227 お説教と実験
冬も少しずつ深まり、緑の離宮の暖炉にも、火が入るようになった。
離宮の一室の暖炉、かららと薪が燃え崩れる。わずかにわたしは音のしたほうに視線を向けると、細かな火の粉が炎のなかに立ち上るのが見えた。
「リュミィ。聞いておるのか」
はい、お祖父様。リュミィは聞いております。
わたしはわずかに背筋を伸ばす。お祖父様はうむと白いお髭のなかで唸って、お説教を続ける。
先日、わたしはディアヌ様ーー東部公爵家の長女で第一王子の妃ーーひらたく言えば、敵対派閥の中心人物の訪問を受け、面会した。面会自体にも家臣の婉曲な反対があったけれど、それをわたしは採用しなかった。そして会って、だけでなく、贈り物も受け取った。
そしてその贈り物のなかに、最新式の武器が入っていた。
封霊環、と名付けられた、精霊を封じることができるという、鎖だ。
受け取らないようにと、その場にいた家臣から、その場で反対を受けたにもかかわらず。わたしは、その反対を流すようにして、贈り物をそのまま受け取った。
具体的に贈り物はなんだったのか。それなりの量があるので、現場では確認しなかったものの、いまはディアヌ様の家臣たちが贈り物とともに置いていった、贈り物の目録が、めのまえにある。目録に記載されているのは、異国の美しい色とりどりの羅紗布10疋と、封霊環30本。
お金に換算すると結構な額ーー500万ジルくらいかしら? ーーだけど、東部公爵家から西部公爵家へという格を考えれば、飛び抜けて高額というわけでもない。あくまで問題は、その中に、封霊環が入っていたことにある。
「ーーであるからの。いいか、リュミィ。そなたはまだ年若なのじゃ。相手が信用できるように見えても、貴族の付き合いにおいては、それを額面通りに受け取ってはならぬ」
敵対陣営から、武器と呼ばれたものが贈られ、それを受け取る。
見ようによっては、わたしが第二王子派を裏切っているように見える。もしくは、新型武器は、たとえば王子妃候補には不要だろう。王城から不要な疑いを受けるかも知れない。また、武器はなにかに使われたあとかも知れない。犯罪隠蔽に知らずに手を貸しているのかも知れない・・・。
そういう感じで、武器を受け取ることは、印象が悪い。
実際には封霊環は特殊な鎖で、実際を見れば武器と呼ぶのもどうかと思われるが、世間では武器・兵器に分類されている。一度分類されてしまうと、実態はあまり問われることなく、分類のイメージだけで、口撃の材料になってしまう。
心配する家臣たちの言い分はよく分かる。わかるのだけれども、わたしは、また別の考えを持っている。
家臣たちは、それをわたしの頑なさと受け取ったのだと思う。
家臣のなかで話し合いがなされるうちに、今回の出来事が、お祖父様も知るところとなり。
そして、お祖父様が近々ちょっとした出張に出られる予定があって後倒しができないとか、そういうこともあいまって。
いまこの場の、お説教につながっているというわけである。
「お祖父様」
わたしは口を開いた。お祖父様に聞き入れてもらえるとは思わないけれど、自分の考えは述べておきたい。
まとめれば、こんなことを、わたしは話した。
ディアヌ様とわたしは、敵対陣営に身を置きながらも、最悪の事態ーー両王子派同士の内戦を避けたいという点で、同じ考えを持っている。それに両派が仲直りするということになれば、先に手を取り合っている存在が必要で、ディアヌ様とわたしは、それになれはしないかと模索している。そういう意味では、世間が思うようには、お互いに敵同士だとは考えていない。
ディアヌ様個人を見れば、正義を持つ聡明な人で、誰かを騙そうとしたり、あるいは騙されていたりするということは、考えがたい。
しかしそれでも、封霊環を受け取ったことで、わたしに災いが及ぶのならば、それは、わたしの責任だ。わたしに、災いをしのぎ乗り越える力が、
「ーー不幸にも、無かったということだけなのです」
そんなわたしの長広舌のあと、お祖父様は、わたしの瞳をまじまじと覗き込み。
「・・・リュミィ」
溜め息をつくようにして、わたしの名を呼び。そして首を横に振った。
わたしの考えは、優れてはいるが、いかにもまだ未熟な若者のそれであるらしい。
結局、いただいた贈り物のうち、封霊環だけ、ディアヌ様にお返しすることになった。でもわたしは、贈り物を選び取ってすぐに返すのは、欲しい物だけを選んでいるようで外聞が悪いなどと理由を構えて、すぐには返さず、数週間、緑の離宮で保管したのちに、封霊環を返却することになった。
あとから振り返って見れば、この数週間の保管が。
わたしと、その他のさまざまな存在の運命を、変えることになった。
けれどいまは、それを知ることはない。
■□■
「バウ、それじゃあいくわよ? 心の準備はいい?」
お祖父様のお説教のあと、わたしは緑の離宮の温室に移動した。
玻璃を巡らせた温室には、南国の密林を模したなか、少し開けた場所もある。
人を集め、少々のあらごとをするには、適した場所だ。
(ああ。やってくれ)
成牛ほどの大きさになった、黒狼のバウが頷く。おすわりの姿勢だとわたしと背が変わらなくなるため、伏せの姿勢を取り直して頭を下げてくれる。相変わらず気の利く黒狼さんである。
わたしは、緑色の鎖を、両手で支えるように持っている。鎖は磨き抜かれた玉石のような質感で、裏面に魔法文字が刻んである。言わずと知れた、『封霊環』だ。
話によれば、この鎖には、瞬時に精霊を封じるちからがある、という。
ディアヌ様からいただいたものだけれど、様々な事情を考慮し、しばらくこちらで保管したのちに返すことになった。しかしその間に、この新しい武器の性能を試しておくべきだと思ったのだ。
わたしは、おとなしく下げられたバウの太い首に、鎖を置くようにしてかけ、手を放した。鎖が、じゃらんとバウの左右の脇に垂れ下がる。
とーー。
(ぐっ・・・ぐぅうううっ!)
