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221 菓子競技会で







「リュミフォンセ様には、そんなおつもりはないのでしょうが」


と、ある日、侍女長のレーゼに言われた。


王都では、リュミフォンセ様には、革新的な印象の人だと評されていると聞き及びます。若い貴族にはウケが良いのですが、年齢の高い方々には不評です。


「ですので! 衣装だけでも、伝統を重んじる姿を見せましょう!」


ーーという提言を受けて。


『菓子競技会』でのわたしの衣装は、古典的な装いをすることになった。


具体的には、『余り袖』と呼ばれる、自分の指先がすっぽりと隠れてしまうほどに袖が長い、晴着衣装(オゥトクチュル)をまとうことになった。


東方の異国の舞踊衣装の影響を受けたと言われる『余り袖』は、内袖にレースをたっぷりと重ねて喇叭(ラッパ)のように先広のかたちをしている。


ーー立って歩けば、袖が揺れて優雅。香り水を含ませればなおよし。座ったときに膝に袖をおけば、花束を抱えているかのように美しい。笑うときに口元を袖で隠せば、上品なだけでなく、内袖が開いて、華やかさを添えるのでございます。


・・・という売り文句が、余り袖衣装の触れ込みだ。


その触れ込みに従って、着る人間はどう振る舞えば余り袖を活かして、優雅に美しく見せられるのか、そんな特訓をしたうえで。


わたしは、今回の『菓子競技会』に臨んでいるのだった。


「本日のリュミフォンセ様のお召し物、すごく素敵でございますね」


ざわざわとした会場。人が増えて、お菓子だけでなく、お茶と歓談の場を提供する貴賓区域でも、人の密度が高くなってきている。


こちらがご挨拶した、さる貴族のご令嬢がわたしの衣装を褒めてくれる。この方は、王立学院の出身なので、広い意味でオーギュ様の知己であるはずだ。


まあ、とわたしは余り袖で口を隠して笑う。


「そうして袖を持ち上げられると、まるで華が咲いたようで・・・。お祖母様の衣装に同じかたちのものを見たことがありますけれど、こうしてリュミフォンセ様が着こなされると、まったく印象が違います! 本当に、素敵なご衣装」


衣装に熱心な関心を持っているご令嬢のようで、目を輝かせて身を乗り出すように、半歩だけ距離を詰めてくる。


その瞬間。わたしの左斜め後ろに護衛で控えているメアリさんが、緊張を強めるのが気配でわかった。一方で、足元の黒い仔狼ーーバウは、退屈そうに尻尾をひとつ振っただけだ。


わたしは、笑顔を保っている。まあ、嬉しいお言葉ですわ。


「それほど気に入っていただいたのでしたら、よろしけば、使った仕立屋をご紹介致しますよ」


「よろしいのですか?」


とご令嬢は嬉しそうな表情なので、こちらは右斜め後ろに控えている侍女のレーゼに、のちほど仕立屋をお教えするようにお願いする。


「ところで、ご準備させていただいたリンゲンの南瓜芋(ポティロ)を使ったお菓子はお気に召しましたかしら?」


そうやってわたしから話題を変えると、ご令嬢は少し落ち着いたように、いくつかのお菓子を食べ比べた感想を聞かせてくれた。厳選した南瓜芋を使った、自然な甘みを砂糖の代わりにした焼菓子がお気に入りだという。


ご令嬢の様子を見てーーほんの半足分、ご令嬢とわたしの距離が開いたこともあるのだろうーー、メアリさんが警戒を緩める。バウがあくびをする。わたしは相槌を打ちながら会話を続ける。


