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222 成長の余地




「ーーええ。リュミフォンセ様は、とてもご立派になられました」


感慨深く呟いたのは、金髪の侍女兼護衛役。


可憐な笑顔とお仕着せ衣装、しかしその下には、一見してもわからないけれど、鋭利な手投刀を武器として隠し収めている。いざというときには、彼女は大胆に勇敢に戦うだろう。


話の相手は、お茶準備一式が収められた、黒塗木製の荷台車(ワゴン)に手をかけた、糸目の侍女頭。貴族に仕える挙措に立居振舞、主人に仕える姿勢は高く評価されている。彼女の出自は少し特殊ではあるのだが、今の勤め先ではあまり問題にされない。逆に問題にされないからこそ、現在の主君の在り方がありがたく、忠誠を誓うにふさわしいなどと彼女は考えている。


そんな侍女ふたり、お互いに話す声を潜めているのは、話している場所が『緑の離宮』の廊下で、しかも一枚扉を挟んだ部屋の中に主人たちが居るからだ。


「昔から、大人びた方でしたけれどーー。貴族のお歴々をお相手されて、難しいお話もこなされて。今はもう、手の届かないところに行ってしまわれたような気さえします」


金髪の侍女兼護衛役が続けた言葉に、糸目の侍女頭は、ひとつ頷いて応じる。


「で初めてお会いしたときから、リュミフォンセ様は、年頃の少女というお年なのに、とても優秀でいらしたわ。まあ、たしかにちょっと変わっていたところもあったけれど。私がリュミフォンセ様に仕えはじめたのは、リンゲンからですから、幼いころからお仕えした貴女から見れば、やはり違うものなのでしょうね。メアリ、貴女は、あの方の傅役(ふやく)であったことを誇ったりはしないの?」


傅役とは育て手ということだ。たとえば優秀な生徒がいたら、教師はそれを誇りたくなるのが自然な感情だろう。


けれど、金髪の侍女兼護衛役ーーメアリは、否とした。


「いいえ。私があの方を教え導いたのでなく、あの方が自身で学ばれて、お立場にふさわしく成長されただけです。私がしたことなど、身の回りのお世話ばかりで、些細なものです」


それに、とメアリは思う。


ーーリュミフォンセ様は、優秀なだけでなく、不思議な謎のある少女だ。


(それまでただの侍女でしかなかった私が、急に強くなり、おそろしいモンスターたちをも相手に戦えるようになってしまった。そして私は勇者一行に入った。本当に、ある日とつぜん、強くなってしまった・・・)


メアリは自身が急激に強くなった理由を、実は知らない。けれど、リュミフォンセ様はきっと把握していると、メアリはほぼ確信に近いかたちで直感していた。


けれど、強いてそれを暴くことはなかった。その必要はないと、メアリは考えたからだ。


『何故』がわからなくても、それを楽しむことができる。同じように、望むことができるのならば、理由がわからなくても、それで充分だ。彼女はそう考える。


それにーー。その謎を暴くと、リュミフォンセ様との関係性が、とても大事なそれが、壊れてしまうのではないか。


そういう直感も、メアリにはあった。だから昔も今も、謎は謎のままで置いてある。そういうものがひとつぐらいあっても構わないとメアリは寛容に考えるひとだった。


「けれど、恋については、まだまだ成長の余地がありそうですよ」


くすくすと、糸目の侍女頭ーーレーゼが、含み笑いで言う。彼女いわく。


昨日に行われた『菓子競技会』。


貴賓席会場に貴族たちが集まって菓子をつまみつつ会話するそのなかで、オーギュ第二王子が、うら若く綺麗どころのご令嬢たちに、取り囲まれるということがあった。


その王子の婚約者であるリュミフォンセは、日頃、嫉妬のような感情をめったに表に出すことはなく、今回もひょっとしたらなにごともしないーーせいぜい後で王子にちくりといやみを言うくらいになるのでは、と侍女たちは予想したのだが。


意外なことに、リュミフォンセは王子の人気に気を取られ、また嫉妬しているかのような、そんな動きを見せた。


令嬢に取り囲まれる王子の様子に、気を取られたことすら恥ずかしがるところは、いつものリュミフォンセだった。しかし、そのあと、花の蜜に群がる蝶のような令嬢たちを、笑顔とともに婚約者の威光で蹴散らしてくれるのではないかーーと、侍女たち期待した。


けれど、リュミフォンセは声も立てず、気配を消したようにして、王子を取り囲む令嬢たちの中にごく静かに分け入って。


つんつんと王子の背をつついた。


そして王子が彼女に気づいたところで、リュミフォンセはくるり背を向けて輪からすっと抜け出した。


果たして王子は、リュミフォンセを追って、令嬢たちの輪から抜け出た。


そして、『どうしたんだい』と聞く王子に、文句のひとつでもいうのかと思いきや。


リュミフォンセは整った顔をひどく赤く染めて。口元を余り袖で翳しながら、横を向き。


『ーーいえ。とくに・・・』


と呟いただけだった。



「あのときのリュミフォンセ様のご様子が、じつに可愛らしくて」

「ええ、ええ、わかります。永久保存しておきたかったぐらいですわ」


侍女たちは、尽きることなくおしゃべりを続けている。


そのひそやかなおしゃべりは、分厚い扉の向こう側の少女主君にはしかし、届かない。






■□■







そんなふうに。


侍女たちにうわさされていることなど、当のわたしは知るはずもなく。



住居として使っている緑の離宮、その一室。いま、わたしは、オーギュ様とともに、お祖父様とお話をしていた。


話題は、先日の催しごとのことだ。


準備期間がごく短かったにも関わらず、『闘技会』と『菓子競技会』ともに、予定の来客を大きく上回って評判も上々。大成功に終わった。


予定外の来客でお客が溢れても、臨機応変の対応をとることができたのは、チェセが手配りしてくれたフジャス商会の人材が運営に手をかしてくれ、現地を上手にまわしてくれたことが大きいと思う。チェセにはさらに高い評価をしないといけないし、フジャス商会には特別に感謝が必要かと思う。


