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先代勇者の、リシャル=ドュリオンという男。ーーその男が、リュミィの実の父親じゃ。


秋も深まった王都の、緑の離宮の一室。


わたしとオーギュ様で、お祖父様から、わたしの出生に関する秘密を聞いている。


「・・・なんじゃ。あまり驚かんの」


「・・・いえ、驚いています。けれど、なんといったらいいのか・・・」


そう口を開いたのは、わたしだ。


わたしの父親がリシャルであることは、実は知っている。どころか、本人と会ってさえいる。


でもだ。どうしてお祖父様がそれを知っているのか。


そちらのほうに驚いたのだ。とはいえ、それをそのまま聞けば、どうしてわたしが実の父親を知っているのかという話になる。いま調律者(バランサー)をやっている実親たちからは、基本的に存在を秘密にするよう約束しているので、わたしからは言えない。


「・・・いつから、お祖父様はご存知だったのです?」


令嬢力で表情を保ちつつ、少し遠回しに、わたしは訊いた。


「いつからと問われれば、最初からじゃ」お祖父様は、重々しい声で語る。「じゃがリュミィ、そなたにも話をせんかったのは、確証が持てなかったからじゃ」


確証・・・


わたしは呟いた。


お祖父様が言うには、リシャルが父親だという話は、お祖父様が直接聞いた話ではないのだという。ルーナリィと親しい侍女がいて、その侍女には、わたしの父親のことを話をしていたのだという。


「儂がリュミィを預かったあとに、聞いた話じゃ。じゃが、実の父親が誰かいう大事なことじゃ。侍女がルーナリィをかばってした作り話とも限らん。じゃから、黙っておったのだ」


確証というか、話を裏付ける証拠らしい証拠もなかった、ということかしら。


考えてみれば、わからないことじゃないかしら。


世の中には、勇者の落としだねを自称して、悪事を働く人がいる。


諸国漫遊している勇者だから、『そういうこと』があったかどうかなんて、誰もわからない。一種の詐欺ーーみたいなものだ。


そういうわけで、勇者の落としだねだと言えば、それだけで世間の印象が悪い。


確たる証拠がないなら、むしろ実の父親は『わからない』としておいたほうがまだマシだ、という判断は理解できる。


けれど、そうなると、次の疑問がわいてくる。


「では、なぜいま、そのお話をされたのですか?」


「物証が出てきたのじゃ」


お祖父様は懐に手をいれると、布包を取り出した。


出てきたのは、古ぼけた産着と、文字が書かれた一巾の布。


布には、こうある。


『リュミフォンセ この世の悪しきから守れますように。愛を込めて。ルーナリィ&リシャル』


「これは、ひょっとして、リュミフォンセの?」


オーギュ様がわたしを見る。


覚えていない、覚えていないけれど・・・。話の流れからして、これはわたしが赤ちゃんのころに使っていた産着と、そこに備えられていた、実親からのメッセージ以外にありえない。


お祖父様の説明も、果たしてそのとおりだった。


「かつてルーナリィと親しかった元侍女に問い合わせたらの。こんなものが出てきたのじゃ。証拠が出てきたのなら、リュミィ、おぬしに黙っているわけにもいかんじゃろう」


お祖父様は、オーギュ様に少し目線をやり、そして改めてわたしを見る。お祖父様の表情が、不安げに曇る。


「いまになって、こんなことを言われても困るだけかも知れんと思ったがな・・・」


いいえとわたしは首を横に振る。


「お祖父様は、わたしが真実を知っておいたほうが、わたしにとって良いと思われたから、こうしてお伝えいただいたのですよね?」


「そのとおりじゃ。真実というものは、おうおうにして重い。ときとして、耐えられぬ者もある」


それを危惧しておった、とお祖父様は言う。


「それであれば、ご安心ください。リュミフォンセは、あなたの娘は、簡単にはゆらぎません。お祖父様は、これからも、わたしのお祖父様でいてくださるのですよね?」


「むろんじゃ」


「それであれば、いまここにあるわたしこそが、わたしです。それ以外にありません。お祖父様が、そして、周りの皆さまが・・・変わることが無いのならば、わたしもまた、変わりません」


「そうか・・・。うむ、うむ・・・」


立派に大人になったなと小さく呟いて。


そして、お祖父様はまた、オーギュ様を見た。


「・・・話は、いま聞いたとおりじゃ。殿下、そなたが妃とする娘は、父親が王族の可能性はなくなった。それでいいか?」


「ーーええ。私は、血統と結婚するつもりではありませんから」


この話は、わたしにはわからない。でも、オーギュ様とお祖父様は、わかっているようだ。血統がキーワードのようだと察したけれど、あまり良い話ではないのは察せられたので、わたしは黙っていた。


「リュミフォンセ」


オーギュ様は、わたしのほうを見て言った。はい、と応える。


「君の実の父親が誰か、私は今後いっさい気にしない。たしかに、君が言う通りだ。君は君だ。ロンファーレンス公爵家の娘で、一代公で、リンゲンの領主でーー私の婚約者だ。実のうまれが何かなんて、いまさらだ」


