220 闘技会
急ごしらえの円形闘技場に、最後に残ったのは3人の闘士。
銀鎧騎士と、角兜の戦士と、双剣の自由剣士が。乱闘を経て、いまはそれぞれに睨み合っている。
小さくフェイントを入れながら、お互いがお互いを牽制しあい、次にどう動くかを練っているようだ。
2対1の状況を作れば圧倒的に優位に立てるし、次の場面で1対1になったときには、より相性が良い相手を残したい。わかりやすい膠着状態だ。
その様子を、物見高い観客たちが、固唾を飲んで見守っている。
闘技場をぐるっと囲む、即席の観客席には、老若男女。準備した椅子では足らず、立ち見も多い。
招待した貴族の方々には、日よけと毛氈とをつけた貴賓席に座ってもらっている。主催者であるわたしとオーギュ様は並んで貴賓席の中央に陣取っている。
座る場所は違えども、闘士たちの戦いの行方が気になるのはおんなじだ。
ぐぐっとちからを込めて身を乗り出して、わたしは事の成り行きを見守る。
闘技場に飾られた一流の旌旗が、会場の熱気に揺れている。
ーー先日のこと。
王城への対抗策として、貴族と民の人気と関心を集めるために、催しごとを開くことになった。
そのときに相談をした、緑の離宮にいるメンバーでは案を出すだけで精一杯だったけれど、わたしがリンゲンに残る家宰のチェセに相談したところ、一気に進展があった。
わたしは手紙で彼女に話を持ちかけただけなのに、チェセはあっという間に企画の段取りを整えてくれて、実現までこぎつけてくれた。
もちろんわたしも準備のために動いたけれど、基本的にはチェセの指示に従ったまで。うちの家宰は有能すぎて、ときどき怖いくらいだ。
それで、催しごとのひとつ。先に行うのは、メアリさん発案の『闘技会』だ。
素人考えでは、全国の武芸者を集めてーーなどという思いつきだったのだけれど、準備期間がごく短いので、その案は修正。
規模を小規模にして、参加者もこちらである程度目処づけーーつまり知り合いに声をかけて、参加してもらった。
声をかけさせてもらったのは、お祖父様のところの騎士、つまりロンファーレンス家の騎士団と、協力関係にある北部のアヴズブール辺境伯の戦士団。
そうやってある程度の参加者を確保したうえで、自由参加枠での参加を募った。
ごく短い募集期間だったのに、急造の闘技会には、ありがたいことに多くの申し込みがあった。
普段王都で暮らしているには目立たないけれど、武芸で生活しているひとは、王都にも多いらしい。
王都辺縁部にあたる地方では、まだモンスター駆除の需要は高く、さらに、魔王被害からの街の復興もまだ途上なのだという。だから、モンスター退治の依頼で冒険者や兵士くずれの傭兵が生計を立てているという風景は、珍しいものではないらしい。
モンスターの排除に組織的に対応しているリンゲンでは、正直にいえば見ない情景なので、もはや冒険者や傭兵など集まらないだろうという、わたしの認識は甘かったみたいだ。
そして、情報官のマーリナの分析によれば。
今代の魔王は、低位から中位程度のモンスターを大量発生させて、モンスターの軍を編成し、人間の街や農地などの生産設備を攻める戦術をとっていた。なので、魔王が勇者に倒されたあとでも、その余韻で、モンスターがまだ地方に残ることになった。
さいわいにも、リンゲンや西部、あるいは北部など、人間側の戦力が充実しているところは、早々にモンスターを駆除できたけれど、戦力が不足しがちだった他の地域では、モンスター駆除が不十分なままなのだという。
さらに、戦力が不足しがちの地域、いまこの話では王都縁辺部のことなのだけれど、都合のよくないことが重なっている。
魔王が倒されたことで、諸侯が騎士団などのまとまった戦力をすでに縮小・解散してしまっているのだ。戦力が不足しているということは、戦力を維持する経費が不足しているということだから仕方がない面もあるのだけれど。
そうして、困った現地がーーたとえば村ごとでーーばらばらで残存モンスターに対応しているのが、王都縁辺部の現状なのだという。