さてしかし、催しごとの目的は、観客を楽しませることだけではない。


王城に対抗するため、民や王都の貴族たちから、オーギュ様とわたしへの好意を少しでも獲得するという目的もあった。幸いなことに、そちらのほうでも成功することができた。


「おかげさまで、面会の依頼が倍増しております」


わたしの隣に座る、オーギュ様が言った。話の向き先はわたしではなく、お祖父様ーー西部公爵だ。


お祖父様は満足そうになんども深く頷くと。自分用の極渋のお茶を一口すすり、わたしたちにも飲むように勧めてくれる。


「儂のところにも、中央貴族たちから、つながりを求めた面会依頼や会の誘いが急増している。むろん、リュミィもそうだな」


わたしは頷く。


催しごとの前までは、王都に来た経緯が経緯であったしーーなにせ王の遺命で名指しされたのだーー、暗殺襲撃を警戒する必要があって、面会は基本的に謝絶していた。そういうわけで、わたしのところへの来客、面会要望はごく少なかった。


けれど、催しものーー闘技会と菓子競技会へのわたしの参加が、わたしへの面会解禁と受け取られたのか、わたしへの面会要望も飛躍的に増えた。


特にわたしの場合は、面会がもともとゼロだったものに対して、数十の依頼が来ているので、倍増とかそういう感じじゃない。せき止められていた水が、一気に流れ出したような感じだ。


オーギュ様もお祖父様もそうだけれど、わたしとしても、さすがにすべての案件は時間的に受けきれないので、ある程度相手を選ばせてもらっている。選べなかった人は、集団でのお茶会をするなどして対応する予定だ。


こうして、本来の目的から見ても、大成功に終わった催しものだけど。


さらに、おまけの成果があった。


闘技会に予想以上に粒よりの参加者が集まったので、優勝者はじめ優秀な参加者から人材を選抜して、オーギュ様の護衛を主任務にした、私設騎士隊を、設立することになったのだ。


これまで、古くからの護衛兵と、有志のご学友だけでオーギュ様の身辺を守っていたのだけれど、やはりそれではオーギュ様もいろいろと不自由をしていたのだそうだ。


たとえば、王都郊外を訪問するにしても、いまの治安だとモンスターや盗賊を警戒しないといけない。老齢の護衛兵では充分な戦力とはいえず、移動には絶えず危険が伴っていた。


けれど、騎士隊ほどの戦力があれば、モンスターのせいで危険な場所や、いわゆる明らかに治安の悪い地域でも、自由に活動できることになる。


けれど、それほどの戦力を私費で常雇いにするには、先立つものが必要になる。そこで、必要な費用について、今回の催しものの収入から当てこみ、さらに不足する分は、ロンファーレンス家からオーギュ様個人に資金を貸し出しをすることになったのだ。


「どうぞ。ご確認ください」


オーギュ様が、署名した借用書を、卓の上を滑らせる。お祖父様はそれを軽く見ただけで、書類を取り上げると、横に控えていたお祖父様のお付きの文官に渡した。


「たしかに・・・。この時代、武力の裏付けがなければ、自身の身を守ることもままならん。それでは相手に言うことを聞かせることも難しかろうからの」


「『碧風騎士隊』・・・と名付けようと考えています」


「良い名じゃの。新味がある」お祖父様は、ごま塩の顎髭をひと撫でする。「じゃが、名など、うつろなものよ。組織を使って、何を為したか。見られている本質は、それよ」


「公のお考えは、よく存じております。肝に銘じております」


オーギュ様は如才なく軽く頭を下げると、お祖父様は、ふむ良きかな、と呟きながら。指で合図し、お付きの文官に退出するように促した。お付きの者はすでに事前に事情を含まれていたのか、礼をして部屋から立ち去った。


わたしは今日お付きの家臣を連れていないし、護衛のメアリさんはいまは廊下だ。なので、この部屋にわたしたち3人だけになった。


家臣をすべて出すということは、秘密の話があるということだ。わたしは考える。


いったいなんだろう・・・。


「さて。もったいぶってもいかんからな。今日の会談の本題に入ろう」


「本題ですか・・・?」


オーギュ様は両手を握るように組み合わせて、膝の間に落とした姿勢だ。ちらとわたしに視線を向けてきたので、わたしは首を横に振った。わたしも、お祖父様から事前に何も聞いていない。


こちらからいろいろ質問する前に、お祖父様はずばりと言った。


「リュミィの父親のことだ」


「それは、公爵殿ご自身のお話・・・ということですか?」


オーギュ様が尋ねると。お祖父様は、違う、と椅子に座り直しながら言った。


「法的な父親は確かに儂じゃが」


お祖父様は言う。法律上ではわたしはお祖父様の養子となっている。


「そうではない。実の父親の話じゃ」


わたしは、どきりと自分の心臓が跳ねる音を聞いた気がした。


お祖父様はもったいぶらずに話を進める。


「リシャル=ドュリオンという男を知っておるか? 先代の勇者だった男じゃが」


わたしとオーギュ様がはいともいいえとも言う間も与えず、お祖父様は話を続けた。


「その男が、リュミィの実の父親じゃ」



ーーーー。


はい。それは知っているけど・・・。


きっとこれは、わたしから正直に言ってはいけないやつよね。


ついつい微妙になってしまう表情を、わたしは令嬢力をつかって、神妙に引き締め直した。









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