ありがとうございます、とわたしは言う。オーギュ様は頷くと、それと、と付け加えた。


けれど、オーギュ様は次のことを言い出さなかった。しばらく逡巡をしたのち、絞りだすように言った。


「黙っていたが、私の母は、長いこと鬱気の病いなんだ。現実(うたかた)と夢の綾目がついていなくてね。・・・他人とひき会わせることができない。君にも。

そして私の父は、君も知っての通り、王だ。子といえど、自由に会うこともできない・・・」


ふぅ、と重い荷物を下ろすように、オーギュ様は息を吐いた。


「これが、私の真実だ。世のすべてが羨むような万全の結婚なんて、望むべくもない。失望したかい?」


首を傾けて、じっとオーギュ様を見る。碧い瞳は、不安に揺れていた。


わたしは、唇端に微笑をたたえて、声に言葉を乗せる。


「わたしにも、お聞きのように、いろいろとあります・・・。親に関しては、お互いさまですね。あんがいと、わたしたちは似たもの同士かも知れません」


「そうか・・・。わかってくれるのか。君は」


そうか・・・と、なにかを深く感じいるように、オーギュ様はつぶやく。


きっとお互いに同じことを思っておりますわ。とわたしは言う。


「お互いに、与えられるのはおのれ自身のみ・・・。オーギュ様も、わたしに、貴方自身を与えてくださるのですよね・・・?」


「うぉっほん!」


わたしたちの正面に座るお祖父様が、大きく咳払いをした。続けて、2回、同じように喉を払う。


「あー。あー。あー。そなたたちが、結婚を控えた若い恋人どうしであるのはわかっているが。わし自身は、そういうことに寛大な性質(たち)じゃと思っておるが、助言しておこう。そういうことは、きちんと場をわきまえることじゃ」


「あら。わたしたちは、お話をしていただけですのに。そういうこととは、なんのことです?」


「そなたならわかっておるであろうに、聞くでない」ぎろりとお祖父様がわたしをにらむ。「それに、婚約しているとはいえ、結婚の前じゃ。貴族の子女が守るべき一線は、ゆめ超えてはならぬのじゃぞ」


「そんな・・・」ひどい。わたしは口を手で押さえる。泣きそうだ。「まるでわたしが、ふしだら娘であるような言い様ではありませんか」


涙でうるむ目でもひるまずにお祖父様を見返すと、うっ、というように、お祖父様はひるみ。


ひゅっと視線の矛先を、わたしの隣のオーギュ様へと向けた。


「わしは殿下にも申し上げておる。いや考えてみれば、こういうことは男が主導するものじゃから、殿下へと申し上げるべきことじゃったの! うむ!」


「私ですか?!」


オーギュ様は碧い目をまたたかせる。


話が変な方向に行っている。


わたしは話題を変えるために、なにかないか、少し考える。


今回の件は、わたしにとっては新事実はなかったけれど、周囲のひとにわたしの父親のーーリシャルのことを、話すことができるようになったのは、進展かしらね。積極的に話す機会はないとは思うけれど、このさき、何かの役に立つかもしれない。


あと、そういえば、今の話はわかったけれどーーちょっと疑問がある。


どうしていま、お祖父様は、ルーナリィの元侍女に問い合わせなんてしたのかしら?


ちょうど良いので、その旨を問うことにした。話題を変えたあとのお祖父様は態度を改め、こう答えた。


ーー信じられぬかも知れんがな。


「ある晩にな、ルーナリィが立ったのじゃよ・・・わしの夢枕に」


その夢枕に立ったルーナリィが、その元侍女と話すように伝えてきたのだとお祖父様は話してくれた。。


ふーん。


ほうほう、不思議な話もあるものね ・・・ってなるかーい!


わたしは心のなかで盛大に突っ込む一方、外面は令嬢力による微笑みを浮かべつつ。


先日に来た、実親たちからの結婚を知らせる手紙を思い出す。丁寧に認識阻害の魔法がかかったやつだ。


たしか、あの手紙には、これでわたしの父親がリシャルだとおおっぴらに言える・・・というような文があったはずだ。


あれはわたし任せにしたわけじゃなく、お祖父様の夢枕に立つというような、細工をしかけるという予告であったのだ。


・・・。


わたしからは、きちんとお祖父様の前に出て、生きていることを自分の口から報告してほしいと、ルーナリィにはお願いをしているのに。


なんらかの魔法を使ったのだろう。夢枕に立つなど、姑息なやりかたを・・・。ルーナリィめ。


「りゅ・・・リュミィ。やはり、父親のこと、怒っておるのか?」


お祖父様が話かけてきた。


「あらなんのことでしょう?」


令嬢力によって、わたしの微笑は完璧に保たれている。けれど、お祖父様へと顔を向けたとき、なぜかわたしの首がぎぎぎと鳴った気がした。


「わたしは、怒ってなんていませんよ。ええまったくぜんぜん」


「その、リュミフォンセ。思うところがあるのなら、この場でしっかりと・・・ね、話したほうが、いいと思うんだ」


あら、オーギュ様まで、そんなことを。なぜかしら。


「わたしは、怒ってなんていませんよ。ええまったくぜんぜん」


「しかし、圧が・・・」


そのすごい威圧を解いてくれないか、と言われたけれど。なんのことだかわからないわ。


わたしは、あくまで、にこにこしているだけだけれど。


ほら、にこにこ。


「う、うむ・・・。ではこの話はここで終わりじゃ、よいな? 聞きたいことがあれば、あとででも聞いてくれれば良い。復興祭の話は、また後日としよう」


「リュミフォンセ。用事があるので、私もここで失礼するよ。またよいときにお邪魔させてもらうよ」


あわあわと、男性ふたりは長椅子から立ち上がって部屋を退出していった。


あらあらー。


・・・。


ごきげんよう。ひとり部屋に残ったわたしは言って、ぬるくなったお茶を、ひとくちすすった。










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