つまり、大規模なモンスター掃討ができない状況に陥っているの。
病気と治療にたとえるなら、根本治療ではなく、我慢できないほど悪くなったときだけ治療する、いわゆる対処療法になってしまっているということ。とうぜん、完治は遠のいてしまう。
さらに悪いことには、モンスターの駆除の遅れのために街の経済復興が遅れ、復興の遅れのために資金が不足し、モンスター駆除のための資金を出せず、また復興が遅れる・・・というような、悪いことがくるくる循環する様相を見せている。そんな地域が、実は案外とあるらしい。
これが、今回情報官のマーリナから教えてもらった、中央ーー王都辺縁部の地方における、現在の課題である。
話がそれてしまったけれど、それはそれとして、催しものの『闘技会』だ。
事故なし死者なし目指し、武器類はこちらで刃を潰したものを用意、魔法禁止、場外、降参、審判判断あり・・・のルール。
そして、予定よりも参加者が多かったため、予選グループをいくつかにわけ、バトルロイヤル形式で決勝進出者の8名を選出。そして決勝もバトルロイヤル方式としたのだ。
主催者はオーギュ様とわたしの名になっていて、王都でのわたしのお披露目も兼ねている。
実は恐縮ながら、開会の挨拶はわたしからさせてもらった。皆からは好意的に受け止めてもらったみたいなので、一安心である。
■□■
それで、最初の場面ーー現在の試合へと戻る。
決勝に残ったメンバーのうち、最終的に残った、運と実力を兼ね備えた3名。
石造りの円筒闘技場の上、3人それぞれがほぼ等距離に位置し、正三角形の頂点を占めている。
『銀鎧の騎士』は、両手剣を水平に構え、敵ふたり両方を警戒している。
『角兜の戦士』は、大柄な体を活かそうというのか、どっしりと盾を正面に構え、手斧は背に隠すようにもっている。
『双剣の自由剣士』は、素早さの長所を活かすのか、だらんと両剣両腕を垂らして、体を揺らすようにして軽く跳ねつつ、攻撃の機会をうかがっている。
会場はロンファーレンス家の訓練場を使っているのだけれど、準備した観客席は当然のように埋まっている。そこかしこに立ち見客が居て、木や壁上にのぼって見物している者も居る。
ひとが集まれば、いつの間にか頼んでもいない屋台が勝手にできているのは、もはやご愛嬌だ。けれど、闘技が大詰めを迎え、観客の固唾を飲む空気を見てか、客引きの声もいまは止んでいる。
ーーそして、3者の拮抗を崩すように。
最初に動いたのは、『双剣の自由剣士』だ。
流れるような側転する動きで、襲いかかる。上から半円を描く剣閃。
向かう相手は、『角兜の戦士』。当然、戦士は盾を構える。とーー。
機と見たのか。
『銀鎧の騎士』も動いた。
こちらも『角兜の戦士』に向けて、猛然と突進。騎士は持っていた両手剣を、横薙ぎに振るう。
これがほぼ同時に起こったことだ。
2対1の構図。まずはひとり、角兜の戦士の脱落が決まったかーーと思われたけれど。
ばしいっ! と鋭い音。剣士と騎士の、2つの攻撃が弾かれた。
『角兜の戦士』は、闘技場に落ちていた盾を拾い、盾2枚を、両手にしていたのだ。
それで、剣士と騎士からの、ふたつの攻撃を同時にさばいてのけた。
わっと観客から歓声があがる。
そして、不利を思ったのか。
双剣の剣士は、なんと攻撃対象を銀鎧の騎士へときり変えた。いや、もともと二人をまとめて攻撃する段取りだったのかもしれない。
双剣をひらめかせ、踊るような、上段からの激しい一撃。
だが、騎士は一剣の流麗な動きでさばくと、体をひるがえして、下段、剣士の足を切り払うように斬撃。
対する剣士は、軽く跳ねて足元の両手剣を華麗にかわす。
しかし、そのときだった。
「うぉりゃあああ!」
盾を持つ『角兜の戦士』の雄叫び。そして、まだ宙にある剣士へと、ゼロ距離の猛進。
双剣の剣士は、宙にありながらも、盾を蹴るような動きで、戦士の猛進を防ぐ。
だが戦士は直前に体を沈みこめ、盾をすくい上げるような動きを加えた。
結果、双剣の剣士の体は大きく空へと跳ね上げられーー