挨拶まわりは、侍女としてのレーゼ、護衛兼侍女のメアリさん、そして愛玩狼(ペット)としてバウを引き連れてやっている。


わたしの命を狙いたい人が多いという状況がわかっていても、立場上、屋敷にひきこもっているわけにもいかない。こうして催しものを開き、社交をする必要がある。


とはいえ、誰がどう襲ってくるのかわからない人混みのなかに入って平気なわけがない。わたしの精神は、現在進行系でごりごり削られている。


きちんと入場者は門で安全を確認しているし、いまもこうしてメアリさんとバウが最低限守ってくれるとわかっていても、神経を使う。誰がどう襲ってくるかはわからないからだ。そのうえで、腹に一物二物あるのが普通である貴族を相手に、友好的な会話にも気を使わなくてはいけない。


そういうわけで、精神的な重圧がとんでもないのだけど、支持者になるかも知れない貴族相手には、眉ひとつ曇らせるわけにもいかない。油断した表情ひとつが、どう解釈されるかわからないからだ。


これまで鍛えてきた、わたしの全力の令嬢力が、試されているのを感じる。


そうこう会話を交わしているうちに、ご令嬢のご家族を紹介された。当主だという恰幅の良い男性も居る。


「会合がご盛況のようで。誠に結構なことですな。お招きもなく伺った無礼をお許しください」


恰幅の良い立派なお髭の侯爵家当主が、わたしに挨拶をしてくれた。自由参加の会ですから。こちらこそお越しいただき光栄です。


「この会は、ロンファーレンス公爵様が主導なさったのですかの?」


「いいえ。オーギュ殿下と、わたしの名で開いている会合ですわ。発案はわたしではありますけれど、実際の企画と準備のほとんどは、わたくしの臣下が」


「ほう、そうですか。良い臣下をお持ちですな」


侯爵当主が言う。そしてさりげなく周囲を見回すようにしながら、端目がわたしをとらえている。


値踏みされていると感じる。前にもあった感覚だ。北の婚礼でもそうだった。


けれど、それは当然だろう。誰を支援するかは貴族にとって重要な課題だ。ついていく相手を間違えれば、悲惨な目に会うこともある。あのときと、印象を変えることができているかしら。


「ええ。優秀な臣下たちにはいつも助けられておりますの。わたくし自身は非才の身ですから。ーーけれど今後は、いろいろな方の助けが必要だと思っておりますわ」


「助け・・・でありますか」侯爵当主が、ふむとお髭をひねる。「具体的には?」


「具体的には、まだ何も」わたしは答える。まっすぐに侯爵当主の目を見て。「見守っていただければと思いますわ」


そうですか、と侯爵当主はつぶやき。そういえば、と声を出す。リュミフォンセ様はーー


「精霊の権利を主張されていると聞き及んでおりますが? 過年、王城から精霊を連れ出されたとか」


2年前、わたしがシノンと鷹のいーちゃんを助け出したときのことを言われている。おそらく、目の前の侯爵当主が問題だと捉えているところなのだろう。


ひろがる袖で口を翳して呼吸を整え、そしてわたしは話しだす。


「弱いもの、しかも人に害を為していないものを虐げることは、正義にもとると考えております。その考えは、変わっておりません」


わたしは自分の考えを述べつつ、付け加える。


「ですが、人に害を為せば、それは別です。人がそうであるように、精霊にもいろいろなものがおります。害をなすものは、悪人と同じように処するべきという考え方は、当然持っていますし、あるべきだと思います」


「精霊だからといって、無条件に保護するわけではないと」


軽く片眉をあげる侯爵当主からの確認の質問に、当然です、とわたしは答える。


「そして、わたしの考えは、保護とも少し違います。人間と精霊、お互いがお互いに尊重しあうかたちが望ましいと思います」


「お互いに領域を侵すことをしない・・・相互不可侵のようなかたちですかな?」


「そうですね。近いです。ただ、お互いが望んで交流するのは構わないと思います」


ふむ、と侯爵当主が少し考えるようなそぶりを見せ。話題を変えた。


ーーところで。


「リュミフォンセ様は、相当な野心家だという噂も、世にはあるようですが・・・」


「まあ」わたしは余り袖で口元を翳し、困った顔をする。「ひどいうわさですね」


わたしに関するうわさは、整理されて情報官から教えられる。ある程度的を射ているものから、まったくの事実無根のものまであり、世間のうわさとは、じつに無責任なものだと、身にしみている。