鎖をかけた途端に、バウが苦しそうなうめき声をあげる。フリ・・・じゃないわよね。ふざけるような性格じゃないし、何より、本当に苦しそうだ。演技にも見えない。
おおおっ、と驚きの声があがったのは、少し離れた脇に立つ見学者の一団からだ。
「すごい、あんなに早く効くのか!」
声をあげたのは、お祖父様が連れてきた護衛騎士の男性たちだ。他に、わたしの臣下として、メアリさんとモルシェが参加している。それから、メアリさんの息子のアレスちゃんも、特別参加だ。
封霊環を首に掛けられたバウの魂力が一気に押さえられ、バウは身を守るように、伏せの姿勢のまま体を丸くし。そして、仔狼の大きさに縮んだかと思うと。
かきんと音を立て、バウは石像のように固まってしまった。
再び、見学者たちから驚きの声があがったのは、言うまでもない。
『鎖をかけられた瞬間から、凄まじい勢いで魂力を吸い取られ出した。反射的に吸い取られるのを防ごうとしていたら、自然と、自分の体を小さく、表面を硬く変化させてしまっていた』
封霊環の鎖を解いたら、それだけでバウは元に戻った。そして封霊環の感想を聞いたところが、いまほどの回答である。
皆に気を使っているのか、バウは発話魔法を介して話してくれる。昔に比べると、ずいぶんと丸くなったものだと思う。
「石像みたいに固まったときは、驚いたわ。あの状態で、意識はあるの?」
『ある。動けはしないが、光も音も感じられる。ずっと防御行動をとっているような感覚だな』
バウは闇の精霊の眷属、という位置づけになるけれど、ほぼ精霊のようなものだ。それでこれだけ効くとなると、封霊環、かなりの威力だ。魂力を一時的に吸い取る性能が、ものすごく、高いらしい。
さらに、封霊環の機能は、精霊だけでなく、魂力を使うもの、つまり『魔法にも作用する』のではないか、と思われる。
そして、次の実験に移る。
今度のお相手は、メアリさんだ。胸に抱いていたアレスちゃんをモルシェに預け、代わりに封霊環を持っている。鎖の余った部分を右手に巻きつけて長さを調節し、垂れた鎖を鞭のように軽く操る。
侍女服姿の金髪お姉さん、もとい人妻さんは、ひゅひゅっと器用に鎖で宙を切り。
「はい、準備できました。いつでも、どうぞ」
軽く跳ねてリズムを取りつつ、自然体に構えた。
対するは、わたしだ。
「それじゃあ、いくわよ。気をつけてね・・・『赤球』」
詠唱紋が一回転したあと、9つほどの火球が、わたしのまわりに浮かぶ。
どよめく見学者たちには構わず、わたしは浮かぶ火球に、続けて指示を出す。
「突撃」
ごうっ! と熱波の余波を放ちながら、火球が前進する。
3つずつ3回飛ばした火球は、しかし、メアリさんが鞭のように振った、封霊環の鎖に、かき消されてしまった。
爆発するのではない。鎖が当たると、吸い取られるようにして、ふっと消えてしまうのだ。これは、封霊環が、魔法化させた魂力にも作用するのだと推察できる。
「最後は、少し強くいくわ・・・『黒槍』」
あまりにも火球がたやすく防がれるので、事前の打ち合わせにはないことだけど、わたしは得意魔法を使った。黒色の魂力が瞬時に集まり、漆黒の槍をかたちづくる。
正面のメアリさんを見れば、どこか楽しげに、誘うような微笑。
遠慮はいらなさそうだとわたしは思う。
そして、わたしの指先の指示に従い。ひゅんと高速で飛翔する、魔法の黒槍。
むろん本気ではないけれど、木材程度ならかするだけで一瞬で粉々に粉砕して蒸発させる威力を持っている。
さてーーメアリさんは、どう受けるか。
メアリさんは、黒槍の軌道を読んで、まず進行方向から自分の体をずらし、直撃を避ける位置を確保。
そして、正面から槍を受けとめるのではなく、槍の柄を横から絡め取るように鎖を振った。
果たして、黒槍は見事に封霊環に絡め取られーー。
そして他の魔法と同じように、破壊の魂力を濃縮した槍も、音もなく消えた。
おおっ、と護衛騎士を含む、見学者から声があがる。
「んぁぁ、んあーーー!」
ママの活躍がわかっているのか。
モルシェの胸に収まっているアレスちゃん(2歳)が、楓のような小さな手を振り回し、嬉しそうに声をあげた。




