦っている人たちがいるのか、歓呼がわきあがる。


クルルの背に揺られながら、わたしは、魂力を探知しつつ、また魔法矢をつがえる。


びゅうと風が吹ぬけていく。雲間に見える星空が、広がりつつあった。










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