無事に着地するも、場外。『双剣の剣士』の負けが宣告される。
わっと観客が湧く。
だが、それで終わらないのがバトルロイヤルだ。
剣士を全力で跳ね飛ばし、態勢が崩れた剛力の戦士。
その側面から、『銀鎧の騎士』が、両手剣を最短距離で突きこむ。
『角兜の戦士』は、盾で防げる態勢ではない。
これは騎士の勝利かーーと思われた瞬間。
戦士は、振るわれた刃を、背で受けるような動きを見せた。
がつっ、と音がする。
『角兜の戦士』は倒れない。
見れば、戦士は背中に負った手斧で、騎士の刺突を滑らせそらしたのだ。
衝撃も痛みもあるだろうけど、致命的なものには、ならなかった。
「っがあああ!」
今度は戦士が力任せに盾を振るう。両手剣を突き出していた騎士はそれを防げず、肩から上半身をしたたかに打たれ、投げ出されるように転倒する。
闘技場の床を転がり、距離を取ろうとする騎士。
それを追いかけつつ、戦士は背中から手斧を手早く抜き取り。
銀鎧の騎士へと、まさに振り下ろさんとするーー。
「・・・まいった」
騎士の額のすぐ上で、寸止めされた手斧。
闘技会の、勝者が決まった。『角兜の戦士』だ。
観客席から、大きな歓呼や指笛が沸きおこり。
わたしも席から立ち上がって、大きな拍手を送った。
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『闘技会』で勝者と健闘者を称え祝福した、その次の日。
今度は、『菓子競技会』、つまりはお菓子創作コンテストだ。
リンゲンの特産品である南瓜芋を使った創作菓子を、王都の菓子店が提案し競い合う、といった趣向である。
もともと、南瓜芋をリンゲンから王都の菓子店に卸している。なのでそのつながりと、そしてチェセの実家のフジャス商会の伝手を使って、このコンテストが実現した。ちょうど南瓜芋の時期である秋なのも良かった。
一流の菓子職人たちが技術と創意を競い合う場でもありながら、一般の王都民も楽しめるように、席もお茶も菓子販売の場も準備され、さながら新作の販売展示会のような勢いがあった。
参加する菓子店も、噂が噂を呼んで、高級菓子店から個人菓子店までずらりと並び、観客はコンテスト参加のお菓子が楽しめる。
これは無償提供にするとあまりにも大規模になりすぎると読んだ企画者ーーチェセは、出店料と入場料をとっての開催になった。それでも大盛況で、参加出店はいくつか断らなければいけないほどの申込みがあったし、そして当日の客はずらりと列を並んで入場を待っている。
わたしの、単純なご挨拶のお菓子配りの提案を、こんな大規模な企画に仕立て直したチェセは、やっぱりすごいとしか言いようがない。
お菓子は民への販売提供だけでなく、貴族だけが集まる貴賓区域を別に設けて、自由参加のお茶会としている。
そこに入れ替わり立ち代わりにやってくる貴族たちのお相手をするのは、主催者として名があげられているオーギュ様と、わたしである。
やってくる貴族も、事前にオーギュ様のご友人、知り合いにだけ声をかけたのだけれど、どこからどう情報が伝わったのか、その他の貴族もたくさんやって来ているようだ。
しかも前半は若い貴族たちだけだったけれど、後半になると、評判を聞きつけたのか、当主級の人物もご婦人同伴でやってくるようになった。
彼らは新作のお菓子と、他の貴族との会話を楽しんでいかれるわけだけれど、貴族として、わたしたちへの値踏みも目的のうちなのだろうと思う。
こうなってくると、挨拶まわりを丁重にせざるを得なくなる。しかし人数が増えてくると、オーギュ様と二人一緒に、では回りきれないと見た。
結局、オーギュ様とわたしで二手に別れての、忙しい挨拶周りとなってしまう。
このコンテストでは、わたしは、新作のお菓子の味見と審査員をするだけだったはずなのに。
かんぜんに予定外の仕事だわ・・・。
まったく、という心の声が外に漏れ出ててしまわないように。
わたしは会話に微笑むその裏で、余り袖で口元を翳した。