「しかし、貴女様が、さきざき、王妃になれば。多くのことが思いのままです。そうなれば、欲っされるものがあるのでは?」


この人、さっきから踏み込んだ質問をしてくるなあ・・・。


袖で口元を翳して微笑を保ったまま、わたしは思いなおす。


この侯爵当主は、試しているのだ。わたしたち第二王子派が、支援するにあたいするのかどうか。


そして、こうして正面からぶつかってくるということは、この人は真っ直ぐな人柄を持つ好漢であることが察せられる。


わたしは口を開く。


「この国を統べるのは王です。王妃ではありません。そして王族といえど、周りの支持を失ってはなにもできません。ですので、王妃になれば、物事を思いのままにできるとは思っていません。けれど、あえて言うならーー」


欲がない人間はいない。特に貴族という人種はそう考える。なので、自分が欲しいものを、たとえそれが具体的なものでなくともーーきちんと伝えておくべきだ、と伯母様に習った。


「自分と相手が、相互に尊重しあい、それでいて、お互いが思うままに生きられるーーそんな世の中が、欲しいものですね」


「・・・・・・」


侯爵当主は、お髭をひねりながら、言葉の真贋を見定めるように、わたしに視線を向けてくる。わたしはそれを微笑でもって受け流す。


そのとき。


きゃああっと、黄色い声があがった。


声があがったほうを見れば、オーギュ様が、貴族のご令嬢の集団に取り囲まれていた。


色とりどりの衣装をまとうご令嬢たちは、まるでひとつの花に集まる蝶たちのように見える。


「・・・・・・・・・」


大人気(だいにんき)ですか。


わたしは心のなかでつっこむ。


いや、オーギュ様のご令嬢たちからの人気が高まっているのは理由がある。


というのも、昨日の『闘技会』で、オーギュ様は、勇者ルークとエキシビジョンマッチを行ったのだ。


もちろん手加減とハンデありの戦いなのだけれど、オーギュ様はなかなかの健闘を見せ。しかも雷魔法でルークの足場を崩すという機転を利かせ、引き分けにまで持ち込むことに成功したのだった。


闘技会の後半も、大いに盛り上がったことは言うまでもない。


そして、オーギュ様の人気も、高まった。


ーー幸いなことに、貴族のご令嬢たちの間でも。


「ごほん」


咳払いが聞こえ、わたしは音のしたほうを振り返った。目の前には、お髭をひねる侯爵当主。


あっ、しまった。ついうっかり、忘れてたわ。


「ほほ、失礼しました。それでーー」


・・・・・・。


ええと。なんだったかしら?


話していた内容が、頭からとんでしまって、あれれ?


「ははは。リュミフォンセ様、もう充分にお話は伺いました」


台詞をど忘れした舞台俳優のように焦るわたしに、侯爵当主が微笑みかけてくる。


「花ざかりの女性を独占するのが、やつがれのような老体であるのは、望ましくありませんな。このうえはお引き止めしても申し訳ない。いや、素晴らしいお話でありました」


わたしは少し迷ったけれど、申し出てくれたのを去るためのしおにする。


「・・・、こちらこそ、率直なお話ができてとても有意義でしたわ。新作のお菓子はまだありますので、どうぞごゆっくりお楽しみくださいませ。ごきげんよう」


余り袖を口に添えて、笑い、わたしは身を翻して歩き去る。


少し離れたところで、若いっていいのう、とつぶやく声が聞こえ。


わたしは、オーギュ様のもとへと向かいながら、両の余り袖で熱くなっている顔を隠す。きっと赤くなっていることだろう。


ああ、もう、わたしったら!









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